みなさん、こんにちは。エンジニアの皆さんは「プラスチックの粘度」と聞いて、どんなイメージを持ちますか?
「温度が高ければサラサラ、低ければドロドロ」——それ、半分正解で半分間違いなんです。
実は、同じ温度でも「流し方」によって粘度が10倍以上変わることがあるんですよ。射出成形の現場で「ショートショット(充填不足)」や「バリ(はみ出し)」が起きる原因の多くは、この粘度変化を見落としているからなんです。
今日は、ブラウザで動く無料ツール「ポリマー粘度・流動解析ツール」を題材に、ポリマー流動の本質を数式から実装、そして現場での落とし穴まで一気に解説していきます。
▶ 今回のシミュレーター: ポリマー粘度・流動解析ツール (ブラウザで動作・登録不要)
ざっくり本質 — 「マヨネーズで考えると一発でわかる」
ポリマー溶融樹脂の粘度変化、一番わかりやすい例えがマヨネーズです。
- 冷蔵庫から出したてのマヨネーズをゆっくりスプーンですくう → ドロッとしててなかなか取れない(高粘度)
- 同じマヨネーズを一気に振り回す → サラサラになって垂れてくる(低粘度)
これが「せん断速度依存性」です。ポリマーもまったく同じで、ゆっくり押し出すとドロドロ、高速で射出するとサラサラになるんです。
「樹脂の粘度は、温度とせん断速度の二人三脚で決まる」
射出成形の金型設計では、この性質を正確にモデル化しないと、ゲート圧力損失の見積もりが大きくズレてしまいます。
数式で理解する — Carreau-Yasudaモデルの正体
このツールの心臓部は、Carreau-Yasudaモデルという粘度モデルです。式はこんな感じ:
\eta = \eta_0\left[1+(\lambda\dot{\gamma})^a\right]^{\frac{n-1}{a}}
一見複雑そうですが、各項の意味を分解するとシンプルです。
各パラメータの意味
| パラメータ | 意味 | 典型的な値(HDPEの場合) |
|---|---|---|
| $\eta_0$ | ゼロせん断粘度 — 超ゆっくり流した時の粘度(Pa·s) | 約 3000 Pa·s |
| $\dot{\gamma}$ | せん断速度 — 流れの「速さ」(1/s) | 10〜100,000 1/s |
| $\lambda$ | 緩和時間 — 粘度が下がり始める目安(s) | 約 0.1 s |
| $n$ | べき乗指数 — 粘度低下の「傾き」(無次元) | 0.3〜0.6 |
| $a$ | Yasuda指数 — ニュートン域からべき乗域への「曲がり方」(無次元) | 0.5〜2.0 |
直感的な解釈
この式が表現しているのは、3つの領域です:
- 第一ニュートン域($\dot{\gamma}$ が小さい):$(\lambda\dot{\gamma})^a$ が1よりずっと小さい → $\eta \approx \eta_0$(一定)
- べき乗域($\dot{\gamma}$ が大きい):$(\lambda\dot{\gamma})^a$ が1よりずっと大きい → $\eta \approx \eta_0 (\lambda\dot{\gamma})^{n-1}$(直線的に減少)
- 遷移域(その中間):Yasuda指数 $a$ が、この「曲がり具合」を決める
べき乗則モデルは、この式で $a \to \infty$ の極限に相当します。つまり、低せん断の平坦部分を無視して、高せん断だけを直線近似しているんですね。
コードで実装する — JavaScriptでリアルタイム計算
では、実際にこのモデルをコードで実装してみましょう。ブラウザで動くJavaScriptで書きます。
/**
* Carreau-Yasudaモデルで粘度を計算する関数
* @param {number} gammaDot - せん断速度 [1/s]
* @param {number} eta0 - ゼロせん断粘度 [Pa·s]
* @param {number} lambda - 緩和時間 [s]
* @param {number} n - べき乗指数 [-]
* @param {number} a - Yasuda指数 [-]
* @returns {number} 粘度 [Pa·s]
*/
function calcCarreauYasuda(gammaDot, eta0, lambda, n, a) {
// 引数が0以下の場合のガード
if (gammaDot <= 0 || eta0 <= 0) return eta0;
// 式: η = η0 * [1 + (λ * γ̇)^a]^((n-1)/a)
const term = 1 + Math.pow(lambda * gammaDot, a);
const exponent = (n - 1) / a;
const viscosity = eta0 * Math.pow(term, exponent);
return viscosity;
}
/**
* ゲート圧力損失を計算する関数(円形流路・層流)
* @param {number} Q - 体積流量 [m³/s]
* @param {number} R - ゲート半径 [m]
* @param {number} L - ゲート長さ [m]
* @param {number} viscosity - 粘度 [Pa·s]
* @returns {number} 圧力損失 [Pa]
*/
function calcGatePressureDrop(Q, R, L, viscosity) {
// Hagen-Poiseuilleの式: ΔP = 8ηLQ / (πR^4)
const numerator = 8 * viscosity * L * Q;
const denominator = Math.PI * Math.pow(R, 4);
return numerator / denominator;
}
// ===== 使用例(HDPEの代表値) =====
const params = {
eta0: 3000, // ゼロせん断粘度 [Pa·s]
lambda: 0.1, // 緩和時間 [s]
n: 0.4, // べき乗指数
a: 1.5 // Yasuda指数
};
// せん断速度の範囲で粘度を計算
const shearRates = [1, 10, 100, 1000, 10000, 100000];
console.log('せん断速度 [1/s] | 粘度 [Pa·s]');
console.log('-----------------|------------');
shearRates.forEach(gamma => {
const eta = calcCarreauYasuda(gamma, params.eta0, params.lambda, params.n, params.a);
console.log(`${gamma.toString().padStart(10)} | ${eta.toFixed(1)}`);
});
// ゲート圧力損失の計算例
const gateParams = {
Q: 1e-6, // 流量 1 cm³/s = 1e-6 m³/s
R: 0.001, // ゲート半径 1 mm = 0.001 m
L: 0.003 // ゲート長さ 3 mm = 0.003 m
};
// ゲート通過時のせん断速度(近似式: γ̇ = 4Q / (πR³))
const gammaGate = 4 * gateParams.Q / (Math.PI * Math.pow(gateParams.R, 3));
const etaGate = calcCarreauYasuda(gammaGate, params.eta0, params.lambda, params.n, params.a);
const deltaP = calcGatePressureDrop(gateParams.Q, gateParams.R, gateParams.L, etaGate);
console.log(`\n--- ゲート圧力損失計算 ---`);
console.log(`ゲート通過せん断速度: ${gammaGate.toFixed(0)} 1/s`);
console.log(`その時の粘度: ${etaGate.toFixed(1)} Pa·s`);
console.log(`圧力損失: ${(deltaP / 1e6).toFixed(2)} MPa`);
このコード、実際にブラウザのコンソールで動かせます。コピペして試してみてください。
数値例で確かめる — HDPEのゲート圧力損失
実際の数値で計算してみましょう。
条件設定
- 材料: HDPE(高密度ポリエチレン)
- ゼロせん断粘度 $\eta_0 = 3000$ Pa·s
- 緩和時間 $\lambda = 0.1$ s
- べき乗指数 $n = 0.4$
- Yasuda指数 $a = 1.5$
- 流量 $Q = 2$ cm³/s $= 2 \times 10^{-6}$ m³/s
- ゲート半径 $R = 0.8$ mm $= 8 \times 10^{-4}$ m
- ゲート長さ $L = 2$ mm $= 2 \times 10^{-3}$ m
ステップ1: ゲート通過時のせん断速度を計算
円形流路の壁面せん断速度の近似式:
\dot{\gamma}_w = \frac{4Q}{\pi R^3} = \frac{4 \times 2 \times 10^{-6}}{\pi \times (8 \times 10^{-4})^3}
\dot{\gamma}_w = \frac{8 \times 10^{-6}}{\pi \times 5.12 \times 10^{-10}} = \frac{8 \times 10^{-6}}{1.608 \times 10^{-9}} \approx 4975 \text{ 1/s}
ステップ2: Carreau-Yasudaモデルで粘度を計算
\lambda \dot{\gamma} = 0.1 \times 4975 = 497.5
(\lambda \dot{\gamma})^a = 497.5^{1.5} = 497.5 \times \sqrt{497.5} \approx 497.5 \times 22.3 \approx 11094
1 + (\lambda \dot{\gamma})^a = 11095
\frac{n-1}{a} = \frac{0.4 - 1}{1.5} = \frac{-0.6}{1.5} = -0.4
\eta = 3000 \times (11095)^{-0.4} = 3000 \times 11095^{-0.4}
ここで $11095^{-0.4} = e^{-0.4 \times \ln(11095)} = e^{-0.4 \times 9.314} = e^{-3.726} \approx 0.0241$
\eta \approx 3000 \times 0.0241 \approx 72.3 \text{ Pa·s}
なんと、ゼロせん断粘度3000 Pa·sから、72 Pa·sまで約40分の1に低下しています!
ステップ3: 圧力損失を計算
Hagen-Poiseuilleの式:
\Delta P = \frac{8 \eta L Q}{\pi R^4} = \frac{8 \times 72.3 \times 2 \times 10^{-3} \times 2 \times 10^{-6}}{\pi \times (8 \times 10^{-4})^4}
= \frac{8 \times 72.3 \times 4 \times 10^{-9}}{\pi \times 4.096 \times 10^{-13}} = \frac{2.314 \times 10^{-6}}{1.287 \times 10^{-12}} \approx 1.8 \times 10^6 \text{ Pa} = 1.8 \text{ MPa}
この圧力損失、実際の射出成形機では最大射出圧力の10〜30%程度を占めることもあります。ゲートを細くすると $R^4$ に反比例して圧力が跳ね上がるので、設計ミスは即ショートショットに直結します。
シミュレーターで遊ぶ — 3つの実験
実際にツールを触りながら、挙動を確認してみましょう。
実験1: プリセット切り替えで粘度曲線の違いを体感
- ツールを開いて、プルダウンから HDPE を選択
- 次に PC(ポリカーボネート) に切り替え
何が起きる?
- HDPE:低せん断で粘度が高く(〜3000 Pa·s)、高せん断で急激に低下(n=0.4と小さい)
- PC:全体的に粘度が高め(η₀〜5000 Pa·s)、かつn=0.6と比較的大きいため粘度低下が緩やか
なぜ?
PCは分子鎖が剛直で、せん断による配向効果がHDPEほど顕著じゃないからです。つまり、同じ流量でもPCの方がゲート圧力損失が大きくなりやすい、ということが事前にわかります。
実験2: ゲート半径を変えて圧力損失の変化を見る
- 材料はHDPEのまま
- ゲート半径 $R$ を 1.0 mm → 0.6 mm に変更
- 他のパラメータはデフォルト
何が起きる?
- 半径1.0 mm:圧力損失 約0.8 MPa
- 半径0.6 mm:圧力損失 約6.2 MPa
なんと約8倍! これは $R^4$ に反比例するからです。
(1.0/0.6)^4 = (1.667)^4 ≈ 7.7倍
現場で「ちょっとゲートを絞ったらショートショットが出た」というトラブル、まさにこの計算ができていなかったケースです。
実験3: 粘度モデルの違いを比較
- 材料はHDPE、ゲート半径0.8mm
- 粘度モデルを Carreau-Yasuda → べき乗則 に切り替え
何が起きる?
- Carreau-Yasuda:ゲート通過粘度 約72 Pa·s、圧力損失 1.8 MPa
- べき乗則:ゲート通過粘度 約45 Pa·s、圧力損失 1.1 MPa
なぜ差が出る?
べき乗則は低せん断域の平坦部分を無視しているため、低せん断から中せん断にかけての粘度を過小評価します。ゲート通過時のせん断速度(約5000 1/s)はべき乗域に入っていますが、べき乗則は遷移域の「曲がり」を表現できないため、実際より低い粘度を計算してしまいます。
実務の教訓:べき乗則は「高せん断だけ」の簡易計算には使えますが、ゲートからキャビティまでを含む全体の流動解析にはCarreau-Yasudaを使うべきです。
現場でハマるポイント — 3つの落とし穴
落とし穴1: 「プリセット値は絶対」と思い込む
ツールのプリセットはあくまで代表値。例えば「PC」と一言で言っても、自動車用の高流動グレードと、光学用の超高粘度グレードでは、$\eta_0$ が10倍以上違うこともあります。
対策:
- 実際の材料メーカーのデータシートと突き合わせる
- 特に $\lambda$(緩和時間)は材料によって大きく変わるので、実測の粘度曲線とフィッティングする
落とし穴2: ゲート圧力損失を「絶対値」と捉える
ツールの計算式は完全に発達した円形流路の層流を前提としています。実際には:
- ゲート入口での縮流損失(圧力が余計にかかる)
- 金型壁面での固化層(フローズンスキン)による実質的な流路断面積減少
- せん断発熱による粘度低下(圧力損失を減らす方向)
対策:
- 計算値は「理論上の最小圧力損失」と捉える
- 現場では1.5〜2倍の安全マージンを見込むのが鉄則
落とし穴3: 冷却時間計算を鵜呑みにする
冷却時間の計算は、一定温度の金型壁面への1次元熱伝導のみを考慮した簡易計算です。実際には:
- 冷却水路の配置と流量による冷却ムラ
- 結晶性樹脂(HDPE, PA6, PETなど)の結晶化発熱
- 金型材質の熱伝導率差
対策:
- 計算値は「冷却のオーダー感を掴む」ための目安
- 例えば計算値が10秒なら、実際のサイクルタイムは12〜15秒程度になる、という相関で捉える
まとめ — 今日から使える3つのポイント
-
ポリマー粘度は温度とせん断速度の関数 — Carreau-Yasudaモデルで正確に表現できる。低せん断から高せん断まで連続的に計算できるのが強み。
-
ゲート設計は $R^4$ の壁 — 半径を半分にすると圧力損失は16倍。ゲート寸法の微妙な変更が成形性を大きく左右する。
-
ツールは「検算と感覚づくり」に使う — プリセット値は参考値。実測データと突き合わせ、安全マージンを見込んで使うのがプロの流儀。
そして何より、このツールはブラウザで即座に動くのが最大の利点です。CAEソフトを立ち上げる前に、まずここでパラメータを動かして感覚を掴む。それだけで、後々の本格解析の効率が段違いに変わります。
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「成形不良は、設計段階で90%決まる」—— そんな言葉を聞いたことがありませんか? 粘度曲線ひとつで、ショートショットもバリも防げる。今日からあなたも、粘度曲線を味方につけてください。