はじめに:フレーム補間の闇
「フレーム補間」と聞いて、嫌な汗をかいた人はいないだろうか。
テレビの「なめらかモーション」機能をオンにしたら、映画が安っぽい昼ドラみたいになった経験。あるいはゲームで入力遅延が増えて、敵に撃たれまくった記憶...。
そう、フレーム補間には入力遅延が増えるという致命的な欠点がある。
そしてついに、AppleがMetal 4でMetalFX Frame Interpolationを発表した。WWDC 2025で華々しくお披露目されたこの機能、NVIDIAのDLSS 3やAMDのFSR 3と同じ「フレーム生成」技術だ。
「Macでもヌルヌルゲーミング!」とAppleは宣伝するが、ちょっと待ってほしい。
フレーム補間=遅延地獄、この方程式はMacでも成立するのではないか?
結論から言おう。心配は半分当たっている。でも、半分は杞憂だ。
そもそもフレーム補間とは何か
フレーム補間(Frame Interpolation / Frame Generation)の仕組みを簡単に説明しよう。
通常、ゲームは1秒間に60枚とか120枚のフレーム(静止画)をGPUが描画して、それを連続で表示することで動画になる。フレームレート(fps)が高いほど滑らかに見える。
フレーム補間は、この実際に描画されたフレームの「間」に、AIが予測した新しいフレームを挿入する技術だ。
例えば、GPUが60fpsでレンダリングしている場合:
- フレーム補間なし:60fps表示
- フレーム補間あり:60 + 60(補間)= 120fps表示
GPUの負荷を増やさずに、見た目のフレームレートを2倍にできる。魔法のような技術だ。
GameBusiness.jpの解説によれば:
フレーム生成技術は、GPUが生成した「現在のフレーム」と「一つ前のフレーム」の間に、AIが全く新しいフレームを予測して生成・挿入します。AIは、2つのフレーム間の映像の変化と、ゲームエンジンから受け取る「モーションベクトル(オブジェクトがどの方向にどれだけ動いたかという情報)」を解析することで、その中間に存在するはずのフレームを極めて正確に作り出します。
参照:https://www.gamebusiness.jp/article/2025/06/21/24469.html
なぜ入力遅延が発生するのか
ここが問題の核心だ。
フレーム補間で生成されるフレームは、「過去」の2フレームを元に予測されたものだ。つまり、プレイヤーが今この瞬間に押したボタンの情報は、補間フレームには反映されない。
処理の流れを図解すると:
[フレームA描画] → [補間フレーム生成] → [フレームB描画]
↑
ここにプレイヤーの最新入力は反映されない
補間フレームが表示されている間、画面はプレイヤーの最新の操作に追従していない。これが入力遅延の正体だ。
ゲームメーカーズの記事でも指摘されている:
DLSS 3の中間フレーム生成はAIによる予測技術を用いているため、プレイヤーの操作や急な視点変更にリアルタイムで対応できない場合があります。中間フレームを優先的に表示することによって、プレイヤーの操作に対する画面の反応がわずかに遅れることがあり、これが入力遅延を引き起こします。
参照:https://zisalog.com/gpu-nvidia-dlss/
特にFPSや格闘ゲームなど、反射神経が勝負を分けるジャンルでは、この遅延は致命的になりうる。
MetalFX Frame Interpolationの実態
さて、AppleのMetalFX Frame Interpolationはどうなのか。
WWDC 2025で発表された内容を見てみよう。Apple Developerのセッション動画によれば:
This year, MetalFX adds support for frame interpolation. Your app can use it to generate intermediate frames in much less time than it would take to render each frame from scratch. You can use those intermediate frames to achieve even higher frame rates.
(今年、MetalFXはフレーム補間のサポートを追加しました。アプリはこれを使って、各フレームをゼロからレンダリングするよりもはるかに短い時間で中間フレームを生成できます。これらの中間フレームを使用して、さらに高いフレームレートを達成できます。)
参照:https://developer.apple.com/videos/play/wwdc2025/205/
仕組みとしては、NVIDIAのDLSS 3やAMDのFSR 3と同様だ。2つの描画済みフレーム、モーションベクトル、深度情報を入力として、AIが中間フレームを生成する。
wccftechの報道では、この懸念が明確に指摘されている:
Similar to NVIDIA's Frame Generation, MetalFX's Frame Interpolation generates an extra frame for every two input frames to increase framerate while introducing minimum computing overhead, but at the cost of input lag. To minimize input lag, the base framerate at which the game is currently running will need to be high, or users will be able to tell the 'day and night' difference.
(NVIDIAのFrame Generationと同様に、MetalFXのFrame Interpolationは2つの入力フレームごとに1つの追加フレームを生成してフレームレートを向上させる。計算オーバーヘッドは最小限だが、入力遅延というコストが発生する。入力遅延を最小化するには、ゲームが動作しているベースフレームレートが高い必要がある。さもないと、ユーザーは「雲泥の差」を感じることになる。)
参照:https://wccftech.com/apple-metal-4-api-adds-interpolation-to-boost-gaming-performance/
うん、やっぱり入力遅延は発生する。Appleも魔法は使えなかった。
...でも、そこまで悲観しなくていい理由
ここからが本題だ。「入力遅延が発生する」のは事実だが、それが「ゲームにならない」レベルかというと、そうでもない。
理由1:Apple Siliconのユニファイドメモリアーキテクチャ
Mediumの記事で、開発者ベータ版をテストした人物がこう報告している:
MetalFX Frame Interpolation is Apple's direct response to NVIDIA's frame generation technology. But there's a crucial difference in approach. While NVIDIA's solution works across various hardware configurations, Apple's is designed specifically for the unified memory architecture of Apple Silicon. From my testing with the developer beta, the results are impressive. Frame interpolation can effectively double perceived frame rates with minimal input lag, particularly when the base frame rate is already above 30fps.
(MetalFX Frame InterpolationはNVIDIAのフレーム生成技術に対するAppleの回答だ。しかしアプローチには決定的な違いがある。NVIDIAのソリューションが様々なハードウェア構成で動作するのに対し、AppleのものはApple Siliconのユニファイドメモリアーキテクチャに特化して設計されている。開発者ベータでのテスト結果は印象的だった。フレーム補間は、特にベースフレームレートが30fps以上の場合、最小限の入力遅延で体感フレームレートを実質2倍にできる。)
Apple Siliconは、CPUとGPUが同じメモリを共有する「ユニファイドメモリ」構造を持つ。データのコピーや転送のオーバーヘッドが少ないため、フレーム補間の処理も効率的に行える可能性がある。
理由2:ベースフレームレートが鍵
フレーム補間の入力遅延問題は、ベースフレームレートが低いほど深刻になる。
なぜか?補間フレームが表示される「時間」は、ベースフレームレートに依存するからだ。
- 30fps → 1フレーム = 約33ms → 補間フレームも33ms表示される
- 60fps → 1フレーム = 約16ms → 補間フレームも16ms表示される
- 120fps → 1フレーム = 約8ms → 補間フレームも8ms表示される
ベースが120fpsなら、補間フレームによる「操作に追従しない時間」はわずか8ms。これは人間が知覚できるギリギリのレベルだ。
AMDも、FSR 3のフレーム生成について「60fps以上が推奨、30fps未満は絶対に避けるべき」と公式に述べている。
Tom's Hardwareの記事によれば:
AMD recommends 60 FPS as a performance target before using FSR 3 Frame Generation, period (and also cautions that "sub 30fps frame rate pre-interpolation should be absolutely avoided.")
(AMDは、FSR 3 Frame Generationを使用する前のパフォーマンス目標として60fpsを推奨している。そして「補間前の30fps未満のフレームレートは絶対に避けるべき」と警告している。)
理由3:Upscaling + Frame Interpolationの合わせ技
Metal 4では、MetalFX Upscaling(低解像度レンダリング→AIアップスケール)とFrame Interpolationを組み合わせて使える。
Apple DeveloperのWWDC 2025セッションで説明されている:
And note that for even higher resolutions and frame-rates you can have both upscaling and interpolation in the same pipeline.
(さらに高い解像度とフレームレートを実現するために、同じパイプラインでアップスケーリングとインターポレーションの両方を使用できる点に注目してください。)
参照:https://developer.apple.com/videos/play/wwdc2025/211/
つまり、こういう使い方ができる:
- 低解像度でレンダリング → GPU負荷軽減 → 高いベースfpsを確保
- MetalFX Upscalingで高解像度に拡大
- Frame Interpolationでさらにfpsを倍増
ベースfpsを高く保てるので、入力遅延の影響を最小限に抑えられる。
他社との比較:NVIDIA DLSS、AMD FSR
MetalFX Frame Interpolationは、競合と比べてどうなのか。
NVIDIA DLSS 3/4
- RTX 40シリーズ以降のTensor Coreを使用
- NVIDIA Reflexと組み合わせて遅延を軽減
- DLSS 4ではマルチフレーム生成(1フレームから最大3フレーム生成)
- Reflex 2の「Frame Warp」で表示直前に最新入力を反映
AMD FSR 3/4
- 特定ハードウェア非依存(NVIDIA GPUでも動作)
- AMD Anti-Lag+で遅延軽減
- オープンソースで幅広いゲームに対応
MetalFX Frame Interpolation(Apple)
- Apple Silicon専用設計
- ユニファイドメモリアーキテクチャに最適化
- Metal 4対応デバイス(M1/A14以降)で動作
- Game Porting Toolkit 3との連携でPC→Mac移植を容易に
FlatpanelsHDの報道では:
This is comparable to Nvidia's DLSS 3.5 and AMD's FSR 4 technologies.
(これはNvidiaのDLSS 3.5やAMDのFSR 4技術に匹敵する。)
参照:https://www.flatpanelshd.com/news.php?subaction=showfull&id=1749809641
後発だけあって、競合の最新技術と同等レベルを目指している。ただし、NVIDIAのReflex 2「Frame Warp」のような、表示直前に最新入力を反映する技術については、Appleは言及していない。この点は今後のアップデートに期待か。
実際の活用シーン:こんな人は使うべき
フレーム補間が向いているケース、向いていないケースを整理しよう。
使うべきシーン
シネマティックなゲーム
Cyberpunk 2077やAssassin's Creedのような、美しい映像を堪能するタイプのゲーム。多少の入力遅延より、滑らかな映像体験が優先される。
レイトレーシング/パストレーシング有効時
Metal 4では、MetalFX DenoisingによりM3/M4チップでリアルタイムパストレーシングが実現する。重い処理でfpsが落ちがちな場面で、フレーム補間が威力を発揮。
ProMotion(120Hz)ディスプレイを活かしたい
MacBook ProやiPad ProのProMotionディスプレイは120Hz対応。ベース60fpsを補間で120fpsにすれば、ディスプレイの性能をフル活用できる。
避けるべきシーン
競技性の高いFPS/格闘ゲーム
VALORANT、Apex Legends、ストリートファイターなど。1フレームの遅延が勝敗を分ける世界では、フレーム補間はオフにすべき。
ベースfpsが30未満
そもそもの描画が追いついていない状態でフレーム補間を使うと、遅延が顕著になる。まずはUpscalingや画質設定の調整でベースfpsを上げることが先決。
音ゲー、リズムゲーム
入力タイミングがシビアなジャンル。映像の滑らかさより、入力の正確な反映が重要。
開発者向け:実装のポイント
ゲーム開発者向けに、MetalFX Frame Interpolationの実装ポイントをまとめておこう。
Apple Developerのセッションによれば:
To use the MetalFX frame interpolator your app provides two rendered frames, motion vectors and depth. If you have adopted the upscaler, the same motion vectors and depth can be used.
(MetalFXフレーム補間器を使用するには、アプリが2つのレンダリング済みフレーム、モーションベクター、深度を提供する必要がある。アップスケーラーを採用している場合、同じモーションベクターと深度を使用できる。)
参照:https://developer.apple.com/videos/play/wwdc2025/211/
必要な入力データ:
- 2つのレンダリング済みフレーム
- モーションベクトル(動きの方向と量)
- 深度情報
MetalFX Upscalingを既に使っているなら、同じデータを流用できるので統合は比較的容易だ。
また、UI(HUD)の処理には注意が必要だ:
Once you are starting to get some interpolated frames, it's time to think about UI rendering. In the typical rendering pipeline, a game typically renders its UI at the end of each frame around the same location where the frame interpolation should happen.
UIは補間フレームの「後」にレンダリングする必要がある。そうしないと、UIがブレたり二重に見えたりする問題が発生する。
まとめ:恐れるな、ただし使いどころを見極めよ
MetalFX Frame Interpolation、確かに入力遅延は発生する。これは物理法則のようなもので、Appleでも回避できない。
しかし、絶望するほどではない。
- Apple Siliconのユニファイドメモリに最適化されており、遅延は最小限
- ベースfpsを60以上に保てば、体感できる遅延はわずか
- Upscalingとの組み合わせで、高品質・高フレームレート・低遅延のバランスを取れる
- シネマティックなゲームやレイトレーシング有効時に真価を発揮
競技ゲーマーには向かないが、美しい映像を滑らかに楽しみたい人には強力な武器になる。
NVIDIA DLSS、AMD FSRと並び、Appleも本格的なフレーム生成技術を手に入れた。Cyberpunk 2077、Crimson Desert、InZOIといった大作タイトルがMetal 4対応を予定しており、Macゲーミングの選択肢は確実に広がっている。
フレーム補間は「魔法」ではないが、「悪夢」でもない。適材適所で使いこなせば、Apple Silicon Macでのゲーム体験を一段上のレベルに引き上げてくれるはずだ。
参考リンク
- Apple Developer - Discover Metal 4 (WWDC 2025): https://developer.apple.com/videos/play/wwdc2025/205/
- Apple Developer - Go further with Metal 4 games (WWDC 2025): https://developer.apple.com/videos/play/wwdc2025/211/
- Apple Developer - What's New in Metal: https://developer.apple.com/metal/whats-new/
- wccftech - Apple's Metal 4 API Adds Interpolation: https://wccftech.com/apple-metal-4-api-adds-interpolation-to-boost-gaming-performance/
- 9to5Mac - Metal 4: Two new features for Mac gaming: https://9to5mac.com/2025/06/18/metal-4-two-new-features-that-will-make-a-difference-for-mac-gaming/
- FlatpanelsHD - Apple launches Games app and Metal 4: https://www.flatpanelshd.com/news.php?subaction=showfull&id=1749809641
- Tom's Hardware - Input latency and framegen: https://www.tomshardware.com/pc-components/gpus/input-latency-is-the-all-too-frequently-missing-piece-of-framegen-enhanced-gaming-performance-analysis
- Wikipedia - Metal (API): https://en.wikipedia.org/wiki/Metal_(API)