今の成果と、将来の組織の力は同じではない
生成 AI をどう社内で活用するか。費用対効果は出ているのか。どれだけ業務を効率化できるのか。
企業で生成 AI の活用を進める際、こうしたことが議論されています。もちろん、どれも大切です。
ただ、生成 AI が急速に進化している今、個人的に経営層の方にもっと危機感を持っていただきたいと感じているのは、これからの人材育成です。
AI によって今の成果が増えていることと、将来にわたって成果を出せる組織が育っていることは、必ずしも同じではないと考えます。
むしろ、一見すると生産性が上がっている組織の中で、人が育たなくなる問題が進んでしまう可能性もあるのではないかと思っています。
今回は、そのあたりについて、現時点での個人的な考えを整理してみます。
生成 AI の活用は、マネジメントの延長線上にある
他の記事でもよく言っていますが、個人的には、生成 AI を使いこなすことは、マネジメントの延長線上にあると考えています。
- 目的やゴールを伝える
- 守ってほしいルールや手順を示す
- まずやってもらい、結果を確認してフィードバックする
- 必要に応じて、その内容を指示や手順書として残し、次の仕事に反映する
この流れは、人のメンバーに仕事を任せるときとよく似ています。
生成 AI の能力が高まるほど、細かな操作を一つずつ指示するだけでなく、仕事そのものを任せられる場面が増えていくと思います。
そのときに重要になるのが、任せる側の専門性や判断力、そして伝える力です。
何を実現したいのか。何が良い成果なのか。出てきたものの何が足りず、どう直せばよいのか。
それを判断して伝えられる人は、生成 AI を使って、自分の仕事の質に近いアウトプットを引き出せるようになると考えます。
ここで起きていることは、単なる時間の削減にとどまりません。分野や仕事内容によっては、一人が生み出せる成果そのものが何倍にもなる。そこに、生成 AI の大きな可能性を感じています。
AI のアウトプットが、そのまま本人の実力になるわけではない
ただし、誰もが同じように使いこなせるわけではないと思っています。
仮に、仕事で求められる成果を 10 点とします。
その仕事に十分な専門性がある人なら、AI が最初に出してきたものが 4 点だったとしても、不足を見抜き、修正を指示して、7 点、8 点へと近づけていけます。
一方、その仕事を始めたばかりの人にとっては、AI が出してきた 4 点や 5 点の成果物が、十分に良いものに見えるかもしれません。何が足りないのかが分からなければ、そこから質を上げることは難しくなります。
これは、新人に「5 年目の先輩が作った資料をレビューしてください」とお願いする状況に似ていると思います。
「よくできていると思います」とは言えても、その資料が目的に合っているのか、前提に抜けがないか、実行するうえで問題がないかまでは、なかなか判断できないのではないでしょうか。
AI によって、自分の現在の能力を超える成果物を手にすることはできます。しかし、その成果物を評価し、改善し、責任を持って使えるかどうかは、別の問題だと考えます。
エースが AI で成果を増やしている会社は、本当に強くなっているのか
専門性とマネジメント能力を持つ人が、AI によって何倍もの成果を出す。企業にとって、非常にありがたい存在だと思います。
ただ、そこで考えておきたいのは、その人が抜けた後のことです。
定年を迎えるかもしれませんし、組織に魅力を感じなくなり、別の場所へ移るかもしれません。
そのとき、同じように AI へ仕事を任せ、結果を判断できる人が育っていなければ、組織の力は一気に落ちてしまう可能性があります。
失うのは、その人自身が手を動かしていた分だけではありません。その人が AI を使って生み出していた成果も含まれます。
以前から若手が育たない。採用しても定着しない。優秀な人が辞めてしまう。
そうした課題を抱えたまま、一部のエースの成果が AI によって増えているとしたら、足元の数字だけでは、組織の将来は判断できないと考えます。
今の成果が増えたことによって、人材育成の問題が見えにくくなっていないか。 ここは、経営として確認しておきたい点かなと思っています。
ナレッジ化すれば、エースの仕事を再現できるのか
生成 AI を活用して、ベテランに属人化していた暗黙知や経験をナレッジ化し、他の人でも再現できるようにしようというアプローチもあると思います。エージェントスキルなども、そのうちの一つかなと思っています。
もちろん、これらは組織を継続するうえで非常に重要なことだと思います。
ただ、何でもナレッジ化すれば、多くの人がベテランやエースのやっていることを再現できるのかというと、個人的にはイエスではない部分もあると思っています。
この点については、以前以下の記事で整理しました。
知見を共有できることと、同じ品質で再現できることは、必ずしも同じではありません。特に、対話や調整を通じて意思決定に関わる仕事では、相手の理解度や感情、関係性など、その場で変わるものを読みながら判断しています。そうした部分は、手順として残すだけでは引き継ぎにくいと考えます。
ナレッジ化はナレッジ化で重要です。ただ、それと並行して、いえ並行以上に、その知見を使いこなせる人を育てることが重要だと考えています。
「新人に頼むより AI の方が早い」の先にあるもの
人材育成をさらに難しくしそうだと感じているのが、「新人にお願いするより、AI に頼んだ方が早いかも」と思う場面や感情も、少なからず生まれてきているのではないかということです。
仕事を説明し、任せて、待って、成果を確認し、修正を伝える。それには時間がかかります。自分で AI に指示をした方が、早く、期待に近いものができる場面もあると思います。
目の前の仕事だけを見れば、そう感じるのも自然なことかなと思います。
ただ、それが続いていくと、若手はどこで経験を積めばよいのだろうかとも感じています。
仕事を任される。自分で考える。うまくいかずに指摘を受ける。やり直して、少しずつ判断基準を身につける。
そうした機会が減っていくと、将来、AI を使って高い成果を出せる人も育ちにくくなるのではないかと思っています。
私個人の考えは異なりますが、「AI があるから新人はいらないのでは」という考えも、今の仕事を回すことだけを考えれば、成立する場面があるかもしれません。
ただ、数年後に誰が仕事を任せる側、判断する側を担うのかまで、考える必要があると思っています。
成果物の点数と、本人の成長を分けて見る
では、AI を使うことが当たり前の環境で、どのように人を育てればよいのでしょうか。
個人的には、本人が次に乗り越える課題にまで落とし込んで、フィードバックすることが、これまで以上に重要になると考えています。
先ほどの点数の例でいえば、本人はまだ 1 点の段階でも、AI によって 4 点や 5 点の成果物を提出できることがあります。
そこで、成果物だけを見て「できるようになった」と判断してしまうと、本人の理解が置き去りになります。
なぜこの構成にしたのか。なぜこの提案を選んだのか。別の条件だったら、どう変えるのか。
そう聞いたときに、「AI がそう言っていたからです」としか答えられないのであれば、本人が理解できていない部分に戻る必要があると考えます。
いきなり成果物全体を改善させるのではなく、次のように小さく分けていくイメージです。
- まずは目的を整理する
- 次に、判断に必要な情報を確認する
- 一つの提案について、理由と懸念点を説明してもらう
本人が考えられる大きさの課題に分けて、2 点、3 点へと地力を上げていく。その積み重ねによって、AI に伝える内容も、出てきたものを評価する力も変わってくるはずです。
考え抜く経験を、意図的につくる
地力をつけるには、一定の期間と経験が必要だと思います。
難しい課題に向き合い、自分なりに考え、指摘を受けてやり直す。そうした密度のある経験は、簡単には省略できないと感じています。
これは、単に長時間働けばよいという話ではありません。限られた時間の中でも、本人が考え、判断し、結果を振り返る経験をどう確保するかという話です。
AI に聞けば、すぐに答えらしいものが出てきます。だからこそ、答えを得たところで終わらず、「なぜそれでよいのか」を考える機会が必要になります。
AI を使わせないことが目的ではありません。AI を使いながらも、本人の中に知識や判断基準が残るように育てることが大切なのだと思います。
まとめ
今回は、生成 AI の活用が進む中での人材育成について、現時点で考えていることを整理しました。
生成 AI の導入効果を測ることも、活用を広げることも必要です。そのうえで、経営として問い続けたいのは、次のことではないかと思っています。
今のエースがいなくなった後も、AI に仕事を任せ、その成果に責任を持てる人が育っているか。
生成 AI が進化するほど、それを使う人の専門性や判断力をどう育てるかが、組織の将来を左右する。私は、その危機感を今こそ持つ必要があると感じています。
本記事が、AI 活用と人材育成の両立を考える方のお役に立てば幸いです。



