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第38話はこちらから

■ はじめに

前回の公開から少し間が空いてしまいましたが、
その間に“影の波形”について、もう少し深く潜る必要があると感じていました。

今回の第39話では、
観測装置の中で揺らぐ影が──

胸の奥で脈動が跳ねる理由。
影の片目が淡く光る理由。
そして、忘れてはいけない“何か”が呼びかけてくる理由。

それでは、続きをお楽しみください。

■ 深層

観測装置の光が、ゆっくりとニカの身体を包み込んでいく。
胸の奥で、大きく脈動がひとつ跳ねた。
ドクン──と、影の囁きに呼応するように。

視界が白く滲み、次の瞬間、黒い波形がゆっくりと静かに広がった。
その揺らぎは、ただの影ではない。
どこか、形を持とうとしているように私には見えた。

「ニカさん……落ち着いてください。」
ネリアお姉様の声が、近くにいるはずなのに、遠くで響く。
「影の波形が……あなたの脈動に反応しています。」

私は静かに、ゆっくりと息を呑んだ。
胸の奥が、熱く、痛い。
目の前にある影の揺らぎが、まるで呼吸しているように見える。
その呼吸が、私の呼吸と静かにゆっくりと同期していく。

──……ニカ……。

その声は、耳ではなく、胸の奥で響いた。
影の片目が、淡く光る。
さっき見たあの光が、再び私を見つめていた。

「……誰……?
……あなたは……私を……知っているの……?」

影の波形が、ゆっくりと形を変える。
片側だけに、肩のような輪郭。
他方は黒く吸い込まれる様な濃い影。
そして──片目だけが赤く光っている。

私の中で脈動が、影の光と同じリズムで跳ねた。

ドクン……
ドクン……
ドクン……

「ニカさん、波形が……人の形に近づいています。」
ネリアお姉様の声が震えている。

ミリアが私の手を握った。
「ネリアさん……影って……ニカ姉に似てるの……?」

私は影を見つめたまま動けない。
胸の奥で、何かが軋む。
痛い。
苦しい。
でも──懐かしい。

断片的な記憶が、閃光のように走り抜けた。

幼い頃の自分。
小さな手を引く感覚。
夏の日差し。
笑い声。
唐突な暗闇。
誰かが影に飲まれる瞬間の叫び。
誰かが自分の名前を呼ぶ声。

──ニカ……。

私は胸を押さえた。
「……どうして……こんな……」

ネリアお姉様が観測データを見て、息を呑む。
「ニカさん……この影の波形……あなたの波形と“同じ系統”です。」

ミリアが震える声で言う。
「……ニカ姉と……同じ……?
 ネリアさん……影って……ニカ姉と似てるの……?」

アクスは黙ったまま拳を握っていた。
その横顔は、何かを知っている者の表情だった。
触れたくない記憶を抱えているような、そんな目。

影の片目が、ゆっくりと光る。
その光が、私の脈動と完全に同期した。

──……ニカ……
──……どうして……置いていったの……?

私はその影の声に震えた。
「……置いて……いった……?」
さっき走り抜けていった記憶が、鮮明に浮かびあがってくる。

ミリアが泣きそうな声で私の腕を掴む。
「ニカ姉……怖いよ……」

影の波形が急激に濃くなり、
観測装置の光が急激な変化に不安定に揺れた。

「ダメです!」
ネリアお姉様が叫ぶ。
「影の波形が境界を押し広げています!
 ニカさん、すぐに戻って!」

でも私は動けなかった。
影の片目が、あまりにも懐かしく見えたから。

──……ニカ……
──……僕を……忘れたの……?

胸の奥が、激しく痛んだ。
記憶の欠片が、さらに強く揺れる。

夏の日差し。
小さな影。
笑い声。
泣き声。
影に飲まれる瞬間。
自分が手を離してしまった感覚。

そして──
自分の目の前で、誰かが影に引きずられていく光景。

私は息を呑んだ。
「……誰……?
 どうして……あなたの声……」

光が弾ける直前、影の輪郭が一瞬だけ鮮明になった。

左半身だけ黒い。
右半身は人の形。
片目だけ光る。
そして──私と同じ顔。

私は震えた。
「……どうして……あなたの顔……」

光が弾け、観測装置から私は引き戻された。

■ 外側

観測装置の外に戻った瞬間、私は膝から崩れ落ちた。
ミリアが慌てて支えてくれる。

「ニカ姉! 大丈夫……?」

ネリアお姉様が駆け寄る。
「ニカさん……影の波形が、あなたの脈動と完全に同期していました。
 あれは……ただの影ではありません。」

アクスは黙ったまま、私を見つめていた。
その目は、何かを言いたくて、でも言えない者の目だった。

「アクス……?」
問いかける私の声に、
アクスはそっと視線を逸らした。
「……いや。なんでもない。」

その声は、嘘をつく時の声だった。
私は気づいた。

でも誰も言わなかった。

ミリアは、ふとアクスの顔を見て小さく息を呑んだ。

「……アクス兄……?」

いつもなら真っ直ぐで、
どこか子どもみたいに元気な瞳をしているはずなのに、
今のアクスは──まるで何かに怯えているような目をしていた。

ミリアはそっとアクスの袖を掴む。
「ねぇ……どうしたの……?
 アクス兄、いつものアクス兄は……そんな顔……しないよ……」

アクスは一瞬だけミリアを見た。
その瞳は、言葉にできない感情を抱えて揺れていた。

「……ミリア。
 大丈夫やけん……心配せんでよか。」

そう言いながらも、
その声は微かに震えていた。

ネリアお姉様がアクスの横顔に気づき、
ほんのわずかに眉を寄せる。
「……アクスさん……あなた……」

アクスは視線を逸らし、
強く拳を握りしめた。

「……なんもなか。
 本当に……なんもなかけん……」

その沈黙が、
“なんでもない” では済まないことを
全員に静かに伝えていた。

影の片目の光が、まだ胸の奥で静かに残響している。
忘れてはいけない何かが、そこにある。

■ 余韻

私は胸に手を当てた。
脈動が、まだ影のリズムを刻んでいる。

──……ニカ……
──……どうして……置いていったの……?

あの声が、消えない。

ネリアお姉様が静かに言う。
「ニカさん……あなたの波形と影の波形は、同じ系統です。
 これは……血脈の一致を示しています。」

ミリアが震える声で言う。
「……ニカ姉……影の人……ニカ姉に似てた……」

アクスは拳を握ったまま、何も言わなかった。
その沈黙が、すべてを物語っていた。

私はゆっくりと目を閉じた。

影の片目。
影の声。
影の輪郭。
そして──自分と同じ顔。

胸の奥で、何かが呼んでいる。

忘れてはいけない名前が、
そこにある気がした。

■ 終わりに

ここまで読んでくださって、ありがとうございます。

影の片目が揺らぐ理由──
それは、私の胸の奥に残っていた“欠けた記憶”が
静かに呼び起こされ始めたからなのかもしれません。

次回は、
今回の観測で見えた“影の半身”が、
さらに鮮明な輪郭を持ち始めます。

影はただの影なのか。
それとも──私が忘れてしまった“誰か”なのか。

また次のお話で、お会いしましょう。

--第2部全話はこちらから

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