企業価値担保権(事業性融資の推進等に関する法律、2026年5月25日施行)は、事業の全体を担保の目的にする担保権です。不動産の担保と違い、担保権者である金融機関には、設定の前から実行まで、継続して行う業務があります。
この記事では、その業務を段階ごとに並べ、ソフトウェアで支えられる部分と、人が判断する部分を整理します。筆者は、金融機関向けのSaaS「refinancier」を開発しています。後半では、refinancierがそれぞれの業務をどう扱っているかも紹介します。
担保権者に求められる業務
制度の解説は多くありますが、「担保権者が実際に何を記録し、何を判断するのか」を一覧にしたものは多くありません。法律、施行令、金融庁の指針と書式例に書かれている内容を、時系列に並べると次のようになります。
| 段階 | 担保権者の業務 | 残すべきもの |
|---|---|---|
| 設定の前 | 設定者と担保権者の資格、個人保証の扱い、事業性の評価・事業計画・コベナンツの有無を確認する | 確認の結果 |
| 設定の時 | 法定説明事項を借り手に説明し、書面を交付する | 説明の日・説明者・受領者・方法、交付した書面 |
| 期中 | 重要な財産の処分など、借り手の行為に同意するかを判断する | 依頼の内容、判断と理由 |
| 期中 | 借り手から定期の報告(月次の試算表、年次の決算など)を受け取る | 期日と受領の記録 |
| 期中 | 借り手と対話し、事業の継続と成長を支える(伴走支援) | 面談・協議の記録 |
| 期中 | コベナンツの遵守を確認し、抵触したときは協議の機会として扱う | 判定の結果、協議の記録 |
| 実行の時 | 事業譲渡による換価と配当の見込みを把握する | 回収見込みの試算 |
| 通期 | 自己査定で、事業の見通しが想定の範囲内で推移していることを示す | 材料の要約 |
要求事項は複数の文書にまたがり、期間も長いので、契約ごとに「何が済んでいて、何が済んでいないか」を人手で追うのは大変です。
ソフトウェアで支えられる部分
1. 記録を契約ごとにまとめる
説明、同意、報告の受領、協議、回収見込みの試算を、契約ごとの台帳として持ちます。台帳がそろっていれば、要求事項ごとに「充足しているか」「根拠となる記録はどれか」を一覧で示せます。
2. 報告の期日を管理する
契約で決めた報告の種類と周期から、期日を一括で作ります。期日を過ぎて受領の記録が無いものは、遅延として通知します。
3. コベナンツを自動で判定する
金融庁の「貸付特約書の書式例」には、有利子負債/EBITDA倍率、DSCR、預金残高などのコベナンツの例があります。借り手の実績を登録すると、設定したコベナンツの遵守・抵触を判定します。
注意が要るのは期間です。有利子負債/EBITDA倍率のように1年分の損益を使う指標を、1か月分の実績で計算すると、倍率が見かけ上12倍になります。1年分の損益を使う指標は年次の実績で判定し、預金残高や自己資本比率のように期末の残高で決まる指標は月次でも判定する、という切り分けが必要です。
4. 試算表から実績を作る
借り手から受け取る試算表(PDF / Excel / CSV)は、会計ソフトごとに書式が違います。勘定科目を規則で対応づけて実績を作れば、手で転記する作業が要りません。数値の読み取りにAIを使わなければ、同じファイルからは同じ結果が出ます。
5. 実行時の回収見込みを試算する
実行は、原則として事業譲渡による換価です。回収見込みは次の順に計算します。
- 事業譲渡の想定価額から、優先して支払われるもの(労働債権、商取引債権、管財人の報酬、手続の費用)を引く → 配当可能額
- 配当可能額から、施行令が定める留保額(一般の債権者のための額)を引く
- 残りを、同じ順位の債権者の間で配分する
想定価額は1つに決められないので、保守・標準・楽観のように複数のシナリオで計算します。売上や金利が下振れしたときに、回収率がどう変わるかを見ることもできます。
6. 下振れに対する余裕を逆算する
「売上が何%下がるとコベナンツに抵触するか」は、会計の式で逆算できます。手元資金が何か月もつか、預金残高のコベナンツをいつ割るかも、同じ下振れのシナリオで計算できます。
人が判断する部分
ソフトウェアに任せないほうがよい部分もあります。
- 借り手の行為に同意するかどうか
- 融資を承認するかどうか
- 債務者区分と引当率
これらは、記録と計算の結果を見て、人が理由を付けて決めます。文章を作るAIに判定を任せると、同じ入力でも結果が変わることがあり、検査や監査で理由を説明できません。評価額・判定・回収見込みは会計の式と公開したルールで計算し、AIは文書からの抽出と文章の作成に使う、という分担が現実的です。
refinancierでの扱い
refinancierは、上の業務を次のように扱っています。
| 業務 | refinancierの機能 |
|---|---|
| 設定前の確認 | 適格性の判定(結果を契約に残す) |
| 法定説明事項 | 契約のデータを差し込んだ書面(Word・PDF)と、説明の記録 |
| 同意・報告の受領・伴走 | 契約ごとの期中管理。報告の期日の通知 |
| コベナンツ | 書式例に沿ったテンプレート、実績の登録・試算表の取込による自動判定 |
| 回収見込み | 複数のシナリオでの試算、実行手続の段階ごとの記録 |
| 下振れの確認 | ストレステスト、資金繰りの見通し |
| 要求事項の充足 | 要求事項ごとの充足の状況と、根拠となる記録の一覧 |
| 自己査定 | 材料の要約(債務者区分・引当率の判断は行いません) |
| 稟議 | 適格性・回収見込み・ストレステストの結果を、稟議書の根拠として番号つきで参照 |
登録・判断・書面の生成は、改ざんを検出できる追記専用の監査証跡に残ります。
機能の概要は企業価値担保権に対応した金融機関向けSaaSにまとめています。
まとめ
- 企業価値担保権では、担保権者に、設定の前から実行まで続く業務がある
- 記録を契約ごとにまとめ、期日の管理、コベナンツの判定、回収見込みの試算をソフトウェアで行うと、「何が済んでいるか」を根拠つきで示せる
- 同意、承認、債務者区分の判断は人が行う。計算は決定論で行い、AIは抽出と文章の作成に使う