コリオリって何それ?美味しいの?
はじめに
「人類が増え過ぎた人口を宇宙に移民させたスペースコロニーを舞台とした某アニメ」が作られてから半世紀が過ぎようとしている。
スペースコロニーにおける物理学について詳しくは参考文献をあたって欲しいが,コリオリの力など大学レベルの数学・物理学の能力を前提にしており,はっきり言って難しすぎる。そのせいか中途半端で不正確な認識が広まったような気がして,衆知を集めるAIの意見も必ずしも信用できないのは怖いところでもある。
本記事の目的は(国民の大半が理解し得るはずの)高校レベルの数学でスペースコロニーにおける物理学を説明しようというものである。
そもそもの疑問
重力とは無限遠まで到達する遠距離力であり,地上で重力を感じるのは当然のこととして,空中に浮いている物体にも重力が働くので,重力に反する浮力や推力,揚力などが無ければ地表に落下してしまう。
一方,スペースコロニー内で発生させている疑似重力は自転による遠心力由来であるから,スペースコロニーの内壁では疑似重力を感じることができても,ジャンプなどにより内壁から僅かでも離れてしまえば疑似重力を感じないはずである。
あれれ?スペースコロニー内でジャンプするとそのままふわふわと空中浮遊してしまうのだろうか?
問題設定
スペースコロニーの内壁上の点Aから中心点Oに向けて,すなわち真上にジャンプしたときの軌道を考えよう。ジャンプしたときの垂直方向の初速 $v$ とする。一方,スペースコロニーは自転しており内壁上の点Aにおける水平方向の速度 $V$ とする。スペースコロニーの外側から見ると,垂直方向の速度 $v$ と水平方向の速度 $V$ の合成ベクトル $V'$ の方向に飛んでいくことになる。空気抵抗を無視すれば,速度 $V'$ の等速直線運動で飛んでいき,コロニーの内壁上の点Bに着地することになる。
このとき点Aから点Bまで速度 $V'$ で直線移動する時間と,スペースコロニーの自転により内壁上の点Aが点Bの位置まで回転する時間が同じであれば,たんにジャンプして元の位置に着地したように見えるはずである。
高校レベルの数学で解く
垂直方向の速度 $v$ と水平方向の速度 $V$ として,
\frac{v}{V} = \tan \theta \tag{1}
とおくと,二等辺三角形OABの中心角 $\angle{AOB} = 2 \theta$ となるから,線分ABの長さはスペースコロニーの半径 $R$ とおくと
\overline{AB} = 2R \sin \theta \tag{2}
となり,線分AB間の移動時間 $t_1$ は
t_1 = \frac{2R \sin \theta}{V'} \tag{3}
となる。$\sin \theta = v / V'$ であるから
t_1 = \frac{2Rv}{(V')^2} = \frac{2Rv}{v^2 + V^2} \tag{4}
となる。一方,スペースコロニーが自転により点Aから点Bまで回転に要する時間 $t_2$ は,自転の角速度 $\omega$ とおくと
t_2 = \frac{2\theta}{\omega} \tag{5}
となる。$V = R \omega$ であるから
t_2 = \frac{2R \theta}{V} \tag{6}
となる。ここで $V \gg v$ であれば $\theta \approx \tan \theta = v / V$ と近似できるので
t_2 \approx \frac{2Rv}{V^2} \tag{7}
となる。一方,式 $(4)$ のほうも
t_1 = \frac{2Rv}{v^2 + V^2} \approx \frac{2Rv}{V^2} \tag{8}
と近似できることから,$t_1 \approx t_2$ が成立する。
厳密には $t_1 < t_2$ である。式 $(3)$ と式 $(6)$ を比べれば一目瞭然であるが,$2R \sin \theta$ は線分ABの長さ,$2R \theta$ は弧ABの長さであるから $2R \sin \theta < 2R \theta$ であり,$V' > V$ でもあるからだ。つまり,厳密にはジャンプしても元の位置には落ちずに少しずれる。
滞空時間
地球上(地上)における重力加速度 $g$ とおく。地球上で垂直方向に初速度 $v$ でジャンプしたときの滞空時間を考える。時間 $t$ における高さ $h$ とおくと,初期条件 $t = 0$ において $h = 0$ として
h = \int (v - gt)dt = vt - \frac{1}{2} gt^2 = \left(v - \frac{1}{2}gt \right)t \tag{9}
となるから,$h = 0$ となるのは $t = 0$ または $t = 2v/g$ である。これより滞空時間は $2v/g$ である。一方,スペースコロニーの内壁において発生する遠心力は重力加速度 $g$ に等しいので $g = V^2 / R$ であるから,式 $(8)$ に代入して
t_1 \approx \frac{2v}{g} \tag{10}
となり,ジャンプしたときの滞空時間も地球上(地上)と変わらないことが分かる。
最高到達点
ジャンプしたときの最高到達点(高さ)を求めよう。地球上(地上)でジャンプした場合は,式 $(9)$ を微分して
\frac{dh}{dt} = v - gt \tag{11}
最高到達点では $dh /dt = 0$ となるから,最高到達点に達する時刻 $t = v/g$ となる。これを式 $(9)$ に代入すれば最高到達点の高さが得られる。
h = \frac{v^2}{2g} \tag{12}
一方,スペースコロニー内でジャンプしたときの最高到達点を考える。線分ABの中点C,弧ABの中点Dとおくと線分CDの長さがスペースコロニーの内壁から見た最高到達点となる。
図2より線分CDの長さは
\overline{CD} = R \left( 1 - \cos\theta \right) \tag{13}
となる。ここで
\begin{align}
1 - \cos\theta &= 1 - \frac{V}{V'} \\
&= 1 - \frac{V}{\sqrt{v^2 + V^2}} \\
&= 1 - \frac{1}{\sqrt{1 + (v/V)^2}}
\end{align} \tag{14}
となり,$v \ll V$ であれば
\frac{1}{\sqrt{1 + (v/V)^2}} = \left[ 1 + \left( \frac{v}{V} \right)^2 \right] ^{-\frac{1}{2}} \approx 1 - \frac{1}{2} \left( \frac{v}{V} \right)^2 \tag{15}
と近似できるので,これを式 $(14)$ に代入すれば
1 - \cos\theta \approx \frac{1}{2} \left( \frac{v}{V} \right)^2 \tag{16}
が得られる。これを式 $(13)$ に代入すれば
\overline{CD} \approx \frac{R}{2} \left(\frac{v}{V}\right)^2 \tag{17}
となる。スペースコロニーの内壁において発生する遠心力は重力加速度 $g$ に等しく,$g = V^2 / R$ であるから
\overline{CD} \approx \frac{v^2}{2g} \tag{18}
となり,ジャンプしたときの最高到達点の高さも地球上(地上)と変わらないことが分かる。
数値解
いちおう数値解を求めておこう。
地球上の地表面上からジャンプして最高到達点 $h$ まで達するのに必要な(垂直方向の)初速度を $v$ とすると,式 $(12)$ より
v = \sqrt{2gh} \tag{19}
となる。スペースコロニー内での滞空時間 $t_1$ は式 $(4)$ より
t_1 = \frac{2Rv}{v^2 + V^2} \tag{20}
である。着地した際の位置のずれ $\Delta x$ は $\theta = \tan^{-1}{v / V}$ として
\Delta x = 2R \theta - V t_1 \tag{21}
である。表1の定数を用いて計算した結果を表2に示す。
| 項目 | 記号 | 数値 | 単位 |
|---|---|---|---|
| シリンダー半径 | $R$ | 3200 | [m] |
| シリンダーの自転周期 | $T$ | 113.5 | [s] |
| シリンダー内壁の線速度 | $V$ | 177.1 | [m/s] |
$V = 2\pi R / T$ という関係である。
| 最高到達点 $h$ [m] |
初速度 $v$ [m/s] |
滞空時間 $t_1$ [s] |
位置のずれ $\Delta x$ [m] |
|---|---|---|---|
| 1 | 4.43 | 0.902 | 0.067 |
| 2 | 6.26 | 1.275 | 0.188 |
| 3 | 7.67 | 1.561 | 0.345 |
| 5 | 9.90 | 2.013 | 0.742 |
| 10 | 14.00 | 2.838 | 2.090 |
| 20 | 19.80 | 3.988 | 5.869 |
| 30 | 24.25 | 4.854 | 10.702 |
| 50 | 31.30 | 6.191 | 22.693 |
| 100 | 44.27 | 8.498 | 61.922 |
日常生活には支障ないかもしれないが,たかだか1~2[m]程度でもボールを投げ上げるだけで数[cm]から十数[cm]のズレが発生してしまうのでスポーツをするときには色々苦労しそうである。バスケットボールのフリースローや3点シュート,ゴルフのアプローチショットなどは影響が無視できないかもしれない。
また 44.27 [m/s] は 159 [km/h] に相当する。プロ野球の打者の打球速度はこのレベルだと思うが,60[m] 以上も落下点がずれるとなればスペースコロニー内で野球はできそうにない。
といいつつ,宇宙世紀のプロスポーツ選手は適応しそうでもある。
タイトルの答え
無重力状態を「物体に働く重力を感じない状態」と定義すると,
スペースコロニーの中でジャンプしたら無重力状態になるの?
という問いには YES となる。ただし,地球上でもジャンプしたら着地するまでの自由落下中は無重力状態になるという点では変わらない。すなわち地球上でもスペースコロニー内でもジャンプすれば地表やスペースコロニー内壁に落下するまでの短い時間は無重力状態にはなるが,そのまま浮遊状態が続くという訳ではないのだ。無重力状態の定義についても参考文献を参照されたい。
無重力とは重力がないという意味です。重力の原因となる星や惑星から遠く離れた空間の性質です。しかし、重力があっても自由落下している空間は無重力と同じ状態になっています。
この回答に納得ができない人は次のように考えてみよう。
無重力空間の中で 1G 加速を続けるエレベータがあったとしよう。エレベータの床面に立っていればちょうど 1G の疑似重力を感じることができる。ジャンプして床面を離れた瞬間から暫くは疑似重力を感じない,すなわち無重力状態になるが,加速を続けるエレベータにいずれ追い付かれて床面に着地すると再び疑似重力を感じるようになる。
この過程を数式で表すと以下のようになる。
時刻 $t = 0$ に速度 $V$ で上昇中のエレベータから相対速度 $v$ でジャンプするとエレベータの外からは合成速度 $V + v$ の等速直線運動で移動するように見えるので,時刻 $t$ における位置は $y_1(t) = (V + v) t$ となる。一方,エレベータは加速度 $g$ で加速し続けるので,時刻 $t$ における速度 $V + g t$,位置 $y_2(t) = V t + g t^2/2$ となる。エレベータ床面からの相対位置 $y_1(t) - y_2(t)$ を求めると式 $(9)$ と同じになる。
y_1(t) - y_2(t) = (V + v) t - \left(V t + \frac{1}{2} g t^2\right) = v t - \frac{1}{2} g t^2 = \left(v - \frac{1}{2}gt \right)t \tag{22}
遠心力によって疑似重力を生み出すスペースコロニーと異なり,加速を続けるエレベータ内での運動は地球上(地上)の運動と一致し,真上にジャンプしたら元の位置に正確に着地する。滞空時間や最高到達点も近似は不要で正確に一致する。
なお,地球の自転によるコリオリ力は無視する。おそらく超厳密に計算したら,元の位置に着地できないのはむしろ地球のほうになりそうだ。
高校レベルの数学シリーズ
筆者の過去シリーズである。