~大規模ハイブリッド環境での高度なセキュリティ最適化ガイド~
クラウド移行に伴い、長年オンプレミスで使ってきたFortiGateなどの境界ファイアウォールを Azure Firewall Premium に置き換える——大規模エンタープライズのネットワーク・セキュリティエンジニアにとっては、まさにクラウド時代の “大改修” と言えるプロジェクトです。
本記事では、技術的難易度が高いこの移行において必要となる詳細なスキルセットと設計観点を徹底的に掘り下げます。FortiGateで長年構築された複雑なポリシー体系や高度なUTM機能を、どのようにAzure Firewall PremiumのIDPSやTLSインスペクション、Applicationルールなどの特性と突き合わせ、最適化かつ運用性を高めた形でクラウドへ移行するか——この問いに対して、ステップバイステップの移行手順とエンタープライズ水準のベストプラクティスを提供します。
1. FortiGateからAzure Firewallへの高度移行における全体像
1.1 移行背景と挑戦の本質
大企業のオンプレミスファイアウォールは、FortiGateやPalo Alto、Cisco ASA等が「境界防御の要」として機能してきました。
そこには何年もかけて積み上げた大量のポリシー、細かいアドレス/サービスオブジェクト、アプリ制御やDLP、SSLインスペクション、IPSシグネチャチューニングなどが企業独自のノウハウとして凝縮されています。
クラウド利用が大幅に拡大した今、「オンプレのみを前提とした境界防御モデルでは柔軟性に乏しくなる」「クラウド側にも強固なファイアウォール機能を置き、多層防御を構築したい」という要望が急増しています。
Azure Firewall Premiumの登場により、オンプレミス・ファイアウォールと同等に近い機能(TLSインスペクション、IDPS、URLフィルタ、Webカテゴリなど)がクラウドネイティブに実装可能となりました。
しかし、その移行は単純なポリシーの移し替えでは終わりません。クラウド環境特有のハブ&スポーク構成やVNetピアリング、BGPルーティングの変化、FortiGateの独自UTM機能との非対称な機能差、マネージド型Firewall PolicyによるCI/CD運用など、大幅に異なる概念が複雑に絡み合います。
加えて、グローバル企業の多拠点ハイブリッド接続では、ネットワークとセキュリティを一貫性をもって再設計する必要が生じます。
したがって、本プロジェクトの本質は「旧境界防御モデルからクラウドネイティブなセキュリティアーキテクチャへの劇的シフト」を扱う極めて高度な移行であるということです。本記事で解説するステップやノウハウを活用しつつ、単なる置き換えに留まらずゼロトラストに近い形へ発展できるような再設計を目指してください。
2. FortiGateポリシーの徹底分析:構造・機能・レガシーの洗い出し
2.1 ポリシーデータ抽出と相関分析
移行準備として、FortiGateの実稼働コンフィグ(GUI/CLIエクスポートなど)だけでなく、FortiAnalyzerやSyslogに溜まったポリシーヒットログ・UTMイベント履歴を含め、実際にどのルールが使用され、どのアドレス/サービスオブジェクトがどの頻度で参照されているかを徹底的に相関分析することを推奨します。
具体的には以下を行います。
無用ルールの抽出: ポリシーログを横断し、「このポリシーには全期間ヒットが一度も無い」「すでに無効化済みのルール」「重複ルール」の一覧を作り、整理対象としてリストアップ。
大量の類似ポリシー統合: ソースや宛先が微妙に違うだけで本質的に同じ動きをする複数ポリシーを検出し、統合候補として分類する(FortiGateのポリシーセクションを十数個単位で纏められる場合がある)。
FortiGate独自機能把握: SSL/SSHインスペクションプロファイルの詳細設定(証明書除外、暗号強制設定)、Webフィルタ、DNSフィルタ、AppControl、IPS署名例外リスト等を洗い出し、Azure Firewall Premiumにどうマッピング可能かを検討。
この段階で、実際にヒット率が高いポリシーやビジネスクリティカルなアプリを支えるポリシーを優先度高としてラベル付けし、移行後も確実に性能要件とセキュリティ要件を満たすようにします。
2.2 FortiGateからAzure Firewallへの機能差を再度精査
前述の内容をさらに深め、例えばFortiGateにおけるIPSプロファイルのチューニング内容を精密に洗い出すことが重要です。FortiGateではIPS署名IDごとにBlock/Alert/Monitorを設定する場合があり、特定の誤検知署名IDを無効化するなど運用上の微調整が行われています。
Azure Firewall PremiumのIDPSでも署名IDごとの「Alert/Alert&Block/Disable」設定が可能ですが、署名IDはFortiGateとAzure Firewallで別体系のため、実際には類似シグネチャの対応表を作成する必要があります。
Microsoftはシグネチャを利用しているが、FortiGuard署名とは一致しない名称・ID体系を用いています。
ここが非常に難易度の高い部分であり、FortiGateで過去に誤検知を起こした署名がAzureでは別の署名IDになっているため、移行後に再び誤検知する可能性があるかどうか個別検討が必要です。
また、FortiGateが持つAVエンジンやサンドボックス機能(FortiSandbox連携)をAzure Firewallが備えていない点も留意してください。
必要な場合はMicrosoft Defender for EndpointやDefender for Cloud Apps等、エンドポイント防御やCASB機能で補完します。
逆にAzure Firewall Premiumで強力なWebカテゴリ機能は、FortiGateのWebフィルタカテゴリと対応は似ていますが、完全一致ではありません。
特定カテゴリ名が「Social Media」や「File Sharing」などFortiGateより粒度が違うため、移行時に割り当てを再評価する必要があります。
中途半端なカテゴリー対応で業務に支障が出るのを防ぐため、事前にAzure FirewallのWebカテゴリ一覧を調べ、FortiGateのWebfilterログを参照し、カテゴリー定義を擦り合わせる慎重さが求められます。
これら機能比較を誤ると、移行後に「想定外の通信がブロックされる」「想定外の危険通信が通ってしまう」といったインシデントを招きかねません。
最初は既存FortiGateとAzure Firewallの両方でトラフィックを並行観測し、Azure Firewall上のIDPSやWebカテゴリで検知・ブロックされるイベントをログで追いつつ徐々に対処するアプローチが安全です。
高難度ではありますが、この「現行設定とクラウド設定の差分分析」こそが移行品質を大きく左右します。
3. Azure Firewall Premiumの高度機能とパフォーマンス・運用上の考慮
3.1 IDPSとパフォーマンス予測
FortiGate時代にIPSを使っていた組織がAzure Firewall PremiumでもIDPSをフル活用する場合、暗号化トラフィック(TLSインスペクション有効時) を含む検査が行われるため、Azure FirewallインスタンスのCPU負荷が増大することを見越す必要があります。
Azure Firewallはスケーラブルとはいえ、バックエンドでは複数インスタンスがオートスケールする仕組みをAzureが管理しています。
膨大なトラフィック量や高い同時接続数がある場合、事前にパイロット環境で負荷テストを行い、Azure Firewallが十分スケールしきれるかを確認すべきです。
さらにIDPSがAlertモードのみであれば検査負荷が低下しますが、Alert & Blockモードで実際に遮断処理が入るとCPU使用率も上昇すると言われています。
大量のマルウェアスキャンを行わない分、FortiGateのUTM/AVほど負荷は高くない一方、クラウド通信量が激増している環境ではあらかじめワークロードのピーク帯を想定したスループット計画を検討してください。
対策として、Hub & Spokeを複数リージョンに分散し、トラフィックを地域ごとに複数Azure Firewallへ負荷分散する設計も考慮します。
Microsoftドキュメントでは数十Gbpsを超えるトラフィック負荷にも対応可能とされていますが、実際の伸縮速度やオートスケールのタイミングには最大10〜15分ほどのラグがあるため、突発的な大流量には注意が必要です。
3.2 TLSインスペクションの詳細設計
TLSインスペクションはオンプレミスのFortiGate SSL Deep Inspection に近い機能ですが、Azure Firewall Premiumでは「OutBound TLS」「East-West TLS」が主対象です。
インバウンドHTTPSの終端機能は提供しないため、Webサーバーをクラウドで公開する場合はApplication Gateway(WAF) やFront Door WAFを組み合わせてL7レイヤー防御を設計します。
さらに、FortiGateのSSLインスペクションほど様々な暗号スイートを細かく制御するインターフェースはAzure Firewallにはありません。
実際にサポートされるTLSバージョンや暗号化アルゴリズムはMicrosoftが管理しており、ほとんどの場合最新のTLS1.2/1.3対応サイトは問題なく接続可能です。
ただしオンプレミスのレガシーシステムがSSL3.0やTLS1.0しか使えない場合、クラウドで復号できず通信が失敗する可能性もあるため、サーバ側のTLSアップデートが必要です。
またFortiGateと同じくSSL証明書除外リストを細かく設定可能ですが、Azure Firewall側ではGUIからSSLインスペクションポリシーを通してFQDNリストやカテゴリを指定します。
金融機関や医療関連サイトのように法令・コンプライアンス上インスペクションが許されない通信があれば、必ず除外リストに登録してください。
FortiGateで既にそれを運用していたなら、対応FQDNをAzure Firewallに移植します。ただしワイルドカードドメインやIP直打ちHTTPSの挙動は要検証で、Azure FirewallのSNIベース検出が効かないケースや、セキュリティリスクのためブロックが必要なケースもあります。
TLSインスペクションを円滑運用するための設計は、FortiGate移行時に同等機能検討よりさらに詳細なテストを推奨します。
3.3 Webカテゴリ/URLフィルタの異なるマッピング
FortiGateのWeb Filterは多数のカテゴリを使用し、さらにFortiGuardがドメインやURLを厳密に分類しますが、Azure Firewall PremiumのWebカテゴリは約150種類程度の大分類です。
一方Azure FirewallがURLパス単位でも制御可能になったことで、FortiGateで行っていたアプリケーションURL除外や業務サイトのみ特定パスを許可などが似たように実現できる場合があります。
重要なのはカテゴリの粒度がFortiGateと全く一致しない点で、移行時にはFortiGateログにおけるURLカテゴリ使用実績を洗い出し、Azure Firewallのカテゴリに合う形でポリシー書き換えが必要です。
例えば、FortiGateで「Social Networking」と「Instant Messaging」が分かれていたとしてもAzure Firewall側では「Social Media」カテゴリに統合される、といったケースがあり、どう扱うかが移行計画での課題となります。
また、FortiGateが内部的に維持しているURLデータベースとAzure Firewallが参照するURLデータベース(Microsoft独自の脅威知識ベース)は必ずしも完全一致しないため、移行後に特定のWebサイトが「意図せず別カテゴリ扱いでブロックされる」事象が起こり得ます。
【移行直後はログを綿密モニタリング】し、本来ブロックされるべきでないサイトが誤ブロックされていないかを確認し、必要に応じてアプリケーションルールに追加するなど微調整を行う運用が不可避です。
3.4 ルール処理ロジックと優先順位(Default Deny)
Azure Firewall は既定で全トラフィックを拒否します。評価順序は DNAT → Network → Application で、Rule Collection Group/Rule Collection の優先度(100〜65,000。小さいほど先)に基づき、親ポリシーが常に優先されます。Threat Intelligence を有効化している場合は、Network/Application ルールより先に評価されるため、該当通信はルール到達前に拒否されることがあります。送信方向の評価ではまず Network ルールに一致するかを見て、該当がなく HTTP/HTTPS/MSSQL の場合に Application ルールで評価し、それでも一致しなければ既定拒否となります。
4. ハイブリッド接続境界とユーザーデファインドルート(UDR)の高度設計
4.1 二段ファイアウォール(FortiGate + Azure Firewall)の多層防御
移行計画上、並行稼働のフェーズだけでなく、本番移行後もオンプレミスのFortiGateは別の役割(拠点間VPNの残り、LAN保護など)で稼働し続ける可能性があります。
結果として、オンプレとAzureの境界には2つのFWが連なり、多層防御が自然に構築されるわけです。ただし、以下の点に注意してください。
フェイルオーバーの複雑化: ExpressRoute + VPNの冗長設計時に、FortiGateがVPN終端となる場合、Azure Firewallの経路制御と競合しないようBGP優先度やUDRを調整。二重ファイアウォールがあると可用性設計が複雑化するため、なるべくAzure GatewayでVPN/ERを収容しAzure Firewallが背後にいる構成に統合したほうが運用がシンプルです。
通信フローの対称化: Azure→オンプレにFortiGate、オンプレ→AzureにAzure Firewallという経路非対称を生むと、ステートフル検査でセッションが破棄されます。
必ず同じ経路経由で往復トラフィックを流すか、もしくはステートレスルールにする等の対策が必要。
ログ分析の二重化: FortiGateとAzure Firewall双方のログをSIEMで相関させるか、最終的にはAzure Firewallに集約するか方針を決める。
段階的移行中はどちらのログが正か把握できない「灰色領域」が生まれがちなので注意します。
最終的にどちらか一方のFWに役割を絞るのが望ましいですが、大規模組織では多層防御で両者をあえて残すケースもあります。
そこでは境界機能の分割が必要(FortiGateがLAN内のゾーニングとVPN担当、Azure FirewallがクラウドDMZ担当)となり、各ルート設計やルール重複を整理する難易度は高めです。
4.2 高度なUser Defined Route構成
ハブ&スポークでAzure Firewallを**“宛先”**にするルートを散りばめることが基本ですが、以下のような高度シナリオもあります。
一部の高容量トラフィックをFirewallバイパス: 大規模バックアップやレプリケーション等でFW検査不要と判断された通信を、UDRでFirewallを経由しないようにする(FortiGateで細分化していた特例VPNトンネル相当をAzureでも再現)。
しかしこの例外を増やすとガバナンスが崩壊する恐れがあるため最小限に留める。
DNSプロキシをFirewall経由: Azure FirewallがDNSプロキシとして機能する場合、VNet内のサブネットUDRを設定し、DNSポート(53/UDP, TCP)宛てはFirewallへ送る。
FortiGateでも同様にDNSフィルタ運用していたなら、AzureでもDNSプロキシ+IDPSでトラフィック監査を継続。
多拠点ExpressRouteのルート重みづけ: グローバルに複数のER回線を持つ場合、オンプレBGPルータでMEDやLocal Prefを駆使し、メインER回線ではAzure Firewallに入るルートを優先、サブ回線ではFortiGate経路を優先、など複雑な最適経路制御を行う必要がある。
AzureではCustom Route Tableを仮想ネットワーク接続単位で設定可能だが、FortiGateとの組み合わせで競合が起きないよう慎重に検証。
このように、クラウド側ルーティングだけでなくオンプレミスのBGP設定やSD-WANルータのポリシーを含めた全体最適化が必要です。
FortiGateが統合UTMとして担っていた経路制御まわりをAzureへ移行する際は、いかにシンプルなUDRとBGP構成を維持できるかが運用成功の鍵となります。
5. 段階的カットオーバー戦略:並行運用から最終移行
5.1 並行運用フェーズの高度テスト
前述のように、本番への影響を最小化するため、FortiGateとAzure Firewallを並行稼働しながら限定的にトラフィックを切り替えるアプローチが推奨されます。
エンジニアは以下の高度な検証を行うべきです。
IDPS検知イベント比較: 同じ通信をFortiGateとAzure Firewall双方で流し、IPS検知や誤検知がどの程度発生するか比較検証。特にカスタム署名や国産ソフトウェア固有の誤検知がFortiGateには無く、Azure Firewallで発生する可能性があるため注意。
SSHV2/異種トンネル: FortiGateがSSL VPNやGREトンネルなどを使用していた場合、クラウド移行後に問題なく通信できるかテストする。
Azure Firewall Premiumで透過させたい通信が非標準ポートを使っているケースを洗い出し、Networkルールでの許可を追加するなど。
ハイレイテンシ/高スループット環境テスト: 海外拠点やアジア-欧米間通信などレイテンシが高い環境でTLSインスペクション+IDPSが入ると応答時間がどの程度増えるか測定。
また大量ファイル送信やDRレプリケーションなど数Gbps級帯域が必要なトラフィックでAzure Firewallがスケールアウト可能か検証。
FortiGateとの二重フィルタ衝突防止: FortiGate側で“許可”されてAzure Firewallで“拒否”されるパケット、逆にFortiGateで“拒否”されAzure Firewallで“許可”扱いになるケースをログで相関。
非対称動作がトラブルにならないようセッションが片方で切断されるシナリオを事前把握。
こうした詳細テストを経て、最終カットオーバー時に未確認の通信が残らないよう注意深く準備します。クラウド特有の時間差スケール(CPU高負荷になってから数分待たないとスケールアウトが完了しない)なども踏まえ、急激なトラフィック増が発生するシステム稼働スケジュールを把握しておくと安全です。
5.2 フェイルバック計画と一時ロールバック
移行中に重大障害や予期せぬ大規模ブロックが起きた場合、即座にFortiGate経路に戻す(ロールバック)手段を確保します。オンプレ側BGPルータであれば、Azure Firewallサブネット宛てのルート広告を一時停止し、FortiGate宛のルートを優先する。あるいはAzure側もUDRを変更し、FortiGateを指すVPN接続へ切り替える等が考えられます。
この手順をスクリプト化しておくことで、発生直後に数分以内に元の状態へ復旧できます。またクラウド管理者が不在でもオンプレ側ネットワークチームだけでロールバックが実施可能にしておくと、大規模事業への影響を最小化できます。
5.3 カットオーバー後の監視強化
全面的にAzure Firewallへ移行完了したら、2週間~1か月程度は集中的にログ分析を行い、「FortiGateと同程度の遮断率・誤検知率が得られているか」「ビジネス上の重要トラフィックで妨げがないか」をモニタリングします。
特にIDPSやWebカテゴリで誤検知があれば即時ポリシーチューニングし、必要に応じて署名やURLをAllowリストに追加します。クラウド運用でもポリシー更新の反映には平均 3〜5 分かかるのが一般的で、秒単位での反映は期待しない運用が安全です(並列更新は非サポート)。 とはいえオンラインで順次適用できるため、適切な変更ウィンドウを確保すれば十分に柔軟な対応が可能です。並行してFortiGateリソースを縮退させ、段階的に無効化・撤去か、もしくは別用途(オンプレローカルセグメントの内部防御)へ役割移行する計画を進めます。
6. ログ活用とSIEM連携:高レベルな運用インテグレーション
6.1 Azure Monitor・Log Analyticsと相関分析
Azure FirewallのログはLog Analyticsワークスペースに保存し、KQLクエリで分析可能です。
クラウドスケールのElasticsearch/Splunk的アプローチとも言え、従来のFortiAnalyzerに匹敵または上回る規模・速度でのログ処理が実現します。FortiGate時代の経験を活かし、許可/拒否ログやIDPS検知ログに関するダッシュボードを作成し、日次/週次でリジェクト率やシグネチャトップを可視化します。
これにより運用チームはアノマリやパフォーマンス異常を素早く察知できます。
6.2 Sentinelとの高度統合と脅威ハンティング
大規模エンタープライズではMicrosoft SentinelをSIEM基盤として採用し、Azure Firewallログをリアルタイム相関分析するのが定石です。
具体的には、
データコネクタ:Azure Firewall診断設定→Log Analytics→Sentinelのネイティブコネクタでログ取り込み。
解析ルール:Sentinelが持つSecurity Analyticsルールを活用し、「IDPSで複数署名連続ヒット」や「特定IPから多数のポートスキャン」などを検知してアラートを上げる。
クエリとハンティング:KQLによるハンティングクエリで、FortiGate時代に行っていたようなIOC(Indicators of Compromise)検証や多種ログとのクロス相関(Defender for Endpointなど)を実施。
自動応答(Playbook):特定の脅威検知時に自動でAzure Firewallポリシーにブロックルールを追加する、といったSOAR的アクションもSentinel上で可能(Logic Apps連携)。
これにより、オンプレで限られたUTM機能内でしか分析できなかった脅威をクラウドネイティブの機械学習や豊富なインテリジェンスと組み合わせ、より高次な相関分析を実現できます。
たとえば「あるPCがDefender for Endpointで感染兆候を検知→同PCのAzure Firewallログを遡って他ホストへの横展開をチェック→危険と判断すれば自動でそのPCの通信をFirewallポリシーで遮断」という高度なレスポンスフローが取りやすくなるのです。
FortiGateのFortiAnalyzerやFortiSIEMが持つ垂直統合と異なるクラウドオープンエコシステムに移行するメリットとも言えます。
6.3 ログ保全と監査
コンプライアンス要件で長期保存が必要な場合、Log Analyticsのアーカイブ機能やAzure Storageへのエクスポートを設定しておけば、数年単位の大規模ログを比較的安価に保管できます。
FortiGateではディスク容量制限やFortiAnalyzerストレージが逼迫しがちでしたが、Azureは無制限に近い拡張が可能です。
さらにFortiGateとAzure Firewallのログを同時に取り込み、旧環境と新環境を横断比較する一時的なハイブリッドSIEMシナリオも実現できます(例えばSentinelでFortiGate Syslogもデータコネクタ経由で収集し、移行前後のトラフィック傾向を同画面で観察するなど)。
移行後にレトロスペクティブで「FortiGate時はこうだったが、Azure Firewall移行でこれだけ変わった」といった管理レポートを出す際にも役立ちます。
7. Azure Firewall Policyでのガバナンス統制とCI/CD連携
7.1 Firewall Policyによる階層管理
大規模環境では、Azure Firewall PolicyをBase Policyと子ポリシー(複数)に分割し、組織全体で強制すべきグローバルルールをBase Policyとして定義します。
たとえば「既知のマルウェアサイトカテゴリは全拠点・全サブスクリプションで無条件ブロック」「特定L7攻撃シグネチャは全リージョンでブロック」といったルールが該当します。
子ポリシーでは各事業部や各Azure環境の固有要件を追加し、Base Policyのルールを上書きできない仕組みになっています。これにより、オンプレ時代に複数のFortiGateに手分けして共通ルールを設定していた煩雑さから解放され、一括管理下での微調整が容易になります。
7.2 RBACと委譲モデル
FortiGateでは管理権限を複数アドミンに割り当てることがありましたが、Azure Firewall PolicyはAzure RBACでよりきめ細かく権限制御が可能です。
例として、セキュリティアーキテクトチームはBase Policyへの“所有者”権限を持ち、各アプリチームは自分の子ポリシーに対して“共同作成者”または“ポリシールール編集ロール”を付与するといった設計です。変更履歴はAzure Activityログに記録されるため、誰がいつどんなルールを追加/削除したかを監査でき、監査ロガーがFortiGate時代より詳細なトレースを可能にします。
7.3 CI/CDパイプライン導入
ARMテンプレートやBicepでAzure Firewall Policyの全設定をコード化し、Gitリポジトリで管理する方法が最先端の運用です。Pull Request(PR)でルール追加提案→レビューで承認→CI/CDが自動デプロイ、という一連のフローをAzure DevOps PipelineやGitHub Actionsで構築します。
複数のFirewallインスタンス(リージョン別など)にも同一ポリシーをデプロイでき、一貫性を保ちやすい。またPRに対して静的分析を行い、「Any-Any許可は社内ポリシー違反」といったチェックを自動化し、未然に危険な設定を防ぐことも可能です。
FortiGate運用ではFortiManagerのChange Request機能や手動レビューが主体でしたが、クラウドのIaC体系はDevSecOps的な高速かつ監査可能な変更管理をもたらします。
さらにTest環境とProd環境を別ポリシーとして用意し、CI/CDパイプラインで順次デプロイする“リリース管理”も有効です。つまり、まずTest Policyにルールが適用され検証をパスしたらProd Policyに適用する二段階運用です。
FortiGateでもVDOMやADOMを分けていたケースがあるでしょうが、Azureではさらに洗練されリリース管理や自動ロールバック、差分デプロイなどのソフトウェアライフサイクル手法をネットワークポリシーにも取り込めます。
まとめと提言
オンプレミスのFortiGateからAzure Firewall Premiumへの移行は、クラウド時代に求められるネットワークセキュリティ体制への大きな転換点です。移行成功の鍵は以下のポイントに集約されます。
FortiGateルールの徹底解析・不要統合: 使われていないポリシー、冗長設定を可能な限り整理し、Azure Firewallへの移行時にクリーンなルールベースを構築。
機能差・特性差の吸収: FortiGate特有のUTM機能、SSLインスペクション設定、アプリケーション制御をAzure Firewall PremiumのIDPS/TLS/URLフィルタでどう再現・補完するかを慎重に検討。
ハイブリッド境界の再設計: Hub & Spoke構成、UDR、ExpressRoute/VPNとの組み合わせ、FortiGateとの二重防御・並行稼働中の経路管理を熟慮し、段階的にテストしてからカットオーバー。
ログ可視化とSIEM連携: Azure Monitor/Log Analyticsをフル活用し、FortiGate相当の監視レベルを確保。Microsoft Sentinel等で脅威インテリジェンスや相関分析を行い、より高次なセキュリティオペレーションを実装。
ガバナンス・CI/CD運用: Firewall PolicyとBase/子ポリシー階層、RBAC設定、Infrastructure as Codeを採用し、従来の手動プロセスから脱却。セキュリティ管理を組織横断で効率化し、誤設定リスクも減らす。
移行は複雑であり、全てを一度に切り替えるのはリスクが高いです。並行稼働+段階的移行を堅実に遂行し、都度ログ分析や運用チームとのコミュニケーションを密に行いながら進めます。
最終的にオンプレ由来のセキュリティ機能をクラウドネイティブな形で再構築できれば、大規模エンタープライズのハイブリッドネットワークにふさわしいスケーラビリティ・可用性・可観測性を備えた新世代のセキュリティフレームワークを得ることになります。
この移行プロジェクトが、ゼロトラストやDefense in Depthをさらに強化する足がかりとなり、クラウド時代のビジネス展開を支える堅牢なインフラ基盤の構築へ繋がるでしょう。
(本記事の内容は執筆時点のサービス仕様に基づくため、最新ドキュメントを随時参照することを推奨します)