
はじめに
今年7月、Sakana AIがサイバーセキュリティ特化のオーケストレーションモデル「Fugu-Cyber」をリリースしました。Fuguシリーズで唯一、APIキーを作ってすぐ使うことができないモデルです。すべての申請が人間の手で審査され、セルフサーブの登録もオープンなAPIティアもモデルの重み公開もありません。
私たちはオープンソースの自律エージェントフレームワーク「aeon」のセキュリティスキル群を運用しており、このたびFugu-Cyberプログラムの審査を通過しました。
この記事では、Fugu-Cyberが技術的に何なのか、なぜアクセスが審査制なのか、申請を通すために何が必要か、そして実運用のセキュリティパイプラインにどう組み込むかを解説します。セキュリティ業務へのLLM導入を検討しているエンジニアと、審査制AIプログラムへの申請を考えているチームを読者として想定しています。
Fugu-Cyberとは何か
https://sakana.ai/fugu-cyber-release
Fugu-Cyberは、Sakana AIのマルチエージェント・オーケストレーションシステム「Sakana Fugu」のサイバーセキュリティ特化版です。
Fuguのアーキテクチャの要点は「複数の専門エージェントを協調させながら、外からは1つのモデルとして振る舞う」ことです。クライアントはAPIリクエストを1本送るだけで、裏側ではFuguが作業を専門エージェント群に動的に振り分け、タスク完了まで協調させます。巨大な単一モデルのスケールではなく、モデル間のオーケストレーションで性能を出すアプローチです。
Fugu-Cyberはこの仕組みをセキュリティ業務に向けたもので、想定タスクは次の3つに整理できます。
タスク
内容
脆弱性の検証
複雑なコードベースを解析し、報告された欠陥が本当に悪用可能かをパターンマッチではなく実証ベースで確認する
検知ルール生成
生の脅威インテリジェンス(CTI)レポートを、動作する検知ルールに変換する
多段階アセスメント
単一モデルが文脈を見失いがちな、長くステートフルなセキュリティワークフローの遂行
ベンチマーク
Sakana AIが公表している数値は次の通りです。
CyberGym: 86.9%(実コードベースでの脆弱性解析)
CTI-REALM: 72.1%(脅威インテリジェンスから検知ルールへの変換)
同社はこれをGPT-5.5-CyberやMythos Previewといったサイバー特化フロンティアモデルと同水準だとしています。
:::note warn ベンチマークの評価手法は完全には公開されていません(TechTimesの指摘)。数値はベンダーの主張として読み、自分のワークロードでの評価を前提にしてください。 :::
なぜアクセスが審査制なのか
エクスプロイトの検証が得意なモデルは、定義上、エクスプロイトの発見も得意です。デュアルユース性の高いモデルをどう提供するかに対するSakana AIの答えは、構造的なゲートでした。
全申請に本人確認(匿名・捨てアドレスは通らない)
人間の審査担当者によるユースケース審査
攻撃的利用を禁じる利用規約への同意
重み非公開、API経由のみ、セルフホスト不可
「とりあえず試したい」という申請は通りません。これは不便さではなく設計です。同日中に評価を始めることはできないので、導入を検討するチームは必要になる前に申請しておく必要があります。
日本発のフロンティアセキュリティAIであること
Fugu-Cyberはシリコンバレーの産物ではありません。Sakana AIは東京のAIラボで、Transformer論文の共著者Llion JonesとDavid Ha(hardmaru)らが創業しました。日本政府のGENIACプログラム(NEDO)でスーパーコンピューティング助成を受けた7機関の1つであり、2025年11月のシリーズBでは評価額26.5億ドルに達しています。
リリース時のDavid Haのポストにある通り、実世界のサイバーセキュリティベンチマークで最高水準を出すオーケストレーションモデルが日本から出てきたこと、そしてそれが審査制という責任あるアクセスモデルとセットで出てきたことは、米中以外の選択肢としても意味があると考えています。
実運用への組み込み: aeonのケース
私たちがFugu-Cyberを組み込むのは、aeon(MITライセンスの自律エージェントフレームワーク)で運用している2つのセキュリティスキルです。どちらも報告優先(disclosure-first)で設計しています。
vuln-scanner: 対象リポジトリをフォークし、grepではなくデータフロー解析ベースのスキャナを実行し、実際に悪用可能な発見だけに絞り込みます。コードの欠陥はGitHubの脆弱性報告機能またはSECURITY.mdの連絡先経由で、メンテナに非公開レポートとして届けます。公開PRになるのは、すでに公知の依存関係CVEだけです。
contract-audit: Base上の検証済みソースとオンチェーン状態からケイパビリティマトリクス(プロキシとアップグレード可否、管理者ロール、ミント・凍結・一時停止・資金引き出しの各権限)を生成します。
Fugu-Cyberを入れるのはトリアージ工程です。スキャン自体は安価ですが、どの発見が本当に悪用可能かの確認が最も工数を使い、最も間違えやすい。CyberGymが測っているのはほぼこの仕事そのものなので、vuln-scannerのトリアージにFugu-Cyberを挟むことで、メンテナに届く誤検知を減らし、届いた発見の検証は深くする、という使い方になります。
報告のルールは変わりません。まず非公開レポート、まずメンテナのマージ、修正前に欠陥が公になることはありません。
申請を通すためのチェックリスト
自チームで申請する場合、審査で見られるのは「審査担当者が検証できるか」です。
本人確認可能な連絡先(組織ドメインのメールが望ましい)
具体的で防御的なユースケース(「脆弱性トリアージの自動化」のように、何を・何に対して・どう使うかまで書く)
ユースケースを裏付ける公開実績(OSS、ブログ、CVE報告歴など)
利用規約(攻撃的利用の禁止)と矛盾しない運用設計
評価スケジュールに審査期間を織り込む(即日利用は不可)
申請フォームはsakana.ai/fuguの料金セクションにあります。なお、Fugu-Cyberの料金は個別見積もり(営業問い合わせ)で、通常のFugu Token Planの公開料金は適用されません。
おわりに
Fugu-Cyberは「審査を通ったチームだけが使える、セキュリティ特化のオーケストレーションモデル」です。ベンチマーク数値には手法非公開という留保が付きますが、脆弱性トリアージという実務で最もコストの高い工程に特化した設計と、デュアルユースを前提にした審査制の提供モデルは、セキュリティ×LLMの運用を考える上で参考になるはずです。
エージェントフレームワークを運営していて、強化されたパイプラインでのセキュリティレビューを受けたい方は声をかけてください。発見は非公開で届きます。