本記事はPreference-based Approach: Introductionの続き
ここでは,選択肢集合を $X = \mathbb{R}^N_{+}$ と表す.バンドルは $\boldsymbol{x} \in X$ や $\boldsymbol{y} \in X$ を使う.
#完備性
まずは厳密な選好(strict preference)について考える.
厳密な選好を表す記号は $\succ$ で,$\boldsymbol{x} \succ \boldsymbol{y}$ は「$\boldsymbol{y}$ よりも $\boldsymbol{x}$ を厳密に好む」という意味である.
と書くと,なんかよく分からないかもしれないが,要するに「確実に $\boldsymbol{y}$ よりも $\boldsymbol{x}$ の方が好き(同程度ではなく確実に $\boldsymbol{x}$ の方が好き)」という意味である.
また,無差別な関係(indifferent relation)を表す記号は $\sim$ で,$\boldsymbol{x} \sim \boldsymbol{y}$ は「$\boldsymbol{x}$ と $\boldsymbol{y}$ とは選好において無差別」という意味である.要するに「どっちを選んでも当人にとって同じ」という意味である.
厳密な選好および無差別な関係の記号を使うと,選好の完備性(completeness)の定義は以下の通りである.
完備性(completeness) -表し方その1-
$\forall \boldsymbol{x} \in X, \ \forall \boldsymbol{y} \in X$ について,
(i) $\boldsymbol{x} \succ \boldsymbol{y}$
または
(ii) $\boldsymbol{y} \succ \boldsymbol{x}$
または
(iii) $\boldsymbol{x} \sim \boldsymbol{y}$
のいずれか一つが必ず成り立つとき,この選好は完備であるという.
アンケートの例でいうと,「以下のどれか一つにチェックを入れてください」という質問で,
- リンゴよりミカンが好き
- ミカンよりリンゴが好き
- どっちでもいい
という項目があり,必ず一つだけチェックが入るようなとき選好が完備である.
ちなみに,世の中のあらゆる二項関係が完備性を備えているわけではない.
例えば「…は~の弟子である」という二項関係について考えると,子弟関係には全くない赤の他人同士は世の中にごまんといるのだから,完備性が成り立つ二項関係ではないことがすぐ分かるだろう.1
一方,厳密ではない(弱い)選好について考えると,これを表す記号は $ \succsim $ で,$\boldsymbol{x} \succsim \boldsymbol{y}$ は「$\boldsymbol{y}$ より $\boldsymbol{x}$ が同等以上に好き」という意味である.2
この(弱い)選好を使うと,無差別な関係は以下のようになる.
無差別な関係と(弱い)選好
\forall \boldsymbol{x} \in X, \ \forall \boldsymbol{y} \in X \ \mathrm{について,}\\
\boldsymbol{x} \succsim \boldsymbol{y} \ \land \ \boldsymbol{y} \succsim \boldsymbol{x} \ \Leftrightarrow \ \boldsymbol{x} \sim \boldsymbol{y} \hspace{2em} \cdots (*)
要するに,先ほどのアンケートの例を援用すると,
- リンゴよりミカンが同程度以上に好き
- ミカンよりリンゴが同程度以上に好き
という二択で,両方にチェックを入れるとき(つまり $\mathrm{リンゴ} \succsim \mathrm{ミカン} \ \land \ \mathrm{ミカン} \succsim \mathrm{リンゴ} $ のとき),その人にとってはリンゴとミカンの選好は無差別というわけである.
(弱い)選好の記号を使った完備性の定義は,上記のアンケート例で言うと,どちらか一方のみにチェックがつく(i.e. リンゴまたはミカンの一方のみが弱く選好される),または両方にチェックがつく(i.e. リンゴとミカンが無差別)ことが成立することである.つまり,以下の通りである.
完備性(completeness) -表し方その2-
$\forall \boldsymbol{x} \in X, \ \forall \boldsymbol{y} \in X$ について,
(i) $\boldsymbol{x} \succsim \boldsymbol{y}$
または
(ii) $\boldsymbol{y} \succsim \boldsymbol{x}$
または
(iii) (i)と(ii)の両方(i.e. $(*)$ より $\boldsymbol{x} \sim \boldsymbol{y}$)
のいずれか一つが必ず成り立つとき,この選好は完備であるという.
ちなみに,通常,(弱い)選好については以下の反射性(reflexivity)が成立する.
反射性(reflexivity)
$\forall \boldsymbol{x} \in X$ について,$\boldsymbol{x} \succsim \boldsymbol{x}$ が成立する.
ここで,便宜上,上記の $\boldsymbol{x} \succsim \boldsymbol{x}$ で左側と右側の$\boldsymbol{x}$ の色を変えてみる.(どちらも同じものだが見た目を変えるだけ)
すると,$\color{red}{\boldsymbol{x}} \succsim \color{blue}{\boldsymbol{x}}$ で,左側の $\color{red}{\boldsymbol{x}}$ と右側の $\color{blue}{\boldsymbol{x}}$ を入れ替えても当然同じものだから $\color{blue}{\boldsymbol{x}} \succsim \color{red}{\boldsymbol{x}}$ となるわけで,$(*)$ より $\boldsymbol{x} \sim \boldsymbol{x}$ が成り立つ.
つまり,無差別な関係も反射性を満たすわけである.3
##厳密な選好と(弱い)選好
今さらながら,厳密な選好は(弱い)選好を使って定義することができる.
厳密な選好 $\succ$ は,要するに(弱い)選好 から無差別な関係の部分を排除したものであるから,以下のように定義できる.
(弱い)選好による厳密な選好の定義
$\forall \boldsymbol{x} \in X, \ \forall \boldsymbol{y} \in X$ について,
$\boldsymbol{x} \succsim \boldsymbol{y} \ \land \ \lnot \left( \boldsymbol{y} \succsim \boldsymbol{x} \right)$
であるとき,$\boldsymbol{x}$ は厳密に $\boldsymbol{y}$ より選好されるといい,記号で $\boldsymbol{x} \succ \boldsymbol{y} $ と表す.
すなわち,以下が成り立つ.
\forall \boldsymbol{x} \in X, \ \forall \boldsymbol{y} \in X \ \mathrm{について,}\\
\boldsymbol{x} \succsim \boldsymbol{y} \ \land \ \lnot \left( \boldsymbol{y} \succsim \boldsymbol{x} \right) \ \Leftrightarrow \ \boldsymbol{x} \succ \boldsymbol{y} \hspace{2em} \cdots (**)
Mas-Colell の "Microeconomic Theory" は,(弱い)選好を使って厳密な選好と無差別な関係の両方を定義するスタイルである.要するに $(*)$ と $(**)$ とを最初にズバっと言って,基本的には(弱い)選好だけで話を進めるというもの.
参考文献
- Munoz-Garcia, F. (2017) Advanced Microeconomic Theory: An Intuitive Approach with Examples. The MIT Press, ISBN: 978-0262035446.
- Mas-Colell, A., Whinston M.D., and Green, J.R. (1995) Microeconomic Theory. Oxford University Press, ISBN: 978-0195102680.