Claude Code に「このメモにセクションを一つ足して」と頼んだだけなのに、長く育ててきた状態ファイルが、丸ごと、跡形もなく消える。しかもツールは「成功しました」と報告し、git にも残らない。実際に起きている事故です。
起票 #67917 で、報告者は STATE.md(セッションをまたいで運用の記録を残す、自分で git 管理から外していた継続用の台帳)を、二日のうちに二回、この経路で失っています。報告者は macOS、Claude Code は 2.1.173 での報告です。
この記事は、その機構を整理し、なぜ普段の git の運用では守れないのか、そして利用者の側で今すぐできる防ぎ方までをまとめます。データ消失の中でも、既存の防御がすり抜けられる、たちの悪い型です。
何が起きるか——Write は「追記」ではなく「丸ごと置換」
Claude Code の Write ツールは、ファイルの中身をまるごと書き換える道具です。「追記する」というモードはありません。指定した内容で、ファイルの全体を置き換えます。
ふつう、既存のファイルの一部を直すときは Edit ツール(対象の文字列だけを差し替える、外科手術のような道具)が選ばれます。ところが、状況によっては、モデルが「セクションを追加して」という指示に対して Write を選ぶことがあります。このとき Write に渡されるのは、モデルが頭の中で組み立て直した「新しいファイルの全体」です。
ここで二つのことが重なると、事故になります。
- モデルが、もとのファイルの全文を正確に保持していない(長いファイル、文脈の途中、要約された状態など)。
- それでも
Writeが、その「組み立て直した不完全な全体」で、ファイルを丸ごと上書きする。
結果として、「一セクション足すはずだった」のに、もとの何百行かが消えて、モデルが覚えていた断片だけが残る。Write は成功を返し、モデルも消したつもりがないので、誰も気づきません。静かな、即時の全消失です。
なぜ git では守れないのか
データ消失の記事を読み慣れた人なら、「git でこまめにコミットしていれば戻せる」と思うかもしれません。この型では、それが効きません。
事故に遭いやすいのは、まさに STATE.md のような、意図的に git 管理から外したファイルだからです。
- セッションをまたいで運用の状況を書き留める台帳
-
.gitignoreに入れてある作業中のメモ - 認証情報は含まないが、コミット履歴に混ぜたくない運用の記録
こうしたファイルは「git の追跡対象にしない」と自分で決めているので、git checkout でも git reflog でも戻せません。git を真面目に運用している人ほど、「追跡しないと決めたファイル」には git の安全網がそもそも張られていない、という盲点に落ちます。rm -rf や git reset --hard のような、見るからに危険なコマンドとも違います。引き金は「セクションを追加して」という、いちばん無害に見える日常の指示です。
自分が危ないかを確かめる
次のどれかに当てはまるなら、この事故の射程に入っています。
- セッションをまたぐ状態や運用の記録を、一つのファイル(
STATE.md、NOTES.md、progress.mdなど)に育てている。 - そのファイルを、意図的に git の管理から外している(
.gitignoreに入れている、またはリポジトリの外に置いている)。 - そのファイルに対して、Claude Code に「追記して」「セクションを足して」と頼むことがある。
三つそろうと、Write の全置換が、戻せない消失に直結します。
防ぎ方——保護したいファイルへの Write を止める
提供側の挙動が変わるのを待つ前に、利用者の側で今すぐ自衛できます。起票の報告者自身が、二度目の被災のあとに実装した方向と同じです。
1. PreToolUse の hook で、保護対象への Write を止める
守りたいファイルの一覧を決めて、Write がそのファイルに対して呼ばれたら、実行の前に止めます。PreToolUse の hook は、ツールが走る前に呼ばれ、終了コード 2 で実行をブロックできます。
#!/bin/bash
# protect-write.sh — 保護対象のファイルへの Write を止める
# settings.json の PreToolUse に matcher "Write" で登録する
INPUT=$(cat)
FILE=$(printf '%s' "$INPUT" | jq -r '.tool_input.file_path // empty')
# 守りたいファイル(必要に応じて増やす)。
# 大文字小文字を区別しない比較にするのは、macOS の APFS で
# STATE.md と state.md が同じ実体を指すため(ここを素通りさせない)。
case "$(printf '%s' "$FILE" | tr 'A-Z' 'a-z')" in
*state.md|*notes.md|*progress.md)
echo "保護対象のファイルへの Write を止めました: $FILE" >&2
echo "追記なら Edit を使うか、保護を外してから手動で編集してください。" >&2
exit 2
;;
esac
exit 0
settings.json への登録は次の形です。
{
"hooks": {
"PreToolUse": [
{
"matcher": "Write",
"hooks": [{ "type": "command", "command": "bash ~/.claude/hooks/protect-write.sh" }]
}
]
}
}
これで、保護対象のファイルに Write(全置換)が走ろうとすると、実行の前に止まります。追記したいときは Edit を使うか、いったん保護を外してから直します。
この hook の限界(正直に)
この hook は Write というツールに効きます。Write が選ばれる経路の事故(#67917 の本題)は止められますが、シェル経由の上書きは止められません。> STATE.md、tee STATE.md、mv tmp STATE.md、sed -i、ヒアドキュメント(cat > STATE.md <<EOF)は Bash のツールを通るので、Write を見張るこの hook の対象外です。突き詰めると、ツールにも OS にも綴りにも左右されない確実な守りは、ファイルそのものに「保護対象」を宣言できる提供側の仕組みで、#67917 ではまさにそれを求める議論が続いています。
なお、上の手作りの hook を自分で組まなくても、無料の安全 hook 集 cc-safe-setup には、これを担う保守された hook core-file-protect-guard.sh が既に入っています。環境変数 CC_PROTECTED_FILES に守りたいファイルの形(例 *state*:*STATE*:*progress*)を並べると、その形のファイルへの Edit・Write を実行の前で止め、さらに Bash の sed -i・awk -i の上書きも止めます(手作りの Write だけの hook より一段広い)。ただし > STATE.md・tee・mv・ヒアドキュメントまでは追えません。保護対象にしたファイルは Claude からの編集が全部止まるので、直すときはいったん保護の形から外します。
2. セッションの開始時に「縮んでいないか」を見張る
もう一段、検知の網を張ります。保護対象のファイルの行数やバイト数を控えておき、SessionStart の hook で、前回よりも極端に縮んでいたら警告します。万一すり抜けても、気づく前に上書きが積み重なるのを防げます。
3. macOS では大文字小文字の罠に注意
macOS の既定のファイルシステム(APFS)は、大文字小文字を区別しません。STATE.md と state.md が同じファイルを指します。保護の判定で大文字小文字をそのまま比較すると、片方の綴りで素通りします。上の hook のように、小文字に揃えてから比べてください。
まとめ
-
Writeは「追記」ではなく「丸ごと置換」。長いファイルへの「セクション追加」が、全消失に化けることがある。 - 狙われやすいのは、意図的に git 管理から外した状態ファイル。git の安全網が原理的に効かない。
-
PreToolUseの hook で保護対象へのWriteを止め、SessionStartで縮みを見張る。macOS では大文字小文字を揃えて比較する。
この記事の機構は、起票 #67917 の報告(macOS・
2.1.173・二度の実被害と、報告者自身が実装した自衛策)と、Writeツールが全置換であるという仕様に基づいて書いています。起票は現在enhancementとして扱われており、提供側の対応はこれからですが、利用者の側で上記の hook により今すぐ予防できます。私の検証の環境は Linux で、macOS の APFS の大文字小文字の挙動そのものは手元で再現していません。確認できた事実と、確認できていない範囲を分けて書いています。
もっと体系立てて守りたい人へ
無料の安全 hook 集 cc-safe-setup(MIT)には、rm -rf・git reset --hard・Windows の破壊コマンドなど、見るからに危険な操作を実行の前で止める hook を約800件そろえています。上の Write の保護の hook は、それと同じ PreToolUse の仕組みで、自分の運用に合わせて足せます。
「セクションを追加して」が全消失に化けるこの型のように、Claude Code の事故は、危険なコマンドの一覧を弾くだけでは防げない、暗黙の経路から起きます。データ消失・暴走・無断の課金・破壊的な操作を、止める・守る・元に戻すの三段で、症状から引ける形に章ごとに整理した電子書籍を出しています。Claude Code 事故防止ガイド(¥800・Zenn)。実在の事故の起票を一次の資料にしています。第3章までは無料で読めます。
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事実に基づいて書いています。誇張や、確認していない断定は避けています。間違いに気づいたら、コメントで教えてください。直します。
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