この記事は電通大プログラミング教室 Advent Calendar 2025 17日目の記事です。
3行でわかるこの記事の全て
- 入る学校はちゃんと考えよう
- 怪しいなと思ったら関わらない
- 動くなら早く動こう
こんにちは、たきすきです。
11日目に続き2本目のUECPGアドカレ2025、今度は高校選びを失敗した話について書こうと思います。
高校について
あまり細かい話をして学校バレするのも嫌なので概要だけ列挙すると
- 偏差値60台前半の典型的自称進
- 進学先としては私立文系がメイン, 国立や理系は少ない
- 併願先としてそれなりに人気はある
という学校でした。
内申点というゴミ制度の影響で第一志望にしていた都立高校を諦めざるを得なかった私は、この見るからに国立理系に優しくない高校へかろうじて入学、高校生活を満喫するつもりでした。
誤算1:方向性の違い
帰宅部よりは幾許かマジであろうと仮入部期間に訪れたパソコン部は、それはもうひどいものでした。
誰一人としてコードを書けない,現実の会話にも関わらずネットミームが飛び交う,etc......
そもそもの活動内容からしてRPGツクールでのゲーム制作と動画編集だったので私とは合わないことは火を見るよりも明らかだったにかかわらず、何を思ったか私は入部を決意してしまいます。
(作業環境としては持っておいて損はないかみたいなことを思ったような記憶がなんとなくあります)
とにもかくにもこの部活に入部してしまった私は、ここで地獄を見ることになりました。
誤算2: 人間性の違い
何作ってるの?と上級生に聞かれた際、私は当時Unityで制作していたレースゲームを見せました。
「クラッシュして爆発したら面白いのに」
この時言われたこの言葉を、私は終生忘れることができないと思います。
当時私が作っていたゲームは、SIEのグランツーリスモなどのようなどちらかといえばリアル寄りのゲームでした。
それはグラフィックから見ても普通に分かることだったの思うのですが、なぜかあの上級生はこう言い放ったのです。
.......これ以上はただの愚痴になりそうなのでここらへんでとどめておきます。
誤算3: 事なかれ主義
部活から3年が引退して2年が主導権を握った初回、なにかやりたいことはないかと全体に対しての問いかけがありました。
何を思ったかかねてより温めていた改革案を提出した私は、後で読んでおくからLINEに送っといてと返答を受けます。
送信はしました。今日に至るまで既読はついていません。
そんなこんなでガン萎えした私は、ついに部活に顔を出すことすらやめてしまいました。
結果的にこれはおそらく悪手だったのですが、この当時はそんなこと知る由もなく.......
しばらく兼部先にのみ顔を出していた私は、2年次からまたこのパソコン部へ顔を出し始めます。
転機
また顔を出し始めた部活で、私はあることに気づきました。
まだまだ使えるパソコンたちが重くて使えないものとして放置されていることです。
それも、使えるパソコンが少ないため複数人で一台という体制を敷いている状況下で、です。
なんだかアホらしく見えました。
しかし、私はさらに気づきます。
"このパソコンたちに環境を作ってあげれば部活としてプログラミングを行うことも可能では?"
私はこの十数台の哀れなパソコンたちに、Debianを導入しました。
Debianだった理由は単純で、32bit機も十数台のうちに含まれていたからです。
コーディング以外の要素でコケることがないよう、なるだけ同じ環境を構築しようとしての判断でした。
この時点で2年次後半、ここから部活側の体制を整えるには時間がなさ過ぎました。
翌年度、1年生にはプログラミングに興味のある人とコーディングができる人はぜひ来てほしいという旨を伝えましたが、結局最後までその人材は来ず。
ただ環境を作っただけのパソコンとそれに関連する引き継ぎ書を残し、私は部活を引退しました。
まとめ
普通科高校のパソコン部ごときに本当の進学校だとか科技/多摩科技、SSH各校のそれをもとめるべきではないです。
もしこれを読んでいる中学生がいて、なおかつコンピュータ関連の話をしたいのならば、高専などに行きましょう。
その方が幸せです。