このポストは、これから Power BI を使っていこうと考えている技術コミュニティメンバへの情報提供のひとつです。私は Power BI 歴 10 年です。これまでに経験したことや、学んでいるときに感じたことを綴ります。「技術的な解決策」ではなく、「ユーザがつまづいたときにこうしてたら良いのになぁ」と感じる、考え方と景色の共有です。
レポートには信用が必要
AI がどれだけ能力を高めても間違えることがある。これを許容して AI を使うとよい。しかし、レポートにはその許容はない。「数字は嘘をつかないが、嘘つきは数字を使う」からだ。無理にそれっぽい数字を表示すれば仕事を失うかもしれない。冷静に現状を把握し数字を表示しないという選択をすればお小言だけで済むかもしれない。
よきパートナーとして AI を信頼(道具として期待する)しますが、信用(判断をゆだねる)することはありません。一方で、レポートは信用(ビジネス判断に使用)されなければなりません。
ここで言いたいのは「ミスは許されないから厳しくやれ」という話ではありません。むしろ逆で、レポートでは「無理に答えを出そうとするほど危ない」ということです。わからないのにそれっぽい数字を出す/出せてしまう、が一番危険な状態でしょう。
データを可視化すると、それだけでもまるで成果のように見えてしまいます。「見栄え」も大事ですが、もっとも重要なのは「信用できるか?」ということです。
信用されるレポートを作るには、まず「難しさの正体」を知っておく必要があります。
学習コストは高い
導入や運用がいい感じにならない最も大きい要因のひとつが Power BI の学習コストの高さです。おそらく過小評価されているのでしょう。ひとことで言うと、Power BI は難しいのです。難しいのでできるだけシンプルに学んでください。理解や解決できない問題が発生したら、できるだけ早く何回でも学び直してください。できない/わからないが当たり前です。安心してください。
基礎が最も難しい
Power BI であっても学び始めるときには基礎から学びます。それはこれまでになかった内容を学び知ることなので、基礎が最も難しい。基礎なので複雑な説明は可能な限り排除されるはずですが、シンプルに説明される内容こそ最も難しいのです。概念や指向の説明はきっと退屈な内容でしょう。基礎はこの先一貫して通用する知識知恵の基盤です。理解できないことがあったら、まずは記憶の片隅に留めておくとよいでしょう。常に思い出せるようにしておくだけでも効果はあります。よくわからないからといって拒否したところで何も始まらないのです。
アプリケーションや機能の使い方のような学びはスタートラインに立ったというだけです。ぜひそこにとどまらないでください。本を読んだだけ、教育コンテンツを受講しただけでは基礎の理解は充分なレベルに達していないことは普通のことです。触れて慣れることで基礎とは?と考える余裕が出てきます。
学ぶ範囲が広い
難しさを増す理由は、学ばなければならない、知らなければならないの範囲が広いということです。技術や理論すべてを習得しなければならないということではありません。なぜこのプロセスやタスクが必要なのか、その理由や背景を知ることが重要です。
Power BI はデータの流れの観点ではもっとも下流で使用される仕組みや機能です。そこに与えられる手札は常に限りがあるということです。限られた手札だけで最大限の成果を得るという能力は素晴らしいものだと思いますが、それはどちらかというと最終奥義のようなものです。もっとビジネス的で合理的に考えるとよいでしょう。有利に立つためには、よりよい手札を準備するために思索できるとよいのです。
忘れる努力が必要
Excel に関する知識と知恵は Power BI でも役立ちますが、Excel の常識は通用しません。リレーショナルデータベースの知識と知恵は役立ちますが、OLAP であることを認識できていなければなりません。
○× だったら簡単にできるのにムキーという気持ちはわからないでもないですが、それは ○× のことをよく知っているからこその話です。不満を高めているのは自分自身なのかもしれません。
学び初めであっても、その結果としていくつかの成果物が得られます。
ただし、その成果物を後生大事に育て上げることはおすすめできません(このあとにも書きます)。
AI では代行できない
Power BI を学ぶ難しい内容のほとんどは AI が代行することができません。プロセスやタスクごとに AI の支援を受けることはできますが、AI が勝手にやってくれるという未来は来ません。
- データ準備
- データの必要性
- データ品質
- セマンティックモデル
- コンテキストを明確にする
- エンティティの意味付け
データの意味の明確化と意図的な構造化は AI にはできません。なぜなら、これら一体の成果物は AI が参照するものだからです。
ここからは、私がよく見かけた光景の話です。
ここで言う「光景」とは、続けられなくなる典型パターンのことです。最初に起きやすいのは、完成形を作ろうとして、学びと運用の負担を同時に背負ってしまうことです。
100点を目指さない(単機能から始める)
Power BI でつまづきやすいもうひとつの理由は、最初から「完成形」を作ろうとすることです。何か月もかけて多機能で、広い範囲(レポート共有先)に耐えるレポートを完成させようとすると、途中で苦しくなりやすい。いきなりマスターピースが出来上がることはありません。だからこそ、小さな成功をできるだけ多く積み上げることが重要です。うまくいかない理由は経験と実績が充分に満たされていないだけです。
なので最初の一歩として常におすすめなのは、単機能のレポート です。ここでの単機能とは、画面がシンプルという意味だけではなく、「このレポートは何に答えるのか」が短く説明できることです。
- 誰が 見るのか(ロール。担当者/マネージャ/経営など)
- どんな判断 をするためか(意思決定の種類。増やす/減らす/止める/優先するなど)
- いつ 見るのか(頻度。毎日/毎週/月次など)
この 3 点が曖昧なままだと、作っている途中でもレポートの完成というマイルストーンがどんどん遠ざかっていきます。一旦のゴールは見えるところに置いておくほうが、学びの初期には必要です。
共有先を増やすタイミング
最初から「全員が使える」を狙わないほうが、結果的によい成果が得られます。そして、共有先を増やすのは、いくつかの条件がそろってからで十分だと考えています。
- 数字の根拠を、短く説明できる
- 「この数字が動いたら何をするか」の反応が決まっている
- フィードバックが来ても、修正できる余力を残している
共有先を広げるほど、正しさの要求は高くなり、説明責任も増えます。それ自体は悪いことではないですが、学びの初期に一気に背負うのは負担になるだけです。だから順番としては、「狭く作って、固めてから自信をもって広げる」とよいです。
レポートには寿命がある
放置されたことではなくても、レポートが使われなくなる理由はいくつかあり、ひとつはレポートの寿命だと考えています。年度ごとで方針が変わったり、組織変更で担当が変わったり、KPI 自体が見直されたり。レポートは生ものではないですが、使われ続けるためには環境の変化に合わせ続けることが求められます。だからこそ、最初から「ずっと使い続けられる」ようなことを考えてはならないのです。むしろ、使われなくなることを前提に、使われる間に最大限の価値を提供する ことを目指すほうが、合理的でもあり現実的です。
がむしゃらに完成を目指すより、ニーズやフィードバックを反映できる状態を維持する ほうが、結果的に長く続きます。
「数字を出さない」という戦略
レポートに数字が表示されないことは悪いように見えるでしょう。でも、根拠のなかったり紛らわしい数字を出すことは、最悪です。
- 出せる数字は、きちんと表示する
- 出せない数字は、出さない(出せない理由が必要)
- 今出せるのは何か/何が足りないのか、だけを整理する
これは保身ではなく、信用を守る戦略です。そして、信用を守れた人だけが、長く続けられます。
「成果物をあえて育てない」という提案
学び初めであっても、その結果としていくつかの成果物が得られます。ただし、その成果物を後生大事に育て上げることはおすすめできません。
Power BI に関する学びで一番割に合わないのは、"その時たまたまうまくいった構造" に愛着を持ってしまうことです。うまくいったこと/そうでなかったことだけを振り返ってください。問題が大きくなってからあとから解決しようとしても、複雑さを理解できていないので、必要以上に難しさが増すだけです。
ここまでは個人の工夫で踏ん張れる話でしたが、ここから先は個人だけでは限界が来やすい領域です。
ここからは、個人の学びや作り方だけでは解けない「組織の話」です。
組織の対応
組織としての対応はそれぞれですが、Power BI を導入/運用するにあたっては、少なくとも次の 2 点は考慮したほうがよいと思います。おそらくもっとも効果的です。
サポートが必要
組織で Power BI を導入/運用するには、組織内部の Power BI の専門家によるサポートが必要です。サポートに求められるタスクは、技術的な支援と組織内での調整的な役割です。組織に Power BI を介してデータを共有するとき、作業者のロールや習熟度は様々です。なので、よいレポートやデータモデルを評価するだけでなく、時には合理的な妥協をも提示できる技量が求められます。
また、課題によっては DirectQuery や Row-Level security(RLS)のような高度な機能を使うことで解決できることもあります。ただし、ここで忘れないほうがよいのは、解決できる課題は「高度な機能により得られる成果」だけだという点です。得られるものが増えるとき、同時に手放さなければならないものが必ずあります。結果として、これまでになかった運用や設計のコスト増が発生し、それを見積もらなければなりません。
だからこそ専門家は、「できるかどうか」ではなく、正しさ(正確さ、公平さ)を基準に提案しなければならないと思います。短期的に前へ進める案が、長期的に信用を損ねないか。組織の中でその判断を支えるのが、サポート役の価値だと思います。
データマートが必要
組織として、「適切なデータを、適切な人に、適切な方法で」提供したほうがよいと思っています。
予算をかけてレイクハウス/データウェアハウス(DWH)を整備しました、というのはもちろん評価されるべきです。ただし、そのガードレールが強固であるほど、データが消費される機会は少なくなるようです。ビジネスユーザにとっては敷居が高すぎる、ということが現場では起きているように感じます。
敷居をなんとか超えて中に入れたとしても、そこで手に入るデータが「使いやすい状態に整っている」とは限りません。ありていに言えば、ガベージイン/ガベージアウトになりかねない。
だからこそ、データマートのような ビジネスユーザ寄りのレイヤー は必ず用意したほうがよいと思います。そして設計や設置には、該当するビジネスユーザが積極的に介入するとなおよい。「使う人が何を『適切』と感じるのか」は、使う人の側にしかないからです。
消費されないデータは無価値ではありません。ただ、データは消費されても目減りすることはなく、使われるほど価値が相対的に上がっていきます。このレイヤーが用意されないと、下流である Power BI 側がその不足を無理に埋めようとして、信用の維持が難しくなりがちです。
思ったこと
Power BI が続けられない理由は、能力不足というより「難しさの種類の誤解」だと思っています。「技術や操作」の難しさではなく、「意味」と「信用」の難しさです。
- わからないものを、無理に数字にしない
- 100点を狙わず、小さく出して反応で育てる
- 下流(Power BI)に無理をさせないよう、組織で支える
その他