こんにちは、座禅いぬです。この記事は マナビDXクエストで得たもの Advent Calendar 2025 シリーズ2の15日目の記事です。今回は、生成AIが便利で、大好きだからこそ「敢えて使わない」という選択をした話です。
取り組み: 自動化できるのに、あえて手でやってみた
マナビDX Quest 2025に参加した時のことです。課題に取り組む中で、僕は一つの実験をしてみることにしました。「少なくとも一回は生成AIなしでチャレンジする」という縛りです。
正直なところ、今回の課題はほぼ生成AIで自動化できることがわかっていました。要求定義、要件定義、モデル構築、PoC成果の報告、提案、展開。すべてのプロセスにおいて、生成AIを活用すれば圧倒的に効率化できます。去年とは全然状況が違います。去年は生成AIで最終作成まで行うのは「手抜き」だったかもしれません。今年はきっちり環境を整えればかなりのところまで生成AIで完結できる。それでも、あえて人間の手でやってみようと思いました。
理由はいくつかあります。一つは楽なやり方に慣れすぎない良い機会だからです。僕の本業では、良い設備を準備し整えるのは当然ですが、設備環境が悪くても業務を実行できるのは必須の能力と習いました。生成AIが使えない環境では何もできないというのでは責任をもって業務できる範囲が限られてしまいます。
また、生成AIはインフラとしては不安定な部分があります。同じモデルでも期待した出力結果にならなかったり、応答が遅くなることもあり得ます。逆に新しいモデルに進化した結果、用意したガードレールがうまく機能しないなどの問題が発生することもあります。
というわけで、実際の提出物はほぼ人間がやりました。そして痛感したのは「生成AIに頼らないと、とてつもなく効率が悪い」ということでした。当たり前といえば当たり前なのですが、身をもって体験すると重みが違います。
結果: 効率が悪いことの意味を考えるきっかけになった
では、この「効率の悪さ」は無駄だったのでしょうか。僕はそうは思いません。多くの学びがありました。
生成AIを活用すると、確かに生産性は上がります。精度も上がる。スピードも上がる。でも、「上がる」と信じているものの中に、実は「下がっている」ものがあるのではないか。体感と実態がずれたり、問題が認識しづらくなる部分もあるのではないかと思います。
例えば、学習効率、応用性、理解。これらは、生成AIに任せれば任せるほど、むしろ低下していく可能性があります。なぜかというと、人間が考え、作業する手間という「摩擦」で、人間は体感的に理解し易くなります。理解すると応用性も高まるし、作業効率が高まる。人間はもともと高性能です。
これは、「生成AIで学習効率が高まり、色々応用も考えてくれるし、理解だって早まる」という事と実は矛盾しないのです。NotebookLMで皆さん体感されているように、凄まじい勢いで人間の「理解」は加速していると思います。ChatGPTのソクラテス対話による学びのサポート、Nano banana Proのインフォグラフィックなどもそうで、理解はしやすくなっているのも事実です。
つまり、「理解するべきことが何か理解していると、生成AIが理解を効率化してくれる」という状況なのだと思います。「なんかスコア出たけど、なんでかわからない」という状態で仕事ができるでしょうか。「これ信頼できるの?そもそもどういった理屈で精度が出るの?」という問いに答えられるでしょうか。そこでブラックボックスになっている部分に光を当てる作業を伴わなければ、生成AIは非効率です。
得たもの: 傾き人材という考え方
生成AIが誰にでも使える時代、人間に求められるのは「今の技術力」ではなく「傾き」なのではないかと思います。
ここで言う「傾き」とは、成長の速度のことです。グラフの傾きですね。技術的成長のコストが下がった今、呼吸するように成長できる人間が求められています。1年の間、毎月小さな気付きを得てそのたびに1割ずつ成長する人と、年に一度倍になる奇跡を起こす人。長期的に見れば、複利と同じ理屈で前者が圧倒的に優位になります。つまり、成長回数を増やすことに意味があります。
サム・アルトマンが「指数関数を信じろ」と言っていましたがまさにこれです。毎回少しずつでも確実に成長し続けること。「一発ですごいことができました」に期待せず、一つ一つの疑問点を見逃さずに解決していくこと。その積み重ねが、やがて大きな差になるのだと思います。
つまり、生成AIによる作業の効率化・自動化で得た時間をどう使うかが最も重要だと思います。その間別のタスクをするのも一つの手ですが、何か思ったようにいかないことがあるとすぐにスケジュールが破綻してしまう。落ち着かないです。それよりも、できた時間を心理的余裕と捉え、課題の100%アンダースタンドを目指したり、小さな気づきを逃さず小さな成長を素早く繰り返す方が良いのかもしれません。
提案: タスク分解という戦略
では、具体的にどうすればいいのか。僕が有効だと思うのは、まずタスクを細かく分解することです。
課題を解決するために行うタスクを分解し、「これは人間がやるべき」という項目をピックアップします。判断基準として考えているのは、技術的に自動化がまだ不可能なもの、マニュアル化が徹底されていないもの、暗黙知が多いもの、影響範囲が一番大きいもの、そして人間が触れている時間が長い方が有利なもの。これらを選び、そこに集中するのです。
残りは生成AIに任せる。すべての手順に「人間がやる」「生成AIがやる」を割り当てて言語化する。この割り当て作業自体もほぼ生成AIがやってくれます。こうすることで、人間は本当に人間がやるべきことに集中できるようになります。よりクリエイティブな時間の使い方もできるわけです。
この「人間のやるべき仕事に集中できる」という話はネットでもよく出てきますが、実践するのは結構手間がかかります。ですが、この手間を理解するチャンスととらえて取り組むべきと思います。そろそろ、各自で生成AI活用を「やってみた」から「業務フローを作成」の領域に持っていかないといけませんね。
問い: 博士レベルの部下が大量にいる世界
さて、突然ですがちょっと想像してみてください。
あなたは社長です。部下には世界中から集まった博士レベルの専門知識を持った社員が大量にいて、朝晩でシフトを組んで24時間働いてくれます。ただし、競合企業も同じ条件です。この状況で、あなたはどうやって勝っていきますか?
自分がどのような人間であれば相手に勝てるのか。これは今まさに僕らが直面している問いなんだと思います。
まとめ
生成AIを敢えて使わない経験は、効率の悪さを痛感させると同時に、何を人間がやるべきかの方向性を明らかにしてくれました。すべてを自動化できる時代だからこそ、人間が担う部分の重要性が増しています。ではどうするか、の部分を考えられたのが今回の一つの収穫でした。
「生成AIを使ってみた」で終わるのではなく、「傾き」を持ち続けること。技術的成長のコストが下がった今、呼吸するように成長できる人間であること。それが求められているのだと思います。
最後に、僕の好きな作家の言葉を紹介して終わろうと思います。
未来はすでにここにある。ただ、いきわたっていないだけだ。
― ウィリアム・ギブスン
学びさえすれば未来に手が届く時代です。ここで止まらず、一緒に世界をもっと面白くしていければと思います。