はじめに
Irwin & Hilton の 2.3 節では、TES の熱・電気応答を記述する小信号方程式を作った。そこでは、TES の状態変数として電流 $I$ と温度 $T$ を選び、定常バイアス点のまわりで
I(t)=I_0+\delta I(t)
T(t)=T_0+\delta T(t)
と分け、線形化された連立微分方程式を得た。
2.6 節 “Thermodynamic noise” では、この線形応答系に ノイズ源を入れる。ここでいうノイズとは、単に読み出し回路の雑音ではない。TES は抵抗を持ち、熱浴と熱的につながっている。したがって、散逸を持つ物理系として、避けられない熱力学的ゆらぎを持つ。
Irwin & Hilton の 2.6 節は、単にノイズ公式を並べている章ではない。むしろ、
2.3 節で作った線形応答系に、熱力学的ゆらぎをランダムな駆動力として入れ、その出力を入力換算して、最後に NEP とエネルギー分解能へ接続する章
として読むと見通しがよい。
簡単なまとめ
本稿では、2.6 節を次の流れとして読む。
小信号方程式
↓
散逸を持つ場所を探す
↓
そこに熱力学的ゆらぎを入れる
↓
ノイズ源を線形応答で出力電流へ伝播させる
↓
出力ノイズを入力パワーに換算する
↓
NEP とエネルギー分解能を評価する
1. 2.6 節の目的は何か
2.6 節の目的は、TES のノイズ源を列挙することではない。より本質的には、
2.3 節で作った TES の線形応答系に、熱力学的なランダム駆動力を入れ、その駆動力が出力電流にどう現れるかを計算すること
である。
2.3 節では、信号入力として
\delta P
や
\delta V
を考えた。2.6 節では、それらが決定論的な信号ではなく、確率的なゆらぎになる。
つまり、$\delta P(t)$ が信号パワーなら、それは検出したい量である。一方、$\delta P_{\rm TFN}(t)$ は熱リンクを通じてランダムに出入りする熱流であり、測定を乱すノイズである。
同様に、$\delta V(t)$ が外部から加えた電圧信号なら、それはインピーダンス測定の入力である。一方、$e_J(t)$ は TES 抵抗や load resistor が熱的に発生する Johnson voltage noise であり、これも測定を乱すノイズである。
したがって、2.6 節は、
信号応答の理論を、そのままノイズ応答の理論へ拡張する章
である。
2. なぜ熱力学的ノイズが出るのか
散逸があるところには、ゆらぎがある。
電気抵抗 $R$ は電気エネルギーを熱に変える。これは散逸である。したがって、その抵抗には Johnson/Nyquist noise が伴う。
熱コンダクタンス $G$ は、TES と熱浴の間で熱エネルギーを流す。これも散逸である。したがって、その熱リンクには thermal fluctuation noise, TFN が伴う。
この考え方の背後には fluctuation-dissipation theorem, FDT がある。FDT の心は、
エネルギーを散逸する経路は、同時に熱ゆらぎを注入する経路でもある
ということである。
TES 検出器の全ノイズは、TES 自身の Johnson/Nyquist noise、読み出し・バイアス回路側の Johnson noise、熱リンクを通じた thermal fluctuation noise などの組み合わせとして扱われる。近年の TES レビューでも、これらは TES 検出器の基本的な内部・外部ノイズ源として整理されている。(MDPI)
3. まず「状態変数」と「共役力」を見つける
2.6 節で大事なのは、いきなりノイズ式を書くのではなく、どの状態変数に対して、どの駆動力が対応しているのかを確認することである。
2.3 節では、状態変数は
I,\qquad T
だった。
電気側では、状態変数は電流 $I$ である。電気回路の駆動力に相当する量は電圧 $V$ である。
インダクタンス $L$ に蓄えられるエネルギーは
E_L=\frac{1}{2}LI^2
である。電流を変化させる駆動力は電圧であり、回路方程式では
V=L\frac{dI}{dt}
として現れる。
つまり、電気側では
I \leftrightarrow V
という対応がある。
熱側では、Irwin & Hilton は温度 $T$ をゆらぐ状態変数として扱う。熱入力側の駆動力は、温度変化を駆動するパワー、すなわち熱流 $P$ である。
直感的には、
T \leftrightarrow P
である。
この対応を意識すると、ノイズ源をどこに入れるべきかが見える。
電気抵抗のノイズは電圧ノイズとして電気方程式に入る。熱リンクのノイズはパワーノイズとして熱方程式に入る。
4. ノイズ源は「ランダムな駆動力」として入れる
FDT では、ゆらぎを「ランダムな力」として表すことが多い。電気回路で言えば、抵抗の Johnson noise を、抵抗に直列に入ったランダム電圧源として扱う。
熱回路で言えば、TFN を、熱方程式に加わるランダムなパワー源として扱う。
したがって、2.6 節で考えるノイズ源は、大きく分けると次の四つになる。
1. TES Johnson noise
TES 抵抗そのものが出す電圧ノイズ
2. Load Johnson noise
負荷抵抗 R_L が出す電圧ノイズ
3. Thermal fluctuation noise, TFN
TES と熱浴の間の熱流ゆらぎ
4. Amplifier noise
SQUID など読み出し系の入力電流換算ノイズ
これらは、それぞれ入る場所が違う。
TES Johnson noise と load Johnson noise は電気方程式に入る。TFN は熱方程式に入る。amplifier noise は、多くの場合、読み出し電流に直接足されるノイズとして扱う。
5. ここで重要:TES は厳密な平衡系ではない
ここは 2.6 節で非常に重要な注意点である。
FDT は本来、熱平衡にある線形系に対して厳密に成り立つ。しかし TES は、バイアス電流が流れ、Joule heating があり、TES 温度 $T_0$ は熱浴温度 $T_{\rm bath}$ と一致していない。さらに TES 抵抗 $R(T,I)$ は温度・電流に依存する非線形素子である。
したがって、TES は厳密には平衡系ではない。
ここが非常に大切である。
つまり 2.6 節のノイズ理論は、
完全に厳密な非平衡統計力学ではなく、線形小信号応答の上に置かれた近似的な熱力学ノイズモデル
である。この点を踏まえないと、「公式はあるが、なぜこうしてよいのか」が分からなくなる。
6. LEA: Linear Equilibrium Ansatz とは何か
Irwin & Hilton は、TES ノイズを扱うために、Mather に由来する linear equilibrium ansatz, LEA を使う。
LEA の心は、
TES は厳密には非平衡・非線形系だが、各散逸要素のノイズ強度は、局所的には平衡・線形の場合と同じ形で近似する
ということである。
この近似では、TES 抵抗の Johnson noise は
S_{V,{\rm TES}}
=
4k_B T_0 R_0
load resistor の Johnson noise は
S_{V,L}
=
4k_B T_L R_L
TFN は
S_{P,{\rm TFN}}
=
4k_B T_0^2G\,F(T_0,T_{\rm bath})
のように書く。
ここで $F(T_0,T_{\rm bath})$ は、TES と熱浴の温度差や熱伝導の温度依存性を補正する無次元因子である。
この式の心は単純である。
- 電気抵抗は電圧ノイズを出す。
- 熱コンダクタンスはパワーノイズを出す。
- ノイズ強度は、温度、散逸の大きさ、Boltzmann 定数で決まる。
7. NLEA: 非線形性を少しだけ入れる
TES 抵抗は本当は線形抵抗ではない。電流依存性があり、
\beta_I
=
\left.
\frac{\partial \log R}{\partial \log I}
\right|_{T_0}
がゼロでない。
そのため、Johnson noise も単純な
4k_BT_0R_0
だけでは足りない可能性がある。
Irwin & Hilton は、これを近似的に取り込むため、
S_{V,{\rm TES}}
=
4k_BT_0R_0\,\xi(I_0)
と書く。
ここで $\xi(I_0)$ は、電流依存非線形性による補正因子である。線形近似では
\xi(I_0)=1
であり、より高次の近似では $\beta_I$ に関係した補正を入れることがある。
ここで大切なのは、
TES Johnson noise の式は、普通の抵抗の Johnson noise をそのまま機械的に使っているだけではない。TES の非線形性をどう近似するかという問題を含んでいる。
ということである。
近年のレビューでも、TES の Johnson noise には非線形・非平衡性を反映する補正因子や、実験的に観測される excess noise の問題が含まれることが整理されている。(MDPI)
8. ノイズを出力電流へ伝播させる
ノイズ源の強度を決めたら、次にやることは、それらのノイズ源が TES の出力電流にどう現れるかを計算することである。
ここで 2.3 節の線形応答関数が必要になる。
たとえば、TFN は熱方程式に入るパワーノイズである。信号パワー $\delta P$ に対する電流応答が
s_I(\omega)
=
\frac{\delta I(\omega)}{\delta P(\omega)}
だったので、TFN による電流ノイズは
S_{I,{\rm TFN}}(\omega)
=
S_{P,{\rm TFN}}\,|s_I(\omega)|^2
となる。
これは非常に分かりやすい。
TFN は、入力信号パワーと同じ入口から入る。したがって、信号と同じ responsivity を通って電流ノイズになる。
一方、TES Johnson noise や load resistor noise は電圧ノイズとして電気方程式に入る。そのため、それぞれに対して「電圧ノイズから電流への応答」を使う必要がある。
Irwin & Hilton は、internal voltage noise と external voltage noise に対する admittance をそれぞれ
Y_{\rm int}(\omega)
Y_{\rm ext}(\omega)
として定義し、これを使って電流ノイズを計算する。
9. 「内部ノイズ」と「外部ノイズ」を区別する理由
ここは初学者が非常に混乱しやすいところである。
TES Johnson noise と load resistor Johnson noise は、どちらも電圧ノイズに見える。しかし、それらは同じ応答で出力電流に現れるわけではない。
TES Johnson noise は、TES 抵抗そのものに付随する内部ノイズである。これは電熱フィードバックループの 内側にある。TES Johnson noise が電流を揺らすと、Joule heating も揺らぎ、温度も揺らぎ、抵抗も揺らぎ、また電流に戻る。
一方、load resistor noise は TES の外部回路から入ってくるノイズである。これは TES にとっては、外部からの電圧揺らぎとして見える。
したがって、
Y_{\rm int}(\omega)
と
Y_{\rm ext}(\omega)
を分ける必要がある。
これは、単なる数学的な都合ではない。
ノイズ源が ETF ループの内側にあるのか、外側にあるのかで、出力への伝達関数が変わる
という物理を表している。
10. 全電流ノイズの形
四種類のノイズ源が互いに無相関なら、全電流ノイズは概念的に
S_I(\omega)
=
S_{V,{\rm ext}}(\omega)|Y_{\rm ext}(\omega)|^2
+
S_{V,{\rm int}}(\omega)|Y_{\rm int}(\omega)|^2
+
S_{P,{\rm TFN}}(\omega)|s_I(\omega)|^2
+
S_{I,{\rm amp}}(\omega)
と書ける。
この式の心は非常に明快である。
外部電圧ノイズ
→ 外部 admittance で電流ノイズになる
内部電圧ノイズ
→ 内部 admittance で電流ノイズになる
熱流ノイズ
→ power-to-current responsivity で電流ノイズになる
アンプノイズ
→ すでに電流換算ノイズとして足される
このように、ノイズ源ごとに「どこから入るか」と「どの伝達関数を通るか」を分けることが、2.6 節の読み方の中心である。
11. power-referred noise とは何か
出力電流ノイズ $S_I(\omega)$ だけを見ても、検出器としてどれくらい良いかは分からない。
なぜなら、同じ電流ノイズでも、信号に対する responsivity が大きければ、入力換算では小さいノイズになるからである。
そこで、出力電流ノイズを入力パワーに換算する。
S_P(\omega)
=
\frac{S_I(\omega)}{|s_I(\omega)|^2}
これが power-referred noise である。
この式の心は、
出力に見えている電流ノイズは、入力パワーに換算するとどれくらいのノイズに相当するか
ということである。
たとえば、TFN はもともと入力パワーノイズなので、
S_{I,{\rm TFN}}
=
S_{P,{\rm TFN}}|s_I|^2
であり、入力換算すると
S_{P,{\rm TFN}}
に戻る。
一方、TES Johnson noise や load noise は電気側から入るので、入力換算したときに周波数依存の項を持つ。
12. NEP とは何か
NEP, noise equivalent power は、power-referred noise の平方根である。
{\rm NEP}(\omega)
=
\sqrt{S_P(\omega)}
NEP の単位は
{\rm W}/\sqrt{\rm Hz}
である。
これは、
1 Hz 帯域あたり、入力パワーに換算してどれくらいのゆらぎがあるか
を表す。
ボロメータでは連続的なパワーを測るので、NEP が自然な性能指標になる。
一方、X線カロリメータでは、最終的にはエネルギー分解能が重要になる。NEP はその途中に現れる「入力パワー換算ノイズ」の表現である。
13. 数値例 1:TFN の NEP はどのくらいか
まず、典型的な X線 TES カロリメータをかなり単純化して、次の値を仮定する。
T_0 = 90\,{\rm mK}
G = 100\,{\rm pW/K}
F = 0.5
ここで $F$ は熱リンクの温度差や熱伝導則による補正因子で、ここでは概算として $0.5$ と置く。
TFN の power spectral density は
S_{P,{\rm TFN}}
=
4k_BT_0^2G F
である。
Boltzmann 定数を
k_B=1.38\times 10^{-23}\,{\rm J/K}
とすると、
S_{P,{\rm TFN}}
=
4
\times
1.38\times10^{-23}
\times
(0.09)^2
\times
100\times10^{-12}
\times
0.5
である。
計算すると、
S_{P,{\rm TFN}}
\simeq
2.24\times10^{-35}\,{\rm W^2/Hz}
したがって NEP は
{\rm NEP}_{\rm TFN}
=
\sqrt{S_{P,{\rm TFN}}}
\simeq
4.7\times10^{-18}\,{\rm W}/\sqrt{\rm Hz}
である。
つまり、TES の熱リンクが作る熱力学的な入力パワーノイズは、典型的には
{\rm NEP}
\sim
{\rm few}\times10^{-18}\,{\rm W}/\sqrt{\rm Hz}
程度のスケールになる。
ここで重要なのは、これは「読み出しが悪いから出るノイズ」ではないということである。熱浴とつながっている限り、熱エネルギーのランダムなやりとりは避けられない。
14. 数値例 2:Johnson voltage noise はどのくらいか
次に、TES 抵抗の Johnson voltage noise の大きさを見積もる。
典型値として、
T_0 = 90\,{\rm mK}
R_0 = 10\,{\rm m\Omega}
を仮定する。
Johnson voltage noise の PSD は
S_{V,{\rm TES}}
=
4k_BT_0R_0
である。
したがって、振幅スペクトル密度は
\sqrt{S_{V,{\rm TES}}}
=
\sqrt{4k_BT_0R_0}
である。
数値を入れると、
\sqrt{S_{V,{\rm TES}}}
=
\sqrt{
4
\times
1.38\times10^{-23}
\times
0.09
\times
0.01
}
となる。
計算すると、
\sqrt{S_{V,{\rm TES}}}
\simeq
2.2\times10^{-13}\,{\rm V}/\sqrt{\rm Hz}
すなわち、
\sqrt{S_{V,{\rm TES}}}
\simeq
0.22\,{\rm pV}/\sqrt{\rm Hz}
である。
一見すると非常に小さい。しかし TES の抵抗は $10~{\rm m\Omega}$ 程度と小さいので、単純に $R_0$ で割って電流ノイズに直すと、
\frac{0.22\,{\rm pV}/\sqrt{\rm Hz}}
{10\,{\rm m\Omega}}
\simeq
22\,{\rm pA}/\sqrt{\rm Hz}
となる。
つまり、TES の世界では、pV/$\sqrt{\rm Hz}$ の電圧ノイズが、pA/$\sqrt{\rm Hz}$ から数十 pA/$\sqrt{\rm Hz}$ 程度の電流ノイズに見えることが自然に起こる。
ただし、これは単なる直流抵抗で割っただけの粗い見積もりである。実際には TES Johnson noise は ETF ループの内側にあり、$Y_{\rm int}(\omega)$ を通って出力電流に現れる。したがって、周波数依存性と ETF による抑制・増幅を考える必要がある。
15. 数値例 3:SQUID 電流ノイズとの比較
SQUID 読み出しの入力電流換算ノイズとして、仮に
\sqrt{S_{I,{\rm amp}}}
=
3\,{\rm pA}/\sqrt{\rm Hz}
を仮定する。
一方、前節の粗い Johnson noise 見積もりでは、
\sqrt{S_{I,{\rm TES}}}
\sim
20\,{\rm pA}/\sqrt{\rm Hz}
程度になった。
もちろん、実際の TES Johnson noise は ETF によって周波数ごとに伝達が変わるので、単純比較はできない。しかし、この数値例から分かるのは、
SQUID noise が数 pA/$\sqrt{\rm Hz}$ 程度なら、TES 自身の熱力学的ノイズと同程度、あるいはそれ以下に抑えられている可能性がある
ということである。
逆に、読み出しノイズが例えば
\sqrt{S_{I,{\rm amp}}}
=
30\,{\rm pA}/\sqrt{\rm Hz}
程度になると、TES 固有のノイズより読み出しノイズが支配的になり、エネルギー分解能を悪化させる可能性が高くなる。
このように、pA/$\sqrt{\rm Hz}$ という単位は、TES 読み出しでは非常に重要な実験的スケールである。
16. カロリメータではエネルギー分解能へ進む
X線 TES カロリメータで知りたいのは、連続パワーではなく、1 個の光子のエネルギーである。
この場合、パルス波形の振幅、つまりエネルギーを、ノイズの中でどれだけ正確に推定できるかが重要になる。
Gaussian noise を仮定すると、FWHM エネルギー分解能は概念的に
\Delta E_{\rm FWHM}
=
2\sqrt{2\ln 2}
\left[
\int_0^\infty
\frac{4}{S_{P,{\rm tot}}(f)}
\,df
\right]^{-1/2}
と書ける。
ここで $S_{P,{\rm tot}}(f)$ は入力パワー換算された全ノイズである。
この式で非常に大切なのは、$\Delta E_{\rm FWHM}$ は 無次元量ではないという点である。
$S_P(f)$ の単位は
{\rm W^2/Hz}
である。したがって、
\frac{1}{S_P(f)}df
の単位は、
\frac{1}{{\rm W^2/Hz}}\,{\rm Hz}
=
\frac{{\rm Hz}^2}{{\rm W^2}}
である。
ここで ${\rm Hz}=1/{\rm s}$、${\rm W}={\rm J}/{\rm s}$ なので、
\frac{{\rm Hz}^2}{{\rm W^2}}
=
\frac{1/{\rm s}^2}{({\rm J}/{\rm s})^2}
=
\frac{1}{{\rm J}^2}
となる。
したがって、積分全体の単位は $1/{\rm J}^2$ であり、その $-1/2$ 乗は J になる。
つまり、
\Delta E_{\rm FWHM}
はエネルギーの次元を持つ。最後に eV に変換して表示するだけである。
ここを間違えて、$\Delta E/E$ のような無次元量だと思ってしまうと、大きな誤解につながる。
17. なぜ $S_P(f)$ で積分するのか
ここは学生がつまずきやすい。
X線カロリメータの信号は、エネルギー $E$ のパルスである。エネルギーは、パワーを時間積分した量である。
E=\int P(t)\,dt
周波数空間では、エネルギーは入力パワー信号の規格化に関係する。入力パワー換算ノイズ $S_P(f)$ が分かっていれば、「入力エネルギーを推定するときのノイズ限界」を計算できる。
したがって、出力電流ノイズそのものではなく、
S_P(f)
=
\frac{S_I(f)}{|s_I(f)|^2}
を使う。
これは、検出器出力を一度「入力パワー空間」に戻してから、エネルギー推定の限界を計算している、ということである。
18. 数値例 4:理想化したエネルギー分解能のスケール
ここでは、強い ETF、理想電圧バイアス、読み出しノイズが十分小さい、という理想化した場合のスケールを見積もる。
TES カロリメータのエネルギー分解能は、非常に粗く言えば、
\Delta E_{\rm FWHM}
\sim
2.355
\sqrt{
\frac{4k_BT_0^2C}{\alpha_I}
}
のような形で見積もれる。
実際の係数には、熱リンクの補正因子、Johnson noise の補正、$\beta_I$、温度比 $T_{\rm bath}/T_0$、熱伝導指数 $n$、excess noise、読み出しノイズなどが入る。したがって、これはあくまでスケールを見るための式である。
典型値として、
T_0=100\,{\rm mK}
C=3\,{\rm pJ/K}
\alpha_I=50
を仮定する。
すると、
4k_BT_0^2C
=
4
\times
1.38\times10^{-23}
\times
(0.1)^2
\times
3\times10^{-12}
であり、
\frac{4k_BT_0^2C}{\alpha_I}
\simeq
3.3\times10^{-38}\,{\rm J^2}
したがって、
\sqrt{
\frac{4k_BT_0^2C}{\alpha_I}
}
\simeq
1.82\times10^{-19}\,{\rm J}
FWHM に直すため $2.355$ をかけると、
\Delta E_{\rm FWHM}
\simeq
4.29\times10^{-19}\,{\rm J}
これを eV に変換する。$1~{\rm eV}=1.602\times10^{-19}~{\rm J}$ なので、
\Delta E_{\rm FWHM}
\simeq
\frac{4.29\times10^{-19}}
{1.602\times10^{-19}}
\,{\rm eV}
\simeq
2.7\,{\rm eV}
となる。
つまり、$T_0\sim100~{\rm mK}$、$C\sim{\rm few}~{\rm pJ/K}$、$\alpha_I\sim50$ 程度の TES では、理想化した見積もりだけでも 数 eV のエネルギー分解能が自然に出てくる。
これは、6 keV の X線に対して
\frac{\Delta E}{E}
\simeq
\frac{2.7\,{\rm eV}}{6000\,{\rm eV}}
\simeq
4.5\times10^{-4}
である。
ここは、$\Delta E$ は $2.7~{\rm eV}$ というエネルギー幅であり、$\Delta E/E$ はそれを 6 keV で割った無次元の相対分解能である、という点である。
この二つを混同してはいけない。
19. 数値例 5:熱容量を変えるとどうなるか
上の粗い式から、エネルギー分解能は
\Delta E_{\rm FWHM}
\propto
\sqrt{C}
で効く。
たとえば、$T_0=100,{\rm mK}$、$\alpha_I=50$ を固定して、熱容量だけ変えてみる。
- $C=1~{\rm pJ/K}$ の場合
\Delta E_{\rm FWHM}
\simeq
1.5~{\rm eV}
- $C=3~{\rm pJ/K}$ の場合
\Delta E_{\rm FWHM}
\simeq
2.7~{\rm eV}
- $C=5~{\rm pJ/K}$ の場合
\Delta E_{\rm FWHM}
\simeq
3.5~{\rm eV}
この見積もりから分かるように、熱容量 $C$ はエネルギー分解能に直接効く。
しかし、$C$ を小さくすればよいだけではない。X線エネルギーに対して十分なダイナミックレンジを持たせる必要があるため、吸収体の熱容量を無制限に小さくすることはできない。
つまり、TES カロリメータ設計では、
小さい C が欲しい
しかし、十分な吸収効率とダイナミックレンジも欲しい
というトレードオフがある。
20. 各ノイズ項の物理的な意味
Irwin & Hilton の total power-referred noise には、主に次の寄与がある。
TFN
S_{P,{\rm TFN}}
=
4k_BT_0^2G F(T_0,T_{\rm bath})
これは、TES と熱浴の間で熱エネルギーがランダムにやりとりされることによるノイズである。
物理的には、熱リンクを通ってエネルギーが統計的に揺らぐことに対応する。
これは信号パワーと同じ入口から入るので、最も直感的な入力パワーノイズである。
TES Johnson noise
S_{V,{\rm TES}}
=
4k_BT_0R_0\xi(I_0)
これは TES 抵抗自身が出す電圧ノイズである。
TES Johnson noise は ETF ループの内側にあるため、単に読み出し電流に足されるだけではない。電流を揺らし、Joule power を揺らし、温度を揺らし、抵抗を揺らし、再び電流に戻る。
したがって、TES Johnson noise は「内部ノイズ」として扱う必要がある。
Load resistor noise
S_{V,L}
=
4k_BT_LR_L
これは load resistor が出す Johnson noise である。
前回整理したように、Irwin & Hilton 型の標準的な回路では、
R_L=R_{\rm SH}+R_{\rm PAR}
である。
ただし、ノイズ源として見たときには注意が必要である。$R_{\rm SH}$ の Johnson noise と、TES 枝の寄生抵抗 $R_{\rm PAR}$ の Johnson noise は、物理的には場所が異なる。単純な小信号方程式では $R_L$ としてまとめられるが、詳細なノイズ解析では、どの抵抗がどこにあり、どの温度にあるかを確認する必要がある。
特に、実験で使う大きな室温バイアス抵抗 $R_{\rm load}^{\rm room}$ を、そのまま Irwin & Hilton の $R_L$ と同一視してはいけない。
Amplifier noise
SQUID amplifier の入力電流換算ノイズを
S_{I,{\rm amp}}(\omega)
とする。
これは出力電流に直接足される。入力パワー換算すると
S_{P,{\rm amp}}(\omega)
=
\frac{S_{I,{\rm amp}}(\omega)}{|s_I(\omega)|^2}
である。
読み出しノイズは、低周波では responsivity が大きいため入力換算では小さく見えることがある。一方、高周波側では responsivity が落ちるため、同じ電流ノイズでも入力換算では大きくなる。
したがって、amplifier noise がエネルギー分解能にどれだけ効くかは、単に pA/$\sqrt{\rm Hz}$ の値だけでなく、信号帯域と responsivity の形に依存する。
21. 強い ETF 極限で何が見えるか
強い electrothermal feedback、理想電圧バイアス、load noise が小さい極限では、エネルギー分解能は概略的に
\Delta E_{\rm FWHM}
\sim
2.355
\sqrt{
\frac{k_BT_0^2C}{\alpha_I}
}
\times
(\text{係数})
に近い形になる。
より実用的な見積もりでは、係数の中に、TFN、TES Johnson noise、熱リンクの温度依存性、$\beta_I$、$\xi(I_0)$、excess noise、読み出しノイズなどが入る。
この形の心は非常に重要である。
T_0^2C
は熱力学的なエネルギーゆらぎのスケールを表す。温度が低く、熱容量が小さいほど、エネルギー分解能は良くなる。
一方、
\alpha_I
は温度変化を抵抗変化として読み出す感度である。大きいほど分解能は良くなる。
したがって、TES カロリメータの有名な設計指針
低い\ T_0,\quad 小さい\ C,\quad 大きい\ \alpha_I
は、この式の物理的意味から出てくる。
ただし、現実には $\alpha_I$ を大きくしすぎると安定性や excess noise の問題が出る。したがって、単純に $\alpha_I$ を大きくすればよいわけではない。
22. 2.6 節の方法論を一枚で見る
2.6 節の流れは、次のように整理できる。
2.3 節で作った小信号方程式
状態変数: δI, δT
入力: δV, δP
↓
散逸を持つ要素を確認
TES 抵抗 R0
load 抵抗 RL
熱リンク G
amplifier
↓
各散逸要素に熱力学的ノイズを割り当てる
TES Johnson voltage noise
load Johnson voltage noise
TFN power noise
amplifier current noise
↓
それぞれの入力位置に応じた伝達関数を使う
Yint(ω), Yext(ω), sI(ω)
↓
出力電流ノイズ SI(ω) を得る
↓
responsivity で割って入力パワー換算
SP(ω)=SI(ω)/|sI(ω)|²
↓
NEP
NEP(ω)=sqrt(SP(ω))
↓
最適フィルタ的に積分
↓
エネルギー分解能 ΔE_FWHM
この地図を持って読むと、2.6 節の式はかなり見通しがよくなる。
23. 初学者がつまずきやすい点
つまずき 1:Johnson noise を単なる出力ノイズだと思う
普通の抵抗回路では、Johnson noise は出力に単純に足される雑音として扱える場合が多い。
しかし TES Johnson noise は ETF ループの中にある。電流を揺らすだけでなく、Joule heating を揺らし、温度を揺らし、また抵抗を変える。
したがって、TES Johnson noise は内部ノイズとして、適切な伝達関数で処理する必要がある。
つまずき 2:TFN と Johnson noise を同列に見てしまう
TFN は熱方程式に入る入力パワーノイズである。
Johnson noise は電気方程式に入る電圧ノイズである。
どちらも最終的には電流ノイズとして見えるが、入る場所が違うので伝達関数が違う。
つまずき 3:FDT をそのまま厳密に使っていると思う
TES は非平衡・非線形系である。したがって、FDT の単純な適用は厳密ではない。
Irwin & Hilton は LEA/NLEA という近似的な ansatz を使っている。これは実用的で強力だが、完全な非平衡統計力学ではない。
このことは、excess noise や非 Gaussian noise の理解に関わる。
つまずき 4:NEP とエネルギー分解能の関係が分からない
NEP は bolometer 的な入力パワー換算ノイズである。
X線カロリメータでは、さらにその $S_P(f)$ を使って、エネルギー推定の分散を計算する。
したがって、
S_I(f)
\rightarrow
S_P(f)
\rightarrow
\Delta E
という流れを意識するとよい。
つまずき 5:$\Delta E$ を無次元量だと思ってしまう
エネルギー分解能 $\Delta E_{\rm FWHM}$ は、eV や J の次元を持つ量である。
一方、
\frac{\Delta E}{E}
は無次元の相対分解能である。
たとえば、6 keV の X線に対して $\Delta E=2.7,{\rm eV}$ なら、
\frac{\Delta E}{E}
=
\frac{2.7}{6000}
\simeq
4.5\times10^{-4}
である。
この二つを混同してはいけない。
つまずき 6:$R_L$ の意味を間違える
2.6 節でも $R_L$ は重要である。load resistor noise は
S_{V,L}=4k_BT_LR_L
として入る。
ここでの $R_L$ は、2.3 節で定義された TES 小信号理論上の負荷抵抗であり、Irwin & Hilton 型の標準回路では
R_L=R_{\rm SH}+R_{\rm PAR}
である。
実験で使う大きな室温バイアス抵抗 $R_{\rm load}^{\rm room}$ そのものではない。
24. 2.6 節を読むときのおすすめの問い
2.6 節を読むときは、次の問いを持つとよい。
まず、
このノイズ源は、電気方程式に入るのか、熱方程式に入るのか。
次に、
このノイズ源は ETF ループの内側にあるのか、外側にあるのか。
次に、
そのノイズ源から出力電流までの伝達関数は何か。
次に、
出力電流ノイズを入力パワーに換算するには、どの responsivity で割るのか。
次に、
$S_P(f)$ の単位は何か。そこから得られる $\Delta E$ は本当に eV の次元を持つか。
最後に、
その入力換算ノイズは、エネルギー推定にどの周波数帯で効くのか。
この問いを持つと、ノイズ式の羅列ではなく、ノイズが TES の線形応答系をどう伝わるかが見えてくる。
まとめ
Irwin & Hilton の 2.6 “Thermodynamic noise” は、TES のノイズ公式を集めた節ではない。
その本質は、
2.3 節で作った熱・電気の小信号線形応答系に、散逸に伴う熱力学的ゆらぎを入れ、そのゆらぎが出力電流、入力換算ノイズ、NEP、エネルギー分解能へどう伝わるかを計算すること
である。
この節で重要なのは、次の理解である。
- 散逸があるところにはゆらぎがある。
- 電気抵抗のゆらぎは Johnson noise として電圧ノイズになる。
- 熱リンクのゆらぎは TFN としてパワーノイズになる。
- TES Johnson noise は ETF ループの内側にある。
- load resistor noise は外部電圧ノイズとして入る。
- TFN は信号パワーと同じ入口から入る。
- amplifier noise は出力電流に直接足される。
- それぞれのノイズ源は、異なる伝達関数で出力電流に現れる。
- 出力電流ノイズを responsivity で割ると power-referred noise になる。
- その power-referred noise を周波数積分することで、カロリメータのエネルギー分解能が決まる。
- $\Delta E_{\rm FWHM}$ は eV や J の次元を持つ量であり、$\Delta E/E$ とは違う。
そしてもう一つ重要なのは、Irwin & Hilton のノイズ理論は実用的ではあるが、TES が非平衡・非線形系である以上、完全に厳密な理論ではないという点である。LEA/NLEA は、線形応答と実験的有用性を両立するための近似的な枠組みであり、excess noise や非 Gaussian 性の問題はその外側に残る。
したがって、2.6 節の「式の心」は、
TES のエネルギー分解能は、信号応答と熱力学的ノイズの競争で決まる。その競争を、線形応答関数と入力換算ノイズスペクトルを使って定量化する。
ということである。
典型的な数値を入れると、$T_0\sim100~{\rm mK}$、$C\sim{\rm few}~{\rm pJ/K}$、$\alpha_I\sim50$ 程度で、理想化した見積もりから自然に数 eV のエネルギー分解能が出てくる。これは、TES カロリメータが 6 keV 級の X線に対して eV レベルの高分解能分光を実現できる理由を、熱力学的ノイズと線形応答の言葉で説明している。
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