論文(総説):Shin’ichi Ishiwata, Makito Miyazaki, Katsuhiko Sato, Koutaro Nakagome, Seine A. Shintani, Fuyu Kobirumaki‑Shimozawa, et al. Dynamic properties of bio‑motile systems with a liquid‑crystalline structure. Molecular Crystals and Liquid Crystals 647, 127‑150 (2017). DOI: https://doi.org/10.1080/15421406.2017.1289445
位置づけ:中部大学 新谷研究室 Advent Calendar 2025 — 第3章「モデルと相互作用」/Day 13
概要(TL;DR)
- 生体運動系=“生物学的液晶”という視点で、横紋筋サルコメア(スメクティックA様)、有糸分裂紡錘体(ネマティック様)、人工細胞内アクトミオシンリングを階層横断で整理。
- SPOC(自発振動)は収縮(On)と弛緩(Off)の中間状態として現れ、$pCa=-\log_{10}[{\mathrm{Ca}^{2+}}]$・$[\mathrm{MgADP}]$・$[\mathrm{Pi}]$の3D状態図で統一的に理解できる。
- 紡錘体は**“アクティブ液晶”として10–100 Pa級の剛性・軸方向異方性**・緩慢時定数での弾性回復を示す。外力パルスで染色体分配タイミングも変えられる。
- 球状閉空間(細胞サイズ)では、フィラメントの長尺弾性と境界条件の相互作用で収縮環が自発形成。
- 普遍原理は「力のバランスと拮抗」— 各階層での拮抗が新しい機能(振動・波・自己組織化)を生む。
背景と本総説の射程
生体の「動き」は、分子〜組織にわたる構造階層と、それに対応する機能階層の上に成立します。
本総説は、
- サルコメア配列(厚/薄フィラメントの周期配列:スメクティックA様)、
- 紡錘体の配向秩序(微小管のネマティック様配向+モーター駆動=アクティブ液晶)、
-
人工細胞内のリング自己組織化(細胞サイズ閉空間)
を横断し、液晶物理×分子モーター生理の共通言語で俯瞰します。
キー概念(簡潔メモ)
- 秩序パラメータ(ネマティック):$S=\left\langle \frac{3\cos^{2}\theta-1}{2}\right\rangle$($\theta$は配向角)。$S\to 1$で高配向。
- SPOCの発現条件:収縮と弛緩の狭間(中間活性)。$pCa\simeq 6$(Ca‑SPOC)やADP活性化条件(ADP‑SPOC)で鋸歯状波形の自励振動が生じる。
- 3D状態図:軸$(x,y,z)=(pCa,,[\mathrm{Pi}],,[\mathrm{MgADP}])$($[\mathrm{MgATP}]$固定)。SPOC領域は収縮/弛緩の中間層として現れる。
- 長尺弾性と境界:曲げエネルギー $E_b=\tfrac{\kappa}{2}\int C^{2},ds$ の最小化と球状閉空間がかみ合い、赤道面リングを好む。
- 材料指標(紡錘体):剛性10–100 Pa、軸異方性$\sim 2$倍、ポアソン比$\nu\sim 2$(強圧縮性に見える)、周波数依存の粘弾性。
1) サルコメア:スメクティックA様配列とSPOC
- 構造:厚・薄フィラメントが長軸方向に層状配列(スメクティックA様)、横断面は六方近接格子の実効配置。
-
SPOCの要点:
- 中間活性下で一切の外部強制なしに、各サルコメアが素早い伸び+遅い短縮の鋸歯状振動。
- ユニットモデル(3本の常微分方程式)では、架橋割合$P(\xi,t)$(重なり長$\xi$に依存)が非線形性の源。
- サルコメアを粘弾的に直列結合→局所結合(Z線)×大域結合(軸力均一)により、同位相/メタクローナル波/破綻波を再現。
- 生理的含意:心筋細胞で観測されるSPOC周期は心拍周期と線形相関を示す報告があり、拍動律の決定に分子モーター特性が関与することを示唆。
2) 紡錘体:アクティブ液晶としての力学
- 性質:微小管がネマティック様に配向し、キネシン等のモーターが束を能動スライド→エネルギー消費を伴うアクティブ液晶。
-
力学応答:
- 剛性10–100 Pa、長軸方向がより硬い($\sim 2\times$)。
- 周波数依存:$<1$ sでは弾性固体様、$\sim 10$ sでは粘性流体様、さらに分単位で弾性回復(秩序維持のアクティブ性)。
- ポアソン比$\nu\sim 2$の見かけの高圧縮性(典型的連続体$\nu=0.5$と対照的)。
- 機能制御:単発の外力パルスで、紡錘体長の圧縮/伸長を与えると、染色体分配の開始時刻が方向・大きさ依存で変化→機械刺激が進行タイミングに介入し得る。
3) 人工細胞:細胞サイズ閉空間でのリング自己組織化
- 実験系:水中油滴(リン脂質単分子膜)や巨大リポソーム(二重膜)にアクチン系を封入。
-
発見:直径$\lesssim 20,\mu\mathrm{m}$の球状閉空間では、アクチン束が赤道面リングを自発形成。
- 長尺弾性(持続長$5$–$15,\mu\mathrm{m}$)と境界条件により、曲げコスト最小の配置が自発選好。
- HMM(頭部2つのミオシン)を加えるとネットワークがリングへ再編し、高濃度では自律収縮。収縮速度は初期直径にほぼ比例。
- 結論:境界×弾性×モーターだけで、空間情報がなくても収縮環は自己組織化・収縮し得る。
普遍原理と本シリーズ(Shintani Lab)への接続
- 普遍原理:各階層での力のバランスと拮抗(付着/遊離、弾性/粘性、推進/抵抗)が、振動・波・自己組織化を誘起。
-
本シリーズとの接点:
- SPOC波モデル(Day 07, Day 10相当)— 中間活性での自励振動と波。
- 高温HSO・周期一定/振幅カオス(Day 15–16)— Chaordic(秩序×カオス)への橋渡し。
- in vivoサルコメア計測(Day 03)— $\Delta \mathrm{SL}$–$\Delta \mathrm{LVP}$相関の実証的基盤。
- 人工細胞/境界条件— 位相・波の幾何制御の発想を心筋・組織スケールへ拡張。
研究の意義(生理・工学)
- 生理学:心筋の長さ依存活性化や拍動律を、秩序(配列・配向)×能動(モーター)の観点から統一解釈。
- 工学・材料:アクティブ液晶の設計論は、バイオソフトマテリアルや再生医療の設計指針となり得る。
- 概念融合:後続のChaordic Homeodynamics(周期×カオスの生理的意義)の理解枠組みに液晶的視座が寄与。
論文情報・引用
- Citation:Ishiwata, S., Miyazaki, M., Sato, K., Nakagome, K., Shintani, S. A., Kobirumaki‑Shimozawa, F., et al. (2017). Dynamic properties of bio‑motile systems with a liquid‑crystalline structure. MCLC 647: 127‑150.
- DOI:https://doi.org/10.1080/15421406.2017.1289445
推奨引用形式(BibTeX 例)
@article{Ishiwata2017BioMotileLC,
author = {Ishiwata, Shin'ichi and Miyazaki, Makito and Sato, Katsuhiko and Nakagome, Koutaro and Shintani, Seine A. and Kobirumaki-Shimozawa, Fuyu and others},
title = {Dynamic properties of bio-motile systems with a liquid-crystalline structure},
journal = {Molecular Crystals and Liquid Crystals},
year = {2017},
volume = {647},
pages = {127--150},
doi = {10.1080/15421406.2017.1289445}
}