はじめに
2023年9月7日に種子島からH-IIAロケット47号機で打ち上げられたX線観測衛星 XRISM (X-Ray Imaging and Spectroscopy Mission) には、半導体X線カロリメータ検出器「Resolve」が搭載されています。このResolveは6×6画素のマイクロカロリメータアレイで、約50 mKという極低温で動作し、各画素が高感度のシリコンサーミスタ(PとBを適切にドープしたSi)を温度センサーに用いています。
一方、次世代のX線観測装置では、超伝導遷移端センサー (TES: Transition-Edge Sensor) と呼ばれるマイクロカロリメータが主流となりつつあります。TESは極低温で超伝導体を臨界温度付近に保ち、微小な温度変化による抵抗変化を捉える検出器です。XRISM Resolveのシリコン半導体マイクロカロリメータと、TES型マイクロカロリメータ。この両者は共に単一光子からの微小エネルギーを熱に変換して精密に測定しますが、「信号インピーダンス」という電気的な視点から見ると大きく異なる性質を持ちます。実際、従来のシリコンカロリメータではエネルギー分解能が数eV程度(5~7 eV@6 keV)でしたが、新しいTES技術では約2.5 eV@7 keVまで向上し、画素数も36画素から数千画素へと飛躍的に増大しています。こうした改良の背景には、センサーの高インピーダンス vs. 低インピーダンスの違いによる読み出し回路や多重化(multiplexing)の容易さの違いも背景にあります。
本記事では、電気回路の基礎概念をおさらいしつつ、XRISM Resolveの半導体マイクロカロリメータ(高インピーダンス)とTES検出器(低インピーダンス)の違いを、信号インピーダンスの観点から解説します。具体的には、高インピーダンスと低インピーダンスとは何か、インピーダンスが信号帯域やフィルタリングに与える影響、テブナン・ノートン等価回路による見方、そして各方式で用いられる読み出し手法(JFETソースフォロワやSQUID増幅器)の違いについても説明します。
ポストプロセスで、波形の最適化フィルタ処理が必要なのはどちらも同じです。「最適化
フィルタ」については下記の福田さんの記事を参照ください。
前提条件と安定動作方式
室温の検出器を想定されると混乱させる恐れがあるので、前提を明確にしておきます。この記事は 100mK の世界で動作する極低温検出器の話が大前提です。また、動作条件として、安定的に負のフィードバックがかかる状態で動作するX線マイクロカロリメータの話であることも前提です。また、ASTRO-H(Hitomi)衛星に搭載された半導体カロリメータ(SXS)と、XRISM衛星に搭載された半導体カロリメータ(Resolve)は基本的には設計変更無しで再製作されたもので、両者を混同して使うこともありますが、どちらも半導体カロリメータとみなしてください。
半導体カロリメータとTESでは安定動作のバイアス方式が真逆になります。 まずは、このことを確認しましょう。
1. 半導体カロリメータの定電流バイアス時の挙動(安定)
- 前提: 定電流 $I_0$ を流している。
- X線入射 → 温度上昇 → 抵抗減少 $R \downarrow$
- オームの法則: $V(t) = I_0 R(t)$
→ $R$ が下がれば $V$ も下がる。 - 発熱: $P(t) = I_0 \cdot V(t) = I_0^2 R(t)$
→ $R$ が下がれば $P$ も下がる。
つまり、信号が発生した瞬間に自己加熱が減る方向に働きます。
これは負のフィードバックであり、熱的安定性を高めます。
2. 半導体カロリメータの定電圧バイアス時の挙動(不安定)
- 前提: 定電圧 $V_0$ を印加している。
- X線入射 → 温度上昇 → 抵抗減少 $R \downarrow$
- オームの法則: $I(t) = V_0 / R(t)$
→ $R$ が下がれば $I$ が増える。 - 発熱: $P(t) = V_0 \cdot I(t) = V_0^2 / R(t)$
→ $R$ が下がれば $P$ が増える。
この場合、温度上昇がさらに自己加熱を促進するため、正のフィードバックとなり、暴走や不安定の原因になります。
3. TESとの対比
TESは抵抗の温度係数が正(超伝導-常伝導遷移領域)なので、
- 定電圧バイアス → 抵抗上昇 → 電流減少 → 発熱減少 → 負のフィードバック(安定)
- 定電流バイアス → 抵抗上昇 → 電圧上昇 → 発熱増加 → 正のフィードバック(不安定)
のように、定電圧バイアスで動作することにより、熱的フィードバックがかかります。
安定動作のまとめ
センサ | 温度係数 | 安定なバイアス | 不安定なバイアス |
---|---|---|---|
半導体カロリメータ (XRISM) | 負 | 定電流 | 定電圧 |
TESカロリメータ (将来) | 正 | 定電圧 | 定電流 |
このように、半導体カロリメータでは定電流、TESは定電圧、で動作させます。これは、カロリメータが熱により抵抗が変わるという性質に依存しているためで、電気と熱の微分方程式である電熱方程式を解析することで、回路解析が可能になります。(普通の室温検出器であれば、温度が多少変わってもセンサーの動作が変わらないので、このような電熱結合の解析は不要です。)
半導体カロリメータの多重化が難しい理由
本記事の目的は、「低インピーダンスだから多重化が容易、高インピーダンスだから難しい」というスローガンの裏側を直感的に理解することです。多重読み出し技術には、回路の基本(電圧読み出し vs 電流読み出し)とインピーダンスマッチング、ノイズ最適化の問題が横たわっています。ただ闇雲に「抵抗値が低いから良い/悪い」という話ではなく、 「その抵抗値に見合った最適な読み出し回路が組めるかどうか」 が本質です。 現在では、TES以外にもMKID(マイクロ波動的インピーダンスを利用した検出器)など、多重化容易性を追求した超伝導検出技術が台頭しています。これらはいずれも低インピーダンスまたは共振器を利用して数千ピクセルの同時読み出しを実現する方向です。一方、半導体サーミスタも工夫次第では少数ならば高分解能を発揮できるため、用途に応じて使い分けられています。宇宙観測のように多数のピクセルを必要とする場合、インピーダンス問題をクリアできるTES方式は有望な選択肢となるでしょう。
TES(低インピーダンス)で多重化が容易な理由
低インピーダンスのTESでは、電流信号を扱う読出系であるため、複数センサの電流を重ね合わせても比較的扱いやすいという特長があります。具体的には:
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SQUIDのリニアリティと電流和: SQUID電流センサは磁束を通じて電流を測定しますが、複数の電流が同じ入力コイルに流れ込んだ場合、それらの磁束効果は基本的に重ね合わせの原理が成り立ちます。すなわち、異なるセンサからの電流信号は線形に加算されます。これを利用し、例えば「1つのSQUIDで複数のTESボロメータを読み出すことが原理的に可能(識別可能性は実装に依存)」となります。実際にSQUIDを用いた多重化回路では、1台のSQUIDに対して数個~数十個のTESを接続し、それぞれを時分割または周波数分割で区別して読み取ることが可能です。(注意:線形に加算されたとして、それがどの画素からの信号かどうかを区別するためには、時間または周波数による識別ができることが必要。あくまで電流という信号の足し算が成り立つ点がメリットであるということ)。
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周波数分割の実装: TESは低抵抗ゆえに、各TESに直列にインダクタやコンデンサを接続しても大きな減衰なく電流が流れます。この利点を使い、例えばLC共振回路による周波数分割多重化が実現できます。各TESを異なる共振周波数のLCフィルタと直列につなぎ、すべてを並列にバイアス回路に接続します。各TESには異なる周波数のACバイアス電流を通し、X線が当たるとその周波数成分の電流振幅が変化します。SQUIDは合成された電流を測定し、周波数ごとに信号を分離すれば各TESのイベントを復元できます。このように、低インピーダンスTESではLCフィルタを用いた周波数チャネル化が可能であり、多数の画素を1本の配線で同時読み出しできます。近年ではマイクロ波帯域を用いた読み出し方式の開発が主流になりつつあります。
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時分割の実装: またTESでは、超伝導スイッチやマルチプレクサICを用いた時分割多重化も開発されています。各TESと対応するSQUIDを行列状に配置し、超伝導のスイッチ(例えばジョセフソン接合を用いた開閉器)で列・行をアドレス指定して1画素ずつ読み出す技術です。低インピーダンスゆえに、スイッチがオンのときセンサ電流がすぐにSQUIDに流れこみオフのときは遮断される、といった高速な切り替えが可能です。高インピーダンス素子だと、一度電圧を読み出した後に他の素子に切り替えると、前の素子の影響(残留電荷)が回路に残りやすいのですが、TESは低抵抗なので切り替え後の残留効果が小さくて済みます。
要するに、TESの場合は「電流」の情報を線形に重ね合わせたり、素早くスイッチングしたりできるため、多重化技術との親和性が高いのです。その結果、例えばNISTやNASAでは1つのSQUIDで32個のTESを読む時分割多重や、あるいは数十の周波数チャネルを重畳する周波数多重など、TESアレイの多重読み出しが実用化されています。このおかげで、将来の宇宙X線観測装置(例: Athena衛星のX線TESマイクロカロリメータ)では数千画素にも及ぶTESアレイを極力限られた配線本数で制御・読み出しすることが計画されています。
半導体X線カロリメータ(高インピーダンス)で多重化が難しい理由
対照的に、高インピーダンスの半導体サーミスタでは多重化が非常に難しくなります。理由をまとめると:
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電圧信号の重ね合わせ困難: サーミスタでは各センサの電圧を測っています。仮に複数の高インピーダンスセンサを並列に接続して一つの増幅器で読み出そうとすると、どのセンサの電圧を測っているのか区別がつきません。直列に接続すると電圧は分圧されてしまい個々の信号にアクセスできません。電圧源は並列接続できない(電圧が同じになってしまう)し、直列接続すれば各電圧を個別に読み取れないため、電圧読み出し信号の多重化は原理的に難しいのです。電流信号ならば重ね合わせて後から分離可能ですが、電圧は重ね合わせた時点で情報が混ざり解体困難です。
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アナログスイッチによる切替の難しさ: 時分割多重化の考え方で、高インピーダンスセンサを電子スイッチで切り替えながら一つの増幅器に繋ぐことも理論上は可能です(室温で動く半導体検出器はこれを高速に行えます)。しかし、高インピーダンスセンサ回路では切り替えによる過渡応答が問題になります。あるセンサを読み出した後に次のセンサに切り替えると、回路上に残った電荷や前のセンサの電圧が影響を及ぼし、一瞬で安定した値を測れない可能性があります。センサ自身の時定数(RC時定数)が大きいと、切替後の安定待ち時間が長く必要となり、高速のTDMには不向きです。さらに、極低温環境で動作する低雑音の電子スイッチを大量に用意するのも技術的ハードルです。
室温動作の半導体検出器(例: Si-PINフォトダイオード、APD)は、センサの容量や暗電流が比較的小さいため、アナログスイッチやマルチプレクサで高速に切り替える時分割多重化が現実的に可能です。この方式はX線分光器や光検出アレイなどでも広く利用されています。一方、低温で動作する高インピーダンスの熱型検出器では、アナログスイッチのリーク電流や寄生容量が信号に大きな影響を与えるため、高速切り替えは難しい、という背景です。
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各画素ごとのアンプ必要性: 結局のところ、半導体サーミスタの場合は各画素に個別の高入力インピーダンスアンプを持たせる以外にないという状況になります。XRISM/Resolveでも36個の画素それぞれにJFET回路が割り当てられ、各チャンネルは別々に増幅・AD変換されています(多重化ではなく並列読み出し)。この方式は画素数が増えると線形比例でハードウェアが増大し、配線の熱負荷や電力予算が膨れ上がります。例えば1000画素を個別読み出しするのは現実的ではありません。(XRISM/Resolveでは36画素独立に12.5kHzのAD変換をNASA機器のXBOXで行い、JAXA機器のデジタル処理システムPSPのFPGA+組み込みOSで後段の処理を行う設計です。)
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ノイズと安定度の問題: 高インピーダンスセンサではマイクロフォニクスノイズの問題が深刻です。多重化回路を挟むことで配線が長くなったり回路が複雑化すると、そうしたノイズや漏れ電流の混入経路がさらに増えてしまいます。低抵抗のTESなら多少配線が長くてもインピーダンスが低いため影響を受けにくいですが、高抵抗サーミスタでは増幅前の微弱信号が外乱にさらされる区間を極力短くする必要があります。この点でも、各センサをすぐ近くのJFETで変換してしまう1:1の方式が限界でしょう。
以上の理由から、「半導体カロリメータ技術は信号多重化が極めて難しい」ということの中身になります。実際、この課題のために宇宙用X線分光器の開発潮流は、ひとみ衛星以降半導体カロリメータからTESへと主流が移行していきました。TESは多重化しやすいため大規模化が可能で、将来ミッションでは必須と考えられています。
インピーダンス視点から考えてみる
次に、もう少し一般的な視点から、X線検出器の多重読み出しをどう考えるべきかを考えてみましょう。この記事では、要点をインピーダンスの観点から整理してみます。
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高インピーダンスの検出器(半導体サーミスタなど)は、わずかなエネルギー変化でも大きな抵抗変化を示すメリットがありますが、その高抵抗ゆえに大きな電圧変化として信号を取り出す必要があります。高インピーダンス信号源に適した増幅器は高入力インピーダンスの電圧増幅器であり、各チャンネル個別にそうした増幅器を配置する必要がありました。JFETによるインピーダンス変換が必須であったのもこのためです。複数信号をまとめようにも、電圧源同士は干渉し合うためうまくいきません。結果として、半導体型では一度に多数の画素を扱うのが困難でした。
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低インピーダンスの検出器(TESなど)は、抵抗変化が小さい反面電流の変化として信号を取り出すのに適しています。低インピーダンス信号源に適した増幅器は低入力インピーダンスの電流計(電流増幅器)であり、SQUIDがその代表です。SQUIDはTESの電流変化を低雑音で測定でき、さらに複数の電流を合成して測ってもあとで分離可能という線形性を持ちます。また、低抵抗ゆえにRC時定数が小さく高速動作が可能で、スイッチング多重化にも適しています。こうした理由から、TESでは1つの増幅器/SQUIDで複数画素を読み出す多重化回路が実現できるのです。
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入力・出力インピーダンス設計の違い: サーミスタ読み出し系では「センサ→JFETゲート」はインピーダンス非マッチ(あえて無限大対高抵抗)、「JFET出力→後段」はインピーダンスマッチ(低抵抗アウトで後段を駆動)といった設計を取ります。一方TES読み出し系では「センサ→SQUID入力」はインピーダンスマッチ(低抵抗対低抵抗で電流を引き込み)と言えます。一般に、高インピーダンス源は電圧モードで、低インピーダンス源は電流モードで読め、という基本を体現しています。
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雑音特性の最適化: 補足として、増幅器雑音との兼ね合いを考えると、インピーダンスのマッチングは計測の信号対雑音比(SNR)を左右します。高抵抗センサでは熱雑音(ジョンソン雑音)は大きな電圧ノイズとなりますが、電流は小さいため増幅器の電流雑音の影響は小さく、むしろ増幅器の電圧雑音を小さくすることが重要です。JFETはまさに低電流雑音・低入力漏れで高抵抗源の電圧を測るのに適しています。一方、低抵抗TESではセンサの熱雑音は電流ノイズとして現れます。増幅器(SQUID)は極めて低い電流雑音を実現できるためセンサの性能を引き出せます。もし高抵抗センサをSQUIDで読み出そうとしても、そもそも流れる電流が極微少で信号が埋もれてしまいますし、逆に低抵抗センサをJFETで測ろうとしても微小な電圧しか得られず困難です。このように、各センサのインピーダンスに合った増幅方式を選ぶことが基本となっています。
大雑把には「低インピーダンスだから多重化が容易、高インピーダンスだから難しい」というスローガンの裏側には、回路の基本(電圧読み出し vs 電流読み出し)とインピーダンスマッチング、ノイズ最適化の問題が横たわっていることが理解できたでしょうか。センサーの抵抗値に見合った最適な読み出し回路が組めるかどうかが重要です。
インピーダンスとは何か?
インピーダンスは何なのか??と疑問に思った人向けに、もう少し丁寧にインピーダンスについて説明してみます。インピーダンスとは、交流回路における「抵抗」の一般化された概念です。抵抗(レジスタンス)は直流に対する電流の流れにくさを表しますが、インピーダンスはこれを交流まで拡張し、コイルやコンデンサのような周波数依存の要素も含めた複素数で表される量です。単位はオーム(Ω)で、抵抗もインピーダンスの一部(実数成分)とみなせます。
高インピーダンス vs 低インピーダンス
本記事の文脈では、細かな周波数依存性よりも 「高インピーダンス vs 低インピーダンス」 という用語の一般的な意味に注目します。これは平たく言えば:
- 高インピーダンス: 電圧をかけても電流がほとんど流れない状態(大きな抵抗で電流を阻む状態)を指します。極端な例は開放端(無限大の抵抗)で、ほぼ電流が流れません。高インピーダンスの回路部分はわずかな電荷の移動で電圧が変化しやすく、外界からノイズの影響を受けやすいという特徴もあります。
- 低インピーダンス: 電圧をかけると大きな電流が流れる状態(小さな抵抗で電流を通しやすい状態)です。極端な例は短絡(0Ω)で、電圧をかけると大量の電流が流れます。低インピーダンスの部分は電流源に近い挙動を示し、外来ノイズに対しては電圧が変化しにくい(多少の電荷が流れ込んでも電位が動きにくい)傾向があります。
簡単に言えば、 「高インピーダンス = 電流が流れにくい」「低インピーダンス = 電流が流れやすい」 状態です。
入力インピーダンス、出力インピーダンスとは何か?
電子回路では、信号源や増幅器の入力インピーダンスおよび出力インピーダンスが重要なパラメータになります。
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入力インピーダンス
検出器の信号を受ける最初段の増幅器(例: 半導体カロリメータ方式では JFET、TES 方式では SQUID)の入力端子が、信号源(検出器)に対して示すインピーダンスです。- 高インピーダンス入力(例: JFET)は、信号源からほとんど電流を引き抜かず、電圧信号をそのまま受け取ることができます。このため、高インピーダンスの検出器(数 kΩ~数十 MΩ)の場合でも、信号を劣化させずに測定できます。理想的な電圧計は無限大の入力インピーダンスを持ちます。
- 低インピーダンス入力(例: SQUID)は、信号源から比較的大きな電流を受け取り、その電流の変化を高感度に検出します。この方式は低インピーダンス検出器(TES の場合は mΩ~数百 mΩ)に適しており、配線容量や振動の影響を受けにくい利点があります。理想的な電流計は 0 Ωの入力インピーダンスを持ちます。
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出力インピーダンス
増幅器が次段の回路や信号線を駆動するときに内部的に持つインピーダンスです。- 低出力インピーダンスの増幅器は、長い配線や低抵抗負荷に対しても、電圧の低下をほとんど起こさずに信号を伝送できます(理想的な電圧源は出力インピーダンス 0 Ω)。
- 出力インピーダンスが高いと、負荷や配線容量によって信号が減衰したり帯域が制限されやすくなります。
一般的にはインピーダンスは交流回路における電気的な抵抗の総称ですが、本記事では特に信号源(検出器)が持つ実効的な抵抗成分(ソースインピーダンス)を指します。直感的には、高インピーダンスの信号源は「出力抵抗が大きい」つまり電圧源に近い振る舞いをし、低インピーダンスの信号源は「出力抵抗が小さい」つまり電流源に近い振る舞いをすると言えます。高インピーダンス源は微小な電流しか供給できず外部から見て電圧変化として信号を提供し、一方低インピーダンス源は電圧はあまり生じないものの電流の変化として信号を出力します。この違いは、信号を読み出す増幅回路の設計やノイズ特性に大きく影響します。
たとえばXRISM Resolveのようなシリコン型マイクロカロリメータでは、検出素子の抵抗値は動作点で数十MΩにも達する高インピーダンス素子です。一方、TESマイクロカロリメータでは超伝導遷移膜の抵抗値は通常1Ω以下(動作時ははミリオームオーダー)に抑えられており、非常に低インピーダンスです。この差が信号の伝達特性や雑音への感度を大きく左右します。
電子回路の観点から
インピーダンスについてイメージができたら、次に電子回路の基礎的な法則からも、信号多重化について再度考えてみましょう(上記の内容と若干重複ありますが)。極低温では、配線による侵入熱を抑えるために、配線数をなるべく少なくする必要があります。しかし、一つのセンサーからの電気信号の過渡的な変化を、複数のセンサーからの出力が合流した一つの配線の信号から、どの画素のどのような信号なのかを同定するのは極めて難しい問題のように思えます。ただ、身近な例で考えると、ラジオや携帯電話は一つの送信機と受信機を用いて、周波数空間に多重化された信号を見事に区別して使い分けています。極低温検出器の場合は、100mK以下のような極低温化でいかに信号多重化を実現するか、という点に技術的な難所があります。
テブナンとノートン等価回路の視点
1. テブナンの定理とノートンの定理とは?
電気回路の解析では、複雑な線形回路(抵抗・電源・線形素子を含む回路)をより簡単な等価回路に置き換えて考えることができます。その代表的な方法がテブナンの定理とノートンの定理です。
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テブナンの定理(Thevenin’s theorem)
任意の線形二端子回路は、ある電圧源 $V_\text{Th}$ と 直列抵抗 $R_\text{Th}$ の組み合わせに等価的に置き換えられる。$$
\text{任意の回路} \quad\Rightarrow\quad V_\text{Th} \ \text{(電圧源)} \ + \ R_\text{Th} \ \text{(直列)}
$$ -
ノートンの定理(Norton’s theorem)
任意の線形二端子回路は、ある電流源 $I_\text{No}$ と 並列抵抗 $R_\text{No}$ の組み合わせに等価的に置き換えられる。$$
\text{任意の回路} \quad\Rightarrow\quad I_\text{No} \ \text{(電流源)} \ \parallel \ R_\text{No}
$$
両者は等価であり、次の関係式で結ばれます。
$$
R_\text{Th} = R_\text{No}, \quad V_\text{Th} = I_\text{No} \cdot R_\text{Th}
$$
2. 検出器インピーダンスとの関係
線形二端子回路の「2端子」(=カロリメータ検出器の前後の2端子=増幅器の入力を含めた全体2端子ではなく、検出器素子外形の2端子を想定)として考えます。つまり、カロリメータ検出器そのもの(センサー素子+その内部構造)を、外部から見たときに「電圧源+直列抵抗(テブナン型)」または「電流源+並列抵抗(ノートン型)」に置き換え、その等価回路が、増幅器の入力端子に接続されるという考え方です。
この考え方を使うと、検出器を「信号源 + 内部抵抗」というシンプルなモデルで表せます。
-
高インピーダンス検出器(半導体カロリメータ、例: XRISM/Resolve)
テブナン等価回路で見ると、微小な電圧源 $V_\text{Th}$ に大きな直列抵抗 $R_\text{Th}$ がつながった形で表せます。光子を受けて抵抗値が変化すると、その結果として電圧が変化し、それを高入力インピーダンスの電圧増幅器で読み取ります。(半導体カロリメータは定電流安定型なので、電圧を信号とする) -
低インピーダンス検出器(TESマイクロカロリメータ)
ノートン等価回路で見ると、微小な電流源 $I_\text{No}$ に小さな並列抵抗 $R_\text{No}$ がつながった形で表せます。光子を受けて抵抗値が変化すると電流が変化し、それを低入力インピーダンスの電流増幅器(例: SQUIDによるトランスインピーダンス増幅)で読み取ります。(TESカロリメータは定電圧安定型なので、電流を信号とする)
3. テブナン・ノートンの定理の観点からのまとめ
- 半導体カロリメータ → 高抵抗の電圧信号源モデル → 高入力インピーダンスの電圧増幅器で受ける。
- TESマイクロカロリメータ → 低抵抗の電流信号源モデル → 低入力インピーダンスで電流を検出(または一定電圧バイアス)。
このように、テブナン・ノートンの定理の観点から捉えると、検出器のインピーダンス特性と読み出し回路設計の関係を中身の詳細によらずに、直感的に理解できます。
インピーダンスと信号帯域幅:RCローパスフィルタ効果
次に、現実的には寄生容量や寄生インダクタンスによる影響も考えて設計する必要があります。そのことを簡単に説明してみます。高インピーダンス源と低インピーダンス源のもう一つの重要な違いは、信号の帯域幅(応答速度)にあります。検出器から増幅器に信号を伝える配線や入力段には微小ながら寄生容量($C$)が存在します。典型的には、配線やトランジスタのゲートに数ピコファラド(pF)程度の容量が含まれます。この容量と検出器の内部抵抗($R$)が直列(高インピーダンスの場合)または並列(低インピーダンスの場合)につながることで、RCローパスフィルタ(抵抗$R$と容量$C$による低域通過フィルタ)として作用します。
ローパスフィルタの時定数は $\tau = R C$ で与えられ、カットオフ周波数は以下の式で表されます。
$$
f_c = \frac{1}{2\pi R C}
$$
高インピーダンスでは$R$が大きいため$\tau$が大きく、カットオフ周波数$f_c$は低くなります。逆に低インピーダンスでは$R$が小さいので$\tau$が小さく、$f_c$は高くなります。実際の数値で比較してみましょう。例えば 半導体カロリメータ (高インピーダンス) 検出器で $R = 30~\text{M}\Omega$、配線などの寄生容量が $C = 30~\text{pF}$ 程度あるとします。この場合、時定数は
\tau = 30\times10^6~\Omega \times 30\times10^{-12}~~\text{F} \approx 9\times10^{-4}~~\text{s} ~~\text{(0.9 ms)}
となり、カットオフ周波数は
$$
f_c \approx \frac{1}{2\pi \times 0.9\times10^{-3}} \approx 180~\text{Hz}
$$
程度になります。一方、TES型 (低インピーダンス) 検出器で $R = 1~\text{k}\Omega$, $C = 30~\text{pF}$ とすると、$\tau \approx 3\times10^{-8}~\text{s}$(30 ns)となり、
$$
f_c \approx \frac{1}{2\pi \times 3\times10^{-8}} \approx 5\times10^6~\text{Hz}
$$
すなわち数MHzもの高い周波数まで信号を通せる計算になります。
(注)この計算は例であって、数値は現実とは異なります。
このように、高インピーダンス検出器は信号の高周波成分(急峻な立ち上がりや短パルス)を伝えにくく、主に低周波成分(ゆっくりした変化)を出力するのに向いています(現実的には、カロリメータの場合は、基礎過程が熱プロセスであるため原理的に高速化が難しい)。逆に低インピーダンス検出器は高い周波数まで信号を歪ませず伝送できます。マイクロカロリメータの場合、X線光子の入射によって生じる温度パルスが数ミリ秒程度に設計しておくと、高インピーダンス回路でも信号が丸まってエネルギー測定精度に影響を回避できます。また、読み出し回路の雑音も周波数依存性があります。高インピーダンス回路では$1/f$雑音や微小な誘導ノイズが低周波側に現れやすく、帯域が狭いとそれらの影響を出方も変わります。
XRISM/Resolveでは、半導体カロリメータ検出器の信号帯域幅は数百Hz程度に抑えられており、高周波ノイズを抑えるためにデジタル信号処理側(波形処理システムPSPは日本で開発した室温デジタルエレキ)で約366 Hzで高周波成分をカットするフィルタを適用しています。TES検出器ではkHz帯(さらにはMHz帯)の信号処理を想定して開発が進められており、信号の時間分解能やパルスの重畳検出性能が向上します。この差は例えば、高インピーダンス方式では1秒間に処理できるパルス数(計数率)の限界が低めですが、低インピーダンス方式では高計数率でもパルスを区別しやすい、といった実用上の違いにも繋がります(ただし、宇宙応用では、高周波ほどリソースを食うので、早ければ良いという単純な設計にはなりません)。
高インピーダンス検出器の読み出し:JFETソースフォロワ
高インピーダンス型マイクロカロリメータを高いエネルギー分解能で読み出すには、極めてわずかな電流・電圧変化を増幅しなければなりません。内部抵抗が数十MΩにもなる信号源をそのまま長い配線で室温の増幅器につなぐと、先ほど述べたRC遅延だけでなく微弱信号が外来ノイズに埋もれてしまいます。また、高インピーダンス回路は振動や微小な静電容量変化による マイクロフォニクス(微少振動雑音) の影響を受けやすいという課題もあります。実際、Hitomi(ASTRO-H)衛星のSXS検出器では、動作バイアス下で検出器インピーダンスが約30 MΩに達し、配線の僅かな振動でも容量が変化して信号に雑音が乗るため、リード線をピンと張って機械的共振を高周波側へ逃がす工夫が施されました。また、検出器帯域外(約2 kHz以上)の信号は8次のローパスフィルタで強力に減衰させ、振動ノイズが観測帯域に入らないようにしています。
高インピーダンス信号を低ノイズで取り出す鍵となるのがソースフォロワ(source follower)と呼ばれるバッファ回路です。ソースフォロワは、JFET(接合型FET)やMOSFETといったトランジスタをドレイン接地・ソース出力の構成(いわゆるエミッタフォロワ/ソースフォロワ回路)で使ったもので、入力インピーダンスが非常に高く、出力インピーダンスが低いという特徴を持ちます。入力側(ゲート)で受け取った微小信号電圧をそのまま(ゲート-ソース間電圧差を除けばほぼ1倍で)ソースから出力し、次段に低インピーダンスで渡すことができます。これにより、高インピーダンスの検出器が直接重い負荷(配線や後段回路)を見ることを防ぎ、信号劣化を最小限に抑えることができます。
XRISMやその前身であるHitomiのマイクロカロリメータ読み出しでは、検出器にできるだけ近い低温段にJFETによるソースフォロワ増幅器を配置し、各ピクセルの信号をバッファしています。具体的には、50 mKの検出器アレイから数cmの位置に、約130 Kに温調したJFET回路が置かれました。JFETから出力される信号は出力インピーダンスが十分低くなっているため、後段のケーブルや室温電子回路まで劣化無く伝送することができます。JFETは温度を下げすぎると特性が劣化するため約100~150 K程度で動作させ、同時にその熱が50 mKの極低温段に伝わらないよう巧妙な熱隔離サスペンション構造が採用されています。 (注)勘違いされやすいですが「JFETで信号を増幅している」という説明は間違いです。XRISM/ResolveのJFETは増幅率は1未満でインピーダンスを下げるために使われています。
ソースフォロワによる電圧読み出し方式は、高インピーダンス検出器を比較的シンプルな回路で読み出せるという利点があります。JFETやそれに続く演算増幅器(OPアンプ)技術は確立されており、熱設計さえ適切に行えば安定した動作が得られます。実際、XRISM/ResolveやHitomi/SXSではこの方式で約5 eVの高いエネルギー分解能を達成しています。しかし一方で、画素数の拡大には不向きという弱点もあります。36画素程度であれば各画素ごとに増幅回路を用意することも可能ですが、将来的な数百~数千画素のアレイ検出器に対して、同数の増幅チャネルと配線を用意するのは現実的ではありません。また高インピーダンスゆえに多重化(multiplexing)が難しい点も後述するように問題となります。これらを解決するために登場したのがTES型検出器とそれに適した読み出し技術です。
低インピーダンス検出器の読み出し:TESとSQUID電流増幅
低インピーダンス(TES)型マイクロカロリメータでは、検出器自体の抵抗がごく小さいため、高インピーダンス型とは全く異なる読み出しアプローチが必要です。TES素子は超伝導遷移の急峻な抵抗変化を利用しており、一定のバイアス条件下でX線光子が当たると抵抗値が微増し、その結果として流れる電流が減少する、という形で信号が生じます(安定動作のために、電圧バイアスで定電圧源に接続し、光子入射により抵抗上昇→電流低下となるように動作させます)。TESの内部抵抗が低いということは、テブナン等価的には起電力は小さいが内部抵抗がほぼゼロに近いという状況です。このような信号を増幅器に伝えるには、ほぼ短絡に近い入力で電流の変化を感知できる増幅器が必要です。そこで用いられているのが、超伝導回路を利用したSQUID増幅器(Superconducting Quantum Interference Device)です。
SQUIDは超伝導コイルを用いた極低雑音の磁気・電流センサーで、TESに直列(あるいは並列)につないだインダクタンスを介してTES電流の変化を磁束変化として検出します。SQUIDの入力インピーダンスは事実上ゼロ(超伝導電流が流れるコイルなので直流抵抗ゼロ)であるため、TESはほぼ短絡に近い環境でバイアスされます。この状態でTESの抵抗が僅かに変化すると電流が線形に変化し、その変化量をSQUIDが高精度に拾い上げて電圧信号に変換します。平たく言えば、SQUIDは超高感度の電流計のように働き、低インピーダンスTESから出る微小な電流パルスを余すことなく電気信号(電圧のこと。dc-SQUIDはジョセフソン接合を2つ持ち、接合部で電位差が生じる)として取り出す役割を果たしています。実運用上は SQUIDはフラックスロックループ (FLL) で線形化し、電圧出力がフラックス(~電流)に比例する領域で使われます。
TES読み出しでは、増幅器(SQUID)が極低温(通常 Nbが9Kで超伝導転移するため 4 K以下)に設置される点も特徴です。高インピーダンス読み出しではJFETを100 K級で動作させましたが、TESではむしろ検出器と増幅器を低温で密接に結合する方が安定性・低雑音上有利です。SQUID自体が超伝導素子ですから、液体ヘリウム温度程度まで冷やして動作させます。TESアレイの場合、1段では増幅しきれないので数段のSQUID増幅チェーンや差動方式を用いて室温まで信号を増幅伝送しますが、これらの詳細は専門文献に譲ります。
低インピーダンスTES方式の利点は、なんといっても大規模アレイ化と多重化への適合性が高いことです。TESは抵抗値が低いため、多数の素子を一つの読み出し回路にまとめても相互の干渉が小さく、工夫次第で一つの配線で複数の信号を同時に扱えます。実際、TESアレイではマルチプレクサ技術が盛んに開発されており、時分割多重化(Time-Division Multiplexing)、周波数分割多重化(Frequency-Division Multiplexing)、さらにはマイクロ波SQUID多重化等によって一本の読み出し線で多数の画素信号を伝送することが可能になっています。例えば欧州の次世代X線観測計画Athenaに搭載予定のX-IFUでは、3840画素ものTESマイクロカロリメータアレイを実装しつつ、周波数分割多重化によって限られた本数のSQUID読み出し回路でそれらをカバーする設計が採用されています。一方、XRISM Resolveのような高インピーダンス方式では、画素ごとに個別の増幅・配線が事実上必要で、複数信号を一本化する多重化技術は実用化されていません(高インピーダンスの信号源同士をまとめると、互いに大きな抵抗を通じた電圧分割を引き起こし信号が劣化してしまうためことなど)。この違いは、将来的に必要とされる高密度なX線検出器の実現において決定的であり、TESが主流となっている大きな理由の一つです。
また、TES方式はエネルギー分解能の面でも有利な点があります。TESは電気的に強い負帰還(electrothermal feedback)がかかった状態で動作するため、光子吸収による温度上昇を自発的に抑制し信号応答を線形化・高速化する効果があります。その結果、熱ゆらぎ雑音が減少しエネルギー分解能が改善することが知られています。実験室レベルでは、単一のTESピクセルで5.9 keVのX線に対しFWHM≲2 eVという極めて高い分解能が達成されており、これはXRISMの熱敏抵抗型が約5~7 eVであるのと比べて2倍以上の性能向上です。もっとも、TESは超伝導薄膜の安定動作や複雑な冷却・読み出し電子装置を要するため開発ハードルが高く、一概に「常にTESが優れる」というわけではありません。しかし近年では技術が成熟し、「数千ピクセル規模・高エネルギー分解能」の量子カロリメータアレイが標準的になりつつあると言える時代へと向かっています。
インピーダンスが及ぼす影響まとめ:信号読み出しと多重化
以上見てきたように、XRISM Resolveに代表される高インピーダンス検出器と、TESに代表される低インピーダンス検出器では、電気信号の取り出し方からシステム設計まで大きな違いがあります。その根底にあるのが、信号源インピーダンスの違いです。
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信号読み出し方式の違い: 高インピーダンスでは電圧信号として扱うため、高入力インピーダンスのJFETソースフォロワや演算増幅器を用いた電圧増幅が行われます。一方、低インピーダンスでは電流信号を扱うため、低インピーダンス入力(実質的に短絡)のSQUIDによる電流検出・増幅が行われます。この違いにより、高インピーダンス方式では比較的簡素なアナログ回路で済む反面、一画素あたり一増幅器が必要となりがちです。低インピーダンス方式では高度な超伝導増幅回路が必要ですが、一つの増幅器で多画素を同時読み出しできる柔軟性があります。
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信号帯域幅・応答速度の違い: 高インピーダンスではRCフィルタによる帯域制限が厳しく、信号応答は主に低周波成分のみになります。XRISMでは数百Hz程度の帯域でパルスを取得し、緩慢な温度緩和過程を精密に測定しています。低インピーダンスではMHz級まで広い帯域を確保でき、パルスの立ち上がりや細かな構造も捉えられます。結果として、重なり合うパルスの分離(高計数率対応)やタイミング精度の面でTESは有利です。
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ノイズ特性・機械的影響: 高インピーダンス回路は微小な漏れ電流や配線容量変動にも敏感で、振動やマイクロフォニクス対策が重要になります。低インピーダンス回路はそうした影響を受けにくく、例えば低インピーダンス入力のTES/SQUID読み出しは高インピーダンス回路より振動ノイズに対し鈍感であると考えられます。もっとも、実際の衛星搭載ではどちらの方式でも振動・電磁雑音対策は必要ですが、原理上の強みとして低インピーダンス方式はノイズマージンを稼ぎやすいでしょう。
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多重化と拡張性: 高インピーダンス方式では画素数を増やす際に配線本数や増幅器数が線形に増えてしまい、信号間干渉も大きくなります。実際、XRISMでは36画素が限界でした。一方、低インピーダンス方式では多重化技術を駆使して配線数増加を抑えつつ大規模アレイ化が可能で、Athenaでは数千画素、将来的ミッションでは一万画素超も視野に入っています。このスケーラビリティの違いは、将来の高感度X線分光において決定的に重要です。
数学的対称性と現実の違い
最後に、初心に戻って、人間が電気信号を検出するとは何なのかを考えてみましょう。
基本原理は、オームの法則です。定電流バイアス (定電流$I_0$)
$$
V(t) = I_0 R(t)
$$
と 定電圧バイアス (定電圧$V_0$)
$$
I(t) = \frac{V_0}{R(t)}
$$
は、理想的な電圧源・電流源を仮定すればほぼ対称です。
人間が電気的に信号の有無を認識するには、抵抗の直接検出は難しいので、どちらかの方式で電流か電圧を検出すればよく、式の上からはどっちでも良い気がします。
電気回路における電圧源・電流源の定義が曖昧な人向け
電気回路における電圧源・電流源は、抵抗を直列に入れるか、並列に入れるか、のどちらかでモデル化されます。"理想"がつくときは、抵抗が0の場合を考えましょう、という意味になります。
電圧源の内部抵抗は「直列」に入れる
- 理想電圧源はどんな負荷をつないでも電圧を一定に保つ。
- 実際の電圧源は完全には理想的でなく、負荷に電流を流すと内部に電圧降下が生じる。
- その電圧降下をモデル化するために、直列に内部抵抗 $R_s$ を入れる。
式で書くと
$$
V_{\text{out}} = V_{\text{source}} - I_{\text{load}} R_s
$$
→ 負荷電流が増えると電圧が下がる(直列だから)。
電流源の内部抵抗は「並列」に入れる
- 理想電流源はどんな負荷をつないでも電流を一定に保つ。
- 実際の電流源は完全ではなく、負荷電圧が変わると流せる電流が変化する。
- この挙動をモデル化するために、並列に内部抵抗 $R_p$ を入れる。
式で書くと
$$
I_{\text{out}} = I_{\text{source}} - \frac{V_{\text{load}}}{R_p}
$$
→ 負荷電圧が高くなると、並列抵抗に逃げる電流が増える(並列だから)。
しかし、実際の回路では次の要素が対称性を崩します。
1. 理想電圧源・理想電流源が作れない
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理想電圧源は出力インピーダンスがゼロ、理想電流源は出力インピーダンスが無限大という条件を満たす必要があります。
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実際の電源やバイアス回路には有限のインピーダンスがあり、この値が信号源(検出器)のインピーダンスと相互作用します。
- 検出器が高インピーダンスの場合、電圧モードの方が安定して測れる(負荷電流がほぼゼロにできる)。
- 検出器が低インピーダンスの場合、電流モードの方が安定して測れる(負荷電圧がほぼゼロにできる)。
2. ノイズの非対称性
検出器の読み出しでは、
- 電圧モードではアンプの入力電圧雑音が支配的になりやすい。
- 電流モードではアンプの入力電流雑音が支配的になりやすい。
現実の増幅素子は、この2つの雑音の大きさが大きく異なります。
例えば:
- JFETは入力電流雑音が非常に小さいが、電圧雑音はそこまで小さくできない → 高インピーダンス源の電圧読み出しに向く。
- SQUIDは入力電圧雑音はほぼ無意味なほど小さいが、電流感度が極めて高い → 低インピーダンス源の電流読み出しに向く。
つまり、どの雑音成分が支配的になるかが、バイアス方式選択の実質的な理由です。
3. 安定性と帰還効果の違い
TESのような低抵抗素子を定電流でバイアスすると:
- 抵抗が増えると電圧が増え、さらに温度が上がり、抵抗がさらに増える…という正のフィードバックが起きやすい → 不安定。
- 定電圧バイアスでは逆に、抵抗が増えると電流が減り、温度上昇が抑えられる → 負のフィードバックで安定。
サーミスタのような高抵抗素子は逆の性質を持ち、低電流バイアス(定電流近似)の方が安定になりやすい。
4. 配線・多重化との関係
- 電圧信号はノードが共有されると混ざってしまう → 多重化が難しい。
- 電流信号は経路で分けられるので、インダクタやスイッチで分離可能 → 多重化しやすい。
これは数式だけでは見えにくい回路トポロジーの違いです。
電流と電圧の違いをまとめると
数式的には対称に見えても、現実には以下の理由で違いが大きく出ます:
- 理想的な電圧源/電流源が作れない(出力インピーダンスの有限性)。
- 増幅器の電圧雑音と電流雑音の非対称性。
- バイアス条件による熱フィードバックの安定性。
- 信号の混ざり方の違い(ノード共有 vs 経路分離)。
マイクロカロリメータの観点からは、
電圧信号
- ノードの電位は瞬時に全体へ広がる(高い入力インピーダンスの計測系ではほぼ全域同電位)
- 多重化にはスイッチングやスキャンが必要(例:半導体カロリメータでの逐次読み出し)
電流信号
- 流路が独立していれば、複数の電流が同時に重ね合わせても分離可能
- 周波数多重化(FDM)、時間多重化(TDM)、マイクロ波多重化(uMux)がTESでは自然に実装できる
というまとめ方になります。
正確性を度外視して、理学部物理向けにまとめると、電圧はポテンシャルなので経路に依存しないが、電流は電子がどのルートを通るかという流れなので経路に依存するため、複数の合流された信号から区別するには電流の方が自由度が高い、という言い方になる気がします。
おわりに:さらに学ぶために
本記事では、XRISM Resolveの半導体マイクロカロリメータとTESマイクロカロリメータの違いをインピーダンスという切り口から概観しました。高インピーダンスゆえのRCフィルタ効果やソースフォロワによる電圧読み出し、低インピーダンスゆえの高速応答やSQUIDによる電流読み出し、さらには多重化への適性など、インピーダンスの違いが検出器システム全体の設計に大きく影響することがお分かりいただけたかと思います。まとめると、XRISMで採用された半導体カロリメータ方式は従来技術の安定性を活かしつつ高いエネルギー分解能を実現しましたが、将来ミッションではTES方式によるさらなる高性能化と大規模化が期待されています。
本記事で引用した文献をいつくか列記しておきます。例えば、ASTRO-H/HitomiのSXS設計に関する論文やXRISM Resolveの性能報告、TESアレイ(Athena/X-IFUやLynx)に関するSPIE/JATIS論文など、ここでは紹介しきれなかった回路図やデータ、開発上の工夫が数多く述べられています。専門の学術論文には難しい内容も含まれますが、原典にあたることで回路理論や物理の理解が一層深まるでしょう。本記事がその入り口として、好奇心を刺激し直感を磨く一助となれば幸いです。
📚 参考文献
本文中で参照した資料の一部を挙げます。XRISM/Resolve や Hitomi/SXS の概要と技術的詳細については NASA の技術記事や学術論文、TES 検出器の最新動向については Astro-H 後継機や Athena 計画の文献等を参照してください。それらには本記事で扱った インピーダンス 以外にも、冷却技術・熱設計・フィルタや校正源など興味深いトピックが網羅されています。
註: インピーダンスや増幅回路の基礎(RC 回路の応答、テブナンの定理、JFET/MOSFET の動作原理、SQUID の概念など)は、学部レベルの教科書や電子工学の資料にも詳しい解説があります。必要に応じてそちらも併せて学習すると理解が深まります。
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Porter et al., 2011, The detector subsystem for the SXS instrument on the ASTRO-H Observatory, Space Telescopes and Instrumentation 2010: Ultraviolet to Gamma Ray
Hitomi (SXS) 検出器ではバイアス下インピーダンスが約 30 MΩ で、検出器と JFET 間リードのわずかな容量変動でもマイクロフォニックノイズが生じるため、リード線を張力をかけて配置し共振周波数を検出器帯域(~2 kHz)より高くしたこと、信号は 2 kHz 付近で 8 次ローパスフィルタをかけ帯域制限していることなど詳細に記されています。
DOI:10.1117/12.896670
PDF(こっちはダウンロードできるはず) -
石崎 et al. (2018), Journal of Astronomical Telescopes, Instruments, and Systems, In-flight performance of pulse-processing system of the ASTRO-H/Hitomi soft x-ray spectrometer
XRISM Resolve ではオンボードのデジタル信号処理において、高周波ノイズ増加を防ぐため 366 Hz で高周波成分をカットするフィルタを用いていることが述べられています。XRISM/Resolveのデジタル信号についてまとまっています。
- Bandler et al., 2019, Lynx x-ray microcalorimeter, JATIS
Athena や Lynx (その後 LEM、その後はまだ未定...) で採用される TES 技術では、1 段目の SQUID 増幅器が低インピーダンス入力であるため、センサーや配線の振動による影響(マイクロフォニクス)を受けにくいと指摘されています。高インピーダンスの半導体方式では振動対策が性能維持に重要だったのに対し、低インピーダンス方式ではその点では有利なはずです。
DOI:10.1117/1.JATIS.5.2.021017
- XRISMの科学成果や情報はこちらから
Carolineさんの資料は歴史がコンパクトにまとまってる。
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