RNA velocityとは何か?単一細胞の未来を予測する手法
RNA velocityは、単一細胞RNAシーケンス(scRNA-seq)データから、細胞の将来的な状態変化を予測するための手法。2018年にLa Mannoらによって提案された。
基本アイデア
細胞内のmRNAには、以下の2種類が存在する:
- 未スプライスmRNA(unspliced):転写されたばかりで、まだスプライシングされていない。
- スプライス済みmRNA(spliced):成熟して機能するmRNA。核外(細胞質)に移動可能。
この2つの量の比率を使って、ある遺伝子の発現が増加しているのか、減少しているのかを推定する。これにより、細胞がどの方向に変化しているか(分化の方向性)を予測できる。
仕組みの概要
RNA velocityは、以下のようなモデルに基づいている:
- 遺伝子の転写 → 未スプライスmRNAの生成
- スプライシング → スプライス済みmRNAへの変換
- 分解 → mRNAの消失
この流れを数理モデル化し、各細胞における遺伝子発現の「速度ベクトル」を推定する。
簡単にいうと、
「未スプライスが多い → 転写が活発 → スプライス済みはこれから増えるはず」
「未スプライスが少ないのにスプライス済みが減っている → 分解が進んでいる可能性が高い」
このように、両者の量のバランスから「速度ベクトル(変化の方向)」を推定する。
応用例
- 幹細胞からの分化経路の推定
- 発生過程の時間的な流れの可視化
- 細胞状態の遷移の方向性の理解
数理モデル(微分方程式)
RNA velocityの基本モデルは以下のような微分方程式で表される:
$$
\frac{ds}{dt} = \beta u - \gamma s
$$
ここで:
- ( s ):スプライス済みmRNAの量
- ( u ):未スプライスmRNAの量
- ( \beta ):スプライシング速度(未スプライス → スプライス済み)
- ( \gamma ):分解速度(スプライス済み → 消失)
この式は、スプライス済みmRNAの変化率(=速度)を表しており、細胞がどの方向に遷移しようとしているかを示す。
限界と課題
RNA velocityには以下のような制限がある:
- 外部環境の影響を考慮していない(例:隣接細胞や微小環境の影響)
- スプライシング速度が一定と仮定されている(実際は細胞によって異なる)
- 短時間の予測に限定される(長期的な変化には弱い)
これらの課題を克服するために、最近ではExDynのような新しい手法が提案されている。