はじめに
消費者の行動分析は,ミクロ経済学の一つの柱である.
その際,主に利用される手法は大きく分けて2つあって,一つは preference-based approach (選好を基礎としたアプローチ),もう一つは choice-based approach (選択を基礎としたアプローチ)である.ここでは,前者の preference-based approach に注目して話を進める.
通常,現代の市場経済に生きる我々は消費者として振る舞うことが殆どなので,その行動例の枚挙には暇がない.例えば,コンビニに行けば多くの商品が陳列棚に並んでいる.これらは,消費者が購入対象の候補とする選択肢の集合とみなすことができる.別の例で言えば,ネットショッピングのサイトに表示される数多の商品群もまた,選択肢の集合とみなすことができる.
一般的に考えると,消費者は alternatives set(選択肢集合)$X = \mathbb{R}^N_{+}$ 1から幾つかの商品(1種類でもいいし複数種類でもいいので,普通はベクトルとみなす)を選択して購入する.このような購入した各商品の量のまとまりをバンドル(bundle)という.2バンドルはベクトル $\boldsymbol{x} \in X$ として表す.
なお,$\boldsymbol{x}$ は選択肢集合 $X$ と同じ $N$ 次元だが,「普通,$N$ 種類も買わないよ」と思うかもしれないが,「買わない商品(これを $k$ 番目の商品とする)」は $\boldsymbol{x}$ の $k$ 番目の要素を $x_k = 0$ とすればよいので,バンドルは選択肢集合と同じ次元でも問題ないわけである.
例
ホテルの簡易朝食ビュッフェにおける選択肢集合として $X = \left\{ \mathrm{パン}, \mathrm{白米}, \mathrm{サラダ}, \mathrm{筑前煮}, \mathrm{オニオンスープ}, \mathrm{味噌汁}, \mathrm{コーピー}, \mathrm{煎茶} \right\} = \mathbb{R}^8_{+}$ があるとする.
ある消費者 $1$ は超炭水化物マニアでパン $5$ つと白米 $3$ 杯を選び,コーヒーは苦手なので煎茶を選んだとしよう.(炭水化物は煎茶で流し込むように食べる人)すると,消費者 $1$ のバンドル $\boldsymbol{x}_1$ は
\boldsymbol{x}_1 = \left( 5, 3, 0, 0, 0, 0, 0, 1 \right)
である.
別の消費者 $2$ は,パンには味噌汁という嗜好の持ち主(少数だろうが,こういう人はいる)で,パンを $2$ つサラダと味噌汁を1人前ずつ,またコーヒーを1杯選んだとする.すると,消費者 $2$ のバンドル $\boldsymbol{x}_2$ は
\boldsymbol{x}_2 = \left( 2, 0, 1, 0, 0, 1, 1, 0 \right)
である.
ちなみに,この例では各要素は整数だが,分数などを使って細かく分けられる商品もあるので,そういうときは分数等を使って量を表せる.
2つのアプローチ手法について
殆どのミクロ経済学の教科書について言えると思うが,preference-based approach には多くのページ数が割かれている一方で,choice-based approach は比較的少ないページにまとまっている.
これは,preference-based approach が個人の選好(preference)という「観測できないもの」に注目しているからであり,一方の choice-based approach は選択された結果(上述した「例」の $\boldsymbol{x}_1$ とか $\boldsymbol{x}_2$)という「観測できるもの」に注目しているからである.つまり,前者は観測できないものについての理論なので,当然議論が複雑になるというわけだ.
参考文献
- Munoz-Garcia, F. (2017) Advanced Microeconomic Theory: An Intuitive Approach with Examples. The MIT Press, ISBN: 978-0262035446.
- Mas-Colell, A., Whinston M.D., and Green, J.R. (1995) Microeconomic Theory. Oxford University Press, ISBN: 978-0195102680.
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$\mathbb{R}^N_{+}$ の $+$ は0以上の部分を表す記法である.つまり $\mathbb{R}^2_{+}$ は2次元平面の軸を含む第1象限である.普通は「$-3$ 個買う」なんてことは言わない(「$-3$ 個買う」というのは「$3$ 個売る」のと同じ意味かもしれないが,「消費者」は売ることはしないという前提がある)のと同じで,0以上の量しか考えない.なおメルカリでもブックオフでも,我々が中古物を売る立場になる場合,それは消費者ではなく生産者的な振る舞いをしているので,消費者理論ではこういう状況は考えない. ↩
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bundle の訳語には「束(たば)」とか「塊(かたまり)」が当てられるらしいが,多くの和文のミクロ経済学の文献ではそのまま「バンドル」とカタカナ表記するので,この表記に慣れるとよい.なお,「財バンドル」という言い方をすることも多いが,これだと「財(goods; つまり,あればあるほど嬉しいもの)」だけしか扱わないという印象を個人的に受けるので,「バンドル」という言い方を採用する.経済学で扱う物には二酸化炭素排出量などのように「bads(少ないほど嬉しいもの)」もあって,これもバンドルの要素として考えてもよい.ちなみに,Mas-Colell の "Microeconomic Theory" では commodity bundle (商品バンドル)という言い方も使っているが,余り和文献では見ないようなので採用しないことにした. ↩