1. 初めに
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インダクタンス $L$ や相互インダクタンス $M$ は、Maxwell 方程式に最初から現れる基本定数ではありません。
Maxwell 方程式の基本変数は、電場、磁場、電荷密度、電流密度です。
\mathbf{E},\quad
\mathbf{B},\quad
\mathbf{D},\quad
\mathbf{H},\quad
\rho,\quad
\mathbf{J}
一方、インダクタンスは、導体の形状、電流経路、戻り電流、材料、境界条件を決めたあとに、電流が作る磁場エネルギーを回路電流の二次形式として表したときの係数です。
1つの回路なら、
U_{\mathrm{mag}}
=
\frac{1}{2}LI^2
と書けます。
複数の回路なら、
U_{\mathrm{mag}}
=
\frac{1}{2}
\sum_{i,j}
L_{ij}I_iI_j
と書けます。
ここで、対角成分 $L_{ii}$ が自己インダクタンス、非対角成分 $L_{ij}$ が相互インダクタンスです。
つまり、インダクタンス行列 $L_{ij}$ は、
電流分布が作る磁場エネルギーを、有限個の回路電流 $I_i$ で表したときの係数行列
です。
2. Maxwell 方程式から何を解くのか
低周波の回路定数としてインダクタンスを考えるときは、まず磁気静的、または準静的な近似を考えます。
磁気静的な極限では、変位電流を無視して、
\nabla\times\mathbf{H}
=
\mathbf{J}
\nabla\cdot\mathbf{B}
=
0
を解きます。
線形・等方媒質では、
\mathbf{B}
=
\mu\mathbf{H}
です。
真空なら、
\mathbf{B}
=
\mu_0\mathbf{H}
です。
したがって、インダクタンスを求める基本的な流れは、
\mathbf{J}
\rightarrow
\mathbf{B}
\rightarrow
U_{\mathrm{mag}}
\rightarrow
L
です。
すなわち、
電流密度を与える → Maxwell 方程式を解く → 磁場を得る → 磁場エネルギーを計算する → インダクタンスを読む
という順序です。
3. ベクトルポテンシャルで書く
磁場は
\nabla\cdot\mathbf{B}
=
0
を満たすので、ベクトルポテンシャル $\mathbf{A}$ を使って、
\mathbf{B}
=
\nabla\times\mathbf{A}
と書けます。
真空中で Coulomb ゲージ
\nabla\cdot\mathbf{A}
=
0
を取ると、磁気静的な Ampère の法則は
\nabla^2\mathbf{A}
=
-
\mu_0\mathbf{J}
になります。
無限遠で $\mathbf{A}\to0$ とするなら、その解は
\mathbf{A}(\mathbf{r})
=
\frac{\mu_0}{4\pi}
\int
\frac{
\mathbf{J}(\mathbf{r}')
}{
|\mathbf{r}-\mathbf{r}'|
}
\,d^3r'
です。
ただし、この形は真空中、または一様な線形媒質中での単純な Green 関数表示です。近くに磁性体、グランドプレーン、超伝導体、シールドなどがある場合には、境界条件を含めて場を解く必要があります。
4. 磁場エネルギーから自己インダクタンスを定義する
線形媒質中の磁場エネルギーは、
U_{\mathrm{mag}}
=
\frac{1}{2}
\int
\mathbf{B}\cdot\mathbf{H}
\,d^3r
です。
真空中なら、
U_{\mathrm{mag}}
=
\frac{1}{2\mu_0}
\int
|\mathbf{B}|^2
\,d^3r
です。
また、局在した定常電流分布については、
U_{\mathrm{mag}}
=
\frac{1}{2}
\int
\mathbf{J}\cdot\mathbf{A}
\,d^3r
とも書けます。
したがって、ある閉じた電流経路に電流 $I$ が流れているとき、自己インダクタンスは
L
=
\frac{2U_{\mathrm{mag}}}{I^2}
で定義できます。
ベクトルポテンシャルを使えば、
L
=
\frac{1}{I^2}
\int
\mathbf{J}\cdot\mathbf{A}
\,d^3r
です。
さらに真空中の Green 関数表示を代入すると、
L
=
\frac{\mu_0}{4\pi I^2}
\int
\int
\frac{
\mathbf{J}(\mathbf{r})
\cdot
\mathbf{J}(\mathbf{r}')
}{
|\mathbf{r}-\mathbf{r}'|
}
\,d^3r\,d^3r'
となります。
この式は、有限な断面を持つ電流密度分布に対する自己インダクタンスの基本式です。
重要なのは、これは「線」ではなく「体積電流分布」に対する式だということです。線電流にしてしまうと、自己相互作用の近接部分で発散が現れます。
5. 相互インダクタンスの定義
次に、2つの閉じた電流経路を考えます。
回路1と回路2の電流密度を、
\mathbf{J}_1(\mathbf{r})
=
I_1\mathbf{f}_1(\mathbf{r})
\mathbf{J}_2(\mathbf{r})
=
I_2\mathbf{f}_2(\mathbf{r})
と書きます。
ここで、$\mathbf{f}_i$ は単位電流あたりの電流密度分布です。体積電流密度の単位は $\mathrm{A/m^2}$ なので、$\mathbf{f}_i$ の単位は $\mathrm{m^{-2}}$ です。
全電流密度は、
\mathbf{J}
=
I_1\mathbf{f}_1
+
I_2\mathbf{f}_2
です。
線形媒質では、ベクトルポテンシャルも重ね合わせで、
\mathbf{A}
=
I_1\mathbf{a}_1
+
I_2\mathbf{a}_2
と書けます。
ここで、$\mathbf{a}_i$ は単位電流あたりのベクトルポテンシャルです。
磁場エネルギー
U
=
\frac{1}{2}
\int
\mathbf{J}\cdot\mathbf{A}
\,d^3r
に代入すると、
U
=
\frac{1}{2}L_1I_1^2
+
\frac{1}{2}L_2I_2^2
+
MI_1I_2
という形になります。
このとき、
L_1
=
\int
\mathbf{f}_1\cdot\mathbf{a}_1
\,d^3r
L_2
=
\int
\mathbf{f}_2\cdot\mathbf{a}_2
\,d^3r
M
=
\int
\mathbf{f}_1\cdot\mathbf{a}_2
\,d^3r
=
\int
\mathbf{f}_2\cdot\mathbf{a}_1
\,d^3r
です。
最後の等号は、線形・相反な媒質で成り立つ対称性です。
真空中で書けば、相互インダクタンスは
M
=
\frac{\mu_0}{4\pi}
\int_{V_1}
\int_{V_2}
\frac{
\mathbf{f}_1(\mathbf{r})
\cdot
\mathbf{f}_2(\mathbf{r}')
}{
|\mathbf{r}-\mathbf{r}'|
}
\,d^3r\,d^3r'
です。
元の電流密度で書けば、
M
=
\frac{\mu_0}{4\pi I_1I_2}
\int_{V_1}
\int_{V_2}
\frac{
\mathbf{J}_1(\mathbf{r})
\cdot
\mathbf{J}_2(\mathbf{r}')
}{
|\mathbf{r}-\mathbf{r}'|
}
\,d^3r\,d^3r'
です。
したがって、相互インダクタンスは、
一方の電流が作るベクトルポテンシャルと、もう一方の電流分布との重なり
を表す量です。
6. 細線近似と Neumann 公式
導体を十分細い線とみなせる場合、相互インダクタンスは線積分で近似できます。
回路1を曲線 $C_1$、回路2を曲線 $C_2$ とすると、
M_{12}
=
\frac{\mu_0}{4\pi}
\oint_{C_1}
\oint_{C_2}
\frac{
d\mathbf{l}_1\cdot d\mathbf{l}_2
}{
|\mathbf{r}_1-\mathbf{r}_2|
}
です。
これを Neumann 公式と呼びます。
この式から、相互インダクタンスの符号の意味が見えます。
2つの線素が同じ向きに近ければ、
d\mathbf{l}_1\cdot d\mathbf{l}_2 > 0
となり、正の寄与をします。
反対向きに近ければ、
d\mathbf{l}_1\cdot d\mathbf{l}_2 < 0
となり、負の寄与をします。
ただし、$M$ の符号は電流の正方向と磁束の正方向の取り方に依存します。物理的に重要なのは、$M$ の符号だけではなく、エネルギー項
MI_1I_2
が全エネルギーにどう寄与するかです。
たとえば SQUID の相互インダクタンスを正の値として扱うことが多いのは、結合する向きがそのように定義されているからです。向きの定義を反転すれば、同じ物理系でも $M$ の符号は反転します。
7. 自己インダクタンスで線積分が危ない理由
相互インダクタンスでは、2つの異なる線 $C_1$ と $C_2$ を考えるため、通常は
|\mathbf{r}_1-\mathbf{r}_2|
がゼロになりません。
しかし、自己インダクタンスに同じ式をそのまま使って、
L
\stackrel{?}{=}
\frac{\mu_0}{4\pi}
\oint_C
\oint_C
\frac{
d\mathbf{l}\cdot d\mathbf{l}'
}{
|\mathbf{r}-\mathbf{r}'|
}
と書くと、$\mathbf{r}=\mathbf{r}'$ のところで発散します。
これは、線電流近似では導体の半径をゼロにしているためです。
実際の導体には有限の断面があり、電流密度も有限です。そのため、自己インダクタンスを有限な量として求めるには、少なくとも次を指定する必要があります。
- 導体の断面形状
- 導体内部の電流密度分布
- 周波数
- 表皮効果、近接効果の有無
- 近くのグランドプレーンやシールド
- 磁性体や超伝導体の境界条件
- 戻り電流の経路
したがって、自己インダクタンスは「線の形」だけでは決まりません。
より正確には、
自己インダクタンスは、閉じた電流分布全体の磁場エネルギーから決まる量
です。
8. 戻り電流が本質的に重要である
実際の電流は必ず閉じます。
したがって、「1本の配線のインダクタンス」という言い方は、厳密には不完全です。
たとえば、無限に長い直線電流だけを考えると、磁場は
B(r)
=
\frac{\mu_0I}{2\pi r}
です。
磁場エネルギー密度は
u
=
\frac{B^2}{2\mu_0}
なので、単位長さあたりのエネルギーは概略的に
\int
\frac{dr}{r}
となり、対数的に発散します。
小さい $r$ 側の発散は導体半径で切られます。
大きい $r$ 側の発散は、戻り電流の位置や外部境界で切られます。
つまり、測定可能なインダクタンスは、信号線単独ではなく、
信号電流と戻り電流を含む閉じた電流経路全体
に対して決まります。
マイクロストリップやコプレーナ線路では、グランドプレーン上の戻り電流分布がインダクタンスを大きく左右します。戻り電流が信号線の近くに流れれば磁場は局在し、インダクタンスは小さくなります。戻り経路が遠ければ磁場は広がり、インダクタンスは大きくなります。
9. 磁束結合から見たインダクタンス
インダクタンスは磁場エネルギーから定義できますが、磁束結合からも定義できます。
回路 $i$ にリンクする磁束結合を $\lambda_i$ とすると、線形な場合には、
\lambda_i
=
\sum_j
L_{ij}I_j
です。
したがって、
L_{ij}
=
\frac{\partial \lambda_i}{\partial I_j}
と定義できます。
線形媒質で、電流分布の形が電流値に依存しない場合には、
L_{ij}
=
\frac{\lambda_i}{I_j}
\quad
\text{他の電流はゼロ}
と書けます。
1つのコイルなら、
\lambda
=
LI
です。
$N$ ターンのコイルで、各ターンを貫く磁束が同じなら、
\lambda
=
N\Phi
なので、
L
=
\frac{N\Phi}{I}
です。
ただし、任意形状の配線では「どの閉曲線を回路とみなすか」「どの面を貫く磁束を数えるか」が重要になります。開いた端子、有限断面、戻り電流、近くの導体がある場合には、単純な面積分だけでは曖昧になることがあります。
その意味で、一般には磁束法よりもエネルギー法の方が定義しやすい場合があります。
10. なぜ V=LdI/dt になるのか
磁束結合が
\lambda_i
=
\sum_j
L_{ij}I_j
で与えられるなら、その時間微分は
\frac{d\lambda_i}{dt}
=
\sum_j
L_{ij}
\frac{dI_j}{dt}
です。
Faraday の法則より、誘導起電力は
\mathcal{E}_i
=
-
\frac{d\lambda_i}{dt}
です。
一方、回路理論の受動符号規約で端子電圧を定義すると、
V_i
=
\sum_j
L_{ij}
\frac{dI_j}{dt}
と書けます。
したがって、$V=LdI/dt$ という式は Faraday の電磁誘導に由来します。
ただし、$L$ の値そのものは、あらかじめ磁気静的な Maxwell 方程式を解いて、磁場エネルギーまたは磁束結合から決まります。
11. インダクタンス行列の対称性と正定性
線形・相反な媒質では、
L_{ij}
=
L_{ji}
が成り立ちます。
これは、Green 関数の対称性、あるいはエネルギーの二次形式の対称性に対応しています。
また、磁場エネルギーは負になれないため、
U_{\mathrm{mag}}
=
\frac{1}{2}
\sum_{i,j}
L_{ij}I_iI_j
は任意の電流に対して非負でなければなりません。
したがって、インダクタンス行列は正定値、少なくとも正半定値です。
2回路の場合、
U
=
\frac{1}{2}L_1I_1^2
+
MI_1I_2
+
\frac{1}{2}L_2I_2^2
が任意の $I_1,I_2$ に対して非負であることから、
M^2
\le
L_1L_2
が得られます。
結合係数
k
=
\frac{M}{\sqrt{L_1L_2}}
を定義すると、
|k|
\le
1
です。
ただし、非相反媒質、強い損失、周波数依存がある場合には、単純な実対称行列としての $L_{ij}$ ではなく、より一般のインピーダンス行列
Z_{ij}(\omega)
として扱う必要があります。
12. 非線形媒質では L は一定ではない
鉄心などの磁性体では、
\mathbf{B}
=
\mu\mathbf{H}
が一定の比例関係ではないことがあります。
この場合、
\lambda
=
LI
という一定の $L$ は厳密には定義できません。
代わりに、割線インダクタンス
L_{\mathrm{sec}}
=
\frac{\lambda}{I}
と、微分インダクタンス
L_{\mathrm{diff}}
=
\frac{d\lambda}{dI}
を区別します。
回路方程式で微小変化に効くのは、
V
=
\frac{d\lambda}{dt}
=
\frac{d\lambda}{dI}
\frac{dI}{dt}
なので、微小信号では $L_{\mathrm{diff}}$ が現れます。
エネルギーも一般には、
U
=
\int_0^I
\lambda(I')\,dI'
であり、単純な
U
=
\frac{1}{2}LI^2
ではありません。
13. 超伝導では運動インダクタンスが加わる
通常の幾何学的インダクタンスは、主に磁場エネルギーに由来します。
しかし、超伝導薄膜やナノワイヤでは、超伝導キャリアの運動エネルギーも重要になります。
超伝導電流を流すには、Cooper 対の集団運動に運動量を与える必要があります。この運動エネルギーは、
U_{\mathrm{k}}
=
\frac{1}{2}
L_{\mathrm{k}}I^2
と書けます。
この $L_{\mathrm{k}}$ が運動インダクタンスです。
線形応答の範囲では、全インダクタンスを概念的に
L_{\mathrm{total}}
=
L_{\mathrm{geom}}
+
L_{\mathrm{kin}}
と分けて考えられます。
ここで、
- $L_{\mathrm{geom}}$ は磁場エネルギーに由来する幾何学的インダクタンス
- $L_{\mathrm{kin}}$ は超伝導キャリアの運動エネルギーに由来する運動インダクタンス
です。
TES、MKID、SNSPD、SQUID、超伝導共振器では、薄膜化や細線化によって $L_{\mathrm{kin}}$ が大きくなり、デバイスの応答や共振周波数を左右することがあります。
14. 数値計算では何をしているのか
FastHenry などのインダクタンス抽出ツールは、準静的な Maxwell 方程式を数値的に解いて、端子から見たインピーダンスやインダクタンスを求めています。
概念的には、導体を小さな要素に分割し、それぞれの電流要素間の磁気的な結合を計算します。
そのうえで、
- 電流連続条件
- 端子条件
- 抵抗
- 表皮効果
- 近接効果
- グランドプレーン
- 戻り電流経路
などを組み込み、端子から見た有効な
Z(\omega)
=
R(\omega)
+
i\omega L(\omega)
を求めます。
ここで注意すべきなのは、部分インダクタンスは便利な計算上の量ですが、それ単独が常に測定可能な閉回路インダクタンスを意味するわけではない、ということです。
物理的に測定されるインダクタンスは、最終的には閉じた電流経路全体の磁場エネルギーに対応します。
15. まとめ
インダクタンスは、回路図の中に最初から存在する謎の定数ではありません。
その正体は、
電流分布が作る磁場エネルギーを、回路電流の二次形式として表したときの係数
です。
1つの回路なら、
U_{\mathrm{mag}}
=
\frac{1}{2}LI^2
です。
複数の回路なら、
U_{\mathrm{mag}}
=
\frac{1}{2}
\sum_{i,j}
L_{ij}I_iI_j
です。
相互インダクタンス $M$ は、2つの電流分布が磁場を通じてどれだけ結合しているかを表します。
自己インダクタンス $L$ は、ある電流分布が自分自身の周囲に作る磁場エネルギーを表します。
ただし、自己インダクタンスは「線の形」だけでは決まりません。有限な導体断面、電流分布、戻り電流、材料、周波数、境界条件が必要です。
したがって、Maxwell 方程式から見た最も正確な言い方は、
インダクタンスとは、閉じた電流分布が作る磁場エネルギーを、有限個の回路電流に射影したときに現れる有効係数である
ということです。
この見方を取ると、自己インダクタンス、相互インダクタンス、符号、発散、戻り電流、部分インダクタンス、運動インダクタンスを同じ枠組みで理解できます。
Appendix: Green 関数、磁場エネルギー、エネルギー源
本文では、磁気静的な電流分布に対して、
\mathbf{A}(\mathbf{r})
=
\frac{\mu_0}{4\pi}
\int
\frac{
\mathbf{J}(\mathbf{r}')
}{
|\mathbf{r}-\mathbf{r}'|
}
~d^3r'
という式を使った。
また、磁場エネルギーを
U_{\mathrm{mag}}
=
\frac{1}{2\mu_0}
\int
|\mathbf{B}|^2~d^3r
と書く一方で、
U_{\mathrm{mag}}
=
\frac{1}{2}
\int
\mathbf{J}\cdot\mathbf{A}~d^3r
とも書いた。
この Appendix では、これらの式がどこから来るのかを補足する。
A.1 Green 関数とは何か?
Green 関数とは、線形微分方程式に対する「点源の応答」である。
たとえば、Poisson 方程式
\nabla^2 u(\mathbf{r})
=
-
s(\mathbf{r})
を考える。
ここで、$s(\mathbf{r})$ は source、すなわち源である。
このとき、Green 関数 $G(\mathbf{r},\mathbf{r}')$ は、
\nabla^2
G(\mathbf{r},\mathbf{r}')
=
-
\delta^3(\mathbf{r}-\mathbf{r}')
を満たす関数として定義される。
これは、$\mathbf{r}'$ に単位の点源を置いたとき、$\mathbf{r}$ にどのような応答が現れるかを表す。
つまり、
Green 関数は「点源が作る場」である。
任意の source $s(\mathbf{r})$ は、たくさんの点源の重ね合わせとみなせる。したがって、線形方程式では、全体の解は Green 関数を重ね合わせれば得られる。
すなわち、
u(\mathbf{r})
=
\int
G(\mathbf{r},\mathbf{r}')
s(\mathbf{r}')
~d^3r'
である。
これは、
点源の応答を全部足し合わせれば、任意の source に対する応答が得られる
という意味である。
A.2 3次元 Poisson 方程式の Green 関数
3次元の自由空間では、よく知られた恒等式として、
\nabla^2
\left(
\frac{1}{|\mathbf{r}-\mathbf{r}'|}
\right)
=
-
4\pi
\delta^3(\mathbf{r}-\mathbf{r}')
が成り立つ。
下記で詳しく解説しています。
したがって、
G(\mathbf{r},\mathbf{r}')
=
\frac{1}{4\pi|\mathbf{r}-\mathbf{r}'|}
は、
\nabla^2
G(\mathbf{r},\mathbf{r}')
=
-
\delta^3(\mathbf{r}-\mathbf{r}')
を満たす。
これが3次元自由空間における Poisson 方程式の Green 関数である。
ここで重要なのは、$1/|\mathbf{r}-\mathbf{r}'|$ という形が単なる偶然ではない、ということである。
なぜ Green 関数が
G(\mathbf{r},\mathbf{r}')
=
\frac{1}{4\pi|\mathbf{r}-\mathbf{r}'|}
という形になるのかを、直感的に確認しておく。
点源を原点に置いた場合を考える。点源は空間の特定の一点だけに存在する source であり、その影響は原点から全方向へ等しく広がる。そのため、点源が作る場は球対称になる。
原点からの距離を
R
=
|\mathbf{r}|
とすると、同じ距離 $R$ にある点は半径 $R$ の球面上に並ぶ。この球面の面積は
4\pi R^2
である。
点源から出た「影響の総量」が距離によらず保存されると考えると、その影響は半径 $R$ の球面全体に広がって分配される。したがって、単位面積あたりの強さは球面積に反比例し、
\frac{1}{4\pi R^2}
に比例する。
これは、ポテンシャルそのものではなく、ポテンシャルの勾配、すなわち「場」の強さに対応する。
たとえば、ポテンシャルを $u(R)$ と書くと、球対称な場合、場の動径成分はおおよそ
-\frac{du}{dR}
で表される。
したがって、点源から出る場の強さが
\frac{1}{R^2}
に比例するなら、
-\frac{du}{dR}
\propto
\frac{1}{R^2}
である。
これを $R$ で積分すると、
u(R)
\propto
\frac{1}{R}
となる。
つまり、3次元空間では、
- 点源から出る「場」の強さは、球面積 $4\pi R^2$ に広がるため $1/R^2$ で弱くなる
- その場はポテンシャルの空間微分なので、ポテンシャル自体は $1/R$ になる
という関係がある。
このため、3次元 Poisson 方程式の点源解、すなわち Green 関数は
G(\mathbf{r},\mathbf{r}')
=
\frac{1}{4\pi|\mathbf{r}-\mathbf{r}'|}
という形になる。
ここで係数 $1/4\pi$ は、半径 $R$ の球面積が $4\pi R^2$ であることに対応している。実際、
\nabla^2
\left(
\frac{1}{|\mathbf{r}-\mathbf{r}'|}
\right)
=
-
4\pi
\delta^3(\mathbf{r}-\mathbf{r}')
なので、
\nabla^2
\left(
\frac{1}{4\pi|\mathbf{r}-\mathbf{r}'|}
\right)
=
-
\delta^3(\mathbf{r}-\mathbf{r}')
となる。
これが、3次元自由空間における Poisson 方程式の Green 関数である。
したがって、
\frac{1}{|\mathbf{r}-\mathbf{r}'|}
は、3次元空間における点源応答の基本形である。
A.3 Green 関数解の導出
磁気静的な真空中で Coulomb ゲージ
\nabla\cdot\mathbf{A}=0
を取る。
磁場は
\mathbf{B}
=
\nabla\times\mathbf{A}
である。
Ampère の法則は、
\nabla\times\mathbf{B}
=
\mu_0\mathbf{J}
なので、
\nabla\times
\left(
\nabla\times\mathbf{A}
\right)
=
\mu_0\mathbf{J}
である。
ベクトル恒等式
\nabla\times
\left(
\nabla\times\mathbf{A}
\right)
=
\nabla
\left(
\nabla\cdot\mathbf{A}
\right)
-
\nabla^2\mathbf{A}
を使うと、Coulomb ゲージでは
-
\nabla^2\mathbf{A}
=
\mu_0\mathbf{J}
となる。
したがって、
\nabla^2\mathbf{A}
=
-
\mu_0\mathbf{J}
である。
これは、ベクトルポテンシャルの各成分が Poisson 方程式を満たす、という意味である。
たとえば $x$ 成分については、
\nabla^2 A_x(\mathbf{r})
=
-
\mu_0 J_x(\mathbf{r})
である。
Poisson 方程式
\nabla^2 u(\mathbf{r})
=
-
s(\mathbf{r})
の解が
u(\mathbf{r})
=
\int
G(\mathbf{r},\mathbf{r}')
s(\mathbf{r}')
~d^3r'
で与えられることを使うと、
A_x(\mathbf{r})
=
\mu_0
\int
G(\mathbf{r},\mathbf{r}')
J_x(\mathbf{r}')
~d^3r'
となる。
自由空間では、
G(\mathbf{r},\mathbf{r}')
=
\frac{1}{4\pi|\mathbf{r}-\mathbf{r}'|}
なので、
A_x(\mathbf{r})
=
\frac{\mu_0}{4\pi}
\int
\frac{
J_x(\mathbf{r}')
}{
|\mathbf{r}-\mathbf{r}'|
}
~d^3r'
である。
同様に $y,z$ 成分についても成り立つので、ベクトルとしてまとめると、
\mathbf{A}(\mathbf{r})
=
\frac{\mu_0}{4\pi}
\int
\frac{
\mathbf{J}(\mathbf{r}')
}{
|\mathbf{r}-\mathbf{r}'|
}
~d^3r'
を得る。
これが本文で使った Green 関数解である。
ただし、この式は自由空間、または一様な線形媒質中での式である。近くに磁性体、導体、グランドプレーン、超伝導体、シールドなどがある場合には、境界条件が変わるため、Green 関数そのものも変わる。
したがって、より一般には、
\mathbf{A}(\mathbf{r})
=
\mu_0
\int
G(\mathbf{r},\mathbf{r}')
\mathbf{J}(\mathbf{r}')
~d^3r'
と書き、$G(\mathbf{r},\mathbf{r}')$ の中に境界条件の情報が入っている、と考える方がよい。
A.4 なぜ磁場エネルギーは J x A dr と書けるのか
真空中の磁場エネルギーは、
U_{\mathrm{mag}}
=
\frac{1}{2\mu_0}
\int
|\mathbf{B}|^2
~d^3r
である。
ここで、
\mathbf{B}
=
\nabla\times\mathbf{A}
を使う。
すると、
\int
|\mathbf{B}|^2
~d^3r
=
\int
\mathbf{B}\cdot\mathbf{B}
~d^3r
=
\int
\mathbf{B}\cdot
\left(
\nabla\times\mathbf{A}
\right)
~d^3r
である。
ここで、ベクトル恒等式
\nabla\cdot
\left(
\mathbf{A}\times\mathbf{B}
\right)
=
\mathbf{B}\cdot
\left(
\nabla\times\mathbf{A}
\right)
-
\mathbf{A}\cdot
\left(
\nabla\times\mathbf{B}
\right)
を使う。
これを変形すると、
\mathbf{B}\cdot
\left(
\nabla\times\mathbf{A}
\right)
=
\nabla\cdot
\left(
\mathbf{A}\times\mathbf{B}
\right)
+
\mathbf{A}\cdot
\left(
\nabla\times\mathbf{B}
\right)
である。
したがって、
\int
|\mathbf{B}|^2
~d^3r
=
\int
\nabla\cdot
\left(
\mathbf{A}\times\mathbf{B}
\right)
~d^3r
+
\int
\mathbf{A}\cdot
\left(
\nabla\times\mathbf{B}
\right)
~d^3r
となる。
第一項は Gauss の定理により表面積分になる。
\int
\nabla\cdot
\left(
\mathbf{A}\times\mathbf{B}
\right)
~d^3r
=
\oint
\left(
\mathbf{A}\times\mathbf{B}
\right)
\cdot
d\mathbf{S}
局在した電流分布を考え、無限遠で場が十分速く小さくなるなら、この表面項はゼロになる。
したがって、
\int
|\mathbf{B}|^2
~d^3r
=
\int
\mathbf{A}\cdot
\left(
\nabla\times\mathbf{B}
\right)
~d^3r
である。
真空中の磁気静的な Ampère の法則
\nabla\times\mathbf{B}
=
\mu_0\mathbf{J}
を代入すると、
\int
|\mathbf{B}|^2
~d^3r
=
\mu_0
\int
\mathbf{A}\cdot\mathbf{J}
~d^3r
となる。
したがって、
U_{\mathrm{mag}}
=
\frac{1}{2\mu_0}
\int
|\mathbf{B}|^2
~d^3r
=
\frac{1}{2}
\int
\mathbf{J}\cdot\mathbf{A}
~d^3r
を得る。
つまり、磁場エネルギーは、磁場そのものを使って
\frac{1}{2\mu_0}
\int
|\mathbf{B}|^2
~d^3r
と書いてもよいし、電流密度とベクトルポテンシャルを使って
\frac{1}{2}
\int
\mathbf{J}\cdot\mathbf{A}
~d^3r
と書いてもよい。
この2つは同じ物理量を異なる形で表したものである。
A.5 A はゲージ依存なのに、JxA は大丈夫なのか?
ここで一つ疑問が出る。
ベクトルポテンシャル $\mathbf{A}$ はゲージ依存である。つまり、
\mathbf{A}
\rightarrow
\mathbf{A}
+
\nabla\chi
と変換しても、磁場
\mathbf{B}
=
\nabla\times\mathbf{A}
は変わらない。
では、
\int
\mathbf{J}\cdot\mathbf{A}
~d^3r
はゲージ依存にならないのだろうか。
ゲージ変換による変化は、
\Delta
\int
\mathbf{J}\cdot\mathbf{A}
~d^3r
=
\int
\mathbf{J}\cdot\nabla\chi
~d^3r
である。
ここで、
\nabla\cdot
\left(
\chi\mathbf{J}
\right)
=
\mathbf{J}\cdot\nabla\chi
+
\chi
\nabla\cdot\mathbf{J}
なので、
\mathbf{J}\cdot\nabla\chi
=
\nabla\cdot
\left(
\chi\mathbf{J}
\right)
-
\chi
\nabla\cdot\mathbf{J}
である。
磁気静的な閉じた電流では、
\nabla\cdot\mathbf{J}
=
0
であり、電流分布が局在していて境界で流出しないなら、表面項もゼロになる。
したがって、
\int
\mathbf{J}\cdot\nabla\chi
~d^3r
=
0
である。
よって、閉じた定常電流分布に対しては、
\int
\mathbf{J}\cdot\mathbf{A}
~d^3r
はゲージに依存しない。
つまり、$\mathbf{A}$ 自体はゲージ依存だが、磁場エネルギーとして現れる積分量は物理的に意味を持つ。
A.6 磁場エネルギーの源は何か?
最後に、より物理的な疑問を考える。
磁場エネルギー
U_{\mathrm{mag}}
=
\frac{1}{2}LI^2
のエネルギー源は何だろうか。
答えは、電源である。
電流をゼロから $I$ まで立ち上げるには、電源が回路に仕事をする必要がある。電流が増加している間、インダクタには誘導起電力が生じ、電流の変化を妨げる向きに働く。
回路理論で、インダクタの端子電圧を
V
=
L
\frac{dI}{dt}
と書くと、電源がインダクタに供給する瞬時電力は
P
=
VI
=
L I
\frac{dI}{dt}
である。
したがって、電流を $0$ から $I$ まで増やすのに必要な仕事は、
W
=
\int P~dt
=
\int
L I
\frac{dI}{dt}
~dt
である。
変数を $t$ から $I$ に変えると、
W
=
\int_0^I
L I'~dI'
=
\frac{1}{2}LI^2
となる。
これが磁場エネルギーである。
つまり、
磁場エネルギーは、電流を立ち上げるときに電源がした仕事として蓄えられる。
電流そのものがエネルギーを「持っている」というよりも、電流を流すことによって空間に磁場が作られ、その磁場にエネルギーが蓄えられる、と考える方がよい。
A.7 エネルギーはどこを通って運ばれるのか?
さらに厳密に見ると、エネルギーは電線の中を単純に流れているのではなく、電磁場として空間を通って運ばれる。
電磁場のエネルギー収支は Poynting の定理で表される。
\frac{\partial u_{\mathrm{em}}}{\partial t}
+
\nabla\cdot\mathbf{S}
=
-
\mathbf{J}\cdot\mathbf{E}
ここで、
u_{\mathrm{em}}
=
\frac{1}{2}
\left(
\epsilon_0|\mathbf{E}|^2
+
\frac{1}{\mu_0}|\mathbf{B}|^2
\right)
は電磁場のエネルギー密度であり、
\mathbf{S}
=
\frac{1}{\mu_0}
\mathbf{E}\times\mathbf{B}
は Poynting ベクトルである。
Poynting ベクトルは、電磁場のエネルギー流を表す。
インダクタに電流を流し始めると、電源が作る電場によって電流が増加し、その結果として磁場が成長する。この過程で、電磁場のエネルギーが空間を通ってインダクタ周辺へ流れ込み、磁場エネルギーとして蓄えられる。
したがって、より場の立場で言えば、
電源が供給したエネルギーが、電磁場を通じて空間に運ばれ、磁場エネルギーとして蓄えられる
ということである。
A.8 電源を切るとエネルギーはどうなるか?
理想的なインダクタに蓄えられたエネルギーは、
U_{\mathrm{mag}}
=
\frac{1}{2}LI^2
である。
電流を減らそうとすると、インダクタは電流を保とうとする向きに起電力を発生する。これは、蓄えられた磁場エネルギーを回路へ返している、ということである。
抵抗があれば、そのエネルギーは Joule 熱として散逸する。
コンデンサが接続されていれば、磁場エネルギーは電場エネルギーに変換される。LC 共振回路では、エネルギーは
\frac{1}{2}LI^2
と
\frac{1}{2}CV^2
の間を行き来する。
したがって、インダクタンスとは単に「電流変化を妨げる係数」ではなく、
電流に伴って磁場エネルギーを蓄える能力
を表している。
A.9 まとめ
Green 関数は、線形微分方程式に対する点源の応答である。
磁気静的な Maxwell 方程式では、Coulomb ゲージを取ると、
\nabla^2\mathbf{A}
=
-
\mu_0\mathbf{J}
という Poisson 方程式が現れる。
自由空間の Green 関数
G(\mathbf{r},\mathbf{r}')
=
\frac{1}{4\pi|\mathbf{r}-\mathbf{r}'|}
を用いると、
\mathbf{A}(\mathbf{r})
=
\frac{\mu_0}{4\pi}
\int
\frac{
\mathbf{J}(\mathbf{r}')
}{
|\mathbf{r}-\mathbf{r}'|
}
~d^3r'
が得られる。
また、磁場エネルギーは、
U_{\mathrm{mag}}
=
\frac{1}{2\mu_0}
\int
|\mathbf{B}|^2
~d^3r
とも、
U_{\mathrm{mag}}
=
\frac{1}{2}
\int
\mathbf{J}\cdot\mathbf{A}
~d^3r
とも書ける。
前者は「磁場そのものに蓄えられたエネルギー」という見方であり、後者は「電流分布と、その電流が作るベクトルポテンシャルの結合」という見方である。
そして、そのエネルギー源は電源である。
電源が電流を立ち上げるときにした仕事が、磁場エネルギーとして空間に蓄えられる。
したがって、インダクタンスの式
U_{\mathrm{mag}}
=
\frac{1}{2}LI^2
は、単なる回路理論の便利な公式ではない。
これは、
Maxwell 方程式に従って電流が磁場を作り、その磁場に電源のした仕事がエネルギーとして蓄えられる
という物理を、回路電流 $I$ という少数の自由度に射影した表現である。
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