背景
Visual Molecular Dynamics (VMD)はイリノイ大学のTheoretical and computational biophysic groupによって1992年頃から開発が進められている分子ビューアです。有名な分子動力学ソフトウェアパッケージであるNAMDもここが開発しており、古参の分子動力学シミュレーションを使った研究者からは長く愛されています。
今でこそ分子ビューアは後発のUCSF ChimeraやPyMOL, Cuemolなど美しいレンダリング機能、シンプルなユーザーインターフェースを持つものにシェアを奪われつつありますが、古くから続いている分、VMDは軽快な動作、多機能さが今でも強みであり、生体高分子のシミュレーションの研究者だけでなく、量子化学の研究者たちからも根強い人気があります。
macOS Catalinaへの対応状況
現代の計算科学者たちは古くから続く様々な計算ソフトウェアパッケージの開発・保守が続いているLinux OSを研究で使うことが多いのですが、事務仕事や日常での使用を考えるとLinux OSだけではちょっと不便を感じることがあります。特に、事務から届くMicrosoft Officeのフォーマットを使った書類仕事やプリンタの使用などに対応していないこともあり、結局WindowsかmacOSとの両刀使いをしている方がほとんどです（たぶん）。
そんな中でmacOSはUNIXベースに設計されていることもあってLinuxのプログラムと互換性があることが多く、お値段は高いもののmacOSを使うという方も多いように感じられます。
しかし、2019年10月にリリースされたmacOS catalina(10.15)ではなんとこれまで古くから続いてきた32bit版のプログラムをすべて切り捨てるという事態が発生しました。これにより、計算科学の分野で秘伝のコンパイル済みプログラムをなんとか受け継いで使っていたものはmacOSで動かなくなってしまいました。プログラムのソースコードを入手できて正しい手順でコンパイルの儀式を行えばCatalina上でも問題なく動作させることは可能ですが、VMDのようにオープンソースになっておらずコンパイルの儀式の手順がクッソ難しいものは大変です。どういうことか、公式ウェブサイトでさえ、いまだにCatalina対応版のVMDがリリースされていない始末です。私もコンパイルの儀式にチャレンジしてみましたが、あとちょっとのところでFLTK周りの仕様がおかしなことになっている部分を解決できずに撃沈しました。
というわけでうっかりCatalinaにアップグレードしてしまったmacOSを持つ計算科学研究者の中にはそこそこの割合でVMD難民が現れているそうです。これを機にPyMOLやChimera, Cuemolに乗り換えればいいじゃん
(2019年5月7日追記)
コメントでお知らせいただいたのですが、4月下旬からVMDが公式にCatalina対応のα版をリリースするようになりました。
http://www.ks.uiuc.edu/Research/vmd/alpha/
なので以下の非公式ダウンロードリンクは不必要になりました。
64bit版 VMD 1.9.4a38 for macOSのダウンロードリンク
上記のように公式で対応を始めたようなので、以下の記述は読まなくていいかもしれません……が一応残しておきます。
そんな中、過去のVMDのメーリングリストを漁っていると、2019年12月に有志によってmacOS Catalinaで動作するバイナリが配布されているのを発見しました。
I have updated the build, at the same URL: https://www.dropbox.com/s/700vi9kkpglf6m6/VMD%201.9.4a38.zip?dl=0
The new build should have all plugins working, no more warnings and missing plugins.
Remaining issue: VMD is working in low-resolution on Retina displays. This affects the OpenGL window, as well as all interface elements (menus, text, etc.). This is particularly difficult for extension windows, whose text is smaller and where the low-res version is hard to read.
というわけで、上のリンクのZipファイルを解凍して出てくるVMDのアプリケーションをダブルクリックするだけで利用できるみたいです（一応、セキュリティの都合で例によってシステム環境設定のセキュリティとプライバシーメニューから実行許可を付与させる必要があります）。実際にやってみました。
何の問題もなくPDBファイルを表示させることができました。MDシミュレーションのトラジェクトリを載せることも問題なくできました。
ターミナルからコマンド入力での立ち上げに失敗する / Dockに入れたVMDの起動が失敗する場合の解決法
FinderからVMD 1.9.4a38.appをダブルクリックするとVMDが正常に立ち上がるのに、他の方法で立ち上げようとすると失敗するということがあります。
ターミナルからコマンドで立ちあげようとしたとき、環境によっては以下のようなエラーメッセージが現れることがあります。
$ /Applications/VMD\ 1.9.4a38.app/Contents/vmd/vmd_MACOSXX86
dyld: Library not loaded: /usr/local/opt/tcl-tk/lib/libtk8.6.dylib
Referenced from: /Applications/VMD 1.9.4a38.app/Contents/vmd/vmd_MACOSXX86
Reason: image not found
zsh: abort /Applications/VMD\ 1.9.4a38.app/Contents/vmd/vmd_MACOSXX86
これはHomebrewでインストールされたtcl-tkが存在しない場合に発生します。Homebrewをインストールした上で、brew install tcl-tkをして入れてやれば解決します。また、不要かもしれませんが、それでも起動しない場合は~/.zshrcに
export LD_LIBRARY_PATH="/usr/local/lib:$LD_LIBRARY_PATH"
の一行を追加してやる必要があるかもしれません。