この記事の要約
- いわゆる卒論や修論と呼ばれる学位論文を書くに当たって意識することをまとめる
- 学位論文は「勉強したことすべて」を書くようなイメージ
- 通常の論文では省くようなこと(社会背景や超基礎的なことなど)も書くことが推奨される
- 初学者が見たときに「それだけで理解できるもの」となるぐらいの詳細を網羅すべき
その他の論文執筆に関する記事も以下に公開しています.
ロボティクスが専門の研究者の査読経験に基づいた論文の書き方(←は学位論文ではなく査読付き論文の書き方)
論文における提案手法の書き方(←は提案手法と実装の違いの話)
論文を書くにあたって(←はフォーマットとかの細かい話)
学位論文と論文
ここでいう論文とは,雑誌や国際会議などで発表される査読付き論文を指しています.通常論文では,「言いたいことを筋道立てて,簡潔明瞭に述べる」ということが重視されます.そのため,ページ制限があったり,長くても10から20ページ程度となります(もっと長いのものありますが,あくまでここでは一般的にです).
一方学位論文は,卒論でも30ページとか,修論だと50ページ,博士論文ともなると100ページ超えになどなってきます.初めて学位論文を書く学生からすると,「論文は端的明瞭にと教わっているのに,なぜそんなページ数が増えるの?」と疑問に思うかもしれません.この記事では,この様な差がどうして表れるのかをまとめていきます.
学位論文には勉強したことも書く
学位論文と通常の論文の大きく違う所は,「学院論文には勉強したことも書く」ということです.通常論文では,「自分の研究(提案)がどうして必要なのか,どうして有効なのか」ということを端的に書いていきます.つまり勉強したことを書くことは基本的にはしません.そのため,一般的に周知されている基礎的な技術に関してなどは,「文献[1]を参照にされたい」などという説明だけで端折られることも多くあります.一方学位論文では,1つ1つの基礎的なものまで,それがどういったものであるのかという細かい内容まで記述することが推奨されます.
例えば,深層学習を使って何かアプリを作るような研究をしていたとします.そしてこのアプリ作成にあたり,「畳み込み層」,「プーリング層」,「活性化関数」などといった基礎的な内容を勉強したとします.学位論文では,こういった基礎的なものに関する解説を行うことも推奨されます.
もし通常の論文で「畳み込み層とは...」という丁寧な解説があると,かなり印象が悪くなります.これは畳み込み層がすでにかなり一般的に使われているのに,改めてそれを説明するほど,論文の内容が薄いと読み取られるためです.ページ制限のある論文では,本当に有用な情報だけを羅列していく方が良いです.一方学位論文では,こういった基礎情報がある方が,「勉強しているな」ということが伝わり,印象が良くなります.
研究背景と社会背景
例えばロボット系の研究発表では,よく背景として「近年少子高齢化が」などと言う方が多いです.しかしそういったものは「研究背景」ではなく「社会背景」です.社会背景として少子高齢化などといった問題があるので,ロボットの様な無人化に期待が寄せられている,と説明する方が正しいです.
では研究背景は何かというと,ざっくり言えば「提案する手法が必要となる技術課題等に対する内容」となります.例えば一例ですが,
- 画像処理は時間のフィルタリングは何度もラスタスキャンするから時間がかかる
- 大雑把に計算しても精度が変わらないフィルタリングがあれば高速化に有効
- 大雑把に計算できる近似方法を提案する
- 従来の近似方法だと考慮できない部分がある
- 上記を考慮できないため,従来法はこういった処理・事象には対応できない
- 提案する方法ならその様なものにも対応できる
という様な内容を書いたものが研究背景になります(あくまで一例なので,本当にそうであるかは重要ではありません).もっと技術的にコアな部分を書いても良いです.つまり研究背景とは,「どうして提案する方法が必要なのか」といったことが技術的にわかる内容になります.
通常の論文では,ページ制限があるためこういった「研究背景」を書きます.「少子高齢化がどうこう」といった社会背景を書くことはほとんどありません(社会背景を書く人もいますが,私はそういった論文は査読時に「内容が薄い」と判断するので,私自身は社会背景を書くことをオススメしません).ですが,学位論文にはこういった社会背景も書いて問題ありません.社会背景も沢山書いてある方が,より汎用的な需要が理解しやすく,良い学位論文であるといえます.
初学者が見た時にそれ1つで理解できる
学位論文のもう1つ重要な側面として,新しく研究室に入った後輩がまずそれを読むというのがあります.つまり初学者がその学位論文を見て
- どうしてこの研究をやるのか
- 関連する研究はどの様なものがあるのか
- どうして新しく提案する方法が必要なのか
- その提案を構成する技術はどの様なものであるか
- 提案内容をどの様にすれば有効であると検証できるのか
- 今後の展開としてどの様なことをするべきなのか
といったことがわかると良いといえます.皆さんが初めて研究をやるとなったときに,はじめてのことばかりでかなり悩んだと思います.その状況を想像しながら,「こんな情報があれば良かったな」という情報が学位論文に書かれていると,それはきっととても価値のある学位論文になります.
典型的な1例として,学位論文にプログラムを書く方もいます.通常の論文にはプログラムは書かない(そもそも書く余裕がない)ですが,学位論文には書けます.プログラムが書いてあれば,それでテストができますから,初学者からするととても助かりますね.
一例
上記も踏まえながら学位論文としてこんな内容を書くという例を上げてみます.あくまで一例なので,この例に拘る必要はありません.
緒言
本研究における社会背景
少子高齢化が,とか労働力不足が,といった様な,社会的問題・課題などを列挙します.国が出しているデータなど持って来て,どのぐらい深刻かといった証拠があると良いです.もちろん,それ以外の問題・課題であっても構いません.そしてその問題・課題を解決するためには,どういった技術が必要なのかといった議論をします.
本研究における研究背景
上記で議論した技術に対して,現状どんな技術があるのか,またどんな課題・限界があるかを議論します.これらに対して,提案する内容がどうして必要なのか,どうして有用といえるのかを議論します.
本研究の貢献
上記2つの議論を整理し,本研究が何にどう貢献するのかを明確にまとめます.
関連研究
関連する研究をまとめます.関連性の低いものから列挙し,少しずつ提案する内容に近い関連研究を解説していきます.最終的に,関係性の高い研究と本研究の違いを明確に述べます.関連研究の記述に関してはここを参考にして頂ければと思います.
もし関連研究のページが短くなってしまう場合(例えば2ページ以下)は,緒言の「技術的背景」の章にまとめてしまっても良いです.しかし,関連研究が少ないということはそれだけ「論文を読んでいない」ということですので,印象は良くないということは覚えておいてください.
提案手法
提案手法の概要
提案手法がどういったものなのか,またどの様な要素で構成されているかを解説します.
提案手法を構成する要素(あれば)
ここで提案手法を構成する要素を解説していきます.基礎的な内容などもここに記述し,「勉強しているぞ」ということをアピールすると良いです.
提案手法
構成要素を明確にした上で,提案手法がどの様なものなのか明確にします.
提案手法の実装
提案手法の具現化の方法を解説します.「提案」と「実装」の違いに関してはここを参照してください(本当は提案と実装は違う章で書いた方が良いと思いますが,それは難しい場合が多いので提案手法の章で述べる方が簡単かと思います).
卒論,修論の学位論文だと,理論的な内容より,ものを一生懸命作るといったことを頑張った人も多いと思います.その場合はこの実装の章において,作成したものに関してまとめると良いです.
実験
提案手法が有効であるということがわかる実験を実施し,その内容・結果を書いてください.既存手法との比較が重要になるので,比較も忘れないでください.
結言
本論文のまとめを書きます.
注意点
結言以外を除いて,1章には最低でも5ページぐらいは必要と思っておいてください(本当は結言もそのぐらいあると良いですが,慣れないと結言にたくさんの内容を書くのは難しいです).良く聞く話ですが,あまり論文を読んでいないので関連研究として引用できるものが少なく,関連研究の章が2ページぐらいしかないなどあります.この様な場合は無理に章立てせず,緒言で紹介する様にしてしまっても問題ありません.
補足
「論文」と聞くと,「読むのが難しいもの」と想像すると思いますが,これは少し間違いです.論文はあくまで「端的明瞭にそうとしか読めない様に文章・ロジックを積み重ねたもの」です.そのため,通常の文章よりも実は読みやすいことの方が多いのです.ところが,論文を読むためには「一定量の知識」が必要になります.そして知識がない状態読むと内容が理解できず,結果として論文は読みにくいものであると感じてしまうのです.
私が好きな例えで,「暗号は通常読めないが,読むルールさえ分かればそうとしか理解しようがないため,ルールのわかる人間には理解しやすい」というものがあります.通常の文章だと,読み手の理解の仕方によって理解のされ方が変わってしまうかもしれませんが,暗号はそうなりません.論文もそういうものなのです.
何が言いたいかと言いますと,「文章は端的明瞭に書き,しっかりロジックがわかる様に書いてください」ということです.論文だから小難しく書いて良いわけではありません.誰が読んでもそうとしか読めない様に,しっかり明確な文章とロジックを意識してください.
まとめ
学位論文を書くにあたって気を付けて欲しいことを書きました.多くの方にとって,学位論文は人生で1回か2回しか書かないものです.そのため,ほとんどの方が経験のないものです.そういった方々にとって,この記事が少しでも役に立てば幸いです.