仕事をしていると、ふとした瞬間に「見ている景色が違うな」と気づくことがあります。
先日、一緒にプロジェクトを進めている仲間の一人に、進捗を聞いた時のことです。
彼は少し不安げな表情を浮かべながらも、私にこう言いました。
「順調です」
その瞬間、私の中で静かな警報が鳴りました。
彼の言葉と、その表情の間に、明らかな 「ズレ」 を感じ取ったからです。
誤解のないように言えば、彼は決して嘘をついているわけではありません。
彼にとっての「順調」とは、「任されたタスクをスケジュール通りに消化できていること」を意味していました。
しかし、私が求めていた「順調」の定義は、少し異なります。
私が気にしていたのは、 「最終的なゴール(未来)から逆算し、正しい軌道に乗れているか」 という点です。
たとえ今日の作業が予定通りでも、ゴールの景色が見えていないまま走っているのであれば、それは「順調」とは言えません。
むしろ、迷子になるリスクを抱えたまま進んでいる状態です。
ここに、私の思考の癖があります。
それは、何事も 「未来から逆算して考える」 ということです。
対して、彼は 「現在から積み上げて考える」 タイプでした。
これは能力の優劣でもなければ、上下の問題でもありません。
ただ単純に、 見ている視点の位置が違っていただけ なのです。
私は常に、目標そのものではなく、その先にある「達成された未来」を起点に物事を考えます。
「その未来を実現するためには、今、どの変数をどう動かすべきか」
そうやってロジックを組んでいる私と、目の前のことに真摯に向き合っている彼。
二人が同じ「順調」という言葉を使っていても、見ている範囲や解像度はまるで違っていたのです。
だからこそ私は、言葉そのものよりも、相手の表情、声色、目線といった 「非言語の情報」を注視 します。
「自信がなさそうだな」
「本当は腹落ちしていないな」
そういった行間の情報を拾いに行くのは、相手をコントロールしたり、自分の考えを押し付けたりしたいからではありません。
むしろ、その逆です。
同じチームの仲間として、相手を尊重し、そのキャリアを応援したいからこそ、正確な情報が必要なのです。
誰にだって、その人なりの人生があり、大切にしたいキャリアがあります。
縁あって一緒に働く以上、私は仲間の目標も応援したいし、この仕事を通じて成功体験を積んでほしいと本気で考えています。
けれど、「実はゴールがイメージできていない」「本当はリカバリーできないミスがある」という事実(本当の情報)が隠されてしまっては、私は仲間を助けるための手を打つことができません。
認識のズレを放置したまま進めば、プロジェクトは失敗し、何より彼自身が苦しい思いをしてしまいます。
経験値が少し多い身として、それだけは防ぎたいのです。
そうなる前に、適切な軌道修正(調整)を行いたい。
相手のやりたいことを尊重しながら、かつ成功確度を最大化するための配置を共に考える。それが、今の私にできる役割だと思うからです。
私が対話の中で、あえて自分の失敗談を話したり、弱みを見せたりするのは、単なる雑談ではありません。
「ここでは『分かっていない』と言っても安全だ」という空気を作らなければ、この深い認識の溝は埋まらないと知っているからです。
(やべっ、これ言ってしまっていいのか?)
「順調です」
その一言の裏にある、本当の声を聞き出すために。
私は今日も、効率を追求する思考を持ちながら、あえて最も泥臭い「対話」という手段を選び続けています。
