前置き
さて、前回の記事では、データアーキテクチャにも「コンポーネントの設計原則」を適用し、意味のある単位でまとめたり、結合時の依存の向きなどのお話をしてきました。
では、その後の運用フェーズで、どのようなログやメトリクスを監視した結果から、原則を適用した仮説であるデータアーキテクチャを検証すべきでしょうか?
TOCを用いた科学的アプローチ
設計原則(仮説)を適用して設計したデータアーキテクチャを、データオブザーバビリティ(観測)で定量的に検証し、そこに対する TOCとECRS(改善プロセス)で修正するという、科学的アプローチを考えてみましょう。
以下に、そのメカニズムを詳細に書いて、観測対象とTOC / ECRSの具体的な適用フローとしてまとめ直します。
🎛️ 1. 観測:何を監視して「仮説のズレ」を発見するか?
まず、「6つの原則」の仮説が正しいかどうかを検証するための、具体的な観測対象(ログ、メトリクス、トレース)が必要です。以下の表にそれらを一覧でまとめてみました。
インラインコード
🛠️ 2. 改善:TOCとECRSによる「アーキテクチャ修正」の5ステップ
上記の観測によって「仮説と現実のズレ(=ボトルネック)」を発見したら、TOCの5ステップを適用して、そのボトルネックをECRSで改善します。
【シナリオ】 観測結果
Financeプロダクト(財務レポートなど。安定であるべき)が、Analyticsプロダクト(機械学習の実験的特徴量など。不安定)のデータに直接依存していることが判明(SDP違反)。
Analyticsチームが新しい実験のために特徴量のスキーマを変更するたびに、Financeプロダクトのパイプラインが失敗し、全社の財務レポートが遅延している(=システム全体のボトルネック)。
ステップ1:制約条件を特定する (TOC)
ボトルネック
Finance(安定)からAnalytics(不安定)への 「不適切な依存関係」 そのものが制約である。
ステップ2:制約条件を徹底的に活用する (TOC) + "ECRS" (パイプライン修正)
目的
まず、アーキテクチャを変えるという大手術をせずに、今のパイプラインの運用(ECRS) で問題を回避する「応急処置」を行う。
・(E)liminate (排除)
FinanceがAnalyticsから直接データを読み込む同期的な依存を排除する。
・(R)earrange (入れ替え)
Financeが参照するAnalyticsのデータを、安定したビュー(View)や別の安定したストレージに一度コピー(入れ替え)し、Financeは(Analytics本体ではなく)その安定したコピーだけを参照するようにパイプラインの順序を変更する。
・(S)implify (単純化)
Analyticsチームは、その安定したビューのスキーマ(データ契約)だけは変更しない、というルールで運用を単純化する。
→ 結果
これで、Analyticsが内部でどれだけ実験しても、Financeは隔離された安定したビュー(契約)だけを見るため、直接的な障害は発生しなくなる。(データパイプラインの修正完了)
ステップ3:他のすべてを制約条件に従属させる (TOC)
目的
チーム全体が、この「不適切な依存」という制約を理解し、悪化させないように動く。
アクション
Analyticsチームは、Financeチームとの「安定したデータ契約(ビューなど)」を変更する際には、必ずFinanceチームの許可を得る、というプロセスに従う。
ステップ4:制約条件を解消する (TOC) + "ECRS" (アーキテクチャ修正)
目的
応急処置では非効率なため、制約そのもの(アーキテクチャ) を修正する。
SDP違反を根本的に解消する。
・(E)liminate (排除)
FinanceがAnalyticsに依存するという、依存関係そのものを排除する。
・(R)earrange (入れ替え)
AnalyticsとFinanceが共通で必要とする「コアデータ」(例:TransactionData)が存在するはず。
その共通の安定したプロダクトを新たに定義し(アーキテクチャの修正)、FinanceもAnalyticsも両者がそのTransactionDataに依存するように依存関係を入れ替える。
(S)implify (単純化)
これにより、FinanceもAnalyticsも、互いの複雑なロジックを知る必要がなくなり、依存関係が単純化される。
→ 結果
これで、SDP原則を満たす、健全で安定したデータアーキテクチャが実現した。
ステップ5:プロセスの最初に戻る (TOC)
目的
ボトルネックは必ず移動する。
アクション
この修正により、財務レポートの遅延はなくなった。
しかし、今度はMarketingプロダクトのデータ鮮度が新たなボトルネックになっていることが、別のメトリクスから判明した。プロセスは最初に戻り、継続的な改善が続く。
結論
これが、原則(仮説)、観測(データ)、改善(TOC/ECRS)を回し続ける、「生きたデータアーキテクチャ」 の運用メカニズムです。
