はじめに
生成AIなどで英語をチェックしてもなぜかイマイチな英語になってしまう、、という学生さんなどを想定して、科学英語の「なぜ」を考えてみる、という視点で整理してみました。
0. この記事のゴール
この文章は、
- 文法のハウツー集を並べるのではなく、
- 「なぜ科学英語はそのような書き方になっているのか?」という理由(Why)
を軸にして解説することを目指します。
英語の「決まり」を丸暗記しようとすると、どうしても、
- 冠詞の使い分け
- パラグラフの組み立て
- “may / might / suggest” などの弱め表現(hedging)のニュアンス
-
no,best,firstのような強すぎる表現を避ける理由
がバラバラなルールの寄せ集めに見えてしまいます。
しかし、
「なぜそう書くのか」
「その表現がどんな文化的・歴史的背景から生まれたのか」
というところまで踏み込んで理解していくと、これらは単なるお作法ではなく、
- 再現性
- 責任の所在
- フェアネス(公平さ)
を守るために形づくられてきた、一つの「思考様式」であることが見えてきます。
本記事では、宇宙天文・物理系の論文を念頭に置きながら、「科学英語の心」をできるだけ噛み砕いて説明してみます。
最終的には、小手先の英語雑学を伝えたいのではなく、
「英語という言語を覚える」のではなく、
「その背後にある文化・語源・ものの考え方を理解する」
という姿勢こそが、科学英語の上達にとって重要で、それ自体が終わりのない研究プロセスである、ということが伝えたいことです。
1. 科学英語は「親切なメモ」ではなく「法廷資料」である
1.1 科学英語の前提条件
科学論文の英語は、ざっくり言うと、
「自分の主張が将来、裁判で争われても耐えられるように書く英語」
です。
- 誰が読んでも同じ意味に解釈される
- 何年後に読まれても「当時、こういう意味でこう主張した」と追跡できる
- 反論・再解析・再現実験に耐えられる
という「責任と再現性」が前提になっています。
日本語の研究メモや日々の報告書のような、
「だいたい伝わればいい」「行間を読んでくれるだろう」
という世界観とは、そもそも目的が違います。
1.2 Why を一言で言うと?
-
科学英語は「自分の主張を未来の他人に託す契約書」
-
だから、
- 言い過ぎてもダメ(訴えられる)
- 言わなさすぎてもダメ(何も貢献していないことになる)
そのバランスを保つために、
文章構造/時制/冠詞/hedging(may, might, suggest)などが発達してきたと考えると、だいぶ見通しが良くなります。
2. パラグラフ・ライティングの心:1段落=1つの「証言」
2.1 なぜ「1パラグラフ=1メッセージ」なのか?
日本語の文章は、わりと「連想ゲーム」で書いてもなんとかなります。一方、英語は 語順と段落構造が論理そのもの です。
科学英語では、一つの段落は、
「ある主張についての 証言書 の束」
だと考えると分かりやすいです。
基本形:
-
Topic sentence:
「これから何について話すか」を宣言する -
Evidence:
観測値・式・図・既存研究の引用など -
Mini conclusion:
「だから、こう言える/次はこれを見る必要がある」
We detected a narrow Fe Kα absorption line around 6.7 keV at orbital phase 0.9.
The line centroid was measured to be 6.69 ± 0.02 keV, and the equivalent width was 4.1 ± 0.8 eV. These properties suggest the presence of moderately ionized, line-of-sight material near superior conjunction.
Why こう書くのか?
- Topic sentence がないと、
読者は「これは方法?結果?単なる雑談?」が分からない - Evidence を並べたあと Mini conclusion でまとめることで、
「この段落で著者が何を主張したいのか」が一意になる - 将来、その段落だけ引用しても、何の証言だったか分かる
→ 「将来の裁判資料」に耐える構造にするために、
1パラグラフ=1メッセージ というルールが自然に生まれています。
2.2 日本語とスイッチを切り替える
日本語の研究ノート:
「A を見た。B も興味深い。C についても検討したい。」
英語の科学論文:
「この段落は Aについての主張 だ。
B と C は別の段落・別の証言。」
と、構造の粒度を変える必要があります。
3. 冠詞の心:the / a / 無冠詞は「読者との共有メモリ」
冠詞は多くの日本人にとって「暗記の敵」ですが、
なぜ冠詞が存在しているかが分かると、だいぶ楽になります。
3.1 the = 「お互いに知っている“あの”やつ」
the が付くときは、
「著者と読者が 同じものを頭の中に思い浮かべられる」
ときです。
-
the Sun:太陽系のあの太陽 -
the Earth:私たちの地球 -
the Fe Kα line:この論文で問題にしている、そのライン(すでに紹介済み)
Why?
-
読者の頭の中に「具体的なオブジェクト」を生成させたいから
-
theは「ポインタ」だと思うと良いです- すでにどこかで宣言したもの
- あるいは世界に一つしかないもの
3.2 a = 「まだ具体的なポインタじゃないけど、一個出てきた」
a は、
「名前も具体的IDも分からないけど、1つの実体がいる」
ときに使います。
-
We observed a flare.
→ どんなフレアかはまだ説明していない。ここから定義が始まる -
We developed a new method.
→ 「どんな?」は後で説明する
Why?
-
一度
aで導入したものは、その後theをつけて参照できる
→ C 言語で言えば「変数宣言」と「変数参照」We developed a new method to model the wind structure. The method is based on ...
3.3 無冠詞 = 「概念・カテゴリーそのもの」
-
Observation is essential in astrophysics.
→ 「観測という行為全般」 -
X-ray astronomy has revealed ...
→ 「X線天文学という分野」
Why?
- これは「特定の一つ」ではなく、「概念そのものだから」
- 数学でいえば、「自然数全体 N」を指すようなもの
4. 時制の心:時制は「責任の位置」を示す
4.1 なぜセクションごとに時制が違うのか?
ざっくり言うと:
-
Introduction
- 世界一般の事実 → 現在形
- 過去の他人の仕事 → 過去形
-
Methods / Results
- 自分たちのやったこと → 過去形
-
Discussion / Conclusion
- 「今、こう理解している」という主張 → 現在形が多め
Why?
- 「いつ誰が何を主張したか」を切り分けるため です。
Black-hole binaries play an important role in understanding accretion physics. (一般論: 現在形)
Smith et al. (2020) demonstrated that the Fe Kα line varies with phase. (他人の仕事: 過去形)
In this study, we observed Cyg X-1 with XRISM/Resolve. (自分の観測: 過去形)
Our results suggest that the wind structure is highly asymmetric. (自分の結論: 現在形)
- 誰が(Smith et al. / we)
- いつ(過去か、今か)
- 何を主張しているか(一般論か、この論文の結論か)
を、時制で「タグ付け」しているイメージです。
4.2 現在完了・過去完了がうるさく感じる理由
- 現在完了:過去から今までの継続・蓄積を強調
- 過去完了:ある過去の時点より前に既に起きていたことを強調
Why 必要か?
- 長期観測や複数ステップの実験では、時間順序を正確に表現する必要があるから
例:
We have monitored Cyg X-1 for ten years. (今までずっとやってきた)
Before the XRISM observation started, (観測開始より前に)
the source had been in the soft state. (すでに soft state だった)
とはいえ、科学論文では過去形と現在形だけで9割は足ります。
完了形は「どうしても時間関係を厳密に書く必要があるとき」にだけ使えば OK です。
5. Hedging(may, suggest)の心:なぜわざと弱く言うのか?
(補足) hedging(may, might, suggest): 金融の hedge(リスクヘッジ) と同じで、「完全に一点賭けせずに、少し守りを入れておく」というイメージです。
5.1 科学は「仮説の強さで戦う」ゲームではない
日本語だとつい、
「はっきり言わないと弱く見える」
と思いがちです。しかし科学では、
「証拠に対して適切な強さでしか言わない人」
の方が信頼されます。
5.2 動詞の強さの階段
ざっくりした強さの序列:
- 強い:confirm, demonstrate, prove, rule out
- 中くらい:show, indicate
- 弱い:suggest, be consistent with, be compatible with
Why これが重要か?
- 自分の図・データ・系統誤差の議論で支えられる強さ以上の動詞を使うと、
「証拠に対して主張が強すぎる」と見なされるからです。 - 逆に、何をやっても
may possibly suggestのように弱め過ぎると、
「結局、何も言っていない論文」になってしまう。
5.3 AI がここを勝手にいじる
生成AIは、
- dramatic な表現を好む
- General English の文章スタイルに引きずられる
ので、suggest を demonstrate に、may を削り取ってくることがあります。
Why 要注意か?
- 動詞一つで 科学的主張の「責任の重さ」が変わるから
- 自分が責任を負える強さかどうかを、最後は人間が判断するしかないから
6. 「no」「best」「first」を嫌う心:世界との戦い方
6.1 no は「宇宙全体に対して宣言している」ように聞こえる
-
No X-ray variability was observed.
→ 「現在のデータセット内で検出されなかった」ではなく、
「X線変動は存在しない」と読まれやすい
科学では、常に
- 観測時間・装置感度・統計精度・系統誤差
という「現時点の限界」があるので、
X-ray variability was not detected within the statistical limits.
No significant X-ray variability was observed.
のように、
「今回の条件の範囲では見えなかった」
と書くのがフェアです。
6.2 best / first / unique は「世界中の全部と戦う」宣言
This is the best method.This is the first detection of ...This is a unique finding.
と言った瞬間、世界中のグループが、
「本当に?」
「うちは 2003 年に似た結果を出しているけど?」
とツッコミたくなる気持ちにさせます。
Why 危ないか?
- 自分が知らない文献や、まだ arXiv にあるだけの結果も含めて、
「全宇宙の結果を把握している」と暗に宣言したことになるからです。 - 責任の重さに比べて得られるメリットが小さい。
科学英語の感覚では、
an efficient methodan important step toward ...a new constraint on ...
くらいにしておく方が、知的で謙虚に見えます。
ただし、本当に自分が世界初の場合は自信を持って使いましょう。
7. 生成AI時代の科学英語:心構えのまとめ
7.1 AI に任せていい領域・ダメな領域
任せていい領域
- 文法・冠詞・前置詞の細かいところ
- 読みやすさ・自然な語順
- 似た表現の統一(例:Cyg X-1 / Cygnus X-1)
絶対に丸投げしてはいけない領域
- 主張の強さ(demonstrate / suggest / consistent with)
- 因果関係の言い方(induced / related to / associated with)
- 結論の部分の一文一文
- 図・表に対応する説明と、そこから導く物理的解釈
7.2 「英語の勉強」から「読者の頭の中のモデル設計」へ
科学英語を楽に理解するコツは、
「英語のルールを覚える」のではなく、
「読者の頭の中にどんなイメージを作りたいか」から逆算する
ことです。
-
theをつけるか? → 読者に「どのオブジェクトか」分かっていてほしいか - 過去形か現在形か? → それは「今も通用する一般論」か、「ある時点での出来事」か
-
suggestかdemonstrateか? → 自分の図を見せながら、胸を張ってどこまで言えるか
という 思考実験 をすると、自然と「心」が分かってきます。
8. 最後に:Why が分かれば、How は AI に任せられる
-
科学英語のルールは、「英語の先生の趣味」ではなく、
再現性・責任・フェアネス を守るために発達してきた文化的な仕掛けであります。 -
「なぜそう書くのか」が分かれば、
- 冠詞や時制の細かいところ
- 接続詞やコロン/セミコロンの選択
は、かなりの部分を AI に任せてもよくなります。
そして人間は、
「このデータから、自分はどこまでなら責任を持って言えるか」
「そのニュアンスを、どう英語に落とし込むか」
に集中できるようになります。
本当の最後に伝えたいこと
詰まるところ、英語の上達には語源や背景ニュアンスの理解が不可欠です。
たとえば hedging のように、もともとは「生け垣で囲ってリスクから守る」という具体的なイメージから派生した語は、その文化的背景や「なぜその比喩が選ばれたのか」を知らないと、本当のところでニュアンスをつかみにくいと言えます。
言語は、その社会の 文化・思考様式・歴史的経験 と深く結びついています。
別の国の言語を「正しく使う」ということは、単に単語と文法を当てはめることではなく、
「その言葉がどういう世界観から生まれ、どんな場面でどう使われてきたのか」
まで含めて理解しようとする態度そのものでもあります。
科学英語も同じで、
-
why を抜きにした「表現カタログの暗記」だけでは限界があり、
-
語源や背景文化も含めて少しずつ理解を深めていくことで、
はじめて相手に 意図どおり・強さどおり に伝わる文章になっていきます。
つまり、科学英語を学ぶことは、
「終わりのあるテクニック習得」ではなく、
「言語と文化の背景まで含めて理解し続ける、終わりのない研究プロセス」
だと考えるのがよいと思います。
そのプロセスの中で、AI は「表現面を支えてくれる強力なツール」にはなっても、
なぜそう書くかを考える部分だけは、これからも人間の仕事として残り続けるはずです。
Appendix A. 上級者のための科学英語:
「通じる」から「信頼される」へ
この Appendix は、
- 英語論文が一応書けるようになった
- referee に「英語は分かるが、主張が曖昧/強すぎる」と言われたことがある
- AI を使うと文章はきれいになるが、何か不安が残る
という段階にいる人向けの、プロフェッショナルに向けた科学英語の視点をまとめたものです。(注:英語表現ですので、独断と偏見と分野に依存するところあります。)
A.1 科学英語の上達とは「語彙力」ではなく「責任管理能力」である
多くの人が誤解しがちですが、
科学英語が上達する=難しい単語を使えるようになる ではありません。
むしろ逆で、
「この一文に対して、自分はどこまで責任を負う覚悟があるか」
を、
文法・動詞・時制・冠詞・修飾語の選択として一貫して表現できるか
が、上級者と初級者を分けます。
プロの科学英語は常に、
- 主張の強さ
- 証拠の厚み
- 系統誤差の理解
- 未知への余白
が 文章の形そのものに埋め込まれている のが特徴です。
A.2 上級者が無意識にやっている「強さの整合性チェック」
論文を書き慣れた研究者は、原稿を読むときに次のような内部チェックをしています。
A.2.1 動詞の強さは、図の説得力と一致しているか?
-
demonstrateと書いているが、- 本当に alternative hypothesis は潰れているか?
- 系統誤差の議論は十分か?
-
suggestと書いているが、- 図を見た読者が「それ以上言えないのはなぜ?」と不満に思わないか?
👉 図1枚につき、許される動詞の上限がある という感覚を持つと、英語は一気に安定します。
A.2.2 形容詞・副詞が「逃げ」になっていないか?
上級者は、次の表現に敏感です。
very-
significantly(統計的に?それとも感覚的に?) remarkablyinterestingly
これらは、
- 証拠の代わりに感情を入れていないか?
- 図や数値で言えることを、言葉でごまかしていないか?
を自問するトリガーになります。
本当に必要な場合を除き、形容詞は最小限にするこれはプロの科学英語の共通感覚です。
A.3 「読み手の専門レベル」を意識した英語設計
科学英語は 誰に向けて書くかで、正解が変わる 言語です。
A.3.1 同じ内容でも、読者で許される省略が違う
-
分野外の読者向け:
- 用語は一度は言い換える
- 因果関係を言葉で補う
-
分野内の読者向け:
- 暗黙の前提は省略してよい
- 余計な説明はむしろノイズ
上級者は、
「この journal の typical reader は、どこまで共有しているか?」
を常に意識して、あえて書かない情報 を選びます。
A.4 英語が「下手」に見える本当の原因は論理構造にある
referee の
“The English needs improvement.”
は、文法の問題ではない ことが大半です。
実際には、
- 段落のメッセージが一意でない
- 結論が evidence に対してジャンプしている
- Discussion が Result の言い換えになっている
といった 論理構造のズレ などが、「英語が読みにくい」という形で表面化しています。
👉 英語を直す前に、段落の役割を言語化できるか? これができると、英語は自然に良くなります。
A.5 生成AIを使う上級者の作法
A.5.1 AI は「言語モデル」であって「責任モデル」ではない
生成AIは、
- 文法的に正しい
- 流暢で
- 説得力があるように見える
文章を作りますが、
その主張に対して責任を負う主体ではない
という点が決定的に違います。
そのため上級者は、
- Introduction の一般論 → AI に任せる
- Results の数値説明 → 人間が主導
- Discussion の解釈 → 人間が主導
- Conclusion の一文一文 → 人間が最終決定
という 役割分担 を考える必要があります。
A.5.2 AI 出力で必ず確認すべきチェックリスト
- 動詞が強くなりすぎていないか?
- 因果関係が断定的になっていないか?
-
no / first / bestが勝手に追加されていないか? - 自分が seminar でこの文を読み上げても耐えられるか?
このチェックを通すことで、AI は 非常に優秀な共同編集者 になります。
A.6 科学英語で最終的に目指すもの
上級者になるための科学英語は、
- うまく見せるための英語
- ネイティブっぽく見せる英語
ではありません。目指しているのは、
「この人の論文なら、何が分かっていて、何が分かっていないかが信用できる」
と思ってもらえる英語です。
それは結局、
- 言い切らない勇気
- 言うべきところで逃げない覚悟
- データに対する誠実さ
が、言語表現として自然ににじみ出ている状態 と言えます。
Appendix のまとめ
-
科学英語の上達とは、
- 語彙や文法の問題ではなく
- 責任・再現性・フェアネスをどう文章に埋め込むか という訓練である
-
上級者は常に、
- 「この一文に、私はどこまで責任を持つのか?」
を自問している
- 「この一文に、私はどこまで責任を持つのか?」
-
AI 時代だからこそ、Why(なぜそう書くか)を考える力 がこれまで以上に重要になっている、と言えるでしょう。
拙速なAI時代だからこそ、人間に問われているのは、深い理解と自問自答の点検確認プロセスをコツコツと踏んで、科学を着実に進めていく、そんなところが大切かなと思います。
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