前回まで、インフラエンジニアとネットワークエンジニアの違いについて説明してきました。多くの人が「インフラエンジニア」という曖昧な言葉に惑わされ、実際の業務内容を正確に理解できていない現状があります。ネットワークエンジニアは、物理的な配線からキャリア設備の知識まで、幅広く深い専門性が要求される職種です。
今回は、実際のネットワーク構築プロジェクトで使用されている設計手法について、体系的に掘り下げていきます。
ネットワーク構築とは
ネットワーク構築は、ビジネス要件の理解と技術的な実装という二つの側面を持つ複雑なプロセスであり、それらを適切に結びつけることが重要です。多くのエンジニアは「機器の設定作業」という側面だけを見がちですが、実際には要件定義から運用まで、体系的なアプローチが必要となります。ネットワーク構築の成功は、基本設計の品質に大きく依存し、これによりビジネス要件の理解を深め、それを反映した高品質なインフラストラクチャの作成を可能にします。
ネットワーク構築の主な目的は、ビジネス要件1を満たし、継続的に安定稼働し、変化に柔軟に対応できるインフラを提供することです。
ネットワーク構築の6フェーズ
ネットワーク構築のプロセスは、以下の6つのフェーズで構成されています。各フェーズは独立しているわけではなく、前のフェーズの成果物が次のフェーズのインプットとなる密接な関係にあります。
要件定義フェーズ
要件定義2は、顧客が持っているビジネス要件を確認し、それを技術要件として定義していくフェーズです。顧客の要件は提案依頼書(RFP3)という形で提示されますが、これはあくまで要件の概要です。この情報をもとに、顧客へのヒアリングを通じて要件の明確化・詳細化を図り、その内容を「要件定義書」という形でドキュメント化します。
要件定義の主要な活動
- ビジネス要件の収集と分析
- 技術要件への変換
- 制約条件の明確化
- スコープの定義
基本設計フェーズ
基本設計4は、各要素における設定の方針を決定するフェーズです。このフェーズでは、ネットワーク全体のアーキテクチャと、各コンポーネントの役割、相互関係を定義します。ネットワーク構築において最も重要なフェーズであり、ここでの決定がその後のすべてのフェーズを左右します。
詳細設計フェーズ
詳細設計5は、基本設計をもとに、各機器のパラメータレベルまで落とし込みを行うフェーズです。機器の種類、ファームウェアのバージョン、各種設定値など、実装に必要なすべての情報を定義します。この成果物は「詳細設計書」「パラメーターシート」「構築設定書」などと呼ばれます。
構築フェーズ
構築6は、詳細設計書の内容をもとに、実際に機器を設置・設定するフェーズです。物理的な機器の搬入から、ラック搭載、配線、設定投入まで、すべての実装作業が含まれます。
試験フェーズ
試験7は、構築した環境が要件を満たしているかを確認するフェーズです。単体試験、結合試験、障害試験など、各種試験を計画的に実施し、その結果を「試験結果報告書」としてドキュメント化します。
運用フェーズ
運用8は、構築したシステムを継続的かつ安定的に稼働させるフェーズです。日常的な監視、定期的なメンテナンス、障害対応、変更管理など、システムのライフサイクル全体にわたる活動が含まれます。
基本設計の5つの設計要素
基本設計は、ネットワーク構築において最も重要なフェーズです。ここでは、基本設計を構成する5つの要素について詳しく説明します。
物理設計
物理設計9は、ネットワークを構成する物理的な要素すべてを設計する活動です。これには機器の配置、ケーブリング、電源設計、空調設計などが含まれます。物理層は一度構築すると変更が困難であるため、将来の拡張性を考慮した設計が不可欠です。
性能設計とサイジングの重要性
特に重要なのは、性能設計とサイジングです。物理的な装置は一度購入すると、スペックが不足していても簡単に交換できません。間違ったスペックの機器を調達してしまうと、性能不足による業務への影響や、買い替えによる多大なコストが発生します。
性能設計で考慮すべき主要指標
- スループット性能(Gbps単位の処理能力)
- 同時接続数(最大セッション数)
- パケット処理性能(pps:packets per second)
- バッファサイズとメモリ容量
- CPU使用率の上限値(通常時50%以下を推奨)
サイジング設計のベストプラクティス
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現在の要件の1.5〜2倍の性能を確保
- ピーク時のトラフィックを基準に算出
- 突発的なトラフィック増加に対応可能
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3〜5年後の成長予測を組み込む
- 年間成長率20〜30%を想定
- ビジネス拡大計画との整合性確認
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性能劣化要因を考慮
- セキュリティ機能有効化による性能低下(約30〜50%)
- ログ収集やモニタリングによるオーバーヘッド(約10〜20%)
物理設計で決定する主な項目
- 機器のスペックとサイジング(性能設計に基づく選定)
- 機器配置とラック設計
- ケーブルルートと配線設計
- 電源系統と冗長化
- 空調と熱対策
- 拡張スペースの確保
論理設計
論理設計10は、ネットワークの論理的な構造を定義する活動です。IPアドレス体系、VLAN構成、ルーティング設計など、データの流れを制御する仕組みを設計します。論理設計の品質は、ネットワークの拡張性と運用性に直接影響します。
論理設計で決定する主な項目
- VLAN設計とセグメンテーション
- IPアドレス設計とサブネット構成
- ルーティングプロトコルの選定
- ネーミングルールの策定
セキュリティ設計・負荷分散設計
セキュリティ設計11は、ネットワークを脅威から保護するための仕組みを設計する活動です。ファイアウォールの配置、アクセス制御、セキュリティゾーンの定義などが含まれます。また、負荷分散設計では、トラフィックを効率的に分散させる仕組みを設計します。
高可用性設計
高可用性設計12は、システムの可用性を向上させるための冗長化や障害対策を設計する活動です。単一障害点(SPOF13)の排除、フェイルオーバーの仕組み、障害時の動作などを定義します。
管理設計
管理設計14は、ネットワークの運用管理に必要な仕組みを設計する活動です。監視、ログ管理、バックアップ、ファームウェア管理、資産管理、ケーブル接続表やネットワーク構成図の構成管理など、日常的な運用を効率化するための設計が含まれます。
おわりに
ネットワーク構築は、ビジネス要件の理解を深め、それを反映した高品質なインフラストラクチャを作ることを目指します。特に物理設計における性能設計とサイジングは、プロジェクトの成否を左右する重要な要素です。物理的なハードウェアは後戻りができないため、将来を見据えた適切な設計が不可欠です。
各フェーズ間の連携と、基本設計の品質が全体の成否を左右します。これらの考え方が、あなたのネットワーク構築をより体系的に、そして高品質に進めるための一助となれば幸いです。
ネットワーク構築は複雑なビジネス要件と技術的な実装を効果的に結びつける体系的なプロセスであり、その理解と適用は現代のインフラストラクチャ構築において非常に重要です。
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ビジネス要件 - 企業や組織が達成したい業務上の目標や要求。これを技術的な仕様に変換することが、ネットワーク構築の第一歩となる。 ↩
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要件定義 - 顧客のビジネス要件を収集・分析し、システムが満たすべき機能や性能を明確に定義するプロセス。 ↩
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RFP (Request For Proposal) - 提案依頼書。発注者が受注候補者に対して、具体的な提案を求めるために提示する文書。 ↩
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基本設計 - システム全体のアーキテクチャと各コンポーネントの役割を定義する設計フェーズ。方針や標準を決定する。 ↩
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詳細設計 - 基本設計を具体的な設定値やパラメータレベルまで詳細化する設計フェーズ。 ↩
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構築 - 設計に基づいて実際に機器を設置し、設定を行う実装フェーズ。 ↩
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試験 - 構築したシステムが要件を満たしているかを確認するフェーズ。単体試験、結合試験、障害試験などが含まれる。 ↩
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運用 - システムを継続的に稼働させ、維持管理するフェーズ。監視、保守、変更管理などが含まれる。 ↩
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物理設計 - ネットワーク機器の配置、ケーブリング、電源、空調など、物理的な要素を設計する活動。 ↩
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論理設計 - IPアドレス、VLAN、ルーティングなど、論理的なネットワーク構造を設計する活動。 ↩
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セキュリティ設計 - ファイアウォール、アクセス制御、セキュリティゾーンなど、セキュリティ要素を設計する活動。 ↩
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高可用性設計 - システムの可用性を向上させるための冗長化や障害対策を設計する活動。 ↩
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SPOF (Single Point of Failure) - 単一障害点。その部分が故障するとシステム全体が停止してしまう箇所。 ↩
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管理設計 - 監視、ログ管理、バックアップなど、運用管理に必要な仕組みを設計する活動。 ↩