ここでは,選択肢集合を $X = \mathbb{R}^N_{+}$ と表す.バンドルは $\boldsymbol{x} \in X$ や $\boldsymbol{y} \in X$ や $\boldsymbol{z} \in X$ を使う.
合理性
選好に基づく消費者行動の分析をする上で基本的な概念となる,選好の合理性(rationality)についてここでは論じる.
合理的な選好とは,以下のように完備性(completeness)と推移性(transitivity)の両方を持つ選好のことである.
合理性(rationality)
以下の2つの性質を持つ選好は合理的である.
(1) 完備性(completeness):
$\forall \boldsymbol{x} \in X, \ \forall \boldsymbol{y} \in X$ について,
(i) $\boldsymbol{x} \succsim \boldsymbol{y}$
または
(ii) $\boldsymbol{y} \succsim \boldsymbol{x}$
または
(iii) (i)と(ii)の両方(i.e. $\boldsymbol{y} \sim \boldsymbol{x}$)
のいずれが一つが成り立つ.
(2) 推移性(transitivity):
$\forall \boldsymbol{x} \in X, \ \forall \boldsymbol{y} \in X, \ \forall \boldsymbol{z} \in X$ について,$ \boldsymbol{x} \succsim \boldsymbol{y} \ \land \ \boldsymbol{y} \succsim \boldsymbol{z} \Rightarrow \boldsymbol{x} \succsim \boldsymbol{z} $ が成り立つ.
完備性について詳しくは別記事 Preference-based Approach を参照.
推移性は,簡単に言えば選好が「循環するリング状($ \boldsymbol{x} \succsim \boldsymbol{y} \succsim \boldsymbol{z} \succsim \boldsymbol{x} $)にならない」ということである.
以降の副節で,合理的である選好・合理的でない選好の例を挙げる.
例1: バンドルの要素の和が多いほど嬉しいという選好
最も単純な例として,バンドルの各要素全てが財(goods; すなわち沢山あるほど嬉しい)を表し,各要素の和が大きいバンドルほど選好されるようなケースを考える.
この選好は以下のように定義できる.
\forall \boldsymbol{x} \in X, \ \forall \boldsymbol{y} \in X \ \mathrm{について,}\\
\boldsymbol{x} \succsim \boldsymbol{y} \Leftrightarrow \sum_{i=1}^{N}x_i \ge \sum_{i=1}^{N} y_i \hspace{2em} \cdots (*)
この選好は完備性・推移性の両方を満たす(非負の実数の和と大小比較の性質から明らか)ので,合理的である.
例2: 2つのバンドルの"差"が小さ過ぎるときは無差別という選好
$N=1$ という1財のみの単純な場合で,2つのバンドルの差の絶対値が1より小さいときは無差別であり,差が1以上のときは大きい方のバンドルが選好されるケースを考える.(こまけえこたあいいんだよ,の心境)
この選好は以下のように定義できる.
\forall x \in X=\mathbb{R}_{+}, \ \forall y \in X=\mathbb{R}_{+} \ \mathrm{について,}\\
\begin{cases} x \succ y &\Leftrightarrow& x - y \ge 1 \\
x \sim y &\Leftrightarrow& \left| x - y \right| < 1 \end{cases} \hspace{2em} \cdots (**)
このとき,例えば $x = 1.8, \ y = 1.2, \ z = 0.4$ とすると,$x \sim y \ \land \ y \sim z$ が成り立つが,$x$ と $z$ の差は1以上なので $x \succ z$ となり,$x \sim z$ が成立せず推移性が崩れる.つまり,この反例により $(**)$ の選好は合理的でないことが示される.
例3: 集計された選好
選好の集計,生産関数の集計など,集計(aggregation)はミクロとマクロを繋ぐ一つのキーワードである.
ある一人の消費者の選好について論じたり,または全ての消費者が同じ選好を持つ仮定を設けるのは余りに制約が大きい.普通は色々な選好を持つ消費者が市場にはいるので,市場全体で消費者の振る舞いをみる場合には,しばしば選好の集計を考える.
烏龍茶,玄米茶,緑茶を揃えているコンビニを例にとってみて,消費者$1$は次のような選好$\succsim_1$を持つとしよう.
\mathrm{烏龍茶} \succsim_1 \mathrm{玄米茶} \succsim_1 \mathrm{緑茶}
別の消費者$2$は次のような選好$\succsim_2$を持つとしよう.
\mathrm{玄米茶} \succsim_2 \mathrm{緑茶} \succsim_2 \mathrm{烏龍茶}
さらに別の消費者$3$は次のような選好$\succsim_3$を持つとしよう.
\mathrm{緑茶} \succsim_3 \mathrm{烏龍茶} \succsim_3 \mathrm{玄米茶}
ここで,多数決ルール($A \succsim_i B$ が多数派ならばこの市場の消費者は $A \succsim B$ という選好を持つとするルール)に従って各消費者の選好を集計してみよう.
すると,$\mathrm{烏龍茶} \succsim_i \mathrm{玄米茶}$,$\mathrm{玄米茶} \succsim_i \mathrm{緑茶}$,$\mathrm{緑茶} \succsim_i \mathrm{烏龍茶}$となる消費者がそれぞれ2人ずつで多数派なので,市場全体で以下のような消費者の選好が成立する.
\mathrm{烏龍茶} \succsim \mathrm{玄米茶} \succsim \mathrm{緑茶} \succsim \mathrm{烏龍茶}
これは明らかに推移性を満足していない(循環している)ので,完備ではない.
効用関数
選好関係を数値の大小関係に対応させることができるとき,その選好は効用関数で表現できるという.効用関数 $u: X \rightarrow \mathbb{R}$ の定義は以下の通り.
効用関数(utility function)
$\forall \boldsymbol{x} \in X, \ \forall \boldsymbol{y} \in X$ について,選好 $\succsim$ が効用関数 $ u: X \Rightarrow \mathbb{R} $で表現されることの定義は以下が成立することである.
\boldsymbol{x} \succsim \boldsymbol{y} \Leftrightarrow u(\boldsymbol{x}) \ge u(\boldsymbol{y}) \hspace{2em} \cdots (***)
このような関数 $u(\cdot)$ を効用関数という.
合理的かつ連続な選好は効用関数でによって表現できる.連続性についてはMWGを参照.
効用関数は選好の順序を実数値の大小関係で表すものであり,あくまで効用の値でランク付けするという順序関係の指示機能のみが重要である.従って,順序関係が保持される限り効用の値そのものは様々なものをとってよいので,ある合理的な選好を表す効用関数は無数にある.
例えば,任意の厳密な増加関数 $f(\cdot)$ を用いると $f(u(\boldsymbol{x})) \ge f(u(\boldsymbol{y}))$ という $(***)$ と同じ関係が成り立つので,合成関数 $f(u(\cdot))$ もまた効用関数となるから,このような増加関数を考えれば無数に効用関数があることはイメージしやすい.
参考文献
- Munoz-Garcia, F. (2017) Advanced Microeconomic Theory: An Intuitive Approach with Examples. The MIT Press, ISBN: 978-0262035446.
- Mas-Colell, A., Whinston M.D., and Green, J.R. (1995) Microeconomic Theory. Oxford University Press, ISBN: 978-0195102680.