先日、WaytoAGIコミュニティが主催し、TikTokを運営するByteDanceがスポンサーを務めた「Vibe Codingハッカソン」に参加してきました。本イベントは、Vibe Codingを用いてアプリ開発を行うことを目的としており、使用ツールとしてTrae.aiのSOLOモードを体験しました。
このハッカソンを通じて得られた、AI時代の市場動向、ツールの効率性、そして今後の開発に必要な「アイデアの質」について、詳細にご報告します。
1. AIが超える市場規模と日本の現状
イベント内のスピーチでは、まずAIがもたらす巨大な市場の可能性が示されました。世界のSaaS市場規模は113億ドルとされていましたが、AIはこのSaaS市場を超えると予測されているとのことです。
(筆者補足)
この「113億ドル」という数値について、複数の市場調査レポート(Fortune Business Insightsなど)を別途調査したところ、2024年時点での世界のSaaS市場規模は約2,100億ドル〜4,000億ドル(数十兆円)規模と推定されており、桁が大きく異なるようです。
イベントでの数値は、特定のニッチ分野や古いデータであった可能性も考えられます。いずれにせよ、AIが既存のSaaS市場を超える巨大な可能性を秘めているという論旨は変わりません。
そして、日本国内でのAI浸透には大きな課題があることも浮き彫りになりました。スピーチによれば、日本で1日に使われているトークン数は、タイのわずか1/100だそうです。これは、日本のAI市場が巨大な潜在的なパイを秘めているか、あるいはまだ誰も本格的にAIを使っていない現状を示しています。
またAI浸透が進まない理由の一つとして、日本では働いている人の68%が現場社員である点が挙げられました(これはアメリカの現場社員比率が約30%であることと比較しても非常に高い割合とのことです)。
(筆者補足)
これらの「トークン数」や「現場社員比率」に関する具体的な数値は、イベント独自のデータである可能性が高く、公開されている第三者機関の調査では客観的な裏付けを見つけることはできませんでした。
とはいえ、日本のAI活用が他国に比べて遅れている、あるいは現場の比重が高いという課題認識は、多くのレポートで指摘されている点です。
今後、市場で伸びていく人材は、このAIモデルと現場社員の橋渡し役を担える存在かもしれませんね。
2. Trae.aiの効率性と「精神と時の部屋」状態
今回使用したTrae.aiは、その効率性が際立っていました。スピーチでは、Trae.aiのトークン消費量はGPTの1/4程度でありながら、クオリティはそれほど見劣りしない状況だと説明されました。
(筆者補足)
この「トークン消費量が1/4」という表現は、技術的な消費量そのものというより、APIを直接利用する場合と比較した**「コストパフォーマンス」**を指している可能性が高いです。Trae.aiが安価な定額プランなどで多様なモデルを提供することにより、結果としてコストを抑えられる点を指しているものと解釈できます。
これは例えるなら、品質は保ちつつ安価に給油できるガソリンスタンドのようなものです。同じ内容(モデル)でより安価を求めるのであれば、Trae.aiを使用してみるのはいいと思います。
AIツールの導入により、開発の生産性は劇的に向上しています。数週間かかる開発が数時間で完了するレベルであり、現代の開発環境は、まさに**「精神と時の部屋」状態**だと言えます。
そして、この急激な効率化の可能性により、これからはアイデアの質が重要になっていくとされています。
アイデアが形になるフェーズが、Vibe Codingで急激に短縮され、プロトタイプのリリースまでの期間が圧倒的に短くなるため、先に市場へ出たサービスが有利になるからです。(AI以前もそうだったのですが、それがより顕著に現れることが予想されます)
3. アイデアの質を高める3つの視点
今後の開発や事業において重要となるアイデアの方向性として、以下の3つが提示されました。
①限界こそ機会(Turn limits into opportunities)
②未来より目先の1年:1年先に実現しそうなものを今から作るのが良い。3ヶ月後にありそうなものは既に誰かが作っている可能性が高い。
③プロダクトではなく、記憶に残る体験:例えば、中国のタクシーにマッサージチェアやフレグランスが搭載されているような、プラスアルファの体験価値をAIを使って提供していくことが重要。
4. ハッカソン参加体験と勝敗を分けた要素
4-1. チーム開発とプロジェクト概要
私たちチームは、録音機能、感情の得点入力、生年月日からのバイオリズム表示機能を持つ、日記・記録アプリを開発しました。UIを含めた機能の完成度自体は高かったと感じていますが、残念ながら入賞は果たせませんでした。(中国企業が主催ということもあり、日本語がわからない人が多く、そういった人には直感的に伝わりづらいプロダクトだったことも大きな要因です)
4-2. リアルタイム性と斬新さの重要性
他のチームの発表を見て感じたのは、入賞作品は総じてリアルタイム性があるものがウケていたという点です。
- 表情を動かすと、表示されているモンスターの体力が減っていく表情筋ダイエットのゲームアプリ。
- 社内でランチを一緒に食べる相手をマッチングするアプリケーション(今すぐ使えて動的に動く)。
イベント参加者が評価者となっていたため、そもそも彼らが先進的なものに熱量を持つ層であったという背景もありますが、これらのリアルタイム性と斬新なアイデアを持つアプリが評価を得ていました。
4-3. 個人開発の難しさ
個人開発で発表していた参加者もいましたが、一人で登壇(入賞)できた人はいませんでした。個人で戦うことはアイデア面で厳しいだけでなく、開発能力とは別に、プレゼンテーション能力や営業活動、発信力といった要素が求められるため、両方持っていないと勝ち上がることが難しいという現実はあるなと感じました。
5. AI活用の課題:記憶、ROI、そして現場
5-1. AIの記憶とRAGの重要性
現在のAIが記憶機能を持たない理由として、コンテキストウィンドウに限界があり、長すぎるテキストは推論能力を低下させるためだとされています。ゆえに、企業向けにドキュメントをAIに学習させる(RAG:Retrieval-Augmented Generation のような仕組み)やAIのメモリーが極めて重要になります。現在のAIエージェントは「経験から学べない」という課題もあります。
またRAGについては、最近ChatGPTやGeminiでDriveを参照できるようになっており、「個別のツール」から「プラットフォームの標準機能」として昇華されているように感じます。そういう意味では、RAG自体の価値というのは薄れていきそうに思います。
5-2. DXとAXの成功率
AIへの投資(AX)は、投資前、投資中、投資後のROI(投資収益率)が見えにくいという課題があります。イベントのスピーチでは、ガートナーの予想として「日本のDXプロジェクトの成功率は50%だが、AXプロジェクトの成功率は60%程度になるものの、40%はキャンセルされる」と紹介されました。
(筆者補足)
このガートナーの予測に関する具体的な数値についても、公開されているレポートでは直接的な裏付けを見つけることはできませんでした。
ただし、ガートナーがDX/AIプロジェクトのROIの定義や難易度の高さを指摘していることは事実であり、スピーチの論旨(AXの難しさ)自体は妥当なものです。
キャンセルの理由には「ROIがない」「やりたいだけ」「As-Is(現状)がない」といった点が挙げられます。
業務フローには、業務、データ、システム、技術の4つのフローしかありません。Vibe Codingのように「ToBe」を定めなくてもコーディングができることで、サービス導入後のROIなど、商品に対する具体的なイメージを短時間で経営層や意思決定者に理解させることができるのが大きなメリットです。
それから、AXを推進する現場の人間は、AIを導入する理由と、それがなぜ安全なのかを経営側に説明できる必要があると感じました。DXが万人(全員の協力)を必要とするのに対し、AXは一騎当千(一部の優秀な人材)の側面があり、そして、DXはAXの前提条件であるとも言えそうです。
6. 今後の展望と最適なAI活用フェーズ
6-1. 現場の声のリアルタイム記録の必要性
企業全体でAXを推進する場合、現場のオペレーションや生の声を確実に拾う必要があります。推進担当者が週に一度ヒアリングに来るのではリアルタイム性に欠けます。例えば、現場社員がワンタップで「こういう顧客対応をしました」といった音声を記録・記憶するアプリがあれば、それがデータとして集まって適切に整理されれば、最終的には全社的なAXに大きく役立つでしょう。
この時、ユーザーの興味を持続させるには、前述の「敵を倒す」ようなゲームフィケーションの要素が必要です。リアルタイム性やゲーミフィケーションがないと、成果(効能)が即座に分からず、データが蓄積されてようやく見えてくる「ボディブロー」のような効果しか得られないため、利用者が定着しにくいのです。
6-2. 最適なAI活用法:アイデアの具現化と提案
個人的な見解として、現時点ではTrae.aiが金額的にも機能的にも使いやすく、コストを抑えつつ活用できるツールだと感じています。正直、CursorもTrae.aiもClaude Codeも、機能的にはそこまで大きくは変わらないですし、使用できるモデルもだいたい同じです。(Trae.ai以外は使用できる回数に制限があります。)なので、エンジニア以外でVibe Codingを試してみたい、という人にはTrae.aiがおすすめです。(エンジニアの場合は、好みや業務、職種によるので)
現状、AIの最も正しい使い方は、アイデアを短時間で形にし、ROIをテストすること、そして経営陣や顧客への提案のタイミングで活用することです。本来、要件定義の段階で時間とコストをかけてコーディングが必要だったところを、AIを使うことで短時間でプロトタイプを作成し、認識のすり合わせが可能になります。字面だけの要件定義やアイデアが、Vibe Codingで短時間で低コストで形になるわけです。これは議論も捗りますよ。ちなみに私は、就業している会社のあるプロジェクト(7月〜9月)で、すでにこれを実施していました。
ただし、Vibe Codingを含むAIによる自動コーディングを全てリリースに利用することには注意が必要です。セキュリティ的な問題に加え、AIが生成するコード(例:TypeScriptやReact)は、インアップブラウザのような特殊な環境でうまく表示できないなど、AIが把握しきれない実装上のデメリットも存在するからです。
結論として、現状は、AIで生成されたコードを人間が読み込んで、リリース可能かどうかを判断するプロセスが不可欠です。
AIエージェントが出現した現代は、例えれば、AIという高性能な調理器具を手に入れたシェフが、レシピの創造や食材の選定という本質的な作業に集中できるようになる、という状況に似ています。
AIは、私たちに「数週間かかる開発を数時間で可能にする」という時間の贈り物を与えてくれます。私たちの生きられる時間には限りがあり、そういう意味ではAIのおかげで私たちはできることが増えるわけです。この余剰時間をいかにアイデアの創出や、人間にしかできない判断・調整(レビュー、経営陣への説明など)に振り分けられるかが、今後のビジネスの成功を左右する鍵となると予想します。