この記事の要約
- 2019年8月の時点での,個人的な査読経験を踏まえたAbstract,Introduction,Related works,Conclusionをどう書くべきかをまとめています
- どちらかというと国際会議論文向けです
注:「論文の書き方」などと偉そうなことを言っていますが,誰もが驚くトップジャーナルを持っている人間ではありません...あくまで参考程度に...
この記事執筆のモチベーション
- 松尾先生の論文執筆方法に関する記事を読み,大変参考になるなと思うと同時に,類似のページが少ないなと感じました.論文の書き方は1通りではないと思うので,こういうページは複数あると良いなと思いました.
- 研究者自身の査読経験を交えた論文執筆法こそ,1番効果的な論文執筆法だと思っています.そんなことを一緒に書いてくれる人が増えれば,私自身勉強になるし嬉しいなと思っています.
- 未来の自分がこの記事を見た時に,成長を感じられるかどうか気になりました.
このページの内容は完全に個人的に思うことですので,それに留意して読んでください.
査読者がやること
論文の書き方を知るにあたり,査読者が何を読むのかということを知ることが重要と思います.そこでまず,私が査読するときに読むポイントをまとめます.
査読の前提
査読で読む点をお話をする前に,査読の前提のお話です.これがわかっているかいないかでも,論文の書き方が大きく変わると思います.
査読は専門家がやるものと思っている人は多いと思いますが,実は,本当の専門家が査読をやっている可能性は低いと私は考えています.例えば私は「ロボティクスの専門家」なので,ロボティクス関連の論文を良く査読します.しかし「私の本当の専門」は「自己位置推定」になります.自己位置推定はロボティクスの中でもポピュラーなトピックですが,1つの学会で発表される件数としては,10%にも満たないと思います(この数字は大雑把です).実際私が査読している論文の中でも,自己位置推定関連の論文が占める割合はその程度です(それより低いかもしれません).すなわち,私が査読している90%以上の論文は,私の本当の専門分野の論文ではありません.専門分野の多いベテランの研究者がどうかは良く分かりませんが,おそらくほとんどの若手研究者は同様な状況にあると推測しています.
この状況を考慮したとき,1つの重要な前提として,技術的に深い部分の新規性を査読で理解してもらえる可能性は低いということが挙がってきます.すなわち「この論文で提案している方法は新しい」とだけ言われても,本当に新しいかどうかを査読者が理解できる可能性は低いと考えるべきです.なので論文を書く上においては,なぜこの手法が新しいと言えるのかを順を追って丁寧に説明することが何より重要になります.
水掛け論になりますが,新規性を丁寧に説明したとしても,それすら理解してもらえないこともあると思います.それでも,この論文で提案している方法は新しそうだと誰が読んでも思えるような書き方にできれば,必然的に査読での評価は上がると考えています.
査読は粗探し
繰り返しますが,技術的な新規性を正確に査読者に理解してもらうことは困難です(実際,私も理解できないことは良くあります...).そこで私が査読で何をやるかというと粗探しをやります.つまり,「この論文で提案されている方法が新しいと言える書き方となっているかどうかを確認し,そうできていないところがあれば指摘する」ということをします(もちろん,自分の本当の専門であれば提案手法の中身の部分にも指摘を入れます).これを行うために重要な箇所は「Abstract」,「Introduction」,「Related works」,「Conclusion」になります.
次に読む順番ですが,私が(おそらく他の査読者も)査読で最初に読むのは「Abstract」と「Conclusion」です.これで,この論文に新規性や価値があるかどうかをラフに分類します.
Abstractでは端的に,「何が新規性なのか?」,もしくは「何がこの研究の貢献なのか?」を確認します.特に貢献,すなわち「この研究がどんな困難を達成したのか」が読み取れるかはかなり重要です.そしてConclusionにおいて,「その新規性や貢献はどのようにすることで確認できたのか」を確認します.つまりAbstractとConclusionだけで,「この論文に価値があるのか」と「その価値の確認の仕方が妥当であるか」というかなり重要な部分を確認します.そのため,ここでネガティブ評価になるとリジェクトする可能性が高くなります.
次に「Introduction」と「Related works」を読みます.Introductionでは,「Abstractの拡張に当たる内容が,技術的に深すぎる議論に頼らず,分かりやすく書かれているか」を確認します.すなわち,「この論文で扱う問題がなぜ難しいのか」や「それを解くと何が嬉しいのか」などが分かりやすく明確に書かれているかを確認します.そしてRelated worksでは,「技術的に深い議論も交えながら,既存手法ではなぜ論文で扱う問題・トピックが解けない・対処できないのか」を確認します.これにより,「既存手法では対処できない問題を解いているのか」を確認します.
ここまで確認して,論文の新規性や貢献を確認できれば,論文をアクセプトにする可能性は高くなります.ただし,実験結果,すなわち有用性の検証方法が妥当でなければ,落とされるのは当然ですので注意してください.今回の記事では,実験に関する記述は特にしていません.
Abstractで書くこと
ここから実際に何を書いていくかです.
Abstractは論文の顔です.多数の論文を読んでいると「Abstractは読んだけど中身は読んでいない」という事は多々あると思います.査読においても,まずAbstractだけが査読者に行き,査読するかどうかを決めるということもあります.つまり,読者にも査読者にも,ちゃんと論文を読んでもらうためにはAbstractが極めて重要になります.
Abstractでは,(1)この論文で扱う問題,(2)なぜその問題を解くのが難しいのか,(3)その難しさを解決するために何を提案するのか,(4)提案により何ができるようになるのか,そして(5)最終的になぜ扱う問題が解けるのかを書きます.ここで「問題」という言葉を書いていますが,これはもちろん研究テーマによりけりですが,研究を行う以上何かしらの問題が必ずあるはずです.例えば「Aという現象が明らかにされていないという問題」であったり,「Bという状態を高精度に推定するのが難しいという問題」などです.この「問題」がまず明確になっていないのなら,それは研究をやる価値があるかどうかの問題になり得ます.なので,論文で扱う問題が何なのかはしっかりと把握してください.
そして,上記の(1)~(5)において,私が最も重要であると考えているのは,(2)の「なぜその問題を解くのが難しいのか」です.前述の通り,査読者が本当の専門家である可能性は低いです.すなわち,論文で扱っている問題がなぜ難しいのかを正確に理解している査読者は少ないと考えるべきです.扱う問題を解くのが難しいのかという理由を査読者に理解してもらえなければ,査読者が論文の価値を認めるのも難しくなります.当然ですが,誰でも解ける簡単な問題を扱っている研究の価値を認めることは難しいです.そのため,扱っている問題がいかに難しいかを理解させることは,論文において何より重要な部分であると考えています.
もし,査読者が本当の専門家であった場合でも,なぜ難しいのかの説明はプラスに働くはずです.なぜなら,そのような説明は「問題の本質」を示す説明になり得るためです.問題の本質を最初に理解してもらえれば,査読の基準もブレにくくなるので,研究の価値を評価してもらえやすくなります.
例
まず,私が思うダメな例を示します.「なぜその問題を解くのが難しいのか」がない例です.例えば,画像とLiDARを融合して自己位置推定のロバスト性を向上させることを目的とした研究とします(あくまで例なので,ここに書いてある内容が正しいかどうかは気にしないでください).前提として,「画像とLiDARの融合を行う従来研究はすでにたくさんある」ということを踏まえて読んでみてください.
(悪い例)自己位置推定を行うためには画像やLiDARががよく用いられる.しかしながら,両者には得手不得手があり,単体で使用した場合には自己位置推定に失敗する場合もある.そこで本論文では,画像とLiDARを融合して自己位置推定を行うことで,自己位置推定のロバスト性を向上させた手法を提案する.両者を融合した提案法により自己位置推定を行うことで,互いの推定精度が低下する環境において相補的に機能することが可能となる.結果として,自己位置推定に成功できる環境のカバレッジを向上させることができる.
非常に表面的なことしか書かれていません.おそらくこの分野の査読者であれば,「画像とLiDARにそれぞれ得手不得手がある」ということ「それらを融合させることが簡単ではない」ということぐらいは知っていると思います.なので,難しいことをやろうとしている,ということは理解してもらえると思います.しかし,「なぜ融合することが難しいのか」が書かれていないので,研究の価値がわかりません.こうなると「類似研究があるのだからそれで十分なのではないか」というような疑問を持たれます.そこで,以下の様に修正してみます.
(良い例)自己位置推定を行うためには画像やLiDARがよく用いられる.しかしながら,両者には得手不得手があり,単体で使用した場合には自己位置推定に失敗する場合もある.両者を効果的に融合することができれば,互いの推定精度が低下する環境において相補的に機能することが可能となり,自己位置推定に成功できる環境のカバレッジを向上させることが期待できる.しかしながら,両者のセンサにより計測できるランドマークの次元が異なるため,融合を行うためには,これらの次元の違いやスケールの違いを考慮しなければならない.しかし,既存の最適化計算などのフレームワークでは,これらの違いを考慮することが困難である.そこで本論文では,これらの次元の違いやスケールの違いを考慮しながら最適化を行うことで,画像とLiDARで取得されたランドマーク間での照合を行うことを可能とさせる方法を提案する.提案法により,位置とスケールの両方の不確かさを統一的に扱うことが可能となり,両者の利点を効果的に得ることが可能となる.
問題がどこにあるのか(上の例では適当な最適化計算のフレームワークがない)ということを明確にするだけで,ストーリーが大きく変わります.そしてこの論文が何に着目し,何を解こうとしているのかが明確になります.これが本当に新規性があるかどうかがわからなくとも,少なくとも上のダメな例と比べれば,問題を明確にしてくれてそれを解決すると説明しているので,新規性があるように読めます.
また,ここで解く問題を明確にしておくと,後のIntroductionやRelated worksを書く上においても有利になります.なぜなら,その問題に対して適切な効果を得るために他の方法はどうか,という観点で他の研究と自分の研究を比較できるからです.
ただ,トレードオフは当然あり,問題の解決がなぜ難しいのかという理由は,どうしても専門的になりすぎます.それが分からないこそ,他の人はその問題を研究できないのですから.ここの塩梅をどうするかに関しては,やはり経験しかないのではないかと今のところ思っています.ただ,査読者に「価値あることをやっている」と思わせられるだけでも,効果は高いと思います.
なお,以下のIntroduction,Related works,Conclusionの書き方は,この様にAbstractが書かれている前提で進めます.
補足
追加で重要なことですが,Abstractを長く書かないでください.Abstractは要約です.要約を長く書く時点で,論文を書くのが下手だと思われます.狙っている学会・論文誌の他の論文を読み,標準的な長さを見極めた上で,その程度の長さになるこをと心がけてください.
また個人的意見ですが,Abstractには一般的な背景は書かないでください.例えば,「最近少子高齢化が問題になっている」とか「近年自動運転車両の開発が盛んだ」とか.この1文を読んだ時点で,論文を読む気がなくなります.こんなことをAbstract書かないといけないぐらい,この論文の内容は薄いのか?と,私はネガティブに感じてしまいます.
Conclusionで書くこと
私が査読で読む順番で説明して行こうと思うので,次はConclusionです.
Conclusionでは,結果を踏まえながらAbstractをおさらいし,かつこの論文を通して明らかにしたことを書いてください.「結果を踏まえて」と「明らかにしたこと」が重要です.
Conclusionはいわゆるまとめなので,よく論文でやったことをそのまま書く人もいますが,それでは意味がありません.論文を通して明らかにしたことを強調することで,本文を読まなくてもこの論文には価値があるのだということを主張します.
特に,明らかにしたことを書くにあたり,できる限り理由と数字を用いて説明してください.すなわち,単に精度が向上したと言うだけでなく,「提案方によりAがBすることで,90%まで精度が向上することが確認できた」というような具体的な理由と数字があれば,査読者としても評価がしやすくなります.
Abstractにおいて,論文中で扱う問題を解くことがなぜ難しいのかが明確になっていれば,Conclusionは比較的簡単に書けるようになると思っています.繰り返しになりますが,実験結果も極めて重要ですので,Conclusionで結論付けられる程の実験結果は必ず用意してください.
Introductionで書くこと
Introductionの目的は,Abstractだけでは伝えきれない本研究の重要性・有用性を理解させることにあると私は思っています.そのために,理解が困難な理由を抜きにして,扱う問題を解くことがなぜ難しいのかを丁寧に,かつ明確に説明することが重要であると考えています.「理解が困難な理由を抜きにする」のは,査読者が本当の専門家でない場合があることも想定してのためです.本当の専門家を想定した本研究の新規性・有用性は,Related worksで書くべきだと考えています.
まず最初に,Introductionでは論文で扱う問題と,その問題を解くことが難しい理由を説明してください.そして,この論文が目指すところを書いてください.個人的には,実験に関する記述を削除したAbstractが,そのままIntroductionの第1段落になっても良いと思っています.
次に,過去の研究も踏まえながら,なぜその問題が解けないのかをより明確にしていきます.但しここでは,技術的に理解が困難なものに言及するのは避け,代表的な関連研究だけを引用し,それでは解けない・技術が足りない,というようなことを説明します.
そして次に,提案法の特徴とその性能を,可能な限り図を交えて示してください.なぜ提案法を用いることで,本論文で扱う問題が解けるのか,そしてそれによりどんな効果が得られるのかを説明するのが良いと思います.そしてこの図を1ページ目に貼ってください(シングルカラムなら2ページ目).
そして次に,研究の貢献(contribution)を明示的に述べてください.貢献が複数ある場合は,箇条書きでまとめるのも良いと思います.貢献なんてIntroductionを読めば分かるだろうと思われるかもしれませんが,私が査読者の場合は,これがあるととても助かります.なぜなら,著者が思う貢献を基準として査読を行えるからです.裏を返せば,自分が評価して欲しいと思っている基準を貢献の明示により操作することができるということです.
Introductionの最後には,基本的に論文の章構成を書きますが,これはお好みで良いのではないかと思います.私はおおよそ書きますし,他の論文でもおおよそ書かれています.しかし,私自身査読ではほぼ読み飛ばします.章のタイトルを見ればだいたい何が書いてあるか予測できますので.
補足
Abstractもそうですが,Introductionも長く書くことは避けてください.Introductionは導入です.無駄なことには言及せず,自分の研究をアピールするための導入を端的に行ってください.
そのためIntroductionでも,一般的な背景(「近年少子高齢化が問題となっている」など)を書くこともは避けた方が良いと思っています.理由は単純で「自分が査読者だったらそんな部分は読み飛ばすから」です.査読者の目線になれば,この様な文章を読みたくないというのが事実です.近年の国際会議論文では,参考文献などを除く本文のページ数を6ページと制約をかける例もあります.おそらく,査読者が査読する論文が多すぎるという現状を踏まえてのことと思います.そうなると,やはり無駄なことを書くべきではないと思えるので,一般的な背景に関する記述は避ける方が良いと思います.
一方で論文誌や学位論文のように,ページ数に制限がない場合は,一般的な背景を書いても良いと思います.ここら辺はやはり,ケースバイケースにするのが良いと思います.
また論文の1ページ目に図を載せるべきではないということを言う人もいますが,査読者の目線からすれば,1ページ目に提案法を説明するような図があった方が,論文の理解が早まります.私自身の査読経験からすれば,1ページ目に図があった方が効果的であると感じています.
Related worksで書くこと
Related worksでは,技術的に深い内容を言及しながら他の研究と比較した提案法の重要性を書いてください.Introductionでは,できる限り読者・査読者が首を傾げるような深い内容は記述しない方が良いと考えています.しかしそうすると,Introductionにおいて他の研究との比較を深く議論できなくなります.そのために,Related worksで改めて関連研究との比較を深く行うべきと考えています.これにより,たとえ査読者が本当の専門家であっても,他の研究との違いを明確にできます.
関連研究をまとめるにあたり,広く関連する研究をまとめてください.たまに学生から「関連する研究がそんなにない」と言われますが,本当に類似する研究だけを関連研究と括ってはいけません.
例えば,画像とLiDARを融合して自己位置推定を行うという内容であれば,画像やLiDAR単体の自己位置推定法もまとめてください.そしてそれらがどの様に自己位置推定を行うかや,どこに限界があるかをまとめてください.
そして次に,融合する方法に関してもまとめてください.加速度センサやジャイロセンサを融合する方法,カルマンフィルタやパーティクルフィルタで融合する方法,最適化で融合する方法,それぞれ広くまとめてください.扱っているセンサが違ったとしても,それらを取り上げて,可能であればそれらでは不十分な理由などが列挙できると良いです.
そしてRelated worksの最後の方で,本当に関連度の高い論文を引用し,それらとの違いを明確化します.こうすることで,広く深く見た関連研究の整理ができるようになり,査読者に新規性を理解させやすくなるはずです.また,提案法でなければ扱う問題が解けないと説明できれば,有用性も明確にできるようになります.
なお,参考文献の手法と提案法の違いを説明するにあたり,ひたすら他の手法のダメ出しばかりするということは控えてください.あくまで,従来手法も良い手法であるががまだ足りない部分がある,ぐらいの指摘をするのが良いと思います.
補足
Related worksを書いていない論文も良く見ます.その場合にはIntroductionでこれに類似する内容が書かれていますが,個人的にはRelated worksを別にして書くべきと思っています.繰り返しになりますがその理由は,Introductionでは深すぎる専門的な内容の言及を避けるべきであることと,関連研究を明示的にまとめることで類似研究を広く深く整理していることをアピールするためです.
私が査読の時にチェックする1つの項目として,参考文献の数があります.もちろん参考文献の数で論文の新規性を判断はしませんが,数が少ないと他の研究との比較が不十分ではないかと感じたりします.国際会議論文であれば,最低でも20本,できれば30本以上の関連論文を引用し,しっかりとRelated worksをまとめるのが良いと思います.
その他で気をつけること
必ずしも新規性が重要な訳ではない
論文執筆にあたり必ずしも新規性が重要な訳ではないので,新規性がない場合は無理に新規性をアピールしないでください.無理に新規性をアピールするぐらいなら,等身大で良いので自分が頑張ったことをしっかりとアピールしてください.
機械学習やコンピュータビジョン系は違うかもしれませんが,ロボティクスの分野では,必ずしも新規性が必要だとは思っていません.従来手法を適用した場合だけであっても,「それを何に適用したのか」,「その適用のために工夫すべき点があったか」,「適用したことにより今までにない知見が得られたか」などが丁寧に書かれており,それが十分価値のあるものであれば,論文としてアクセプトされるべきであると考えています.ロボティクスはアプリケーションとしての側面も強いので.
ただこの場合にも「論文で扱う問題の難しさ」を必ず明確に書いてください.例えばもし「従来法を適用したこと」に論文の主張を置くのであれば,それを適用することの難しさを書いてください.「計算コストに問題があったのでアルゴリズムを工夫する必要があった」など記してくれれば,それが新規性かと思いながら論文を査読できます.
また,もし計算コストなどに問題がなかった場合でも,「システムインテグレーション的な観点で難しい」などがあったのであれば,そのインテグレーションのために必要な工夫や,実験を行い得られた知見を書いてください.システムインテグレーションが難しいのであれば,多くの人はそれを実現できないので,実現する工夫が書かれているだけでも,論文に価値があるといえます.また,インテグレーションを実現できなければ,当然それに関する知見を持つ人もほとんどいないはずですので,得られた知見を書くだけでも必然的に価値のあるものになっているはずです.
実験と比較
いかに新規性が証明できたとしても,実験結果,すなわち有用性の検証となる証拠がしょぼい,または疑わしい場合には,それを理由にリジェクトされる可能性はおおいにあります.基本ですが,実験は正確にきっちりと行うようにしてください.
また近年,様々なオープンソースが提供されています.すなわち,自分のやっている研究と他の研究が比較ができないということは,あまりないかと思います.そのため,実験においてしっかり比較を行うことが重要です.比較がないと,「提案法の性能が良くなる環境で恣意的な実験を行ったのではないか」と思われたりします.少なくとも何か1つは,比較手法を適用してください.
しかし,明らかに性能の差が出る手法と比較するのは逆効果です.もし本当に比較する手法がなく,かつそれがこの様な明らかに性能差が出るものしかないのであれば,その理由を明記してください.
補足ですが,査読者が対象とする論文の専門家でなく,かつ新規性が認められなかったとしても,多数の手法と比較した上で,提案法の性能が1番になるという結果があると,リジェクトすることはとてもし難しくなります.
動画とオープンソース
YouTubeやGitHubなどのWebを利用し,動画やプログラムなどを用いて追加的に自分の研究のアピールをすることは効果的です.やることは増えてしまいますが,これらのマテリアルを充実させることも,近年の研究では重要なことになっています.
モノをオープンにするときは,色々としがらみもあるかと思います.そのため,もしあなたが学生の立場であれば,何かをオープンにする場合には事前に指導教員と必ず相談してください.
余談ですが,日本語の論文で同じことをやると「論文にURLを載せるのは不適切」とか言われたりもします.私も実際に指摘されたことがあります.時と場合を見ての判断でお願いいたします.
統一性
査読中は,参考文献の引用の仕方とか,図の貼り方とか,細かいところも色々目に入ってしまいます.もちろん,そこに統一性がないだけで論文自体の中身には影響はしませんが,やはり印象が悪くなります.統一性などの論文の体裁は必ずチェックしてください.
そのため,Wordで論文を書くことは推奨しません.Word自体を否定するつもりはありませんが,私が査読する中で統一性がない論文のほとんどはWordで書かれています.自動で参考文献の引用や図の貼り付けなどを行ってくれるTeXの利用を強く推奨します.
英文チェック
必ず英語ネィティブの人に論文をチェックしてもらってください.「英語ができる人」ではなく「英語ネイティブ」です.第1言語と第2言語の壁を埋めるのやはり相当難しいです.私はネイティブチェックなしでも論文を通したことはあります(自慢ではなく,単に締切りに間に合わなかったためです)が,それでもネイティブチェックはすべきだと考えていますし,今でも頼んでいます.
私も学生の頃は,お金を使う権限がなかったので,強くネイティブチェックをお願いできませんでした.しかしその結果として,「It is hard for me to read your paper」などという査読コメントをもらったことがあります.これで論文が通る理由がありません.
勝負に行くのにわざわざハンデを背負う必要はありません.多少お金はかかりますが,できることなら業者によるネイティブチェックの利用を検討してください.
修正は複数回
論文を書き終えた瞬間は,書き終えたこと自体に満足していることが多いです.そのため,読み返しても違和感があることに気づかないことも多くあります.しかし,数日置いて読んでみると違和感を感じるということは良くあると思います.なので,この様な修正作業を複数回行うことを強く推奨します.
気持ち
古い考えですが,最後はやはりこれです.自分のやっていることを広く色んな人に伝えたいという思いを強く持つことが重要かと思います.
そして「締切りに間に合わないので諦めます」とは言わず,たとえクオリティが十分でなかったとしても,投稿することを強くオススメします.それでリジェクトになったとしても,査読結果が得られることは間違いなくプラスになるはずです.何だかんだで,この様な外部の評価を貰うことが,アクセプトを得るための近道な気がしています.
さいごに
私の査読の経験を踏まえながら,2019年8月の段階で,私が論文を書くためにこうすべきと思うことをまとめてみました.少しでも誰かのためになれば幸いです.
数時間で書けると思って書き始めた記事ですが,書き始めたら色々書き直しが出て,なんだかんだで数日かかってしまいました.ぜひダメ出しても良いので,ここは良くないなど,みなさんの論文の書き方も教えていただけると幸いです.
5年,10年経った後に,自分がどんな気持ちでこの記事を読むかが楽しみです.「昔の自分は恥ずかしいこと書いてたな」と思えるぐらい成長していると良いですが.