【1/3】技術革新の歴史:ー 鉄腕アトムが教えてくれること ー
■ 導入
2003年4月7日。この日、日本中が注目した「誕生日」があった。鉄腕アトムの誕生日だ。
手塚治虫が1952年に連載を始めた『鉄腕アトム』は、2003年を舞台に、高度なAIを持つロボットと人間が共存する未来を描いた。当時の日本は戦後復興期。まだテレビすら一般家庭に普及していない時代に、手塚治虫は「心を持つロボット」「人工知能」「ロボット法」といった概念を世に送り出した。
では、手塚治虫は未来を「予言」したのだろうか?
いや、違う。彼がしたのは「未来人の視点で未来を見る」という思考実験だった。
■ 展開:歴史的特異点
技術革新の歴史を振り返ると、ある共通パターンが見えてくる。
平賀源内とエレキテル(1770年代)
江戸時代、平賀源内は「エレキテル」という静電気発生装置を修復・公開した。当時の人々にとって、それは「不思議な実験道具」でしかなかった。「何の役に立つのか」という声も多かった。
しかし現代の私たちから見れば、それは電気文明の起点だった。エレキテルそのものが世界を変えたわけではない。だが「電気で何かができる」という概念が、後の発電・送電・電化製品へと繋がっていった。
ライト兄弟と動力飛行(1903年)
1903年12月17日、ライト兄弟は人類初の動力飛行に成功した。飛行時間わずか12秒、飛行距離36メートル。当時の新聞は冷ややかだった。「鳥のように飛ぶなど夢物語だ」
しかし現代の私たちは知っている。あの12秒が、航空産業という巨大産業の始まりだったことを。ライト兄弟から120年後の今、年間40億人以上が飛行機を利用している。
当時の視点 vs 未来人(現代人)の視点
平賀源内の時代:
当時視点: 「珍しい実験道具」
未来視点: 「電気文明の起点」
ライト兄弟の時代:
当時視点: 「たった12秒の飛行」
未来視点: 「航空産業の始まり」
当時の人々には、その技術が世界をどう変えるか見えなかった。しかし未来人である私たちから見れば、それは明白な「特異点」だった。
■ 考察:未来人の視点とは
手塚治虫が『鉄腕アトム』で行ったのは、まさにこの「未来人の視点」での思考実験だった。
1950年代の手塚治虫は、自分が「2003年の未来人」になったつもりで考えた。
- ロボットと人間が共存している社会では、どんな問題が起きるだろう?
- AIが高度化したら、「心」の定義はどうなるだろう?
- ロボットに人権は必要だろうか?
そして驚くべきことに、2025年の現在、私たちはまさにこれらの問いに直面している。ChatGPT、Claude等のAIは「心」を持つのか?AIが生成したコンテンツの著作権は?AI時代の倫理とは?
手塚治虫は未来を「予言」したのではない。「もし未来人だったら、どう見えるだろう」という視点で考えたのだ。
なぜ手塚治虫は「未来人の視点」で考えられたのか
それは、彼がリアリストであり、同時にロマンチストでもあったからだと想起される。
医学博士でもあった手塚治虫は、科学的な知識と論理的思考を持っていた。当時の技術トレンドを冷静に分析し、「この延長線上に何があるか」を見通す力があった。これがリアリストとしての側面だ。
一方で、彼は「こんな未来だったら素敵だ」「ロボットと人間が友達になれたら」という夢を描き続けた。これがロマンチストとしての側面だ。
このリアリズムとロマンの融合が、「未来人の視点」を可能にした。現実の技術トレンドを見据えながら、理想の未来を描く。その両方があって初めて、説得力のある「未来」が生まれる。
■ 橋渡し:では、2025年の私たちは?
平賀源内の時代の人々は、エレキテルが電気文明の起点になるとは思わなかった。
ライト兄弟の時代の人々は、12秒の飛行が航空産業を生むとは思わなかった。
手塚治虫は、「未来人の視点」で2003年を描き、多くの予見が現実となった。
では、2025年の私たちはどうだろうか?
ChatGPTが登場してまだ2年。AIは急速に進化している。多くの人が「これからどうなるんだろう」と不安と期待を抱いている。
しかし、もし私たちが「2045年の未来人」になったつもりで、今を振り返ったら?
その答えは、次回【2/3】で考えてみたい。ドラえもんが見せた未来、そしてAIとシンギュラリティの必然性について。
【次回: シンギュラリティとAI:ドラえもんが見せた未来】