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【AWS Lore #SAA-32】位相の回廊(Corridor of Phases)

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--第31話はこちらから

■深層からの呼び声

朝の光が、薄い膜のように部屋へ流れ込んでいた。
いつもなら柔らかく感じるはずの光が、今日は妙に冷たい。
空気の層が一枚だけずれているような、そんな違和感が肌に触れた。

胸の奥が、かすかに震えている。
脈とは違う、もっと深いところから響く揺れ。
私は胸元にそっと手を当てた。
指先に触れる鼓動が、どこか自分のものではないように思えた。

「……ニカ姉?」

ミリアの声が、静けさを破るように近づいてくる。
振り返ると、彼女の瞳が不安で揺れていた。

「また……揺れてるの?」

私は小さく頷いた。
言葉にすると、揺れが本当に大きくなりそうで。

ミリアの手が、そっと私の腕を支える。
その温度が、胸のざわりと対照的で、少しだけ安心した。

「ニカ姉、大丈夫……?」

その声に反応するように、部屋の奥で影が動いた。
アクスが振り返り、薄明かりの中で眉をひそめる。

「……おい、ニカ。顔色わるかばい。
 無理しよらんやろね?」

荒っぽいようでいて、どこか胸に落ちる声だった。
返事をしようとした瞬間、胸のざわりがひときわ強くなり、息が詰まった。

ミリアの影から出てきたワサミが、私の足元で心配そうに跳ねる。

「わさっ……」

その小さな声が、遠くで鳴っているように聞こえた。

──空気が変わった。

■静かな来訪者

静かな足音が近づいてくる。
その気配だけで、胸の奥の揺れがわずかに整う。

ネリアお姉様が、綺晶核を手にして現れた。
淡い光が、彼女の白い指先を照らし、
綺晶核の内部で脈打つ光が、私の胸のざわりと呼応するように揺れた。

「……やはり、反応が昨日より強いですね」

その一言で、部屋の空気が引き締まった。
ミリアが息を呑み、アクスが険しい顔になる。

ネリアお姉様は私の胸元を一瞥し、静かに告げた。

「ここでは解析ができません。
 研究室へ移動しましょう」

その声は、朝の静けさを断ち切る“合図”のようだった。

ミリアが私の腕を支え、アクスが反対側に回る。

「ニカ姉、ゆっくりでいいからね……!」

「無理すんなよ。歩けんかったらオレが抱えてくけん」

ワサミが跳ねる。

「わさっ!」

その時、柔らかな光がふっと揺れた。
ルミエラが一歩前に出て、私の顔を覗き込む。

「……ニカさん。大丈夫ですか?」

その声は、いつもより少しだけ弱い。
光粒の縁が、かすかに震えているのが分かった。

私は小さく頷いた。

ルミエラは言いにくそうに視線を落とす。

「すみません……
 私、今回は同行できそうにありません。
 深層の揺れが強い時は、私が近くにいると
 かえって負担になることもありますから……」

ミリアが不安そうに見上げる。

「ルミエラさん……来れないの?」

ルミエラは優しく微笑んだ。

「大丈夫ですよ。
 私は一度お部屋に戻っておきますね。
 戻ってきたら、またお話を聞かせてください」

その言葉が、胸に温かく落ちた。

ルミエラは静かに踵を返し、
光粒の揺れを残して部屋を出ていった。

ネリアお姉様が綺晶核を見つめ、
指先を空間へ伸ばす。

「……内側の位相を繋ぎますね。
 外界を経由しない、安全な通路を開きます」

■位相の回廊

空気が震え、光の糸がほどけるように現れた。
糸は重なり、絡まり、空間の層を編んでいく。

ミリアが息を呑む。

「……これが、ネリアお姉様の……」

アクスが目を細める。

「通路っちゅうより……空気が二重になっとるみたいやな」

ネリアお姉様が静かに振り返る。

「位相、安定しています。
 今なら通れます。ついてきてください」

私はミリアに支えられながら、光の回廊へ足を踏み入れた。

空気がひんやりと肌にまとわりつく。
外の空気とは違う、内部だけで循環している感触。

足音が吸い込まれ、光の粒が流れていく。

ミリアが小声でつぶやく。

「……きれい……でも、ちょっと怖いね……」

アクスが後ろから声をかける。

「大丈夫や。ネリアさんが開いとる通路やけん、
 外のもんは入ってこれんばい」

アクスのその言葉に、少しだけ私の中の揺れが軽くなる。

回廊の奥に研究室の扉が見えてきた。

ネリアお姉様が扉に手をかざすと、扉は静かにゆっくりと開いた。

開かれた扉の先。
研究室の空気はひんやりとしていて、
余計なものをすべて排したような静けさがあった。

「ニカさん、こちらへ」

ネリアお姉様に手を差し伸べられ、
私はミリアに支えられながらゆっくりと研究台へ向かった。

ネリアお姉様が綺晶核を台座に置くと、光が脈動し、
私の胸の違和感と呼応するようにざわりと揺れた。

「……やはり、反応が同期していますね」

ミリアが不安そうに眉を寄せる。

「ネリアお姉様?
同期って……どういうことですか?」

ネリアお姉様は深層の波形を映し出す。

「綺晶核の揺れと、ニカさんの胸の揺れが
 同じ位相で動いているということです。
 本来なら、こんなことは起こりません」

いつもは温和なアクスの顔が険しくなる。

「そげん危なか状態っちゅうことか?」

アクスの言葉に、ネリアお姉様は静かに首を振って否定する。
「いいえ……危険というより……
“呼ばれている”と言ったほうが正確でしょうね」

その言葉と同時に、私の胸の違和感が跳ね上がった。

視界が揺れ、足元がふらつく。

「ニカ姉っ!」

「ニカ!!」

ネリアお姉様が肩に手を添える。

「大丈夫です……ですが、深層の反応が強いですね」

その瞬間、私に反応して、綺晶核が強く輝き脈動した。

「……っ!」

胸の奥から何かが引かれる。
視界が、白くじわりと滲む。

慌てて叫ぶミリアの声が遠ざかる。

「ネリアお姉様、ニカ姉が──!」

「おい!ニカ!大丈夫か──!」
アクスの叫びも、光も、
すべてが遠くへ押し流されていく。

ネリアお姉様の優しい声だけが、最後に届いた。

「ニカさん……! 深層が──」

世界は裏返った。

■深層の言葉

重力が消えたわけではない。
落ちている感覚でもない。
ただ、私の“位相”がひとつ下へ滑り落ちた。

光粒がぱちんと弾け、
音は静寂に消え、色が剥がれ落ち、全てが存在しない空間。

私は深層へ──
“落ちた”のではなかった、
“呼び戻された”。

光のない静かな光が広がる空間。
音のない眩い音が響く場所。

そこに、私の影が静かに立っていた。

影がゆらりと揺れ、影は次第に形を変える。

──人の形。

私に似ている。
けれど、少しだけ違う。

その存在が、私の名を呼んだ。

「……ニカ」

その声はどこか聞き覚えがある声。
そう、私の声……。

「あなたは……」

影──は、痛みを含んだ優しい笑みを浮かべた。

「私は……未来の“あなた”。
 でも、あなた自身じゃない。
 未来のあなたの意志だけが残った……
 あなたの……“未来の選択の残響”」

深層がその言葉に呼応するように静かに脈動する。

「ニカ……
 あなたがこれから選ぶ道が、深層を揺らしている」

私の胸の奥が、じわりと熱くなる。

「……私の選択が……未来を……?」

未来の私は静かに頷く。

「そう。
 でも、選ぶのは“あなた”。
 私は……その結果を知っているだけ。
 そう……知っているだけ……」

光が強くなり、位相がぐらりと揺れる。
未来の私の声が、ふわりと響いた。

「ニカ……いいえ……私……
 どうか、選択肢を間違えないで……」

その言葉を最後に、また視界が白く染まる。
私は深層の光に、静かに飲みこまれていった。


深層は、ただの底じゃない。
選択の残響が未来を形づくる場所。

呼ばれたのか、戻されたのか──
その答えは、まだ胸の奥で揺れている。

けれど私は進む。
揺れる位相の先に、私自身の未来があるのなら。

--第2部全話はこちらから

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