第2回:第一次ブラウザ戦争
〜巨人の目覚めと「0円」の焦土作戦〜
導入:巨人を起こしてはいけない
前回、Netscapeの創業者マーク・アンドリーセンは、「Windowsは将来、単なるデバイスドライバになる(我々がOSの代わりになるから)」と豪語しました。
これは、当時のIT業界における「神」であるMicrosoftに対する、あまりにも無謀な宣戦布告でした。
当時、ビル・ゲイツはインターネットを「一時的な流行」と見ており、独自のパソコン通信網「MSN」に注力していました。しかし、Netscapeが爆発的に普及する様子を見て、彼は即座に自分の間違いを認めます。
1995年5月、ゲイツは全社員に向けて伝説の社内メモ 「The Internet Tidal Wave(インターネットの潮流)」 を送信しました。
「インターネットは津波だ。すべての製品、すべての戦略をインターネット対応に変えなければならない」
眠れる巨人が目覚めました。
第1話のヤムチャ(Netscape)は見事にフラグを回収し、ここから資本主義の歴史に残る最も冷酷な大逆転劇が幕を開けます。
1. コードネーム「O'Hare」
Microsoftは焦っていました。社運を賭けた「Windows 95」の発売が迫る中、自前のブラウザを持っていなかったからです。
そこで彼らは、開発コードネーム 「O'Hare(オヘア)」 という極秘プロジェクトを立ち上げます。シカゴのオヘア国際空港からとった名前ですが、これはWindows 95のコードネームが「Chicago(シカゴ)」であり、 「シカゴから世界へ飛び立つ」 という意味が込められていました。
敵の敵は味方?
しかし、ゼロから開発している時間はありません。そこでMicrosoftは「大人の力(お金)」を使います。
なんと、Netscapeの開発者たちが以前所属していたNCSA(イリノイ大学)に接触し、彼らが持っていた「Spyglass Mosaic」というブラウザのライセンスを買い取ったのです。これを突貫工事で改造し、 「Internet Explorer (IE)」 を作り上げました。
- Netscape: Mosaicを作った天才たちが、大学を飛び出して作ったブラウザ
- IE: Mosaicの権利を持つ大学から、ライセンスを買って作ったブラウザ
つまり、中身のルーツを辿れば、これは 「兄弟喧嘩」 だったのです。
Netscapeはヤムチャではなくジャギでした。
『「兄よりすぐれた弟なぞ存在しねぇ!!』
北斗神拳伝承者(ライセンスをお金で購入)との勝負は、あまりにあっけないものでした。
2. 喘破刺倒拳(ぜんはしとうけん)
1995年8月、Windows 95が発売され、世界的なお祭り騒ぎとなりました。
ここでMicrosoftは、ビジネスのルールを根底から覆す、禁じ手とも言える戦略に出ました。
- Netscape Navigator: パッケージ販売(約40ドル〜50ドル)
- Internet Explorer: 無料 0円(Windowsに最初から入っている)
「空気」の供給を断つ
当時のMicrosoft幹部は、Netscapeを潰すために 「酸素の供給を断つ(cut off the air supply)」 という物騒な言葉を残しています。企業にとっての酸素とは「収益」です。
Microsoftは、Netscapeに対して 息を吸えなくなってしまう「喘破」という経絡秘孔 を突いたのです。
Netscapeは呼吸困難になります。
『お前はもう、死んでいる』
勝負は目に見えていました。
ライバルがお店で4000円〜5000円で売っている商品を、圧倒的なシェアを持つ自社製品(Windows)に「無料」でオマケとして付けたのです。
ユーザーの心理は単純です。
「わざわざお店に行って5000円払って箱(パッケージ)を買うか? それとも、デスクトップにある青い『e』のアイコンをタダでクリックするか?」
(北斗ネタの押し売りでごめんなさい)
3. 「インターネットの父」たちの敗北
Netscape側も抵抗を試みました。「Webトップ」というグループウェア機能を追加したり、OSのような複雑な機能を盛り込んだりしましたが、これは逆にブラウザを「重く、遅く」する結果を招きました。
(これを専門用語で 「Bloatware:肥大化したソフトウェア」 と呼びます。十徳ナイフに機能をつけすぎて、重くて持てなくなった状態です)
軽快で無料のIE 4.0(1997年)が登場する頃には、勝敗は決していました。Netscapeのシェアは急降下し、経営は悪化。1998年、彼らはAOLに買収され、企業としての独立性を失います。
独占禁止法訴訟
ですが、このMicrosoftのやり方は、さすがに「やりすぎ」でした。アメリカ司法省は「独占禁止法違反」としてMicrosoftを提訴。ビル・ゲイツが証言台に立つ映像は世界中に流れました。
長い裁判の末、Microsoftは有罪判決を受けますが、会社分割などの最悪の事態は免れました。
しかし、裁判の結果が出る頃には、ブラウザ戦争は終わっていたのです。IEのシェアは90%を超えていました。
4. 敗者の遺産:Mozillaの誕生
死にゆくNetscapeは、最後に一つの賭けに出ました。
1998年1月、自社のブラウザのソースコード(設計図)を、すべて無料で一般公開すると発表したのです。
「誰でも自由に改良してくれ。私たちの魂を、世界中のコミュニティに託す」
これが 「Mozilla Project」 の始まりです。
この時公開されたコードはあまりに複雑すぎて、すぐには役に立ちませんでしたが、この種火は消えることなく燻り続けました。数年後、この灰の中から 「Firefox(火の鳥)」 という名の不死鳥(今は狐のアイコンで有名なブラウザ)が飛び立つことになりますが、それはもう少し先のお話になります。
追記:
「Firefox(火の鳥)」 は間違いだということを言われたので(直訳的にはその通りなんですが…)、歴史的な経緯を追記しておきます。
- 初代名称:Phoenix(フェニックス/火の鳥)
- Netscapeの灰の中から蘇ったので、まさに「火の鳥」と名付けられました。しかし、商標権の問題(Phoenix Technologies社)で改名を余儀なくされました
- 二代目名称:Firebird(ファイヤーバード/火の鳥)
- それでも「火の鳥」にこだわり改名しましたが、これもまたデータベースのプロジェクトと名前が被り、揉めました
- 最終名称:Firefox(ファイアーフォックス)
- 「もう商標で揉めないユニークな名前を!」ということで選ばれたのがFirefoxでした
📚 参考文献・出典
本記事で紹介したエピソードは、以下の信頼できる日本語資料および一次情報に基づいています。
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インターネットの潮流(The Internet Tidal Wave)
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Gizmodo Japan:
- ビル・ゲイツが1995年に書いた社内メモ「インターネットの潮流」の内容と、その予言の正確さについて解説している記事です
- 16年前にビル・ゲイツが予言! 広告モデルの激戦、スマートフォンや検索の台頭
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Gizmodo Japan:
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Microsoftの「酸素を断つ」発言
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米国司法省(Department of Justice):
- マイクロソフト独占禁止法裁判の証拠資料として提出された、ビル・ゲイツのメモに関する記述が含まれる公式文書です
- 裁判所の「事実認定(Findings of Fact)」の第48項において、幹部のPaul Maritzが「Netscapeの酸素(収益)を断つためにブラウザを無料にする("cut off the air supply")」と発言したことが記録されています
- U.S. v. Microsoft: Court's Findings of Fact (Paragraph 48)
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米国司法省(Department of Justice):
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Mozillaの誕生とソースコード公開
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gihyo.jp(技術評論社):
- 1998年当時、Netscapeがソースコード公開に踏み切った衝撃と、オープンソース運動への影響を詳細に解説した連載記事です
- NETSCAPE JOINS THE OPEN SOURCE MOVEMENT
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米国証券取引委員会(SEC.gov):
- 1998年1月22日にNetscape社が発行したプレスリリースの原文(Form 8-K)。「ソースコードを無料で公開する」という歴史的な宣言が記録されています
- Netscape Communications Corp Current report filing (Form 8-K)
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gihyo.jp(技術評論社):
🤖 執筆協力
本記事の構成案作成および推敲には、生成AIのアシストを活用しています。
次回予告
戦争は終わり、世界はMicrosoftの青い「e」に覆い尽くされました。
しかし、競争相手がいなくなった王者は、進化を止めてしまいます。ここから、Webデザイナーと開発者にとっての 「暗黒時代」 が始まります。
次回、悪名高き「IE6」の独裁と、崩れまくるレイアウトとの戦いです。
赦すまじ、憎きIEめ
第3回:「暗黒時代 〜IE6の独裁とWEBデザイナーの受難〜」