はじめに
AIにアイデア出しを頼むと、だいたいこうなります。
- なにを言っても「素晴らしいアイデアですね!」と褒めてくる
- それっぽいけど、物理的に無理な理想論が混ざってくる
- 調べてみたら、とっくに世の中にある物だった
つまりAIは、アイデアを出すのは得意でも、疑うのが苦手です。
この問題を仕組みで解決するために、hariana(針穴) というOSSを作りました。
Claude CodeなどのローカルAIエージェントに読み込ませる「フォルダ一式」で、
AIに事実を集めさせ、アイデアを作らせ、そしてそのアイデアの9割を
AI自身に却下させる仕組みです。生き残ったものだけが企画書になります。
リポジトリ: https://github.com/HaluHanabusa/hariana (Apache-2.0)
この記事では、前半で「なにをやっているのか(考え方)」を、
後半で「どう使うのか(手順)」を、なるべくやさしい言葉で説明します。
なにをやっているのか
針穴 ― 名前の意味
新しいことを探すときのイメージは、こうです。
大量の情報を、層のように重ねる。重なったトンネルのどこかに、
どの層にも塞がれていない小さな穴がある。そこに針を通す。
この「どの層にも塞がれていない場所」を、harianaでは
Whitespace(空白) と呼びます。誰もまだやっていない、
そして物理や経済が禁止していない場所のことです。
大事なのは、「情報が濃い場所」ではなく「穴が開いている場所」を
探すことです。みんなが注目している濃い場所は、すでに掘り尽くされています。
情報の最小単位は「Claim」
AIの「知ったかぶり」を防ぐため、harianaでは情報を
Claim(クレーム) という単位でしか受け付けません。
---
id: OPT-001
confidence: high
source: https://(一次情報のURL)
---
# OPT-001 方式Xの効率は5%程度
falsifiable_by:: 新方式で効率10%超の実測が出たら、この主張は崩れる
ルールは3つだけです。
- 出典必須 ― 論文・特許・公式資料などの一次情報のURLがない主張は捨てる
- 反証条件必須 ― 「どうなったら間違いになるか」を書けない主張は思い込み
-
「無かった」も記録 ― 探して見つからなかったことは失敗ではなく、
検索式つきで残す大事な記録(あとで効いてきます)
フレームワークは「唱える」のではなく「表を埋める係」にする
TRIZ、第一原理思考、ジョブ理論…。イノベーションの本に出てくる
「考え方の型」はたくさんありますが、AIにこれを順番に適用させるだけだと、
それっぽい文章が量産されるだけで終わります。
harianaの中心には Constraint Matrix(制約行列) という1枚の表があります。
- 行 = アイデアの選択肢
- 列 = 満たすべき条件(価格、物理的制約、法律…)
- マス = PASS(満たす) / FAIL(満たさない) / UNKNOWN(まだ不明)
そして6つの思考フレームワークに、この表の上での役割を割り当てます。
| フレームワーク | 役割 | やること |
|---|---|---|
| 形態分析 | 行を生む | 設計の軸を分解し、あり得る組み合わせを全部並べる |
| TRIZ | 両方 | 「こちらを立てればあちらが立たず」の矛盾を解いて新しい行を作る |
| 第一原理思考 | 両方 | 「業界の常識」と「物理法則」を仕分けて、常識だけ疑う |
| ジョブ理論 | 判定する | 「本当にお客さんに雇われるか」の列を埋める |
| ブルーオーシャン | 両方 | 「その市場は混んでないか」を判定し、機能を減らす方向の行を作る |
| フルーガル革新 | 判定する | 「その値段で成り立つか」の列を埋める |
型を増やす = 表の列や行の作り方が増える、という設計なので、
どの型がどこに効いたのかが表の上で追跡できます。
red-team ― アイデアをわざと攻撃する係
ここがharianaの心臓部です。有望に見える候補は、必ず
red-team(レッドチーム) という「攻撃専門の係」の審査を受けます。
攻撃は5方向です。
- 物理 ― 保存則や理論限界に反していないか
- お金 ― ざっくり原価を積むと、その値段で成り立つか
-
過去の失敗 ― 「誰もやっていない」の大半は「試されて死んだ」。
失敗の記録帳(graveyard)と照合する - 前提 ― 暗黙に置いている前提を全部並べさせ、一番弱い前提を名指しする
-
Why nobody ― 「なぜ今まで誰もやっていないのか」に説得力のある
説明がない候補は疑う。これが机上の空論の一番強い検出器です
red-teamには2つの厳しいルールがあります。
代替案を提案しない(改善案を出し始めると攻撃が鈍るため)。そして
「リスクゼロ」という審査結果は差し戻す(リスクが見えないのは、
無いからではなく探していないからです)。
さらにこの係は、設定で取り外せないようになっています。
外せる審査は、審査ではないからです。
全滅しても、探索は無駄にならない
実際に回すと、候補が全部却下されることがあります。
harianaではそれを失敗と呼びません。理由は2つあります。
1つ目。Whitespaceには2種類あります。
「作れる製品の座標」が全滅しても、調査の過程で
「世の中に測定やデータが存在しない場所」が見つかることがある。
後者はそのまま研究テーマ(調べれば論文になる場所)です。
2つ目。却下された候補は消さずに「なぜ死んだか」「どうなったら
生き返るか」つきで記録されます。前提技術が変わった瞬間に
再審査する仕組みがあるので、今日の却下は将来の種になります。
有効性について、ひとつだけ
公開前のテストとして、「賃貸ベランダ菜園の、旅行中10日間の水やり」という
成熟した市場のテーマで一周させました。結果は、AIが出典つきの事実を
54件集め、アイデアを3件作り、3件とも自分のred-teamで却下。
しかも理由が具体的でした(中核部品が物理的に成立せず類似の放棄特許まで発見、
業界全社が避けるリスクを「差別化」と勘違い、需要の仮説自体が反証、の3つ)。
成熟市場で「空白はありません。理由はこれです」と言い切れること。
派手さはありませんが、これがこのツールの有効性の中身だと考えています。
「見つかった」の報告は、別の探索が針を通ったときに改めて書きます。
使い方
必要なもの
- Claude Code(または同等のローカルAIエージェント)
- Obsidian(無料のメモアプリ。結果を眺める用。無くても動きます)
セットアップ(5分)
git clone https://github.com/HaluHanabusa/hariana
cd hariana
bash scripts/init.sh individual # 立場に合うプロファイルを選ぶ
claude # 起動
individual は個人開発者向けの設定(予算の制約、使う型、企画書の形式)です。
研究者向けの academic もあり、ただのYAMLなので中身は自由に書き換えられます。
最初の一言
起動したら、こう話しかけるだけです。
「〇〇というテーマで探索を始めたい。Phase 0からお願いします。
条件は質問してください」
するとAIは、いきなり調べ始めずにまず質問してきます(予算は? 期間は?
物理的な制約は?)。答えていくと、それがそのまま表の「列」になります。
ここが唯一、人間の入力が必須の場面です。
あとは5つのフェーズが進む
| フェーズ | やること | できるファイル |
|---|---|---|
| 0 壁打ち | 質問でテーマと条件を固める | 表の列 |
| 1 調査 | 出典つきのClaimを集める(推論禁止) | output/claims/ |
| 2 行列 | 型を使って行を生み、列を判定する | output/synthesis/constraint-matrix.md |
| 3 針通し | 特許の裏取り → red-teamの審査 | 候補台帳 |
| 4 企画書 | 生き残りだけを企画書にする(最大3本) | output/proposals/ |
候補が全滅した場合はフェーズ5(総括)に入り、「条件をどう変えれば
盤面が動くか」の選択肢を最大4案出して、人間に判断を返してきます。
条件の変更だけは、AIが勝手にやらない決まりです。
夜間も回し続けたい場合は、AUTOPILOT.md に従うよう指示すれば
タスクキュー方式の無人運転になります(詳細はリポジトリのREADMEへ)。
Obsidianでの見方
ここが一番楽しいところです。Obsidianで「Open folder as vault」(日本語では「保管庫としてフォルダーを開く」)から
output/ フォルダを開いてください。
ダッシュボード(INDEX.md) ― Dataviewプラグインを入れて INDEX.md を
開くと、最新のClaim一覧、確度の低い要注意情報、矛盾している情報が
自動で表になります。
グラフビュー ― Claim同士、Claimとアイデアはリンクで繋がっているので、
グラフビューを開くと「どの事実から、どのアイデアが生まれ、
なぜ死んだのか」が1枚の網として見えます。冒頭の
「情報の層に針を通す」というイメージが、そのまま絵になります。
検索 ― すべてがfrontmatter付きのMarkdownなので、
confidence: low のような属性検索も、普通の全文検索も効きます。
設計上のこだわり(かんたんに)
-
AIは自分のルールを書き換えられない ― 書き込み権限は探索データの
フォルダだけに絞ってあり、red-teamや手順書はAIから変更できません -
全部ただのMarkdown ― 専用サーバもDBもなし。自分のPCと
自分のAI契約だけで動き、データは全部手元に残ります -
型は答え合わせ済み ― 6つの型はそれぞれ「答えの分かっている問題」
(水出しコーヒー、QBハウス、電動キックボード等の実在解に辿り着けるか)で
検証してから収録しています(計13問)
おわりに
harianaが試しているのは、AIを「褒めてくれる生成器」で終わらせず、
生成と審査を同じ盤面の上で回し続けるという方向です。
アイデアを作る係が表の行を増やし、攻撃する係が却下し、
却下の理由が「次にどこを探すべきか」を教えてくれる。
理由つきで却下してくるAIの方が、本気で何かを探すときには役に立つ ―
そう感じたら、ぜひ触ってみてください。
リポジトリ: https://github.com/HaluHanabusa/hariana
質問・指摘はIssueへどうぞ。特に「この型も表の係にできるのでは?」という
提案を歓迎します(採用条件は1つ: どの列を埋めるか、どう行を生むかを
1文で言えること)。


