■ 影の揺れ
部屋の片隅で、空気がふっと揺れた。
熱い。
けれど、敵意はない。
ただ、胸の奥をくすぐるような“温度”だけが混ざる。
私は思わず足を止めた。
「……今の、何?」
ミリアが小さく肩を震わせた。
「……あれ……?
なんか、胸のあたりが……」
その瞬間、ミリアの胸元から
“ふわっ”とワサミが一体、浮かび上がった。
ミリアは驚いて目を丸くする。
「えっ……で、出てきた……?
なんで……?」
ネリアお姉様は静かに目を細める。
「これは……理の揺れではありません。
もっと、人の感情に近い……温度ですね」
リミラさんは影の奥をじっと見つめた。
「……来はりますえ」
ルミエラは端末をぎゅっと握りしめる。
「ニ、ニカさん……っ
あ、あの揺れ……なんだか……嫌な……」
私は喉がひりつくような感覚に、息を呑んだ。
この温度を、私は知ってる。
忘れたくても忘れられない、懐かしいあの“熱”だ。
■ 影が形を持つ
部屋の片隅で、影がゆっくりと熱を持って形を成していく。
ゆっくりと足音が近づく。
重く、でも迷いのない足取り。
赤黒い髪が揺れ、
どっしりした体格が光の中に現れた。
そして──
その男は、私を見つけた瞬間、
ほんの少し照れたように、歯を見せて笑った。
「……なんや、元気しとったんか」
私の胸の奥が跳ねた。
ミリアがぽかんと口を開ける。
「ニカ姉?この人……知り合い?」
私は視線をそらしながら答えた。
「……まぁ、昔ね」
男──アクスは、耳まで赤くしながらむくれた。
「“昔ね”やなかろうもん……」
その声を聞いた瞬間、
胸の奥にしまい込んでいた“言葉”が、
勝手に浮かび上がってくる。
■ 再会の温度
アクスは腕を組み、わざとらしくため息をついた。
「お前は昔からそうやった。
気づいたらどっか行っちゃ、気づいたら戻ってきて……
俺がどんだけ──」
「はいはい、アクスわかったちゃ!
あんたは昔っから話が長いっちゃ!」
アクスの目が一瞬だけ揺れた。
懐かしさが滲むような、そんな表情。
「……変わっとらんねぇ、そこは」
「は?何が変わっとらんっち?」
アクスは照れ隠しのように鼻を鳴らした。
「そげん言うとこが、もう、昔のまんまやん……」
そう言いながら、アクスの頬がさらに赤くなっていく。
ミリアがくすっと笑う。
「なんか……いいね、二人とも」
ネリアお姉様は優しく微笑む。
「長い時間を共にした人の空気……ですね」
■ 空気が笑いに変わる
ルミエラはテンパりながら手を振る。
「に、ニカさんっ、あ、あの……
お二人……えっと……その……!」
リミラさんが静かに肩をすくめる。
「……まぁ、そういう関係なんやろねぇ」
「ち、違うっちゃ!!そんな、リミラがいうような関係やないっちゃ!」
アクスが、照れながらも否定しているのか、肯定しているのかわからない感じで応える。
そんなアクスを見ながら私は、
「はいはい、落ち着きっちゃ」
私の言葉に、アクスは……、
「ニカぁ……!」
ほんっと、昔といっちょん変わっとらん……。
そのとき、アクスの熱がふっと揺れた。
ミリアの膝ががくりと落ちる。
「わ、わさみ……あったか……ふにゃ……」
傍にいたネリアお姉様が、ミリアをすぐに支える。
「大丈夫ですよ。アクスさんの熱に反応しているだけです」
ルミエラが、慌てて端末を操作する。
「に、ニカさんっ……!
ミリアさんの理が……あ、あわわ……!」
リミラさんは静かに言った。
「……ほんま、ミリアはんは、敏感なお人やわぁ」
リミラさんの言葉に反発するように、アクスはむっとした顔で言い返す。
「ちゃーんと、安定しとるっちゃ!昔とは違うけん!」
そのアクスの言葉に、私は思わず笑ってしまった。
「その言い方が、昔のまんまなんよ」
アクスは頬から、耳の先まで真っ赤になった。
■ 影獣の気配
その瞬間、部屋の外でぐにゃりと“影”がうねった。
うねった周囲から空気が一転して徐々に冷たくなる。
ミリアがワサミを抱えたまま震える。
「……やだ……なんか冷たい……」
ネリアお姉様が表情を引き締めて、どこからか杖を取り出し、構える。
「……来ます。影獣です」
ルミエラが震える声で分析を始める。
「ニ、ニカさん……っ
あ、あれ……理が……乱れて……
ひ、ひどい……」
リミラさんが静かに告げる。
「……本物どすな……」
私は息を呑んだ。
■ やっぱ、あいつは変わっとらん
アクスは一歩前に出て、トンファーを構えた。
「任せとけ。
昔の俺とは違うけん」
前に出るアクスに、私は思わず言い返す。
「……あんた、そういうとこ、ほんっと、変わっとらんっちゃ……」
アクス
「変わったっちゃ!見とけ!」
アクスの周囲の温度が上昇し、一気に熱が跳ね上がり、
トンファーに赤い揺らぎが走る。
そんな、アクスの状況を、ルミエラがテンパりながら叫ぶ。
「に、ニカさんっ……!
あ、あれ……理が……ふ、増えたり減ったり……!」
ネリアお姉様が優しく補足する。
「つまり……アクスさんの“熱”が高まるほど、
力が増すということですね。珍しい理です」
リミラが静かにまとめる。
「……ほんま、ややこしい理ですわ……」
そのリミラの言葉にアクスが反論する。
「ややこしくなかろうもん!わかりやすいっちゃ!」
昔とほんと変わらない、突っ走るアクスを見て、私は、
「はいはい、わかっとるけ、アクスは落ち着きっちゃ」
呆れた私の声に、
「そんな目で、見んでよ!!」
アクスが涙目になりながら、反論する。
■幕開け
影獣が、通路からゆっくりと姿を現す。
アクスが一歩前へ出る。
私もアクスの後ろに、一歩踏み出す。
ミリアはワサミを抱えて震え、
ネリアお姉様は静かに杖を構え、
ルミエラは静かに息を呑み、
リミラさんは目を細める。
「……来ますえ」
影が吠えた。
――To Be Continued.
熱が理を揺らし、影が形を持つ。
変わらん想いが、変わる世界を照らす。
――第29話、幕が上がる。