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Kramers-Kronig 関係を物理の言葉で理解する:因果律・複素応答・Sokhotski-Plemelj 公式

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Last updated at Posted at 2026-05-10

はじめに

物理学では、ある入力を加えたときに系がどう応答するかを調べることが非常に多い。電場を加えれば物質は分極し、電圧を加えれば回路に電流が流れ、光を入れれば媒質は屈折し、ある周波数では吸収も起こる。これらは一見すると別々の現象に見えるが、周波数領域で見ると、どれも「応答関数」という同じ言葉で記述できる。

Kramers-Kronig 関係は、この応答関数の実部と虚部が独立ではないことを述べる公式である。たとえば誘電率を

\varepsilon(\omega)
=
\varepsilon_1(\omega)
+
i\varepsilon_2(\omega)

と書くと、実部 $\varepsilon_1(\omega)$ は主に分散、つまり波の位相速度や屈折に関係し、虚部 $\varepsilon_2(\omega)$ は吸収に関係する。直感的には、屈折と吸収は別々の現象のように見える。しかし Kramers-Kronig 関係は、因果律を満たす線形応答では、吸収があるなら分散も必ずそれに対応して変化しなければならない、と教えてくれる。

この記事の目標は、Kramers--Kronig 関係を単に公式として覚えるのではなく、

\text{因果律}
\quad\rightarrow\quad
\text{応答関数の解析性}
\quad\rightarrow\quad
\text{Sokhotski-Plemelj}
\quad\rightarrow\quad
\text{Kramers-Kronig}

という流れで理解することである。

複素関数論をほとんど忘れていても読めるように、必要な考え方は途中で思い出しながら進める。

qiita_kk.png

補足:Kramers–Kronig 関係の読み方と歴史

Kramers–Kronig 関係は、日本語では通常

クラマース・クローニッヒ関係

と読む。

この名前は、次の2人の物理学者に由来している:

  • Hendrik Anthony Kramers
  • Ralph Kronig

歴史的には、この関係は1920年代後半(1926–1927年頃) に、分散(dispersion)と吸収(absorption)の関係を理解する文脈で導入された。

当時の問題意識は、

「媒質が光を吸収するなら、その屈折率(位相)も必ず影響を受けるはずではないか?」

というものである。クラマースは量子論的な分散理論の中でこの関係に到達し、その後クローニッヒがより一般的な形として整理した。

現在知られている形では、

実部と虚部がヒルベルト変換で結ばれる

という関係として表される。この関係の本質は、単なる数学的偶然ではなく、

因果律(原因が結果に先行する)

という物理的要請から導かれる点にある。すなわち、系の応答が「未来の入力に依存しない」という条件を課すと、複素応答関数の実部と虚部は独立にはならず、このような積分関係で結びつく。

この意味で、Kramers–Kronig 関係は

「観測される吸収(虚部)から、見えない分散(実部)を再構成できる」

という非常に強力な原理であり、光学・電磁気学・物性物理・X線分光など、広い分野で基盤的な役割を果たしている。


1. 応答関数とは何か

まず、物理でよく出てくる線形応答を考える。ある外力、電場、電圧などの入力を $f(t)$ とし、それに対する出力を $x(t)$ とする。線形応答では、出力は入力の重ね合わせとして書ける。

ただし、物理的な系では、時刻 $t$ の応答 $x(t)$ は、未来の入力には依存できない。時刻 $t$ より前に加えられた入力だけが、現在の応答に影響できる。この性質が因果律である。

そのため、応答は次のように書ける。

x(t)
=
\int_{-\infty}^{\infty}
\chi(t-t') f(t')\,dt'

ここで $\chi(t-t')$ は応答関数である。$t'$ に入力を加えたとき、その影響が時刻 $t$ にどれだけ現れるかを表している。

因果律は、

\chi(t-t') = 0
\quad
(t<t')

という条件で表される。つまり、入力より前に応答は出ない。

変数を

\tau = t-t'

と書けば、

x(t)
=
\int_{-\infty}^{\infty}
\chi(\tau) f(t-\tau)\,d\tau

となり、因果律は

\chi(\tau)=0
\quad
(\tau<0)

である。

したがって、実際には積分範囲は

x(t)
=
\int_0^{\infty}
\chi(\tau) f(t-\tau)\,d\tau

と書ける。

この「応答関数が負の時間でゼロ」という性質が、Kramers--Kronig 関係の出発点である。


2. 周波数領域に移る

物理では、時間領域の畳み込みは、周波数領域では単なる積になる。フーリエ変換を

f(\omega)
=
\int_{-\infty}^{\infty}
f(t)e^{i\omega t}\,dt

と定義する。このとき逆変換は

f(t)
=
\int_{-\infty}^{\infty}
\frac{d\omega}{2\pi}
f(\omega)e^{-i\omega t}

である。

この規約を使うと、線形応答は周波数領域で

x(\omega)
=
\chi(\omega) f(\omega)

と書ける。ここで

\chi(\omega)
=
\int_{-\infty}^{\infty}
\chi(t)e^{i\omega t}\,dt

である。

しかし因果律により、$\chi(t)=0$ for $t<0$ なので、

\chi(\omega)
=
\int_0^{\infty}
\chi(t)e^{i\omega t}\,dt

となる。

この式が非常に重要である。Kramers--Kronig 関係の本質は、この積分の下限が $0$ になっていること、すなわち「未来からの応答がない」ことにある。


3. なぜ複素平面が出てくるのか

ここで、周波数 $\omega$ を実数だけでなく複素数に拡張して考える。つまり、

z = \omega + i\eta

とおく。すると応答関数は

\chi(z)
=
\int_0^{\infty}
\chi(t)e^{izt}\,dt

と書ける。

指数関数の部分をよく見ると、

e^{izt}
=
e^{i(\omega+i\eta)t}
=
e^{i\omega t}e^{-\eta t}

である。

ここで $\eta>0$、つまり $z$ が上半平面にあるとき、$e^{-\eta t}$ が大きな $t$ で減衰する。そのため、積分は非常に扱いやすくなる。これは、因果的な応答関数 $\chi(t)$ のフーリエ変換が、複素周波数平面の上半平面でよい性質を持つことを意味している。

もう少し数学的に言うと、$\chi(z)$ は上半平面で正則になる。正則という言葉は複素関数論の用語だが、ここでは「その領域で複素微分可能で、特異点がない」という意味だと思えばよい。

物理的には、これは非常に自然である。因果律を満たす応答は、周波数を少し複素数方向にずらしても破綻しない。特に上半平面では指数減衰のおかげで積分が安定する。

したがって、

\chi(t)=0 \quad (t<0)

という時間領域の因果律は、

\chi(z)\ \text{は上半平面で正則}

という周波数領域の性質に翻訳される。

これが Kramers-Kronig 関係の核心である。


4. Cauchy の積分公式を思い出す

ここで複素関数論の中心的な結果を使う。それが Cauchy の積分公式である。

ある関数 $F(z)$ が閉曲線 $C$ の内部とその上で正則であるとする。そのとき、閉曲線の内部の点 $z_0$ における値は、

F(z_0)
=
\frac{1}{2\pi i}
\oint_C
\frac{F(z)}{z-z_0}\,dz

で与えられる。

この公式の意味は、正則関数の値は、その周囲の境界上の値によって完全に決まるということである。これは実関数にはない、複素関数特有の非常に強い性質である。

Kramers-Kronig 関係では、$F(z)$ として応答関数 $\chi(z)$ を考える。そして、上半平面に閉じる積分経路を取る。

実軸上を $-\infty$ から $\infty$ まで進み、そのあと大きな半円で上半平面を通って戻る経路を考える。$\chi(z)$ が十分速く減衰すると仮定すれば、大きな半円上の積分はゼロになる。すると、閉曲線積分は実軸上の積分だけで決まる。

いま、$z_0$ を上半平面内の点とすると、

\chi(z_0)
=
\frac{1}{2\pi i}
\int_{-\infty}^{\infty}
\frac{\chi(\omega')}{\omega'-z_0}\,d\omega'

となる。

ここで $\omega'$ は実軸上の積分変数である。

この式は、上半平面内の応答関数の値が、実軸上の応答関数の値から再構成できることを意味している。


5. 実軸上に近づけると何が起こるか

Kramers-Kronig 関係で欲しいのは、実際の物理周波数 $\omega$ における関係である。つまり $z_0$ を実軸に近づけたい。

そこで、

z_0 = \omega + i\epsilon

とおき、$\epsilon>0$ として上半平面側から実軸に近づける。すると先ほどの式は

\chi(\omega+i\epsilon)
=
\frac{1}{2\pi i}
\int_{-\infty}^{\infty}
\frac{\chi(\omega')}{\omega' - \omega - i\epsilon}\,d\omega'

となる。

ここで問題になるのは、$\epsilon\to 0^+$ の極限である。分母が

\omega' - \omega - i\epsilon

になっているため、$\omega'=\omega$ の近くで特異的な振る舞いをする。

この極限を正しく扱う公式が Sokhotski--Plemelj 公式である。


6. Sokhotski-Plemelj 公式の直感

Sokhotski-Plemelj 公式は、次のように書かれる。

\frac{1}{x \mp i0}
=
\mathcal{P}\frac{1}{x}
\pm i\pi\delta(x)

ここで $\mathcal{P}$ は Cauchy の主値、$\delta(x)$ は Dirac のデルタ関数である。

この公式は最初に見るとかなり不思議である。なぜ単なる $1/x$ のような関数からデルタ関数が出てくるのか、直感的にはわかりにくい。

そこで、まず有限の $\epsilon$ で考える。

\frac{1}{x-i\epsilon}

を実部と虚部に分ける。分母分子に共役な $x+i\epsilon$ を掛けると、

\frac{1}{x-i\epsilon}
=
\frac{x+i\epsilon}{x^2+\epsilon^2}

である。したがって、

\mathrm{Re}
\frac{1}{x-i\epsilon}
=
\frac{x}{x^2+\epsilon^2}

かつ

\mathrm{Im}
\frac{1}{x-i\epsilon}
=
\frac{\epsilon}{x^2+\epsilon^2}

である。

まず実部を見る。$\epsilon$ が小さいとき、

\frac{x}{x^2+\epsilon^2}

は $x=0$ の近くを除けばほとんど $1/x$ である。しかし $x=0$ では発散を丸めた形になっている。極限としては、普通の関数としての $1/x$ ではなく、主値積分としての $1/x$ になる。つまり、

\lim_{\epsilon\to0^+}
\frac{x}{x^2+\epsilon^2}
=
\mathcal{P}\frac{1}{x}

である。

次に虚部を見る。

\frac{\epsilon}{x^2+\epsilon^2}

は $x=0$ の周りに鋭く集中した関数である。面積を計算すると、

\int_{-\infty}^{\infty}
\frac{\epsilon}{x^2+\epsilon^2}\,dx
=
\pi

である。したがってこれは、$\epsilon\to0^+$ で面積 $\pi$ のデルタ関数に近づく。

\lim_{\epsilon\to0^+}
\frac{\epsilon}{x^2+\epsilon^2}
=
\pi\delta(x)

したがって、

\lim_{\epsilon\to0^+}
\frac{1}{x-i\epsilon}
=
\mathcal{P}\frac{1}{x}
+
i\pi\delta(x)

となる。

これが

\frac{1}{x-i0}
=
\mathcal{P}\frac{1}{x}
+
i\pi\delta(x)

である。

同様に、

\frac{1}{x+i0}
=
\mathcal{P}\frac{1}{x}
-
i\pi\delta(x)

となる。

ここで重要なのは、$i0$ という記号は単なる飾りではないということである。極を実軸のどちら側から避けるかを指定しており、それによってデルタ関数の符号が変わる。

物理ではこの $i0$ が非常によく現れる。遅延 Green 関数、因果的応答、散乱振幅などで

\omega - \omega_0 + i0

のような形が出るのは、因果律や境界条件を指定しているのである。


7. Kramers--Kronig 関係を導く

先ほどの式に戻る。

\chi(\omega+i\epsilon)
=
\frac{1}{2\pi i}
\int_{-\infty}^{\infty}
\frac{\chi(\omega')}{\omega' - \omega - i\epsilon}\,d\omega'

ここで

x = \omega'-\omega

と見れば、

\frac{1}{\omega'-\omega-i0}
=
\mathcal{P}
\frac{1}{\omega'-\omega}
+
i\pi\delta(\omega'-\omega)

である。

したがって、

\chi(\omega)
=
\frac{1}{2\pi i}
\int_{-\infty}^{\infty}
\chi(\omega')
\left[
\mathcal{P}
\frac{1}{\omega'-\omega}
+
i\pi\delta(\omega'-\omega)
\right]
d\omega'

となる。

右辺を二つに分ける。

\chi(\omega)
=
\frac{1}{2\pi i}
\mathcal{P}
\int_{-\infty}^{\infty}
\frac{\chi(\omega')}{\omega'-\omega}
\,d\omega'
+
\frac{1}{2\pi i}
i\pi
\int_{-\infty}^{\infty}
\chi(\omega')
\delta(\omega'-\omega)
\,d\omega'

デルタ関数の積分は

\int_{-\infty}^{\infty}
\chi(\omega')
\delta(\omega'-\omega)
\,d\omega'
=
\chi(\omega)

なので、

\chi(\omega)
=
\frac{1}{2\pi i}
\mathcal{P}
\int_{-\infty}^{\infty}
\frac{\chi(\omega')}{\omega'-\omega}
\,d\omega'
+
\frac{1}{2}
\chi(\omega)

となる。

左辺に整理すると、

\frac{1}{2}
\chi(\omega)
=
\frac{1}{2\pi i}
\mathcal{P}
\int_{-\infty}^{\infty}
\frac{\chi(\omega')}{\omega'-\omega}
\,d\omega'

両辺に $2$ を掛けて、

\chi(\omega)
=
\frac{1}{\pi i}
\mathcal{P}
\int_{-\infty}^{\infty}
\frac{\chi(\omega')}{\omega'-\omega}
\,d\omega'

を得る。

ここで、

\frac{1}{i}=-i

なので、

\chi(\omega)
=
-\frac{i}{\pi}
\mathcal{P}
\int_{-\infty}^{\infty}
\frac{\chi(\omega')}{\omega'-\omega}
\,d\omega'

である。

応答関数を実部と虚部に分ける。

\chi(\omega)
=
\chi'(\omega)
+
i\chi''(\omega)

右辺に代入すると、

\chi'(\omega)
+
i\chi''(\omega)
=
-\frac{i}{\pi}
\mathcal{P}
\int_{-\infty}^{\infty}
\frac{\chi'(\omega')+i\chi''(\omega')}
{\omega'-\omega}
\,d\omega'

積分の中を分けると、

\chi'(\omega)
+
i\chi''(\omega)
=
-\frac{i}{\pi}
\mathcal{P}
\int_{-\infty}^{\infty}
\frac{\chi'(\omega')}
{\omega'-\omega}
\,d\omega'
+
\frac{1}{\pi}
\mathcal{P}
\int_{-\infty}^{\infty}
\frac{\chi''(\omega')}
{\omega'-\omega}
\,d\omega'

なぜなら、

-i \cdot i = 1

だからである。

右辺の実部は第二項、虚部は第一項である。したがって、

\chi'(\omega)
=
\frac{1}{\pi}
\mathcal{P}
\int_{-\infty}^{\infty}
\frac{\chi''(\omega')}
{\omega'-\omega}
\,d\omega'

かつ

\chi''(\omega)
=
-\frac{1}{\pi}
\mathcal{P}
\int_{-\infty}^{\infty}
\frac{\chi'(\omega')}
{\omega'-\omega}
\,d\omega'

となる。

これが Kramers--Kronig 関係である。


8. 物理的には何を言っているのか

この式は、実部と虚部が互いに Hilbert 変換で結ばれていることを表している。数学的には少し難しく見えるが、物理的な意味は非常に明快である。

応答関数の虚部 $\chi''(\omega)$ は、多くの場合、吸収や散逸を表す。一方、実部 $\chi'(\omega)$ は、分散や位相のずれを表す。

Kramers--Kronig 関係は、吸収スペクトル $\chi''(\omega)$ を全周波数で知っていれば、分散 $\chi'(\omega)$ が計算できることを意味する。逆に、分散を全周波数で知っていれば、吸収も決まる。

つまり、吸収と分散は別々の物理ではない。同じ因果的応答の、実部と虚部として現れているだけである。

これは光学で非常に重要である。物質がある周波数で光を吸収すると、その周波数の近くで屈折率も急激に変化する。吸収線の近くで屈折率が大きく変化する現象は、異常分散として知られている。これはまさに Kramers--Kronig 関係の物理的な現れである。


9. ローレンツ型応答で見る

具体例として、最も単純な一次遅れ応答を考える。

\chi(\omega)
=
\frac{\chi_0}{1-i\omega\tau}

ここで $\tau$ は緩和時間である。この形は、時間領域で

\tau \frac{dx}{dt} + x = \chi_0 f(t)

のような一次微分方程式から出てくる。

実部と虚部に分けるため、分母分子に $1+i\omega\tau$ を掛ける。

\chi(\omega)
=
\chi_0
\frac{1+i\omega\tau}{1+(\omega\tau)^2}

したがって、

\chi'(\omega)
=
\chi_0
\frac{1}{1+(\omega\tau)^2}

かつ

\chi''(\omega)
=
\chi_0
\frac{\omega\tau}{1+(\omega\tau)^2}

である。

実部は偶関数であり、虚部は奇関数である。この形は偶然ではない。時間領域の応答 $\chi(t)$ が実関数であれば、周波数領域では

\chi(-\omega)=\chi(\omega)^*

が成り立つ。そのため、実部は偶関数、虚部は奇関数になる。

しかし、Kramers--Kronig 関係が言っているのはそれだけではない。偶奇性は実関数のフーリエ変換としての性質であり、実部と虚部の対称性を述べている。一方、Kramers--Kronig 関係は、因果律によって実部と虚部の形そのものが互いに決まることを述べている。

つまり、

\text{実時間応答が実数}
\quad\Longrightarrow\quad
\chi'(\omega)\ \text{は偶関数},\quad
\chi''(\omega)\ \text{は奇関数}

であるのに対して、

\text{因果律}
\quad\Longrightarrow\quad
\chi'(\omega)\ \text{と}\ \chi''(\omega)\ \text{は Hilbert 変換で結ばれる}

である。

この二つは似ているが、同じではない。


10. インピーダンスで見る Kramers--Kronig 関係

電気回路では、電圧と電流の比としてインピーダンスを定義する。

Z(\omega)
=
\frac{V(\omega)}{I(\omega)}

一般に、

Z(\omega)
=
R(\omega)
+
iX(\omega)

と書ける。$R(\omega)$ は抵抗成分、$X(\omega)$ はリアクタンス成分である。

抵抗成分はエネルギー散逸に関係し、リアクタンス成分はエネルギー蓄積に関係する。直感的には、抵抗とリアクタンスは別々に見える。しかし、因果的で安定な線形回路では、$R(\omega)$ と $X(\omega)$ も独立ではない。

インピーダンスが因果的な応答関数であれば、

R(\omega)
=
\frac{1}{\pi}
\mathcal{P}
\int_{-\infty}^{\infty}
\frac{X(\omega')}
{\omega'-\omega}
\,d\omega'

および

X(\omega)
=
-\frac{1}{\pi}
\mathcal{P}
\int_{-\infty}^{\infty}
\frac{R(\omega')}
{\omega'-\omega}
\,d\omega'

が成り立つ。

TES のインピーダンス測定でも、この考え方は背景にある。ある周波数で抵抗成分が変化するなら、それに対応してリアクタンス成分も変化する。したがって、複素インピーダンスの軌跡は任意に描けるわけではなく、因果律と安定性による制約を受ける。

たとえば

Z(\omega)
=
A+
\frac{B}{1+i\omega\tau}

のような形は、単なるフィット関数ではない。これは時間領域で指数関数的に緩和する因果的な一次応答を表しており、そのため実部と虚部は Kramers--Kronig 関係を満たす。


11. なぜ主値積分が出てくるのか

Kramers--Kronig 関係の式には、必ず主値積分が出てくる。

\mathcal{P}
\int_{-\infty}^{\infty}
\frac{\chi''(\omega')}
{\omega'-\omega}
\,d\omega'

これは、積分核 $1/(\omega'-\omega)$ が $\omega'=\omega$ で発散するからである。

しかし、この発散は物理量が本当に無限大になるという意味ではない。$\omega'=\omega$ の点の左右から対称に近づけて、発散する部分を相殺しながら積分する、という意味で定義される。

具体的には、

\mathcal{P}
\int_{-\infty}^{\infty}
\frac{f(\omega')}
{\omega'-\omega}
\,d\omega'
=
\lim_{\epsilon\to0^+}
\left[
\int_{-\infty}^{\omega-\epsilon}
\frac{f(\omega')}
{\omega'-\omega}
\,d\omega'
+
\int_{\omega+\epsilon}^{\infty}
\frac{f(\omega')}
{\omega'-\omega}
\,d\omega'
\right]

である。

Sokhotski--Plemelj 公式では、この主値部分とデルタ関数部分が同時に現れる。主値部分は「極を避けて残る分散的な寄与」、デルタ関数部分は「極そのものの寄与」と見ることができる。

物理では、この二つがしばしば「分散」と「吸収」に対応する。


12. Green 関数との関係

Kramers--Kronig 関係は、線形応答だけでなく Green 関数にも現れる。

遅延 Green 関数は

G^R(t)=0
\quad
(t<0)

を満たす。つまり、原因より前に応答しない。したがって、$G^R(\omega)$ は上半平面で解析的であり、Kramers--Kronig 関係を満たす。

量子多体物理では、Green 関数の虚部はスペクトル密度に関係し、実部はエネルギーシフトに関係する。自己エネルギー $\Sigma(\omega)$ でも同じである。

虚部が有限であることは、粒子や励起の寿命が有限であることを意味する。一方、実部はそのエネルギー準位のシフトを表す。Kramers--Kronig 関係は、寿命の効果とエネルギーシフトが独立ではないことを示している。

これは非常に物理的である。媒質や相互作用によって励起が減衰するなら、その同じ相互作用はエネルギーもずらす。散逸だけを入れて分散を無視する、あるいは分散だけを入れて散逸を無視する、ということは一般には因果律と矛盾する。


13. 光学と X 線での意味

光学では複素屈折率を

\tilde{n}(\omega)
=
n(\omega)+i\kappa(\omega)

と書く。$n(\omega)$ は通常の屈折率、$\kappa(\omega)$ は消衰係数である。

吸収係数 $\alpha(\omega)$ は $\kappa(\omega)$ と関係しており、

\alpha(\omega)
=
\frac{2\omega}{c}\kappa(\omega)

である。

したがって、吸収を測定すれば、Kramers--Kronig 関係を通じて屈折率の変化を知ることができる。逆に、屈折率の周波数依存性から吸収の情報を得ることもできる。

X線領域では、屈折率はしばしば

\tilde{n}
=
1-\delta+i\beta

と書かれる。ここで $\beta$ は吸収、$\delta$ は位相シフトに関係する。吸収端の近くで $\beta$ が大きく変化すると、Kramers--Kronig 関係により $\delta$ も変化する。

XAFS や XANES では、吸収端近傍の微細構造を見るが、その背後には「吸収構造と分散構造は独立ではない」という Kramers--Kronig 的な構造がある。


14. 何を覚えるべきか

Kramers--Kronig 関係を暗記する必要はあまりない。むしろ重要なのは、次の流れを理解することである。

物理系が因果律を満たすとは、時間領域の応答関数が

\chi(t)=0
\quad
(t<0)

を満たすということである。これは、「入力より前に応答は出ない」という非常に素朴な物理的要請である。

この応答関数を周波数領域で見るために、まず通常のフーリエ変換を考える。物理的に観測する周波数は実数なので、最初は

\chi(\omega)
=
\int_0^\infty
\chi(t)e^{i\omega t}\,dt

と書けばよい。ここで $\omega$ は実数の周波数である。実験で測定する応答関数も、基本的にはこの実軸上の $\chi(\omega)$ である。

しかし、Kramers--Kronig 関係を導くためには、この実数の周波数 $\omega$ を一度、複素数に拡張して考える。つまり、

z=\omega+i\eta

という複素周波数を導入し、

\chi(z)
=
\int_0^\infty
\chi(t)e^{izt}\,dt

を考える。

これは「物理的に複素数の周波数を直接測る」という意味ではない。実際に測るのは、あくまで実軸上の $\chi(\omega)$ である。しかし、右辺の積分は $\omega$ を複素数 $z$ に置き換えても数学的に意味を持つ場合がある。そのため、実軸上で定義されていた応答関数を、複素周波数平面へ延長して考えることができる。

このように実数周波数上の応答を複素平面へ広げることで、因果律が持つ制約を非常に見通しよく表せるようになる。Kramers--Kronig 関係で複素関数論が出てくる理由は、まさにここにある。

実際、$z=\omega+i\eta$ とすると、

e^{izt}
=
e^{i(\omega+i\eta)t}
=
e^{i\omega t}e^{-\eta t}

である。したがって、$\eta>0$、つまり $z$ が上半平面にあるときには、因子 $e^{-\eta t}$ によって大きな $t$ の寄与が抑えられる。

ただし、ここには一つ大事な注意がある。因果律だけで、ただちに $\chi(z)$ が上半平面全体で正則になるわけではない。積分

\chi(z)
=
\int_0^\infty
\chi(t)e^{izt}\,dt

が収束するためには、$\chi(t)$ が十分速く減衰する、あるいは少なくとも $e^{\eta t}$ より速く増大しない、という条件が必要である。

たとえば、もし応答関数が大きな $t$ で

\chi(t)
\sim
e^{a t}
\quad
(a>0)

のように増大するとする。このとき、

\chi(t)e^{izt}
=
\chi(t)e^{i\omega t}e^{-\eta t}
\sim
e^{(a-\eta)t}e^{i\omega t}

となる。したがって、この積分が収束するのは

\eta>a

すなわち

\mathrm{Im}\,z>a

の領域に限られる。この場合、$\chi(z)$ は上半平面全体で正則とは言えず、より上側の領域でだけ正則になる。

したがって、厳密には

\text{因果律}
+
\text{安定性・収束条件}
\quad
\Longrightarrow
\quad
\chi(z)\ \text{は上半平面で解析的}

と理解するのが正確である。

物理で通常考える安定な線形応答では、インパルス応答が時間とともに無制限に増大することはない。むしろ、十分時間が経てば応答は減衰するか、少なくとも積分が意味を持つ程度に制御されている。そのため、物理ではしばしば簡潔に

\text{因果律を満たす応答関数は上半平面で解析的である}

と述べられる。しかし、この短い言い方の背後には、応答が物理的に安定であるという仮定が含まれている。

この条件の下で、$\chi(z)$ は上半平面で特異点を持たない解析的な関数になる。時間領域での因果律

\chi(t)=0
\quad
(t<0)

は、複素周波数平面では

\chi(z)\ \text{が上半平面で解析的である}

という性質に翻訳されるのである。

ここまで来ると、複素関数論の Cauchy の積分公式が使える。上半平面で正則な関数は、実軸上の値によって強く制限される。そこで、上半平面に閉じる積分経路を考え、Cauchy の積分公式を用いると、上半平面内の点における $\chi(z)$ を実軸上の $\chi(\omega')$ で表すことができる。

その後、上半平面内の点を実軸へ近づける。具体的には、

z=\omega+i\epsilon
\quad
(\epsilon>0)

として、最後に $\epsilon\to0^+$ の極限を考える。このとき、積分の分母には

\omega'-\omega-i0

のような形が現れる。これは、実軸上の極をどちら側から避けるかを指定している。

この極の扱いを正しく表すのが Sokhotski--Plemelj 公式である。

\frac{1}{x\mp i0}
=
\mathcal{P}\frac{1}{x}
\pm i\pi\delta(x)

ここで $\mathcal{P}$ は Cauchy の主値、$\delta(x)$ は Dirac のデルタ関数である。この公式は、実軸上の特異点をもつ積分を、主値積分の部分と、極そのものから来るデルタ関数の部分に分ける公式である。

この Sokhotski--Plemelj 公式を使うことで、応答関数の実部と虚部が主値積分で結ばれる。

\chi'(\omega)
=
\frac{1}{\pi}
\mathcal{P}
\int_{-\infty}^{\infty}
\frac{\chi''(\omega')}
{\omega'-\omega}
\,d\omega'
\chi''(\omega)
=
-\frac{1}{\pi}
\mathcal{P}
\int_{-\infty}^{\infty}
\frac{\chi'(\omega')}
{\omega'-\omega}
\,d\omega'

これが Kramers--Kronig 関係である。

要するに、Kramers--Kronig 関係とは、複素周波数という数学的な道具を使って、因果律と安定性が応答関数の実部と虚部に課す制約を取り出したものである。実際に観測するのは実数周波数上の応答だが、その背後にある「複素平面での解析性」が、吸収と分散を結びつけている。

この見方をすると、Kramers--Kronig 関係は単なる公式ではなく、

\text{未来には応答しない}

という時間領域の物理的条件が、

\text{実部と虚部は独立ではない}

という周波数領域の制約として現れたものだと理解できる。


15. おわりに

Kramers--Kronig 関係は、単なる複素積分の公式ではない。それは、物理系が因果律を満たすことの周波数領域での表現である。

吸収と分散、抵抗とリアクタンス、減衰とエネルギーシフトは、一見すると別々の物理量に見える。しかし、それらは同じ複素応答関数の実部と虚部であり、因果律によって互いに結びついている。

この視点を持つと、Kramers--Kronig 関係は急に身近になる。複素関数論の難しい定理としてではなく、

\text{原因が先にあり、応答が後に来る}

という当たり前の物理的要請が、

\text{実部と虚部は独立ではない}

という強い数学的制約に変わったものとして理解できる。

そして、その橋渡しをしているのが Sokhotski--Plemelj 公式である。$i0$ は単なる記号ではない。それは極をどちら側から避けるか、すなわち物理的にはどの境界条件を選ぶかを指定している。

Kramers--Kronig 関係を理解することは、応答関数を理解することに等しい。応答関数を理解することは、測定、分光、回路、プラズマ、物性、場の理論に共通する物理の言葉を理解することでもある。

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