ふと、過去の膨大な M&A のデータから、失敗しない買い方は見つけられないかと気になり、調べてみました。
EDINET(金融庁が運営する、決算の報告書などを公開するサイト)を調べると、上場企業の買収(M&A)が、有価証券報告書(上場企業が毎年出す決算の報告書。以下、有報)に6,000件以上載っていました。このうち、2016〜2022年度に行われ、分析に必要な情報がそろう2,429件を使って、「買収が失敗するかどうか」を予測する AI モデルを作ろうと思います。
結論としては、失敗しやすい買収とそうでない買収の失敗率に、約10倍の差をつけられました。
ここでの失敗は、買ったあと3年のうちに「払いすぎた」と認めた買収で、全体の6件に1件あります。AI が「危ない」と判定した上位20%の買収では、3件に1件が失敗していました。「安全」と判定した下位20%では、35件に1件です(2020年度以降の、AI を作るのに使っていない買収で確かめた結果)。

図1:2019年度までの買収で作った AI を、2020年度以降の869件で試した結果
使う数字は、相手の価値に上乗せして払った割合、業種の関係(同業種か、異業種か)、自社の自己資本比率、自社に対する買収の大きさで、どれも買う前に分かります。このうち自己資本比率では、借金の少ない会社ほど失敗していました。
分析の流れ
「買収の時点で分かる情報から、その買収が失敗するかを予測する」問題として、次の手順で分析していきます。
- 目的変数の定義:予測したい値、つまり何をもって「失敗」とするかを決める
- 探索的データ分析(EDA):データを集計・可視化して、失敗率を大きく分ける説明変数(予測に使う値)を探す
- 交絡の確認:見つけた差が、別の変数によって見かけ上生まれていないかを確かめる
- 予測モデルの構築と検証:2019年度までのデータで学習し、2020年度以降のデータで精度を測る
- スコアリング:検討中の買収候補に、失敗の確率を付ける
分析1:目的変数は「3年以内ののれんの減損」
まずは、買収の失敗をどう数えるかを決めましょう。
たとえば、ある会社が、ラーメン屋を丸ごと3,000万円で買ったとします。この店の価値は、次のように1,000万円です(会計では、この額を純資産と呼びます)。
| 金額 | |
|---|---|
| 店が持っているもの(厨房の機器・食材・レジの現金など) | 1,300万円 |
| 店が抱えている借金 | −300万円 |
| 店の価値(持っているもの − 借金) | 1,000万円 |
| 買った値段 | 3,000万円 |
| 上乗せ(買った値段 − 店の価値) | 2,000万円 |
店を売り払って借金を返せば、1,000万円が残る店です。それに3,000万円を払ったのは、「この味と常連客なら、これから稼げる」と期待したからです。この期待に払った2,000万円が上乗せです。買う側が自分のお金で払ったか、銀行から借りて払ったかは、上乗せの計算には関係ありません。
買ったあとで、期待したほど儲からないと分かることがあります。そのとき会社は、上乗せした2,000万円の価値を引き下げ、その分を損失にします。会計では、この上乗せをのれん、引き下げることを減損と呼びます。つまり減損は、会社が自分で「払いすぎた」と認めた記録です。
有報には、どの会社をいくらで買い、上乗せがいくらだったかが書いてあります。払いすぎを認めたときも、多くは相手の名前と一緒に書かれます。そこで、買収から3年のうちに、その買収の上乗せを損失にしたかを調べ、損失にした買収を「失敗」と数えます。2,429件のうち、失敗は15.6%でした。
分析2:EDA で、失敗率を分ける変数を探す
目的変数が決まったら、データを集計して、失敗しやすい買収の特徴を探しましょう。ある変数で買収を4つのグループに分け、グループごとの失敗率を比べます。買う目的、対価の種類、買収前の業績など10種類の変数を試すと、差がはっきり出たのは、上乗せ率、業種の関係、自己資本比率、自社に対する買収の大きさでした。

図2:どの変数も、低い側と高い側で失敗率に1.5〜2.7倍の差があった
一番差が大きかったのは上乗せ率です。払った金額のうち、相手の価値を超えて上乗せした分の割合で、ラーメン屋の例なら67%になります。上乗せが84%以上の買収は21.7%が失敗し、34%未満の買収(8.1%)の約2.7倍でした。
業種の関係は、有報に書かれた「買収した理由」を AI に読ませて、同業種・関連業種・異業種に分けています。異業種を買うと、失敗率は同業種の約2倍でした。
借金の少ない会社ほど失敗していた
買う側の自己資本比率は、会社の資産のうち、借金でなく自分のお金でまかなっている割合です。高いほど財務が健全だとされます。そういう会社なら、落ち着いて良い案件を選べそうに思えます。
結果は逆でした。自己資本比率が65%以上の会社の買収は20.7%が失敗し、34%未満の会社(10.4%)の約2倍でした。
理由はデータからは分かりません。筆者は、審査の違いではないかと考えています。借金をして買う会社は、銀行に計画を説明し、値段や見込みを問われます。自分のお金で買える会社には、その外からの審査がありません。
分析3:交絡を確かめると、「新規参入は危ない」には別の理由があった
ここでは、2つの変数を区別します。新規参入は、会社が有報に書いた買収の目的の分類で、これまでやっていなかった事業を始めるための買収を指します。業種の関係は、相手が買う会社と同業種か、関連業種か、異業種かの分類です。たとえば、食品メーカーが冷凍食品の会社を買って冷凍食品を新しく始めるなら、新規参入ですが、関連業種です。食品メーカーがソフトウェア会社を買うなら、新規参入で、しかも異業種です。
買う目的で比べると、新しい事業に参入するための買収は21.3%が失敗していました。それ以外の目的(14.6%)より高く、「新規参入は危ない」と言えそうです。

図3:新規参入の買収の39%は、異業種の買収だった。関連業種の買収だけで比べると、差は小さくなる
ところが、新規参入の買収の39%は、異業種の買収でした。ほかの目的では2%しかありません。関連業種の買収だけで比べ直すと、新規参入は17.5%、それ以外は15.8%で、差は小さくなりました。新規参入の失敗が多く見えた理由の多くは、異業種の買収が多く含まれていたことでした。
ある変数の差が、別の変数のせいで生まれていることは、データ分析ではよくあります。そこで4つの変数についても、ほかの条件をそろえて比べ直します。買収の大きさや年、買う目的などが同じくらいの買収どうしで比べるやり方です。4つとも、偶然では説明しにくい差が残りました。ただし業種の関係は、異業種の買収が187件と少なく、ぎりぎりの差でした。
分析4:4つの変数で予測モデルを作り、2020年度以降の買収で検証した
次に、この4つの変数から失敗の確率を出す予測モデル(AI)を作ります。AI といっても、使うのは機械学習の中で最も基本的な手法の1つ、ロジスティック回帰です。過去の買収から、それぞれの変数が失敗にどれだけ効くかの重みを学び、重みを掛けて足した値を0〜100%の確率に直します。
ただ、モデルを作ったのと同じデータで成績を測ると、成績は良く見えがちです。そこで、データを時期で分けて検証します(時系列のホールドアウト検証)。2019年度までの買収850件だけでモデルを作り、モデルを作るのに使っていない2020年度以降の869件で精度を測ります。結果が冒頭の図1です。検証に使った869件の失敗率は17.3%で、モデルが「安全」と判定した下位20%では2.9%、「危ない」と判定した上位20%では29.9%でした。目的や業績などの変数を足したモデルも試しましたが、当たり方はほとんど変わりませんでした。
ただし、この検証の結果は、実際より良く出ている可能性があります。4つの説明変数は、2020年度以降も含む全期間のデータを眺めて選びました。2019年度までのデータだけで見ても、4つとも同じ向きの差は出ています。
また、1件ずつは当たりません。「危ない」と判定した上位20%でも、3件のうち2件は失敗していません。このモデルの使い道は、候補に順位を付け、確率の高い候補ほど慎重に審査することです。
分析5:検討中の買収候補をスコアリングする
このモデルは、買収の候補を絞るときに使えます。架空の A 社(総資産500億円、自己資本比率55%)が、4社の買収を検討しているとします。候補ごとに、想定の買収額、相手の純資産(ラーメン屋の例の1,000万円に当たる額。一部だけ買うなら、その割合を掛けた額)、業種の関係を CSV に書いて、モデルに入れます。金額の単位は億円です。
$ cat candidates.csv
name,price,target_net_assets,acquirer_assets,equity_ratio,relatedness
B社,15,12,500,0.55,同業種
C社,20,6,500,0.55,関連業種
D社,30,3,500,0.55,異業種
E社,40,2,500,0.55,同業種
$ uv run python -m ledger.scorer candidates.csv
B社 9.0%
C社 18.3%
E社 20.7%
D社 34.2%

図4:同業種でも、高く買う E 社は、過去の平均(15.5%)より危ない
ここでの平均15.5%は、モデルを作るのに使った1,719件の失敗率です。同業種でも、上乗せ率が95%の E 社は21%で、平均より危なくなります。
買収額だけを変えて計算すると、値段によって確率がどう変わるかも見られます。

図5:C 社の買収額だけを変えて、モデルに入れたときの失敗の確率
C 社の場合、買収額が14億円を超えると、モデルの見積もりが過去の平均を上回ります。いまの提示額の20億円なら18%です。
この数字は、値段を下げれば失敗しない、という意味ではありません。過去の似た買収のうち、払いすぎを認めたものがどれだけあったかの見積もりです。相手の事業の将来性は入っていません。モデルの確率は、危ない側で実際より低めに出る傾向もあります(最も危ない20%で、見積もりの平均は20%、実際は30%)。値段を考えるときの材料の1つとして使ってください。
自社向けに作り直すこともできます。同じ業種の買収だけで学習し直せば、その業界の傾向に合ったモデルになります。ただし件数が少ないと結果がぶれるので、関連業種をまとめて件数を確保する必要があります。自社の過去の買収の結果や、自社で集められる変数(相手の売上の伸びなど)を足すこともできます。
この分析で言えないこと
原因とまでは言えません。 上乗せ率が高い買収は、もともと難しい案件なのかもしれません。安く買えば必ずうまくいく、とは言えません。
失敗を少なめに数えている可能性があります。 買収から3年後の有報がない会社(上場をやめた会社など)の買収は外しました。また、有報に相手の名前と一緒に損失が書かれていなければ、失敗していないと数えています。
会計のルールや業種の違いはそろえていません。 日本の会計基準と国際会計基準では、上乗せの扱いが違います。国際会計基準の会社の失敗率は8.2%、日本基準の会社は16.3%でした。自己資本比率の差などに、この違いが混ざっている可能性があります。
自分で試すには
買収の台帳(CSV)と、データの取得からモデル・図までのコードを公開しています。台帳を使えば、自分の業界の買収だけで同じ比較ができます。
- 台帳:https://github.com/Asmirai/edinet-ma-ledger/releases/tag/ledger-2026-10
- コード(MIT ライセンス):https://github.com/Asmirai/edinet-ma-ledger
付録:データとモデル
データ。 有報3万7,551件(2016年10月〜2025年9月提出)から、買収について書いた部分(「企業結合等関係」の注記)を取り出しました。これを AI に読ませ、買収ごとに相手の名前・買った日・払った金額・上乗せ(のれん)を表にしました。重複を1件にすると6,324件です。そのうち上乗せがあり、3年後までの有報がそろう2,429件で分析しました。抜き出しの誤りは、156件を原文と見比べて確かめ、金額の誤りは2件(1.3%)でした。
失敗の判定。 3年後までの有報から、「減損」と相手の名前の両方を含む箇所を拾い、AI に読ませて、その買収の上乗せを損失にしたかを確かめました。
モデル。 4つの説明変数(上乗せ率、買収額÷自社の総資産の対数、自社の自己資本比率、業種の関係)のロジスティック回帰です。4つがそろう1,719件を使いました。自己資本比率は2017年度の買収から読めるので、モデルは2017〜2022年度の買収です。2019年度までの850件で学習し、2020年度以降の869件で確かめた AUC(当たり具合を表す値。0.5で当てずっぽう、1で全問正解)は0.69でした。2019年度の買収の成否は2022年度まで決まらないため、検証の期間と少し重なります。図4と図5のモデルは、1,719件すべてで学習し直したものです。
選ばなかった目的変数。 買収の成否を、買った会社の利益率(ROA。資産全体でどれだけ利益を出したか)が上がったかどうかで測る方法も試しました。この目的変数で作ったモデルは、当てずっぽうと変わりませんでした(AUC 0.51)。買収の約半分は、買い手の総資産の2%に届かないからです(図6)。総資産1,000億円の会社が20億円の会社を買っても、会社全体の利益は、本業の景気や為替のほうがずっと大きく動かします。そのため、1件の買収に結びつく減損を目的変数にしました。
ほかの条件をそろえた比較。 買収の大きさ、目的、業種の関係、対価(現金か株式か)、買う会社の財務と業績、買収した年を同時に入れたロジスティック回帰で確かめました。
出典:EDINET閲覧(提出)サイト(https://disclosure2.edinet-fsa.go.jp/ )、公共データ利用規約(第1.0版)(https://www.digital.go.jp/resources/open_data/public_data_license_v1.0 )。合同会社Asmirai が、有価証券報告書から AI を使って買収の記載を抜き出し、加工したものです。国が作成した情報そのものではありません。
