はじめに
2026年8月30日に打ち上げられた NASA の Nancy Grace Roman 宇宙望遠鏡。その主装置 Wide Field Instrument(WFI) の焦点面写真を見ると、少し不思議なことに気づきます。
18枚の赤外線検出器が、長方形ではなく弧を描くように並んでいるのです。
センサーをきれいに長方形に並べたほうが、作るのも画像処理も楽そうです。なぜわざわざずらしているのでしょうか。
答えを先にいうと、
Roman の光学系は、光軸のまわりの環状の領域でいちばん良い像を結ぶように設計されている。検出器はその環に沿って並べてある。
です。そしてこの「環」を作っているのが、3枚の曲面鏡からなる 3枚鏡アナスティグマット(Three-Mirror Anastigmat:TMA) です。
この記事では、Roman風の TMA を Python で自分で設計し、実光線追跡して、次の疑問を順に解いていきます。
- 鏡の「形」で何が変わるのか
- なぜ2枚鏡(ハッブル型)ではなく3枚鏡なのか
- なぜ良い像が「環状」になり、検出器が「弧状」に並ぶのか
- 実機ではどれくらいの性能が出たのか
- なぜそこまで視野全体の画質にこだわるのか
記事中のシミュレーションは、公開されている基本仕様(口径・中心遮蔽・F値など)をもとに筆者が自作した簡易モデルです。Roman の実際の光学処方(鏡の曲率・間隔・偏心など)を再現したものではありません。実機の数値は本文中で論文・NASA資料を引用しています。
1. 18枚の検出器と、その並び方
まず、WFI の焦点面の基本仕様です。
| 項目 | 値 |
|---|---|
| 検出器 | Teledyne H4RG-10(HgCdTe)× 18枚 |
| 1枚の画素数 | 4096 × 4096(画素サイズ 10 µm) |
| 総画素数 | 約3億画素 |
| 画素スケール | 0.11 秒角/画素 |
| 有効視野 | 0.281 平方度(隙間を除く)、外形 約 0.8° × 0.4° |
検出器は 6列 × 3行 で、STScI の公式ドキュメントには「全体の波面誤差を最小にするため、列どうしを少しずらして配置している」「WFI の焦点面は軸外にある」と書かれています。
NASA の解説映像(2026年9月公開)でも、検出器は「光学系が作る最良の画質の領域に合わせて弧状に並べた」と説明されています。
ここで大事なのは、個々の検出器は平面で、曲がっているわけではないという点です。列ごとに位置をずらすことで、全体として弧を描いています。
では、「最良の画質の領域」はなぜ弧(環)の形をしているのでしょうか。それを理解するには、鏡の話から始める必要があります。
2. 鏡の「形」で何が変わるのか:円錐定数 K
望遠鏡の鏡は、ほとんどがコニック面(円錐曲線を回転させた面)です。光軸からの距離を $r$、頂点の曲率を $c = 1/R$ とすると、鏡面の高さ(サグ)は
z(r) = \frac{c\,r^2}{1 + \sqrt{1 - (1+K)\,c^2 r^2}}
で表されます。$K$ は円錐定数で、これだけで鏡の形の「種類」が決まります。
| K の値 | 形 |
|---|---|
| $K = 0$ | 球面 |
| $-1 < K < 0$ | 楕円面(扁長) |
| $K = -1$ | 放物面 |
| $K < -1$ | 双曲面 |
口径 2.36 m、f/1.2 の主鏡に平行光を当て、$K$ を変えたときの光線を自作の光線追跡で描いたのが下のGIFです。
- 球面(K=0):外側の光ほど手前で焦点を結び、1点に集まりません(球面収差)。軸上でも RMS 波面誤差は約 210 µm もあります。
- 放物面(K=−1):軸上の平行光はぴったり1点に集まります(波面誤差はほぼ0)。
f/1.2 という「深い」鏡では、K がほんの少しずれるだけで波面誤差は何桁も悪化します。鏡の形はナノメートルの世界で効いてくるのです。
放物面でも「視野の端」はダメ
では放物面にすれば万事解決かというと、そうはいきません。放物面が完璧なのは光軸上の1点だけです。光軸から少し斜めに入る光にはコマ収差が出ます。
自作の光線追跡で、f/1.2 の放物面に 0.1° 斜めから光を入れると、波面誤差は約 9.6 µm になりました。Roman が見たいのは 0.8° × 0.4° の広い視野です。1枚の鏡ではまったく足りません。
3. なぜ2枚鏡ではなく3枚鏡なのか
3-1. ハッブル型:Ritchey–Chrétien(RC)
ハッブル宇宙望遠鏡は、2枚の双曲面鏡を使う Ritchey–Chrétien(RC) 方式です。主鏡と副鏡の $K$ をうまく選ぶと、球面収差とコマ収差を同時に消せます。
2枚鏡の系では、それぞれの $K$ は次の式で決まります($M$:副鏡の倍率、$D$:鏡の間隔、$B$:副鏡から焦点までの距離)。
K_1 = -1 - \frac{2}{M^3}\frac{B}{D},\qquad
K_2 = -1 - \frac{2}{(M-1)^3}\left[ M(2M-1) + \frac{B}{D} \right]
自作モデルで、Roman と同じ主鏡・同じ焦点距離(f/7.9)の RC を作ると、$K_1 = -1.008$、$K_2 = -1.919$ になり、光線追跡で最適化した値とも一致しました。
ただし、RC で消せるのは2種類の収差までです。非点収差と像面湾曲が残るので、視野が広がると像が急速に崩れます。
3-2. Roman型:3枚鏡アナスティグマット(TMA)
そこで3枚目の曲面鏡(第三鏡、TM)を加えます。自由度が増えるので、
- 球面収差
- コマ収差
- 非点収差
- 像面湾曲(ペッツバール和)
をまとめて小さくできます。"Anastigmat" は「非点収差がない」という意味です。
NASA によると、Roman の主鏡は楕円面、副鏡は双曲面、第三鏡は楕円面です。
下のGIFは、筆者が自作した Roman 風 TMA の光線追跡です。条件は次のとおりで、残りの自由度(鏡の間隔・曲率・3枚の $K$)を、視野半径 0.3°〜0.72° で波面誤差が最小になるように最適化しました。
- 入射瞳 2.36 m、中心遮蔽 30.3%
- f/7.9(焦点距離 18.6 m)
- 像面が平らになる条件(ペッツバール和 = 0)
右のグラフが結論です。同じ主鏡・同じ焦点距離で比べると、視野角 0.5° での RMS 波面誤差は次のようになりました。
| 方式 | 0.5°での RMS 波面誤差 |
|---|---|
| 2枚鏡 RC(ハッブル型) | 約 15,500 nm |
| 3枚鏡 TMA(Roman 型、自作) | 約 14 nm |
3枚目の鏡で、広視野の画質が約1000倍よくなるわけです。
自作モデルと Roman の Phase-B 設計を比べてみる
Pasquale et al. (2018) には、Phase-B 設計(v8.5.4、2018年6月確定)の3枚の曲面鏡の曲率半径と円錐定数が載っています。自作モデルの最適化結果と並べると次のとおりです。
| 鏡 | Phase-B 設計の $R$ | Phase-B 設計の $K$ | 自作モデルの $R$ | 自作モデルの $K$ |
|---|---|---|---|---|
| PM(楕円面) | 5671.1342 mm | −0.9728630311 | 5600 mm(固定) | −0.969 |
| SM(双曲面) | 1299.6164 mm | −1.6338521231 | 1369 mm | −1.936 |
| TM(楕円面) | 1643.2784 mm | −0.5965290831 | 1805 mm | −0.537 |
公開仕様(口径・中心遮蔽・F値)と「視野半径 0.3°〜0.72° で波面誤差を最小にする」という条件だけから設計しても、曲率・円錐定数とも同じ系統の値に落ち着きます。
像面の平坦さの目安になるペッツバール和 $1/R_{\mathrm{PM}} - 1/R_{\mathrm{SM}} + 1/R_{\mathrm{TM}}$ を Phase-B の値で計算すると $0.176 - 0.769 + 0.609 \approx 0.015\ \mathrm{m^{-1}}$ です。各項の大きさに比べてほぼゼロで、像面がほぼ平らになるよう設計されていることがわかります。
なお、これは2018年時点の設計値で、最終的な実機の処方そのものではありません。間隔や偏心は論文に載っていないので、自作モデルで実機を再現することはできません。
3-3. 実際の光の通り道
実機の WFI の光路には、曲面鏡3枚に加えて平面の折り返し鏡が2枚あります。
| ミラー | 形 | 役割 |
|---|---|---|
| PM(主鏡) | 凹・楕円面 | 光を集める |
| SM(副鏡) | 凸・双曲面 | 光束を絞り、主鏡の後ろに中間像を作る |
| F1 | 平面 | 軸外の視野だけを取り出す |
| F2 | 平面 | 光束を光軸側へ折り返す |
| TM(第三鏡) | 凹・楕円面 | PM・SM と協調して収差を打ち消し、最終像を作る |
Pasquale et al. (2018) によると、F1 は中間像(カセグレン焦点)の位置で軸外の視野の一部を取り出すピックオフ鏡で、そこにある**入口開口板(EAP)**が視野を制限し、迷光を遮ります。F2 は光束を光軸側へ折り返し、後段光学系モジュール(AOM)の中で唯一の曲面鏡である TM が、PM・SM と協調して補正された像を作ります。F2 と TM の距離を詰めることで、射出瞳を AOM の外に出しています。
位置の調整機構もこの鏡に集約されています。副鏡は5自由度、F1 は3自由度(フォーカス・チップ・チルト)で動かせ、WFI 側では焦点面(FPA)全体をヘキサポッドで6自由度調整します。以前の設計では WFI の中に焦点調整用の折り返し鏡がありましたが、Phase-B でこの鏡はなくなりました。
もう一つ興味深いのは、TM の置き場所です。初期の設計では TM は WFI の中にありましたが、望遠鏡と WFI を別々の構造で支えるようになると、熱や振動による相対的なずれに弱くなります。そこで Phase-A の検討で TM を望遠鏡側(AOM)に移しました。これで望遠鏡だけで最終像まで作れるようになり、地上での一括試験がやりやすくなりました。さらに、焦点面を観測所の外側(太陽と反対側)に置けるようになり、冷凍機をやめて放射冷却で検出器を冷やせるようになりました。
2025年の実機試験論文(Eegholm et al.)でも、WFI 側の後段光学系は2枚の平面折り返し鏡と第三鏡で構成されていると説明されています。つまり、これら5枚は望遠鏡側(OTA)の光学系で、WFI 装置本体にはフィルタホイール(EWA)や焦点面(FPA)が入っています。
平面鏡は光の向きを変えるだけで、収差にはほとんど寄与しません。そのため上の光線追跡では、F1・F2 を省いて「展開」して描いています。
4. なぜ良い像は「環状」になるのか
ここが本題です。
4-1. 回転対称な系では、画質は「光軸からの距離」だけで決まる
Roman の3枚の曲面鏡は、どれも光軸のまわりに回転対称なコニック面です(Pasquale et al. 2018 によると「3枚とも単純なコニック」)。
回転対称な光学系では、像の良し悪しは光軸からの角度 $|\theta|$ だけで決まります。 方位角には依存しません。したがって、視野上の波面誤差の等高線は光軸を中心とした同心円になります。
収差を視野角で展開すると、おおむね
W_{\mathrm{rms}}(\theta) \approx a_0 + a_2\,\theta^2 + a_4\,\theta^4 + \cdots
のような形です。設計では、使いたい視野の範囲で各項が打ち消し合うようにバランスを取ります。その範囲の外側では、高次の項が効いて急速に悪化します。
自作 TMA でもそのとおりで、波面誤差は 0.7° 付近まで 10〜30 nm に収まり、そこから外側で急に増えていきます。
4-2. 光軸付近は使えない
一方、光軸のすぐ近くの視野は WFI では使いません。WFI は F1 で軸外の視野だけを取り出す構成なので、光軸付近の視野は WFI に入ってこないのです(NASA の解説でも、WFI とコロナグラフは望遠鏡に入る光を分け合い、隣り合う別々の空を同時に見るとされています)。
すると、WFI が使える視野は
- 内側:F1 で取り出せる限界
- 外側:収差が急に増える限界
に挟まれた環状の領域になります。
「環状視野」は、光がドーナツ状の像を作るという意味ではありません。天体の各点は、焦点面のそれぞれの位置にちゃんと点として結像します。良い像が得られる視野の位置が、光軸を囲む環の形をしているという意味です。
4-3. 長方形に並べるか、弧に並べるか
ここまでくれば、検出器が弧状に並ぶ理由は明らかです。自作 TMA の波面誤差マップに、18枚の検出器(1枚 0.125°角)を重ねてみます。
- 長方形の配置:両端の列の外側の角が光軸から 0.80° まで出てしまい、収差が急増する領域にはみ出します。検出器上の最大波面誤差は 63.7 nm です。
- 弧状の配置:両端の列を光軸側へずらすと、最も遠い角も 0.70° に収まります。最大波面誤差は 30.6 nm、95%値も 38.5 → 23.3 nm に改善します。
検出器の配置を光学系が作る「良い環」に合わせる。これが、Roman の18枚の検出器が弧状に並ぶ理由です。
(図では光軸が下にあるので弧は ∩ 形に見えますが、座標の取り方によっては「笑顔」のような ∪ 形に見えます。)
Pasquale et al. (2018) にも、「検出器の列をずらすことで、視野の配置が軸外 TMA の最適化された視野が持つ自然な環状の曲線に沿うようにした」と書かれています。さらに列方向以外にも小さな調整を加えて、有効な視野を最適化しています。同論文の Figure 7 は、18枚の検出器の位置を視野の波面誤差マップに重ねた図で(約2%の歪曲も反映)、上の自作GIFとちょうど同じ見方の図です。
5. 実機ではどれくらいの画質なのか
5-1. 波面誤差とは何か、どれくらいなら十分なのか
**波面誤差(Wavefront Error:WFE)**は、理想的な球面波からのずれを光路長の RMS で表したものです。小さいほど理想に近い像になります。
画質の目安としてよく使われるのが Strehl 比(理想的な点像に対するピーク強度の比)で、波面誤差 $\sigma$ が小さいときは Maréchal の近似
S \approx \exp\!\left[-\left(\frac{2\pi\sigma}{\lambda}\right)^2\right]
で表されます。$S \geq 0.8$($\sigma \lesssim \lambda/14$)が「回折限界」の目安です。
Roman 風の瞳(中心遮蔽30.3%+6本の支柱)で、波面誤差を増やしていったときの PSF の変化を見てみます。
同じ波面誤差でも、波長が短いほど影響が大きいことがわかります。Roman は近赤外が主戦場なので、たとえば 61.8 nm の波面誤差なら、Strehl 比は Maréchal 近似で 1.06 µm で約 0.87、2.13 µm で約 0.97 です。
5-2. 設計値と実機試験の値
| 資料 | 内容 | 値 |
|---|---|---|
| Pasquale et al. (2018):Phase-B 設計 | 撮像モード、多波長 RMS WFE、視野全体の95% | 45 nm 未満(予算 90 nm の半分。90 nm は 1.2 µm の 1/13 波長) |
| Eegholm et al. (2025):実機試験 | WFI チャンネルの軌道上予測(不確かさ込み) | 61.8 nm |
| 同上 | WFI チャンネルの要求値 | 67.3 nm |
Eegholm et al. (2025) では、組み上げた光学望遠鏡(OTA)を常温の真空槽で調整したあと、振動試験を経て、運用温度の熱真空槽で波面誤差や瞳の位置を測定しています。測定結果を反映した光学モデル(450視野点)から軌道上の性能を予測し、要求の 67.3 nm に対して 61.8 nm という結果でした。なお、調整は副鏡と WFI チャンネルの折り返し鏡 F1 で行っています。
2018年の 45 nm は名目設計の残差、2025年の 61.8 nm は製造・組立・試験の不確かさを含めた軌道上予測で、性質が違う数値です。単純に比べて「性能が悪化した」と読むべきではありません。
6. なぜそこまで視野全体の画質にこだわるのか:弱い重力レンズ
Roman の大きな目的の一つが、暗黒エネルギーと暗黒物質の分布の測定です。その主要な手法が**弱い重力レンズ(Weak Gravitational Lensing)**です。
遠方の銀河の光は、途中にある暗黒物質などの重力で曲げられ、見かけの形がわずかに歪みます(シア)。その大きさは数%程度です。1つ1つの銀河はもともと楕円なので、何千、何万もの銀河の形を平均して、ようやく系統的な歪みが見えてきます。
問題は、望遠鏡の収差も銀河の像を歪めることです。PSF がわずかに楕円になっていると、それが宇宙のシアと区別できない偽の信号になります。
この簡易シミュレーションでは、
- 4000個のランダムな楕円銀河に、宇宙のシア $\gamma = 0.02$ を加え
- 楕円率 $e$ の PSF で「撮像」し
- PSF を丸いと仮定して補正した場合と、正しく補正した場合で、推定されるシアを比べています
PSF をきちんと知っていれば $\gamma = 0.02$ が正しく戻ります。しかし PSF の楕円率をたった 0.01 見落とすだけで、推定値は 0.0178 と約11%ずれ、楕円率が 0.09 程度になると信号が消えてしまいます。
だからこそ、
- 視野全体で収差を小さく保ち(光学設計)
- 残った PSF を視野の位置ごとに正確に把握する(較正・モデル化)
ことが不可欠です。弧状の検出器配置は、単なる機械的な工夫ではなく、宇宙論の測定精度に直結する光学・検出器の共同設計なのです。
7. 同じ 2.4 m なのに、ハッブルより広い視野
最後に、ハッブルとの比較です(NASA "Hubble vs. Roman" より)。
| ハッブル | Roman | |
|---|---|---|
| 方式 | Ritchey–Chrétien(2枚の双曲面鏡) | 3枚鏡アナスティグマット |
| 主鏡 | 2.4 m、828 kg | 2.4 m、186 kg(4倍以上軽い) |
| 焦点距離 | – | ハッブルの約 1/3 |
| 視野 | ACS/WFC:0.056° × 0.056° | WFI:0.8° × 0.4°(約100倍) |
| 主鏡コーティング | アルミ+フッ化マグネシウム(0.1〜2.4 µm) | 銀(近赤外 1.0〜2.0 µm に最適化) |
焦点距離が短いと、同じ大きさの検出器でより広い空を覆えます。ただし、それだけで100倍の視野になるわけではありません。短い焦点距離・3枚鏡による広視野の収差補正・大きな焦点面・検出器の配置の組み合わせで、はじめて広い視野が使えるようになっています。
鏡の表面の滑らかさ
NASA によると、Roman の主鏡はハッブルよりさらに滑らかです。主鏡を地球の大きさに拡大すると、表面の平均的な凹凸の高さは約 1/4 インチ(約6 mm)で、ハッブルの最大の凹凸は約6インチです。これを実寸に戻すと、Roman の平均的な凹凸は約 1.2 nm になります。
それでも、散乱光はゼロにはなりません。NASA が2026年4月に公開した PSF の散乱裾モデルでは、鏡面の微小な粗さやほこり・汚れによって、入射光子の**約0.1%(長波長)〜0.7%(短波長)**が、PSF の中心から数百画素も離れた位置まで散乱するとされています。
まとめ
Roman の18枚の検出器が弧状に並んでいる理由は、次の流れでつながっています。
- 広い視野で良い像を得るため、3枚の曲面鏡(楕円面・双曲面・楕円面)で収差を打ち消す TMA を採用した
- 鏡はすべて回転対称なので、画質は光軸からの角度だけで決まり、良い領域は光軸を囲む環になる
- WFI は折り返し鏡 F1 で軸外の視野を取り出すので、使えるのはその環の一部
- 検出器を長方形ではなく環に沿った弧に並べると、すべての検出器を良い領域に収められる
- その画質は、弱い重力レンズで暗黒物質の分布を測るための精密な PSF を支えている
「検出器を曲げた形に並べた理由」と「鏡を3枚の曲面鏡にした理由」は、同じ一つの光学設計の話だったわけです。
参考資料
| 資料 | 内容 |
|---|---|
| STScI Roman Documentation: Description of WFI | 18枚の検出器、配置と波面誤差の関係、画素スケール |
| NASA Science: Roman WFI Technical | 視野、PSF の FWHM |
| NASA Science: Observatory Technical | 有効口径 2.36 m、中心遮蔽 30.3%、f/7.9 |
| NASA Science: Hubble vs. Roman | 方式・鏡の形・焦点距離・コーティング・表面の滑らかさ |
| NASA SVS: Roman's Dual Fields of View and Area of Best Image Quality | 検出器を最良画質の領域に合わせて弧状に配置 |
| Pasquale et al. (2017) Optical Design of the WFIRST Phase-A Wide Field Instrument | Phase-A 設計 |
| Pasquale et al. (2018) Optical Design and Predicted Performance of the WFIRST Phase-B Imaging Optics Assembly and WFI(SPIE Optics + Photonics 2018) | 3枚の曲面鏡の $R$・$K$、F1・F2・TM・EAP の役割、検出器配置と環状視野、95%視野で 45 nm 未満、TM の移設 |
| Eegholm et al. (2025) Optical Performance of Roman Optical Telescope Assembly | 実機試験、軌道上予測 61.8 nm(要求 67.3 nm) |
| NASA GSFC: Roman WFI PSF Scattering Tails | 散乱裾 0.1〜0.7% |
付録:自作光線追跡の要点
NumPy だけで書いた、共軸コニック鏡の実光線追跡です。
コニック面との交点と反射
import numpy as np
class Mirror:
def __init__(self, name, z0, R, K):
self.name, self.z0, self.c, self.K = name, z0, 1.0 / R, K
def sag(self, x, y):
r2 = x * x + y * y
return self.c * r2 / (1 + np.sqrt(1 - (1 + self.K) * self.c**2 * r2))
def reflect(self, P, D, iters=8):
"""P: 光線の位置 (N,3), D: 方向 (N,3)。Newton法で面との交点を求めて反射"""
t = (self.z0 - P[:, 2]) / D[:, 2]
for _ in range(iters):
X = P + t[:, None] * D
g = self.c / np.sqrt(1 - (1 + self.K) * self.c**2 * (X[:, 0]**2 + X[:, 1]**2))
F = X[:, 2] - self.z0 - self.sag(X[:, 0], X[:, 1])
dF = D[:, 2] - g * (X[:, 0] * D[:, 0] + X[:, 1] * D[:, 1])
t -= F / dF
X = P + t[:, None] * D
g = self.c / np.sqrt(1 - (1 + self.K) * self.c**2 * (X[:, 0]**2 + X[:, 1]**2))
n = np.stack([-g * X[:, 0], -g * X[:, 1], np.ones(len(X))], 1)
n /= np.linalg.norm(n, axis=1, keepdims=True)
D_new = D - 2 * np.sum(D * n, 1, keepdims=True) * n # 反射の法則
return X, D_new, t # t = この区間の光路長
波面誤差の計算
入射方向に垂直な平面(等位相面)から光線を出し、最後の鏡までの光路長に、像面上の参照点 $Q$ までの距離を足します。完全な結像なら全光線の光路長が等しくなるので、そのばらつき(ピストン・チルトを除いた標準偏差)が RMS 波面誤差です。
def wfe_at_plane(P, D, L, zi, iters=3):
t = (zi - P[:, 2]) / D[:, 2]
hit = P + t[:, None] * D
Q = np.array([hit[:, 0].mean(), hit[:, 1].mean(), zi])
for _ in range(iters): # 参照点の横位置を最適化(チルト除去)
v = Q[None] - P
dist = np.linalg.norm(v, axis=1)
opl = L + dist
A = np.column_stack([v[:, :2] / dist[:, None], np.ones(len(v))])
sol, *_ = np.linalg.lstsq(A, -(opl - opl.mean()), rcond=None)
Q[:2] += sol[:2]
opl = L + np.linalg.norm(Q[None] - P, axis=1)
return np.std(opl)
TMA の設計手順
- 主鏡を $R_1=-5.6$ m(f/1.2)に固定
- 副鏡の曲率を、中間像が主鏡の 0.55 m 後ろにできるように決める
- 第三鏡の曲率をペッツバール和 $1/|R_1| - 1/|R_2| + 1/|R_3| = 0$(像面が平ら)から決め、位置を焦点距離 18.6 m になるように決める
- 3枚の $K$、副鏡・第三鏡の位置と曲率、焦点位置を、視野半径 0.30°〜0.72° の RMS 波面誤差を最小化するように Levenberg–Marquardt 法で最適化(焦点距離は毎回 18.6 m に拘束)





