前回、AIエージェントに東京の物件探しを任せたら、勝手に家相で採点を始めたという話を書いた。
思ったより読まれて、家相の話ばかり聞かれるようになったのだけど、本当はあれは副作用の話で、本体は別にある。2週間ほどエージェントと一緒に部屋を探してみて、技術の話でも家相の話でもない、「これが一番難しかった」という点が5つある。順不同で書く。
1. 「いい部屋」を条件に翻訳する作業が一番重い
エージェントに渡した最初の条件は、駅徒歩10分以内、南向き、2階以上、月13万円以下。書けるのはここまでだ。でも実際に内見で「ここはない」と思う理由は、日当たりの「質」とか、夜の街の空気とか、書けないものばかりだった。
AIに任せるというのは、自分の曖昧な好みを仕様書に起こす作業だということに、始めてから気づいた。書いた条件は全部守られる。書かなかった条件は全部無視される。当たり前なのだけど、この当たり前が一番きつい。部屋探しの半分は物件情報との戦いで、もう半分は自分の言語化能力との戦いだった。
2. エージェントの「勝手な創造性」を制御できない
家相の採点ルーブリックは、頼んでいない。5日目の夜に勝手に作っていた。
あれは結果的におもしろい副産物だったけど、同じ創造性が別の夜には「バルコニーのセットバックから階数を逆算しました」という、間違った推論として現れた。頼んでもいないことをやるのがこの手のエージェントの売りなのだけど、頼んでもいないことの中に、宝とノイズが混ざっている。仕分けは人間の仕事だ。
「やって」と言うのは簡単で、「そこはやるな」の線引きを設計するほうがずっと難しい。僕は結局、創造性を止めるのではなく、創造した結果に「推定」タグを付けさせる方向で折り合いをつけた。創造は許す、断定は許さない。
3. 物件情報そのものの品質が悪い
エージェントのせいではない問題が一番たちが悪い。
間取り図は画像で、方位マークはずれていることがある。募集ページの情報は古く、リンクは消える。不動産ポータルの世界は、機械が読むことを前提に作られていない。エージェントがいくら正確に読んでも、元のデータが嘘をついていたら出力も嘘になる。
「判読不能は推測せず判読不能と記録しろ」という指示は、AIの問題というより、この世界のデータ品質への防衛線だった。賢いエージェントより、嘘をつかないエージェントのほうが価値があると思ったのはこのへんが理由だ。
4. 報告の「もっともらしさ」を検証するコスト
毎朝、スプレッドシートに候補と理由が並ぶ。これが曲者で、読みやすい報告ほどそのまま信じたくなる。
ある朝、「騒音リスク低」と評価された物件が、なぜか幹線道路の真横だった。理由文は自然で、評価だけが間違っていた。以降、評価が気に入った物件ほど原文(物件ページと地図)にあたる習慣がついた。検証にかかる時間は、自分で検索するよりは安いけれど、ゼロにはならない。
どこかの記事で読んだ「推測で候補を並べるのは作文」という言葉がいちばんしっくりくる。報告書は作文になりうる。だから証拠へのリンクを必須にした。
5. 最後の1マイルは絶対にAIに渡せない
200件を2件に絞るところまでは、エージェントのほうが速い。でも最後の2件から先は人間の領土だ。
内見に行って、昼の光を見て、隣の部屋の生活音を聞いて、「ここなら住める」と腹で決める。この判断はデータの問題ではない。それに、契約書に判子を押すのも僕だ。AIは選択肢を用意する装置であって、決断の代理人にはなれない。なれると思い込むほうが危ない。
思えばこれは不動産に限らない話で、何を任せるにしても「ここから先は自分」という線をどこに引くかが、AIと暮らす技術の核心な気がしている。
おわりに
難しかったこと5つを書いたけれど、また明日もエージェントに条件を投げる。難しいことと、やめる理由は違う。
ちなみに家相の採点は、その後の検証ネタとしてちゃんと生きている。鬼門減点と採光の相関をデータで確かめる設計を組んだので、結果が出たらまた書く。
※ 前回の記事: 東京で部屋探しをしていたら、AIが家相で採点し始めた話