概要
本記事では、CPU/GPUによるソフトウェアエンコードと、VPU(Video Processing Unit)やCPU/GPU内蔵ハードウェアエンコーダー(例:QSV、NVENC)を、柔軟性・効率・スケーラビリティという軸で整理します。4K/8K時代の実務で避けて通れない「どれを選ぶべきか」を、具体的な観点とワークロード別の指針に落とし込みます。
VPUとは何か?CPU/GPU内蔵エンコーダーとの機能的な違い
- VPU(Video Processing Unit)は、動画のエンコード/デコード/前処理に特化した専用ハードウェア(多くはASIC)です。機能面ではCPU/GPU内蔵のハードウェアエンコーダー(例:QSV、NVENC)と近いものの、規模や設計のフォーカスが異なります。
- CPU/GPU内蔵ハードウェアエンコーダーは便利ですが、同時並行で扱えるストリーム数には上限があります(世代やSKUに依存)。
- 一方、CPU本体は汎用プロセッサーなので、ソフトウェアエンコーダー(例:x264、x265)を動かす柔軟性があります。
- GPU本体でも、内蔵ハードウェアエンコーダーを使わずにデコーダーやエンコーダーを実装することは技術的に可能ですが、効率は良くありません。一般的には、フレームの拡大などの前処理を行った後、ハードウェアエンコーダーに戻す用途で利用されます。
ソフトウェアエンコードの強み:圧倒的な「柔軟性」
- 新しいコーデックの実装や、既存コーデックの改良が容易です。アルゴリズム更新・最適化・バグ修正を素早く反映できます。
- 細かな内部パラメータ(レート制御、モーション推定、心理視覚最適化など)を深く調整することも可能です。
- ワークロードに合わせて品質優先/速度優先のチューニングが自由です。
実務上の意味:配信・VOD・アーカイブ等で品質要件が高い/コーデック進化を素早く取り込みたい場合、ソフトウェアは強力な選択肢。
ハードウェアエンコード/VPUの強み:徹底した「効率」
- 消費電力あたりのスループットに優れています。専用回路ゆえに処理速度も高速です。
- ストリーム単位での消費電力は、CPU/GPU内蔵ハードウェアエンコーダーとVPUで概ね同等ですが、エンコード環境を大規模化する場合はVPUの方が優位になりやすいです(ハードウェアエンコーダのみをスケールできるため、拡張性・ラック密度・冷却計画の面でも設計しやすい)。
実務上の意味:大量ストリームのライブ配信やトランスコード・クラウドスケール処理で、TCO(総所有コスト)と電力効率を最重要視するならVPUが現実解。
弱みの整理:柔軟性の壁と世代/回路依存
- 回路で固定された機能は後から大きく変えられません。
例)AV1の回路が無ければ後付けで対応は不可。画質アルゴリズムの根本的改善も難しい(微細なパラメータやAPI改善による向上はあり得ますが、回路構成そのものは変更できません)。 - 世代依存:例えば、NVENCはGPU世代ごとに、対応コーデック・プロファイル・制限が異なります。
実務上の意味:品質やコーデック戦略を頻繁に更新するチームは、ハードウェア固定の制約を考慮すべき。
スケールの論点:ストリーム数と消費電力、拡張のしやすさ
- ストリーム単位の消費電力はVPUとCPU/GPU内蔵エンコーダーで大差がないケースが多いものの、エンコード拠点の規模を拡大するなら、ラックスペース密度と拡張性の点でVPUが有利になりがちです。
- ラック当たりのスループット密度、冷却容易性、運用の標準化などを総合評価するとVPUの優位が見えやすいシナリオがあります。
- 現実的には、CPUやGPU内蔵エンコーダー単体の消費電力を正確に計測するのは困難です。
解像度が上がると必要能力は何倍?4K/8Kの目安
- 4K30p ≒ 1080p30 の約 4 倍の処理能力が必要
- 8K30p ≒ 1080p30 の約 16 倍の処理能力が必要
実務上の意味:同じ設定でも解像度が上がるだけで計算量は急増。4K/8K常時エンコードの計画では、電力・冷却・ストレージ・ネットワークまで含めた全体設計が不可欠。
HEVC/AV1の現実:圧縮率は魅力、しかしソフトウェアでは重い
- HEVC/AV1は、H.264と比較して圧縮率が大幅(半分のビットレートで同品質が狙えるケース)ですが、アルゴリズムの複雑性からソフトウェアエンコードのリソース消費が非常に大きい。
- ライブ用途や大規模トランスコードでは、ソフトウェアのみでHEVC/AV1を回すのは現実的でないケースが多く、ハードウェア(VPU/専用ブロック)の導入効果が顕著。
大規模エンコードの潮流:Google・Metaの取り組み
- GoogleやMetaは、巨大な配信/VOD需要に応えるため、自社向けに独自のVPUを開発・運用しています。
- これらは市販されておらず、自社サービス外では利用不可。
実務上の意味:パブリックな選択肢としては、市販のVPUやGPU内蔵エンコーダー、クラウド上の専用エンコードサービスを検討することになります。
市販VPUの選択肢:NETINTとFFmpeg統合の話
- NETINTはVPUを市販しており、PCIe経由で装着し、API/SDKを通じて利用できます。考え方はCPU/GPU内蔵エンコーダー(QSV、NVENC等)と同様です。
- NPUにハードウェアエンコード機能を搭載した構成も存在します。利用モデルは概ね同様です(記事執筆現在、著者は、下記製品でのFFmpegでのエンコードに成功できていませんが…)。
- これらはFFmpegと統合して使えるよう、パッチ/プラグイン/ライブラリを提供しています。FFmpegのメインストリームに取り込まれれば、
-c:vで他のハードウェアコーデックと同様に指定でき、運用の一貫性が高まります。 - 最近はパブリッククラウドでもNETINT VPUを選択可能なサービスがあり、オンプレ/クラウドのハイブリッド運用も現実的です。
どれを選ぶべき?ワークロード別意思決定フレーム
1) ライブ配信(常時多数ストリーム)
- 優先:電力効率 / スループット密度 / 運用標準化
- 推奨:VPUまたはCPU/GPU内蔵ハードウェアエンコーダー
- メモ:ABR(HLS/DASH)多段トランスコードのパイプラインをハードウェア側へ。CPUはI/O制御と軽めの前処理へ。
2) 高品質VOD(アーカイブ/映画/配信前マスター)
- 優先:最終画質 / エンコード設定の自由度 / コーデック進化の取り込み
- 推奨:ソフトウェアエンコード(必要に応じて分散)
- メモ:時間をかけて心理視覚最適化や 2-pass/多段最適化を徹底。BEAMRのCABR(Content-Adaptive Bitrate Reduction)の活用の検討。
3) ミックス運用(ライブもVODも)
- 優先:TCO / 運用柔軟性
- 推奨:ライブは VPU/ハードウェア、VODマスターはソフトウェア。クラウドとオンプレのハイブリッドでピーク対応。
4) 4K/8KやAV1へ段階移行
- 優先:将来の拡張性 / 電力計画
- 推奨:AV1/HEVCをハードウェアで支える設計を軸に、ソフトウェアは検証・マスター用途へ。
まとめ
- 柔軟性が必要ならソフトウェアエンコード。コーデック進化の取り込み、品質最適化に強い。
- 効率/スループットが必要ならVPU/ハードウェアエンコーダー。消費電力効率とラック密度でスケーラビリティに優れる。
- 4K/8K・AV1/HEVCの時代、計算量の爆発を前提にアーキテクチャ選定を。
- 大規模運用では、オンプレ/クラウド、ソフトウェア/ハードウェアのハイブリッド戦略が現実解。
- NETINTなどの市販VPUは、FFmpegとの統合により既存パイプラインへスムーズに組み込める可能性が高い。
本記事の内容は、一般的な技術知見と運用現場で得られる傾向をもとに、意思決定に必要な観点を整理したものです。個別導入では、対象ワークロード・ネットワーク・ストレージ・配信要件に応じてベンチマークを実施することを強く推奨します。