LaTeX を始めるとき、最初に数 GB の TeX Live を入れるのが当たり前になっています。
この記事は、「LaTeX 環境構築」で迷っている人、特にレポートや卒論をきっかけに「大学生 LaTeX」「初心者 LaTeX」と検索してたどり着いた人を想定しています。初めてでも扱いやすく、大学の PC や容量に余裕のないノート PC にも導入しやすい環境を目指します。
もちろん、フルセットを入れればパッケージ不足では困りにくくなります。しかし、最初の文書で使うのは、そのごく一部です。
そこで考え方を逆にします。
最初は小さく入れて、文書が要求したパッケージだけを後から足す。
この構成を実現できるのが、TeX Live ベースの軽量ディストリビューション TinyTeX です。
この記事では、TinyTeX-1 を土台にして、約 500 MB から実用的な TeX 環境を始める仕組みを紹介します。
「500 MB」の内訳
500 MB 全部を最初にダウンロードするわけではありません。
2026 年 8 月時点で、TeX64 が取得する macOS 用 TinyTeX-1 の配布アーカイブは 67,002,364 bytes、約 67 MBです。これを展開すると、TeX の基本環境が約 300 MB になります。
その後、日本語組版や tcolorbox を使う最初の文書をビルドすると、必要なパッケージと日本語フォントが追加されます。手元のクリーンな macOS arm64 環境では、最初の日本語 PDF を作れる状態まで進めて 531 MB、2 分 08 秒でした。
| 段階 | データ量の目安 | 内容 |
|---|---|---|
| ダウンロード | 約 67 MB | 公式 TinyTeX-1 アーカイブ |
| 展開直後 | 約 300 MB | TeX エンジンと基本パッケージ |
| 日本語の最初の PDF 作成後 | 約 500 MB | 日本語組版、フォント、TikZ 系などを追加 |
| 以後 | 文書に応じて増加 | 実際に使ったパッケージだけを追加 |
CTAN ミラー、TinyTeX のリリース、OS によって数値は変動します。ここでいう 500 MB は上限ではなく、よく使う構成まで育てた時点の目安です。
TinyTeX-1 には最初から何が入っているのか
TinyTeX には収録範囲の異なる TinyTeX-0、TinyTeX-1、TinyTeX、TinyTeX-2 があります。
最小の TinyTeX-0 は TeX Live の基盤と tlmgr が中心で、LaTeX パッケージをほとんど持ちません。反対に TinyTeX-2 は scheme-full 相当です。
今回使う TinyTeX-1 は、その中間です。現在の macOS 用 daily build を調べると、プラットフォーム別バイナリや管理用メタパッケージを含めて 122 エントリが入っていました。
主な内容を用途別にまとめると、次のようになります。
| 用途 | 最初から入っている主なパッケージ・ツール |
|---|---|
| TeX エンジン |
latex、pdftex、luatex、luahbtex、xetex
|
| ビルド |
latexmk、bibtex、dvipdfmx、dvips、epstopdf、extractbb
|
| 数式 |
amsmath、amsfonts、amscls、unicode-math、lualatex-math
|
| 紙面・表 |
geometry、booktabs、float、framed、fancyvrb
|
| 色・画像・リンク |
graphics、xcolor、hyperref、bookmark、url
|
| フォント |
fontspec、luaotfload、lm、lm-math、psnfss、inconsolata
|
| LaTeX 基盤 |
l3kernel、l3packages、tools、etoolbox、xkeyval
|
| 言語・文献 |
babel、natbib、hyph-utf8
|
つまり、LuaLaTeX、XeLaTeX、pdfLaTeX と基本的な数式・表・色・リンクは、最初から使える状態です。ビルドのたびに必要になる latexmk も入っています。
一方、次のような用途は初期セットに含まれていません。
-
ltjsarticleやjlreqによる日本語組版 - Harano Aji などの日本語フォント
- TikZ / PGF
tcolorbox- Beamer
chemfigphysics
これらを全員に最初から配るのではなく、使った人にだけ追加するのがポイントです。
文書に応じて何が追加されるのか
例として、次の文書をビルドします。
\documentclass{ltjsarticle}
\usepackage{amsmath}
\usepackage[most]{tcolorbox}
\begin{document}
\begin{tcolorbox}[title=最初の PDF]
日本語と数式を組版できました。
\[
e^{i\pi}+1=0
\]
\end{tcolorbox}
\end{document}
amsmath は TinyTeX-1 に最初から入っています。しかし、ltjsarticle.cls と tcolorbox.sty はありません。
最初のビルドでは、たとえば次のエラーが出ます。
! LaTeX Error: File `ltjsarticle.cls' not found.
TeX Live では、ファイル名とパッケージ名が同じとは限りません。そこで tlmgr search を使い、そのファイルを提供するパッケージを調べます。
tlmgr search --global --file "/ltjsarticle.cls"
検索結果は ltjsarticle.cls が luatexja に含まれることを示します。
luatexja:
texmf-dist/tex/luatex/luatexja/ltjsarticle.cls
あとは luatexja を導入して、同じ文書をもう一度ビルドします。
tlmgr install luatexja
同じ方法で、次に見つかった不足ファイルも追加します。
| 文書で使った機能 | 見つかる不足ファイル | 導入される TeX Live パッケージ |
|---|---|---|
ltjsarticle |
ltjsarticle.cls |
luatexja |
jlreq |
jlreq.cls |
jlreq |
| 日本語フォント | HaranoAjiMincho-Regular.otf |
haranoaji |
| TikZ | tikz.sty |
pgf |
tcolorbox |
tcolorbox.sty |
tcolorbox と依存先の pgf、environ など |
| Beamer | beamer.cls |
beamer |
| 化学構造式 | chemfig.sty |
chemfig |
| 物理記法 | physics.sty |
physics |
tlmgr install は依存パッケージも一緒に解決します。たとえば tcolorbox を入れると、描画に使う pgf なども導入されます。
このため、最初の日本語文書を通す段階で環境は約 300 MB から約 500 MB へ成長します。ただし、Beamer も chemfig も使わなければ入りません。
「エラーを見て入れ直す」を自動化する
不足パッケージの補完は、次の流れで自動化できます。
実用上は、次の制限も必要です。
-
.sty、.cls、フォントなど、TeX Live が提供し得るファイルだけを検索する - 画像や
.bibをパッケージ不足と誤認しない - 同じパッケージを同じビルド中に何度も入れない
- 再ビルド回数に上限を設ける
- 解決できなければ、元のエラーをそのまま表示する
最初の 1 回だけは追加導入で時間がかかりますが、次回からは導入済みの環境をそのまま使えます。
自分で TinyTeX を試す
macOS では、公式インストーラーから TinyTeX-1 を導入できます。
curl -sL "https://tinytex.yihui.org/install-bin-unix.sh" | sh
Linux 版と Windows 版を含む導入方法は、TinyTeX 公式サイト にまとまっています。
不足パッケージに出会ったら、基本的に覚えるコマンドは次の 2 つです。
tlmgr search --global --file "/不足したファイル名"
tlmgr install パッケージ名
完全なオフライン環境が必要になった場合は、軽量環境を捨てずにフルセットへ昇格できます。
tlmgr install scheme-full
TeX64 なら一撃で終わる
ここまで読んで、「小さく始められるのはよいけれど、ログを見て tlmgr を実行するのは面倒」と思ったかもしれません。
macOS 向け LaTeX エディタ TeX64 には、この TinyTeX-1 ベースの仕組みを組み込んであります。
- TeX 環境がなければ、約 500 MB のライト環境をセットアップ
-
ltjsarticle.clsやtcolorbox.styが足りなければ、自動で提供パッケージを検索 - 必要なパッケージと依存先を導入
- 同じ文書を自動で再ビルド
- 既存の MacTeX や TeX Live は変更しない
ライト環境を選ぶと、TinyTeX の取得からパッケージ導入まで進捗を見ながら待つだけです。
実際に、TeX 環境がない状態から日本語、数式、tcolorbox を含む PDF まで、そのまま作成できます。
つまり、この記事で説明した「TinyTeX の導入 → 不足パッケージの特定 → 追加導入 → 再ビルド」が、TeX64 なら初回セットアップとビルドの一撃で終わります。

