この記事はエンジニアが使いこなすべきクローズドクエスチョンについて優しく解説する記事です。
これを読んでクローズドクエスチョンを使いこなして、楽しく仲良くコミュニケーションしましょう。
そして詰められる側の若手の皆さんは、この記事を懐刀として持っておいて、心の支えにでもしてください。
はじめに
「YES か NO で答えてください」
と言ってるのに、端的に答えてもらえないことがある。
なぜか。理由は大きく二つある。
一つは、その質問がそもそも YES/NO で答えられる構造になっていないから。
もう一つは、構造上は YES と答えられるが、お前(=質問者)の受け取り方が信用できないから言いたくないからだ。
クローズドクエスチョンとは何か
クローズドクエスチョンとは、回答の選択肢が限定された質問形式のことである。典型的には YES/NO、あるいは A/B/C のような選択式で回答できる質問を指す。
対義語はオープンクエスチョン。「どう思いますか?」「なぜですか?」のように、回答者が自由に答えられる形式だ。
ビジネスの文脈では、クローズドクエスチョンは「相手の時間を奪わない効率的なコミュニケーション手法」として推奨されることが多い。
それ自体は正しい。
問題は、クローズドクエスチョンを成立させるための大前提を理解していない人間が、形式だけ真似てる場合が多いことだ。
クローズドクエスチョン成立の大前提
クローズドクエスチョンが機能するためには、質問文が本当に YES/NO で答えられるようにデザインされていることが絶対条件である。
つまり、質問者側に以下の責任がある:
- 質問の対象が明確に定義されていること
- 判定基準が一意に定まること
- 回答が YES/NO のどちらかに必ず分類できること
この条件を満たさない質問は、クローズドクエスチョンの皮を被ったオープンクエスチョンである。
例題:津田沼駅問題
具体例を出そう。みんな大好き津田沼駅だ。
津田沼駅は、船橋市と習志野市にまたがって存在している。
さて、ここで質問。
「津田沼駅は船橋市にありますか?」
この質問に対する正確な回答は「部分的に YES」である。
これは悪い質問か?
いや、純粋に津田沼駅の所在を知りたいという文脈であれば、この質問は全然アリだ。
ただし、質問者側に以下の自覚があることが条件となる:
- 自分の質問文には「津田沼駅が船橋市に完全に包含されているか、またいでいるか」を区別する要素が入っていない
- この質問に「YES」と回答された場合、「完全包含」と「部分的所属」の両方の可能性がまだ残る
この自覚があれば、「YES」という回答を受け取った後に「じゃあ習志野市にもまたがってたりします?」と追加質問できる。健全なコミュニケーションだ。
質問センスのないやつの思考回路
質問センスのないやつは違う。
彼らは自分の頭の中の構造化ロジックに全幅の信頼を置いている。
「津田沼駅は船橋市にありますか?」に「YES」と返答されるや否や、脳内で以下の変換が走る:
入力: "YES"
↓
脳内処理: 津田沼駅 ⊂ 船橋市(完全包含)
↓
出力: 「了解です!」
違う。お前の質問にはその精度がない。
回答者の自己防衛
質問センスのないやつは、無意識的にクローズドクエスチョンの回答に対してバイアスをかけ、回答者の意図を捻じ曲げる。
だから回答者は自己防衛のために YES/NO で答えることを避ける。
「津田沼駅は船橋市にありますか?」
「えーと、津田沼駅は船橋市と習志野市の境界にありまして、駅舎の一部は船橋市側に、一部は習志野市側に——」
「YES か NO かで答えてください」
いや、お前の質問が YES/NO で答えられる構造になってないんだが?
気づいてほしいこと
ここで、質問センスのないやつに気づいてほしいことがある。
回答者があなたの質問に YES/NO で端的に答えないのは、あなたが普段から回答をバイアスのかかった解釈をする人間だと認識されているからである。
回答者は別に話を長くしたいわけじゃない。あなたの質問の曖昧さをカバーするために、文脈を補足しているのだ。
それを「YES/NO で答えろ」と遮るのは、回答者の善意を踏みにじる行為である。
クローズドクエスチョンを正しく使うためのベストプラクティス
ここまで散々キレてきたが、クローズドクエスチョン自体は強力なツールだ。正しく使えば、コミュニケーションコストを大幅に削減できる。
以下に、質問者として意識すべきポイントをまとめる。
1. 質問を投げる前に「判定基準」を明確にする
クローズドクエスチョンが成立するには、YES/NO の判定基準が一意に定まっている必要がある。
❌ 悪い例:「このシステム、使えますか?」
「使える」の定義が曖昧。稼働しているか?権限があるか?実用に耐えるか?
✅ 良い例:「このシステムは現在稼働中ですか?」
✅ 良い例:「私のアカウントでこのシステムにログインできますか?」
判定基準が明確なので、回答者は迷わず YES/NO で答えられる。
2. 「部分的に YES」の可能性を想定する
世の中の事象は、綺麗に二値に分かれないことが多い。
質問を投げる前に「この質問に対して "部分的に YES" という状況はありえるか?」を考える。ありえるなら、質問を分割するか、オープンクエスチョンに切り替える。
❌ 曖昧な質問:「このAPIはエラーハンドリングされてますか?」
✅ 分割した質問:
「このAPIは400系エラーを返しますか?」
「このAPIは500系エラー時にリトライ処理が入っていますか?」
3. 回答に対する解釈範囲を限定しない
YES という回答を受け取っても、自分の質問が持つ曖昧さを忘れないこと。
「津田沼駅は船橋市にありますか?」→「YES」
この YES から導けるのは「津田沼駅の少なくとも一部は船橋市に存在する」であって、「津田沼駅は船橋市に完全に包含されている」ではない。
回答者の YES を、質問者が勝手に拡大解釈しない。
4. 回答者が補足を始めたら聞く
回答者が YES/NO 以外の情報を付加してきたら、それはあなたの質問の精度が足りていないサインである。
回答者は親切心で補足している。遮らずに聞け。
5. 「YES/NO で答えろ」を封印する
この言葉を言いたくなったら、まず自分の質問を見直せ。
99% の確率で、質問の設計に問題がある。
6. 信頼残高を意識する
これが一番重要かもしれない。
回答者があなたの質問に YES/NO で端的に答えるかどうかは、あなたがこれまで回答をどう扱ってきたかに依存する。
過去に回答を曲解された経験がある回答者は、自己防衛のために補足説明を入れるようになる。
逆に言えば、普段から回答を正確に受け取り、曲解しない姿勢を見せていれば、回答者は安心して YES/NO で答えてくれるようになる。
クローズドクエスチョンで効率的なコミュニケーションを実現したいなら、まず信頼残高を積み上げろ。
エンジニアとしての矜持
エンジニアは論理的思考を重んじる職種だ。
だからこそ、クローズドクエスチョンという「効率的っぽい」手法に飛びつきやすい。
だが、真に論理的な人間は、自分の質問文が持つ論理的な限界を理解している。
「津田沼駅は船橋市にありますか?」という質問が、集合論的に見て曖昧であることを理解している。
クローズドクエスチョンを振りかざして悦に浸る前に、まず自分の質問のセンスを疑え。
おわりに
回答者が YES/NO で答えてくれないとき、問題は回答者ではなく質問者にある可能性を常に考慮せよ。
コミュニケーションは双方向だ。
「俺はクローズドクエスチョンで効率的に聞いてやってるのに、なんでこいつは長々と説明するんだ」
と思ったら、鏡を見ろ。
そこには、質問センスのないやつが映っている。