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【AWS Lore #SAA-34】境界に立つ者(Chosen at the Threshold)

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--第33話はこちら

■帰還

ネリアお姉様の研究室を出ると、
通路の空気は外界とは違い、
温度も匂いも“変化”という概念そのものが薄かった。
ただ、胸の奥に残った“揺れの余韻”だけが、
まだ私の中で静かに脈動していた。

ネリアお姉様が振り返り、
柔らかい光の中で静かに言う。

「今日は……もう休みましょう。
 ニカさんの位相が安定するまで、私たちもそばにいます。」

ミリアがすぐに私の手を握る。

「ニカ姉、今日も一緒に泊まる!
 お母さんに連絡するね!」

通信石越しに聞こえるティナの声は、
夜の静けさに溶けるように優しかった。

「ミリアの気が済むまで、一緒にいてあげなさい。」

そのやり取りを聞きながら、
胸の奥に“家族の温度”がふっと灯る。

アクスが腕を組み、
少し照れたように視線をそらしながら言う。

「なぁニカ……お前が泊まっとる宿、部屋どっか空いとらん?
 お前らだけには任せられんし、俺も泊まろうかっち思っちょん。」

「さぁ、私にはわからんよ。宿屋で聞いてみたら?」

「まぁ、そうやな。ニカが宿屋の事情知っとる訳ないしな。」

「そんなん当たり前やろ! あたしは宿屋の女将さんじゃないんやけね!」

そんな軽口を交わしながら通路を抜けると──
宿の灯りの下に、ルミエラが静かに立っていた。

夜風に揺れる髪が、淡い光を受けてきらりと揺れる。

「……おかえりなさい、皆さん。
 そして……ニカさん。」

その声は、深層の白とはまったく違う、
“現実”の温度を持った優しい響きだった。

胸の奥の揺れが、ほんの一瞬だけ弱まる。

■幸せな寝ぼけた温度

翌朝、目を覚ますと──
昨日と同じ光景が広がっていた。

右側にはミリア。
左側には……なぜかルミエラが寄り添うように眠っている。

「……え?」

そっと抜け出そうとした瞬間、
ルミエラがふにゃっと目を開ける。

「……ん……ニカさん……?
 おはようございます……」

寝ぼけた声が、朝の空気を柔らかく揺らす。

続いてミリアもむくっと起き上がる。

「……ニカ姉……どこ行くの……?」

次の瞬間、勢いよく飛びついてくる。

「ニカ姉ぇぇぇ!!」

「ちょ、ちょっとミリア……!」

ルミエラもぽやぽやした顔で言う。

「……朝ごはん……できてるみたいですよ……」

その一言で、ミリアの目が一気に輝いた。

■朝の穏やかなひととき

食堂には、
淡い湯気と優しい香りが満ちていた。

ネリアお姉様が微笑む。

「《風綺鶏の淡参粥》です。
 深層揺れの後には、これが一番いい。」

淡層ミルクと白根米がとろりと溶け合い、
風綺鶏の繊維がほろほろと崩れる。
薄光ハーブが表面で淡く光を返す。

一口食べると──
胸の奥のざわりとは逆方向の温度が、
ゆっくりと身体に染み込んでいく。

ミリアは満面の笑み。

「ニカ姉! これめっちゃ美味しいよ!」

アクスは照れ隠しのように鼻を鳴らす。

「まぁ、悪くないやろ。」

全員で食べ終え、器を片付けたその時──
テーブルの端に置いていた綺晶核が、
かすかに光を放った。

■深層からの呼び声

胸の奥のざわりが、
お粥の温かさとは違うリズムで脈動する。

ネリアお姉様が静かに言う。

「……ニカさん。
 揺れが続いています。研究室へ来ていただけますか。」

特別通路を進むと、
無機質な空気が胸のざわりを静かに刺激した。

研究室に入ると、
解析器の白い光がふわりと広がる。

綺晶核を置いた瞬間──
白い波形が跳ねるように揺れた。

「……深層が、ニカさんを“観測”しています。」

胸の奥が強く脈動する。

──……ニカ……

音ではない。
声でもない。
でも確かに“呼ばれた”。

私は息を呑む。

「……名前……呼ばれた……」

■深層との接触と幻視

視界が白に溶けた。

音も、空気も、重力も消え、
ただ深層の白だけが広がる。

その奥から“存在”が近づいてくる。

──……ニカ……
   ……戻った……?

──……あなた……
   ……初期値が……揺れている……

──……あなたは……
   ……こちらに……近い……

──……境界にいる……

──……選ばれた……

その瞬間、視界が現実へ引き戻された。

ミリアが泣きそうな顔で抱きつく。

「ニカ姉ぇぇぇ!!」

私は震える声で言う。

「……深層が……“境界にいる”って……」

■分析と境界の意味

ネリアお姉様は深く息を吸い、静かに告げる。

「境界とは──
 深層と現実の“どちらにも属していない状態”です。」

ミリアが息を呑む。

「どっちにも……属してない……?」

「はい。
 深層に触れた者の“初期値”が揺らいだ時にだけ起こります。」

アクスが険しい顔で言う。

「おい……危険なんか?」

「危険ではありません。
 ただ──
 深層がニカさんを“選んだ”可能性があります。」

ルミエラが震える声で言う。

「選んだ……?」

ネリアお姉様は解析器の光を見つめながら言う。

「深層は、
 “境界に立つ者”を選びます。
 その者は──
 深層の揺らぎを“読む”ことができる。」

私は胸の奥のざわりを感じながら、
静かに息を吸った。

──深層が、私を“選んだ”。

その言葉だけが、
静かに胸に落ちた。


深層に触れたニカの“初期値”が、
どこへ向かうのかは、まだ誰にも分かりません。

ただ、境界に立った彼女の歩みは、
確かに次の段階へ進み始めました。

続きは、また次の話で。

--第2部全話はこちらから

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