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SRE実録:「マニュアル地獄」からの脱出 ──「運用設計」が組織を静かに崩壊・再編までした話

Last updated at Posted at 2025-11-27

1. 導入 — 上場企業インフラ部で目にした“ナレッジ地獄”

とある上場企業のインフラ部で、

「ナレッジが整備されていないため、まずはマニュアル整備からお願いしたい」

という依頼を受けました。

正直なところ、僕は軽い気持ちでした。

「運用はできていて、あとは人の頭の中の手順を聞き出せばいいのかな?」

ところが、実際に配属されて見えた光景は、完全に想定外でした。

  • Active Directory があるのに、ドメインユーザーでログインさせていない
  • EDR は導入済みだが、インストールは“ユーザー任せ”、後追いも無し
  • 共有フォルダには同じファイルの複製が散在
  • システムフォルダと業務フォルダが混在
  • IPアドレス台帳もネットワーク台帳も更新されていない
  • Microsoft 365 アカウント一つ作るにも「〇〇さんじゃないとできない」
  • 何より、情報を聞き出そうとすると露骨に嫌な顔をされる
  • 個人フォルダにもマニュアルが存在。しかも見ようとすると「プライバシー」だと怒られる。

そして極めつけはこれです。

「どうして私の仕事を勝手にしたんですか?
この手順が漏れているんですけど!」

善意の作業が非難される文化。
このチームは「担当領域を守り合うことで、かろうじて崩壊を免れている」ような状態でした。

僕はこのとき、
“既存メンバーへの聞き取りでは、正しい手順はもう抽出できない”
と判断しました。


2. なぜマニュアル整備では再生できなかったのか

マニュアルらしきものはありました。しかし、

  • どれが最新版か誰も知らない
  • 古いメモが残り続けて混乱を生む
  • 書いた本人が異動済み、または内容を覚えていない
  • 「書けと言われたから書いただけ」の文書が散在
  • マニュアルを読んでも“誰が・いつ・どう実行するか”は分からない
  • 書くこと自体に強い心理的抵抗がある

この状況では、いくらマニュアルを整備しようとしても、
運用は安定せず属人化は深まる一方です。

さらに僕は、もう一つの事実に気づきました。

既存メンバーは、ナレッジの外部化に強い拒否反応を持っている。

これでは聞き取りは成立しません。


3. アプローチを転換:「変わらない人」ではなく「変われる人」から着手

既存メンバーの心理的抵抗はとても強く、
アプローチしてもナレッジ抽出は困難だと分かりました。

そこで僕は方向転換し、
“変えられる人ではなく、変われる人”
を探す戦略に切り替えました。

そのとき、ある新人の存在が目に止まりました。

  • 技術は発展途上
  • 知識は広く浅い
  • ただし、現場の理解力と順応性は抜群
  • こちらの意図をすぐ理解し行動できる
  • 新しい仕組みに抵抗がない
  • 責任感が強い

僕は確信しました。

「このチームを変えるなら、彼を中心に据えるしかない」

これは SRE の原則「小さく始める」「ボトルネック以外の部分から改善する」とも一致します。


4. SREの教え:運用は“ドキュメント”ではなく“システム”で設計する

Google SRE では、運用を静的なドキュメントに依存する危険性が指摘されています。

  • ドキュメントはすぐに腐る
  • 読んでも状況や前提が分からない
  • 属人知識をコピペしただけでは意味がない
  • 繰り返しの手作業(Toil)が増殖する
  • 運用は“コード・データ構造・フロー”で表現すべき

つまり、

“ナレッジを書いて残す” だけでは運用改善は成立しない。
必要なのは、運用そのものの設計です。


5. SharePoint × Planner × Power Automate による“運用モデルの構築”

僕は、SharePoint/Planner/Power Automate を使い、
運用を以下のように“動くシステム”として再構築しました。

5-1. SharePoint:システムごとの“システムポータル”を作成

SharePoint は「業務手順DB」ではなく、
“システム単位のポータル” として運用しました。

各システムごとに、以下の情報を一箇所に集約します。

  • 設定手順
  • 定常運用手順
  • 障害時の対応手順
  • 構成情報
  • 注意点
  • 関連する Planner のタスクへのリンク
  • 古い手順・メモの統合と廃棄

新人の彼が迷わないよう、
「そのシステムはここを見ればすべて分かる」
という設計に徹しました。

5-2. Planner:業務の“パッケージ化”

Planner の最も重要な役割は、

業務を “パッケージ(テンプレート化されたタスク群)” にしたこと

です。

従来は

  • 作業依頼が Slack やメール
  • Excel に記載
  • 手順は人の頭の中
  • ミスや漏れは日常茶飯事

という状態でした。

僕は、新人の彼と一緒に業務を分解し、
以下の流れで“業務パッケージ化”しました。

① 業務をステップに分解
② 業務ごとに Planner のタスクとして登録

  • 目的
  • 手順
  • 入力・出力
  • リンク(マニュアル / SharePoint)
  • チェックリスト(ステップ)
  • 権限・注意点
  • 依存タスク

③ 業務は単位でまとめ、“ボードテンプレート化”

例えば:

  • 障害対応パッケージ
  • 月次メンテナンスパッケージ
  • ユーザー管理パッケージ
  • システム初期セットアップパッケージ

④ Power Automate による自動生成

  • 定期実行
  • 障害発生
  • インシデント登録
  • 申請フォーム送信

をトリガーに、

→ Planner にタスクパッケージが自動生成される
ようにしました。

新人の彼は、
Planner のタスクを上から順に実行するだけで業務が正しく回る
という状態になり、属人化は一気に解消していきました。


6. 新人モデルの採用:仕組みが人を動かす

この仕組みは、新人の彼に完璧にハマりました。

  • 技術が浅くても迷わない
  • “次に何をするか” が常に明確
  • 困ったら SharePoint ポータルを参照すればよい
  • ミスは Power Automate が検知・ガイド
  • パッケージ化された業務が再現性を保証

その結果、
「新人のやり方が最も正確」
という状態が生まれました。


7. 導入による効果:文化ではなく“行動パターン”が変わっていく

新人の彼を中心に運用モデルを整えた結果、現場には次のような変化が起きました。

  • 再現性が向上し、誰が実施しても同じ結果が出るようになった
  • Toil(手作業)が大幅に削減された
  • 手順ミス・抜け漏れが激減
  • 古いドキュメントによる混乱がなくなった
  • 「聞いたら怒られる」雰囲気が消え、「ポータルに載せるなら教えますよ」という前向きなスタンスに変わった

そして最も大きかったのは、

新人の彼が“部門で一番正しく業務できる人”になったことです。

運用パッケージとシステムポータルがあるため、
彼が最も迷わず、最も正確に、最も早く業務を実行できました。


7.5 しかし現場はさらに予想外の方向へ動いた

新人の彼がすべての業務を正しく回せるようになると、
現場は自然と “彼中心の業務運用” が進みました。

結果として──

  • 実質的に彼だけが業務を回している状態 になり
  • 負担が一点に集中してしまうため
  • もう一人追加で人を雇う判断が下されました

いわゆる 「この仕組みが分かる人をもう一人追加する」 という動きです。

仕組み自体は堅牢であっても、実行できる人が彼しかいない=ボトルネック という判断は妥当です。

そして、さらに驚くべき“後日談”がありました。


7.6 事業部長からの報告:組織が“静かに再編”された

しばらくして、事業部長からこんな報告がありました。

「既存メンバー3人は、今は“特にやることがない”状態です。」

このチームは、“担当領域を守ることで辛うじて成立していた”
という構造だったため、

  • 運用パッケージ化
  • システムポータル化
  • 手順の標準化
  • 自動化
  • 新人モデルの確立

によってその“暗黙の役割”が消滅しました。

結果として、

「仕事を持たない人」から本当に仕事が消える

という、現場あるあるの結末になったわけです。

もちろん、これは狙ったことではありません。
しかし、属人化に寄りかかった組織が構造改善で崩れる というのは、SRE の世界ではしばしば起きる現象です。

  • 個人が仕事を抱え込む
  • 仕組みは整備されない
  • 全員が担当領域を守ることで破綻を回避している
  • しかし根本改善が入ると“守る領域”が無くなる

非常に示唆的な出来事でした。


8. 結果と気づき:文化改革ではなく“構造改革”が組織を動かす

この一連の経験で僕が強く感じたのは、

人は簡単には変わりませんが、仕組みが変わると行動は変わる。
仕組みが変わりきると、組織そのものが変わる。

という現場の真実です。

今回のインフラ部はまさにその典型例で、

  • 属人化と心理的抵抗に支えられた“なんとか回る組織”
    → システム化により構造崩壊
    → 新人中心の効率運用へ再編
    → 部長・既存メンバーの役割が消滅

という 構造的変化の連鎖 が起こりました。

文化は変えなくても、構造が変われば、文化も人も動いてしまう。

それを肌で感じる体験でした。


✔ 結論:運用は「書く」のではなく、「設計して回す」もの

  • SharePoint で“システムポータル”を作り
  • Planner で“業務パッケージ化”し
  • Power Automate でタスク生成とログを自動化し
  • 新人モデルで再現性と標準化を完成させる

これによって、

ナレッジの散在、属人化、心理的抵抗、混乱した組織構造が
「仕組み」で一挙に変わっていく。

僕はこの経験を通じて確信しました。

💡ナレッジを残すのではなく、運用を設計することこそが 最も本質的な組織改善です。
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