ドローン点検プラットフォームを支えるオンプレミス基盤 - DJI FlightHub 2の導入事例
はじめに
こんにちは。株式会社センシンロボティクスでインフラエンジニアを務めているLuanと申します。
私はドローンを活用したインフラ点検ソリューションのバックエンドインフラを担当しています。本記事では、センシンロボティクスがお客様に提供するドローンソリューションの選択肢を広げるために導入したDJI FlightHub 2 On-Premises版について、何ができるようになったのか、どのような課題に直面したのか、そしてそれらをどう乗り越えたのかを共有させていただきます。
また、データ保護の観点から、当社のソリューション開発プラットフォーム『SENSYN CORE』においても、自律運用型ドローン基地『DJI Dock3』との連携を強化し、お客様のセキュリティ要件に柔軟に対応できる体制を整えています。詳しくはこちら
センシンロボティクスへの応募を検討されている方、ドローン×ITに興味がある方にとって、当社の技術スタックや業務の雰囲気を知るきっかけになれば幸いです。
免責事項
- 本記事はDJI FlightHub 2 On-Premises版の導入事例を紹介するものであり、具体的な構築手順を記載したものではありません
- 技術的な詳細は一般化・抽象化して記載しています
- 実際の導入にあたっては、DJI公式ドキュメントおよびサポートをご参照ください
- 公開日時点の情報に基づいています
用語解説
本記事で扱う主要な用語について簡単に説明します。
DJI(Da-Jiang Innovations)
世界最大手のドローンメーカー。民生用ドローン市場で約70%以上のシェアを持ち、産業用ドローンソリューションも提供しています。
DJI FlightHub 2
DJIが提供するドローンフリート管理プラットフォーム。複数のドローンを一元管理し、リアルタイムでの飛行状況監視、データ収集、分析が可能です。
DJI FlightHub 2 On-Premises版
FlightHub 2のオンプレミス展開版。クラウド版と異なり、自社のサーバー環境で運用でき、データ主権やセキュリティ要件に対応できます。
SENSYN CORE
センシンロボティクスが提供するソリューション開発プラットフォーム。様々なハードウェアやクラウドサービスと連携し、お客様の業務に最適な運用形態を提供します。
システム構成の概要
図: DJI FlightHub 2 On-Premises システム構成
主要コンポーネント
| レイヤー | コンポーネント | 役割 |
|---|---|---|
| ユーザー層 | ドローン操縦士 | 現地での飛行データ送信 |
| 管理者 | オフィスから監視・管理 | |
| アプリケーション層 | FlightHub 2 | リアルタイム飛行監視、データ収集、レポート生成 |
| インフラ層 | Azure基盤 | 日本リージョンでの占有インフラ(将来的に他リージョンへの展開も想定) |
| 管理層 | ライセンス管理 | DJIライセンスの認証・管理 |
なぜオンプレミス版が必要だったのか
クラウド版の課題
DJI FlightHub2にはクラウド版が存在しますが、インフラ点検という業務特性上、以下のような課題がありました。
1. データ主権とコンプライアンス
社会インフラの詳細情報(設備位置、劣化状況、点検データなど)は国家の重要インフラに関わる機密情報です。これらのデータを海外のクラウドサービスに保管することは、データ主権やコンプライアンスの観点から懸念があります。
日本国内でのサービス展開においては、データを必ず国内に保持し、適切なセキュリティ対策を講じる必要がありました。
2. ネットワーク安定性
点検現場は山間部や離島など、ネットワーク環境が不安定な場所も多くあります。クラウド版ではDJIのクラウドサーバーへの常時接続が必要ですが、オンプレミス版では自社管理のサーバーとの通信で運用できるため、ネットワーク構成の柔軟性が高まります。
3. カスタマイズ性
お客様ごとの業務フローや既存システムとの連携要件に柔軟に対応するため、オンプレミス環境での運用が求められました。
オンプレミス版で実現できること
オンプレミス版の導入により、以下が実現できるようになりました。
1. データ主権の確保
すべての飛行データ、撮影画像、点検レポートを自社管理のサーバーで保管し、データの所在地を管理できます。お客様のセキュリティポリシーに応じた柔軟な運用が可能です。
2. 将来的なマルチリージョン展開への対応
現在は日本国内での運用ですが、オンプレミスアーキテクチャを採用することで、将来的に海外展開が必要になった場合も、各国の法規制に準拠した形で柔軟に対応できる基盤が整いました。
海外展開について
海外においては、別のドローン点検プロジェクトが進行中です。将来的にFlightHub 2 On-Premises版の導入も検討されていますが、現時点では異なるシステム構成で運用されています。海外の個人情報保護法(Personal Data Protection Act)など、各国固有の法規制に対応できる柔軟な設計を心がけています。
3. 既存システムとの連携可能性
オンプレミス環境のため、お客様の既存の業務システム(設備管理システム、保守管理システムなど)とのAPI連携やデータ連携の実現が容易になります。お客様ごとの要件に応じて柔軟にカスタマイズできる基盤を提供できます。
4. セキュリティの強化
専用のネットワーク環境内で運用することで、外部からの不正アクセスリスクを最小化し、よりセキュアな運用が可能になりました。
誰がどのように喜ぶのか
インフラ事業者(お客様)
- 安心・安全: 重要インフラ情報が国内のセキュアな環境で管理される
- コンプライアンス対応: 各国の法規制を遵守した形でのサービス利用が可能
- 業務効率化: 従来の人力点検と比較して、点検時間を大幅に短縮
- 点検頻度の向上: 人間がアクセスしにくい場所の点検頻度を増やせる
ドローン操縦士(現場スタッフ)
- リアルタイム監視: 飛行状況や撮影状況をリアルタイムで確認可能
- 安全な運用: 飛行履歴やバッテリー状態など、安全運用に必要な情報を一元管理
- レポート自動生成: 点検後のレポート作成業務が大幅に軽減
管理者(オフィススタッフ)
- 一元管理: 複数の現場、複数のドローンを一つのプラットフォームで管理
- データ分析: 蓄積された点検データから劣化傾向を分析し、予防保全に活用
- 進捗管理: 各現場の点検進捗をリアルタイムで把握
社会全体
- エネルギーの安定供給: より効率的な点検により、設備トラブルを未然に防ぎ、安定したエネルギー供給に貢献
- 作業者の安全: 高所作業のリスクを減らし、作業者の安全性を向上
- インフラ長寿命化: データに基づく適切な保守により、インフラの長寿命化に貢献
構築時に大変だった点と解決アプローチ
1. ライセンス管理の複雑性
課題
DJI FlightHub 2 On-Premises版では、製品タイプごと(FlightHub 2、Terra、4G伝送)に個別のライセンスファイルを生成し、管理する必要があります。各サーバーには固有のフィンガープリントがあり、それぞれに対応したライセンスを発行する必要がありました。
解決アプローチ
- ライセンス生成プロセスを明確に文書化
- 各サーバーのフィンガープリント情報を一元管理
- ライセンス更新の自動化検討(将来的な改善ポイント)
2. マルチクラウド環境への対応と将来展開の設計
課題
日本国内ではAzure(東日本リージョン)での展開を行いましたが、将来的な海外展開も視野に入れた柔軟なアーキテクチャ設計が必要でした。特に以下の点が複雑でした:
- クラウドベンダーロックインを避ける設計
- 複数リージョンへの展開を想定したネットワーク設計
- IAM/RBAC設定の標準化と再利用性
- 各国の法規制に対応できる柔軟な構成
解決アプローチ
- Infrastructure as Code(Terraform)による環境構築の標準化
- マルチクラウド・マルチリージョン展開を想定したモジュール設計
- 共通部分はモジュール化し、リージョン固有の設定は変数で管理
- 厳密な権限管理とロール定義のテンプレート化
3. 時刻同期の重要性
課題
ドローンの飛行ログ、撮影データ、システムログなど、すべてのデータで正確な時刻情報が必要です。初回デプロイ時にNTPサービスとシステムサービスのポート競合が発生しました。
解決アプローチ
- システム標準のNTPサービスとFlightHub 2のNTPコンテナの調整
- デプロイ前チェックリストにポート確認を追加
- 自動化スクリプトでの事前チェック実装
4. Docker環境のバージョン管理
課題
DJIが推奨するDockerバージョンと、システムにプリインストールされているDockerバージョンに差異があり、互換性の問題が発生しました。
解決アプローチ
- 公式パッケージを使用した特定バージョンのDocker(27.2.0)のインストール
- バージョン固定による環境の一貫性確保
- デプロイメント手順書への明記
5. セキュリティと利便性のバランス
課題
デフォルトでは自己署名証明書が使用されますが、本番環境では信頼された認証局の証明書が必要です。しかし、証明書の更新プロセスがシステムの可用性に影響を与える可能性がありました。
解決アプローチ
- 初期段階では自己署名証明書で迅速にデプロイ
- 段階的に正式な証明書への移行計画を策定
- 自動更新可能な証明書の検討
技術的な学びと成果
Infrastructure as Codeの重要性
Terraformによるインフラ管理の重要性を実感しました。手作業では発生しがちな設定ミスを防ぎ、同じ構成を再現可能な形で展開できました。また、将来的な海外展開を見据えた設計により、スケーラブルな基盤を構築できました。
マルチクラウド対応設計の経験
Azure環境での構築を通じて、クラウドベンダーロックインを避ける設計の重要性を学びました。将来的に異なるクラウドプロバイダーへの展開が必要になった場合も対応できる柔軟な設計を心がけました。
コンプライアンス対応の考え方
日本国内のデータ保護要件への対応を通じて、将来的な国際展開におけるコンプライアンス対応の基礎を学びました。海外展開時には、各国固有の法規制やデータ保護法に対応できる設計が活かせる見込みです。
ドキュメンテーションの価値
複雑な構築手順を文書化することで、知識の属人化を防ぎ、チーム全体での運用品質を向上できました。また、将来的な横展開時のナレッジベースとしても活用できます。
センシンロボティクスで働く魅力
本プロジェクトを通じて感じた、センシンロボティクスで働く魅力をいくつか紹介します。
社会貢献性の高い仕事
社会の基盤を支えるインフラの維持管理に携われることは、大きなやりがいです。自分が構築したシステムが、安定したインフラ運用に貢献していることを実感できます。
最新技術への挑戦
ドローン、AI、クラウド、IoTなど、最新の技術トレンドを実務で扱う機会が豊富にあります。新しい技術を学び、実践する環境が整っています。
マルチクラウド・国際展開の経験
日本国内での構築に加えて、将来的な海外展開を見据えた設計を行う機会がありました。異なる規制環境での展開を想定した経験は、エンジニアとしての幅を広げてくれます。
チーム文化
技術的な課題に対して、チームメンバーと協力しながら解決していく文化があります。困ったときには助け合い、知識を共有し合える環境です。
まとめ
DJI FlightHub 2 On-Premises版の導入を通じて、以下のことを実現できました。
- データ主権の確保: 重要インフラ情報を国内で安全に管理
- スケーラブルな基盤構築: 将来的な海外展開にも対応できる柔軟な設計
- 業務効率化: ドローン点検業務の効率化と安全性向上
- 技術力向上: Infrastructure as Code、クラウド設計、コンプライアンス対応の実践経験
構築には様々な課題がありましたが、一つひとつ解決していくプロセスは、エンジニアとして大きな成長の機会となりました。日本での構築経験とノウハウが、今後の海外展開に活かせることを期待しています。
センシンロボティクスでは、このような社会貢献性が高く、技術的にも挑戦的なプロジェクトに携わることができます。ドローン×ITに興味がある方、インフラエンジニアリングに情熱をお持ちの方、ぜひ一緒に働きましょう!
参考情報
公式リソース
執筆者プロフィール:
Luan Trung Nguyen - センシンロボティクス インフラエンジニア
AWS/Azureマルチクラウド環境でのインフラ構築・運用を担当。ドローン点検システムのバックエンド基盤を支えています。