はじめに
前回の記事で説明し残した「量子テレポーテーション」の話です。
テレポーテーションとは
「テレポーテーション」は普通は「瞬間移動」と訳されますが、ここではどちらかと言うと「電送」「転送」という意味で捉えると良いと思います。スタートレックでU.S.S.エンタープライズ号から惑星地表に降り立つ時に使う奴です。現時点でもまだ人間は転送できませんが、映像や音楽はデジタル化することで簡単に転送できますね。
しかし、量子はなにしろアナログな存在で、デジタル化(観測)しようとした瞬間に状態が固定されてしまうので、転送できません。では、どうしたらいいのか、が「量子テレポーテーション」の仕組みです。
基本回路の準備
量子テレポーテーションには、前回紹介した「CNOT」「H」「NOT」の他に「FLIP」という基本回路を使います。まずCNOTのおさらいです。
左のボールは常に素通しです。そして、もし左のボールが白ならば、右のボールもそのまま通します。そして、左のボールが黒の時は、右のボールの色を変えます。次はH(アダマール)です。
アダマールに白いボールを入れると「白いボールと黒いボールが混ざりあった状態」、黒いボールを入れると「白いボールとネガティブな黒いボールが混ざりあった状態」のボールが出てきます。次にNOTとFLIPです。
NOTは色を反転する回路なので、「白いボールと黒いボールが混ざりあった状態」のボールを入れると「黒いボールと白いボールが混ざりあった状態」のボールが出てきます。混ざり合う順序には意味があることに注意してください。FLIPは黒のボールの符号を反転します。
問題設定と解法
今、東京にある保管箱に一つの量子が入っています。どういう状態なのかは分かりません。白いボールになっているのか、白と黒が混ざりあっているのか、はたまた白とネガティブな黒が混ざりあっているのか。問題は、この箱を飛行機などで運ぶのではなく、メールや電話等を使ってこの状態をニューヨークに送ることです。
解法はこうです。まず、前回説明したようにアダマールとCNOTを使って、もつれた量子のペア「(白・白+黒・黒)」を作っておきます。その片方(左側)を東京に置いたまま、もう片方(右側)をニューヨークにあらかじめ送っておきます。もつれた量子のペアは片方の色が決まった瞬間にもう片方の色が決まります。この性質を使って、もう一つの量子の状態を転送するのです。
東京では、下図のように送りたい量子ともつれた量子の左側をCNOTとアダマールに入れ、出てきたボールを観測します。この時に、送りたかった量子の状態はもう失われてしまったことに注意してください。そして、観測結果をメール等でニューヨークに連絡します。
ニューヨークではもつれていた量子の右側に対して、下図のように受け取った情報によって異なる処理をします。
メールで受け取った情報が「白・白」だったら何もしません。「白・黒」だったらNOTに通します。「黒・白」だったらFLIPに通し、「黒・黒」だったらNOTとFLIPにこの順に通します。すると、処理後の量子は、東京が元々送りたかった量子の状態と同じ状態に変化します。
本当にそうなるかを確認
例として、送りたかった量子の状態が「(白+黒)」だったとしましょう。3つの量子は下図のように、「白と黒が混ざりあった状態(白+黒)」&「もつれた状態(白・白)+(黒・黒)」になっています。
東京で2つの量子をCNOTとアダマールに入れた場合、まず、送りたい量子のうち白の状態がどうなるか見てみましょう。
CNOTは左側に白いボールが入った時には右側のボールをそのまま出すので、もつれた2つの量子の状態は変わらず、「白・白」か「黒・黒」のままです。一番左の量子はアダマールを通って「(白+黒)」に変化します。次に黒の状態がどうなるかを見てみましょう。
黒いボールが左側に入るので、もつれている量子ペアの片方は色が反転します。つまり、「黒・白」か「白・黒」というもつれ方に変わります。一番左の量子はアダマールを通って「(白ー黒)」に変化します。以上から全部で8通りが混じり合った状態になっているのです。
さて、ここで東京にある2つの量子を観測します。例えば白と白が観測できたとしましょう。それは「白・白・白」と「白・白・黒」の時に観測されるので、この観測によってニューヨークの量子は「(白+黒)」に変化します。
次に、東京で白と黒が観測できる場合は、「白・黒・黒」と「白・黒・白」の時なので、ニューヨークにある量子は「(黒+白)」に変化します。
東京で黒と白が観測できる時はちょっと注意が必要です。黒に見えたのは元々ただの黒かもしれないしネガティブな黒かもしれません。なので、「黒・白・白」と「-黒・白・黒」の時になります。したがって、この観測によってニューヨークの量子は「(白-黒)」に変化します。
黒と黒が観測できるのは同様に「黒・黒・黒」と「-黒・黒・白」の時なので、ニューヨークの量子は「(黒-白)」に変化します。
では、ニューヨーク側の処理を見てみましょう。
「白と白」というメールが届いた時、持っていた量子の状態は「(白+黒)」に変わっていて、これは元々東京が送りたかった状態です。「白と黒」というメールが届いた時には、「(黒+白)」になっているのでこれをNOTに通すと「(白+黒)」が出てきます。「黒と白」というメールならば「(白-黒)」がFLIPを通ってやはり「(白+黒)」に、「黒と白」ならば「(黒-白)」がNOTとFLIPを通ってやはり「(白+黒)」に変わります。どの場合も、元々東京が送りたかった状態が得られます。
元が「(白-黒)」ならどうでしょうか? 図で書くのは飽きてきたので、中学校で習った数式の変形のスタイルでやってみましょう。まず初期状態を調べてみると以下のようになっています。
これをCNOTとアダマールに通すと以下になります。
「白と白」「白と黒」「黒と白」「黒と黒」のそれぞれに対して、そのまま、NOT、FLIP、NOT&FLIPという処理を行うと元の「(白-黒)」が得られますね。
あと、「(黒+白)」「(黒-白)」も興味があったら試してみてください。
おわりに
テレポーテーションと言っても、瞬間移動するわけではなく、観測結果を東京からニューヨークまで普通の手段で送る時間がかかっています。しかも、あらかじめもつれた量子の片方を飛行機か船で運んでおく必要もあります。
でも、なんとなく手品のトリックを見ているようで、面白い現象に思えませんか?