こんにちは、座禅いぬです。この記事はマナビDXクエストで得たものAdventCalendar2025 シリーズ2 たしか17日目の記事です。
マナビDXクエストでは、参加者は今まで体験したことのない色々なことに直面し、それを乗り越えていくことが要求されます。もちろんサポートはされるのですが、最後は自分がどう頑張るかがすべてです。今年は、生成AIを活用することでそのハードルはすごく下がったと思います。ですが、生成AIの活用は現時点では定型的ではない部分が多く、使い方が見えずにチャレンジが終わってしまった方もいらっしゃると思います。
敢えて生成AIを使わない領域の話もしましたが、では、むしろ生成AIが何を助けてくれるのか?スライドをつくってくれる?コードを書いてくれる?そうではない、わからないものに立ち向かう際に有効な手法はなんなのか?ということを考えてみました。
きっかけ:生成AIとの雑談から古典に辿り着いた
先日、[[人間だってCoTしたい!]]という記事を書きました。その執筆中、Claudeと「人間の思考プロセス」について質問攻めにしていたら、こんな話が出てきたわけです。
「ダニエル・カーネマンのSystem1とSystem2という概念で説明でき..」
はい出た。結構あるんです。突然知らない人の名前だしてくること。生成AIが概念と一緒に取り込んでる知識人、および代表的な書籍をちょいちょい出してくれるのですが、僕はこれを「生成AIのおすすめ書籍」として、買って読んだりします。生成AIに勧められて本を買うというのも妙な体験ですが、かなり的確に自分の求めているものを理解しているのと、生成AI自体が本の内容を知っているので、予習することができるのもあり個人的にお気に入りの習慣です。
というわけで早速買って読み始めました。読んでみると、めちゃくちゃ面白い。僕が最近書いている「コメントアウトCoT」や「Zettelkasten」といった思考の外部化手法が、認知心理学の観点からきれいに説明できることに気づきました。そして同時に、「すべてを書き出す必要はない」という当たり前のことにも改めて気づかされたんです。
今までの学び: 書いて考えることの価値。でも...
僕は思考を書き出すことの価値をよく語っています。コメントアウトCoTとか、Zettelkastenとか。書くことで思考が整理され、後から振り返れるようになる。これは間違いないと思います。でも正直、すべての思考を書き出すのは無理だし、やる必要もない気がします。むしろ、書くべき思考と書かなくていい思考を見極めることが、認知リソースの効率的な配分につながるんじゃないかと言えそうです。
僕は正直何でも書き出そうとするタイプで、書いている時間があればこの作業するべきだったなと思うことは非常に多いです。そして、時間のマネジメントがうまくいかなくてしんどい思いをしたりすることが多いのですが、実はこれにも原因があるんだなということもわかってきました。
今回の学び: System1とSystem2、そして生成AI
ダニエル・カーネマンの「ファスト&スロー」によると、人間の思考には2つのシステムがあります。System1は高速で直感的、自動的に働く思考。System2は低速で論理的、意識的な努力を要する思考です。基本的にSystem1が常に優位であり、効率的です。だからこそ、バイアスというものが発生する。
ここで面白いのはSystem2が稼働している際は瞳孔の拡大が起こるという点です。これは簡単に言うとアドレナリンが放出されている状態で、誤解を恐れずにシンプルに言うと「生存・戦闘モード」みたいなものと言えます。生存上の重要イベントと脳が認識しているわけですね。だから疲れるし、持続性がないわけです。
このアドレナリンが出ている状態では、集中感が伴い、価値があることをしているという意識になります。ですが、これは実は集中力というコストを払っているというだけで、正しいかどうかは別なんですよね。これすらバイアスなわけです。人間の限界は、「理性とは静かな計算ではなく、軽度のストレス反応でしかない」という点に尽きる気がします。
じゃあ、どうしたらもっと良い思考ができるのか。ここで重要なのは、生成AIはSystem2の外部拡張として機能するのではないかという視点です。複雑な推論、多角的な検討、大量の情報整理。これらは本来System2が担う仕事ですが、認知負荷が高い。生成AIに投げることで、自分のSystem2を温存しつつ、より高次の判断に集中できるわけです。
特に新しいことにチャレンジするときはこのような仕組みが活発に活動するだろうと思います。そして、持続的にチャレンジするのは高負荷であるため、脱落してしまう。どうも、生成AIの上手な活用はテクニックだけの問題ではないように思うのです。
ただし、すべてを生成AIに任せると自分のSystem2が退化しそうな気もします。よく、生成AIを使うと頭が悪くなるなどという記事を見ますが、一理ある気はしています。どこまで任せて、どこから自分で考えるか。このバランスが大事なのではないか。
認知負荷の最適化:書く/書かないの判断軸
話を戻します。では、いつ書くべきか。僕の中で整理してみると、以下のような判断軸が見えてきました。
書くべき場面
- 変数が多く、頭の中だけでは追いきれないとき
- 初めて触る技術や、経験のない問題に取り組むとき
- 間違えた時のコストが高い重要な決定
- 他者と共有する必要があるとき
- 将来また使いそうな思考パターン
書かなくていい場面
- System1で処理できる日常的な判断
- 繰り返し行っていて体が覚えていること
- 直感で答えが出て、かつリスクが低いもの
皆さんも経験ありませんか?メモを取ることに集中しすぎて、肝心の内容が頭に入ってこないこと。過剰な記録は認知負荷を上げ、本来の作業を遅らせてしまいます。
手書きメモの効果:強制的にSystem2を起動する
ここで手書きメモの話をしたいと思います。プリンストン大学の研究によると、手書きでメモを取ると、タイピングよりも理解と記憶が向上するそうです。理由は単純で、手書きは遅いから。遅いからこそ、「何を書くか」を選別せざるを得ない。この選別プロセス、つまり要約や言いかえが、強制的にSystem2を起動させるんですよね。これ、最近生成AIで便利って言われてる部分そのものだったりします。これが生成AIで頭が悪くなる、の本質ではないかと思います。
僕は特に「自分の考えを整理したいとき」は手書きで図にまとめたり、メモを書いたりします。タイピングだと思考がどんどん流れていってしまうけど、手書きだと一度立ち止まって考えることになります。なので、Zettelkastenを手書きでやる意味もちょっとあるなと思ってたり...めんどくさすぎるのでやらないですが。
バイアスと反証:書くことで見えるもの
カーネマンの研究で有名なのが、人間の認知バイアスです。確証バイアス、アンカリング、利用可能性ヒューリスティック。System1は高速だけど、バイアスに弱い。だからこそ、System2を使って意識的に検証する必要があります。
ここで書くことの効用が出てきます。頭の中だけで考えていると、自分に都合の良い情報ばかり集めてしまう。でも書き出すと、「本当にそうか?」と問いかけやすくなります。特に反証を書き出すのが効果的です。「この判断が間違っている可能性は?」「見落としている観点は?」
生成AIは反証を提示するのが得意です。「この考えに対する反論を挙げて」と聞くだけで、自分では思いつかなかった視点が出てくる。僕は重要な意思決定の前に、生成AIに反証を求めるようにしています。自分のバイアスを可視化するのに便利なんですよね。
見えてきたこと: 迷ったら書こう
最後に、シンプルなルールを提案します。**「書くかどうか迷ったら書く」**です。
迷うということは、System1だけでは処理できていない証拠なんですよね。その迷い自体がSystem2の出番を告げています。迷いがなければ書かない、迷ったら書く。これが一番シンプルな判断基準だと思います。
そして書いたら生成AIと対話する。ただし、最終判断は自分のSystem2で。つまり再度、書いてまとめましょう。生成AIはあくまで外部拡張であって、自分の脳の代わりではありません。それでも、認知負荷や「戦闘モード」のコントロールには重要な役割を果たしてくれます。
まとめ
書く思考と書かない思考を使い分けることで、限られた認知リソースを有効活用できます。System1で処理できることはSystem1に任せ、System2が必要な場面で集中的に使う。さらに生成AIはSystem2の外部拡張として活用しつつ、バイアスの検証や反証の提示に使うことで、脳への負荷を軽減できます。最後は手書きメモで強制的にSystem2を起動させる。迷ったら書く。
すべてを記録する必要はなさそうですし、そういうログを書いてもらうのも生成AIの強みと思います。でも、記録すべきときに記録しないのはもったいない。自分の脳と生成AIを上手く使い分けて、認知負荷を最適化していきたいですね。