はじめに
若い超新星残骸(SNR)には極めて薄いX線フィラメントが観測的にわかっていますが、
この「幅」は単なる形態情報ではなく、
フィラメントの幅 = 高エネルギー電子が“生きていられる距離”
であり、そこから 磁場強度・粒子加速効率・拡散の強さを制限できる、
可能性もあります。
本記事では、
- 観測されるフィラメント幅 $w$
- シンクロトロン放射の基礎式
- 冷却・移流・拡散の競合
を 数式を省略せずにつなぎ、「なぜ幅から磁場が出るのか」を丁寧に解説してみます。
1. 最小モデルの前提と記号
まずは 最も単純な一次元モデルを考える。
- 衝撃波速度:$v_{\rm sh}$
- 圧縮比:$r \simeq 4$(強い非放射衝撃波)
- 下流流速(衝撃波静止系)
v_{\rm d} = \frac{v_{\rm sh}}{r} - 観測されるフィラメントの真の幅(PSF・投影補正後)を
と定義する。
w \quad [\mathrm{pc}]
実観測では
- 視線方向の投影効果
- 望遠鏡の結像性能 (PSF)
によって幅は太って見えることが多いです。
以下の説明では $w$ は「補正後の物理的幅」とします。
本記事で得られる結論は
「一次元・定常・局所近似・Bohm拡散(または移流)を仮定した最小モデル」
に基づくものである。
2. X線光子エネルギーと電子エネルギーの関係
シンクロトロン放射の臨界周波数は
\nu_c
= \frac{3}{4\pi}
\gamma^2
\frac{eB}{m_e c}
\sin\alpha
対応するX線光子エネルギー $E_X = h\nu_c$ より
E_X = \frac{3h}{4\pi}
\gamma^2
\frac{eB}{m_e c}
\sin\alpha
これを $\gamma$ について解くと
\gamma = \left(
\frac{4\pi m_e c}{3 h e \sin\alpha}
\frac{E_X}{B}
\right)^{1/2}
数値化すると $(\sin\alpha \simeq 1)$
E_e (\mathrm{TeV})
\simeq
12
\left(
\frac{E_X}{1~\mathrm{keV}}
\right)^{1/2}
\left(
\frac{B}{100~\mu\mathrm{G}}
\right)^{-1/2}
👉 keV X線は TeV 電子が出している という対応関係がここから出る。
天体プラズマでは TeV 電子が keV X線を直接放射していることを示している。
一方、放射光施設 SPring-8では GeV 以下の電子を加速し、テスラ級磁場+アンジュレータによって keV X線を生成する。つまり、同じシンクロトロン放射のX線でも、天体では磁場が弱い分、電子エネルギーが桁違いに高いという重要な違いがある。
3. シンクロトロン冷却時間の導出
電子のシンクロトロン損失率は
\left|\frac{dE}{dt}\right|
= \frac{4}{3}
\sigma_T c
U_B
\gamma^2,
\qquad
U_B = \frac{B^2}{8\pi}
電子の全エネルギー $E = \gamma m_e c^2$ を用いると、
t_{\rm syn}
\equiv
\frac{E}{|dE/dt|}
= \frac{6\pi m_e c}{\sigma_T B^2 \gamma}
ここに先ほどの $\gamma(E_X,B)$ を代入すると
t_{\rm syn}
\propto
B^{-3/2}
E_X^{-1/2}
数値的には
t_{\rm syn}
\simeq
100~\mathrm{yr}
\left(
\frac{E_X}{1~\mathrm{keV}}
\right)^{-1/2}
\left(
\frac{B}{100~\mu\mathrm{G}}
\right)^{-3/2}
4. フィラメント幅を決める物理スケール
4.1 移流(advection)支配の場合
下流へ流される距離は
l_{\rm adv}
= v_{\rm d} t_{\rm syn}
=
\frac{v_{\rm sh}}{r}
t_{\rm syn}
以下では $r=4$ を定数として吸収し、スケーリングのみを見る。
したがって、$t_{\rm syn}$ に先ほどの関係式を使うと、
w \simeq l_{\rm adv}
\propto
v_{\rm sh}
B^{-3/2}
E_X^{-1/2}
これを 磁場 $B$ について解く:
B
\propto
\left(
\frac{v_{\rm sh}}{w}
\right)^{2/3}
E_X^{-1/3}
実用的な形:
\boxed{
B \simeq
350~\mu\mathrm{G}
\left(
\frac{v_{\rm sh}}{5000~\mathrm{km/s}}
\right)^{2/3}
\left(
\frac{w}{0.02~\mathrm{pc}}
\right)^{-2/3}
\left(
\frac{E_X}{1~\mathrm{keV}}
\right)^{-1/3}
}
👉 「移流優勢の場合、磁場は "衝撃波速度" "フィラメント幅" "X線" に依存」する
4.2 拡散(diffusion)支配の場合
衝撃波下流での高エネルギー電子が、乱流磁場によって散乱されながら広がる場合、放射領域の代表スケールは「拡散長」
\ell_{\rm diff}=\sqrt{D\,t_{\rm syn}}
で見積もれる。ここで
- $D$:拡散係数(電子がランダムウォークで広がる“速さ”)
- $t_{\rm syn}$:シンクロトロン冷却時間(電子がX線を出せる“寿命”)
である。D は「距離² / 時間」の次元を持つ。
つまり $\ell_{\rm diff}$ は
「寿命 $t_{\rm syn}$ の間に、拡散でどれだけ広がれるか」
を表している。
(1) Bohm拡散の仮定:拡散係数のエネルギー依存を明示する
拡散が Bohm 型(最強散乱、平均自由行程がラーモア半径に近い極限)であると仮定すると
D=\eta D_{\rm Bohm},\qquad
D_{\rm Bohm}=\frac{1}{3}r_L c
ここで $\eta\ge 1$ は「Bohm からのズレ」を表す無次元係数($\eta=1$ が Bohm 極限)。
またラーモア半径は
r_L=\frac{pc}{eB}\simeq\frac{\gamma m_e c^2}{eB}
なので
D_{\rm Bohm} = \frac{1}{3}\frac{\gamma m_e c^3}{eB}
\propto
\frac{\gamma}{B}.
ここがまず重要で、Bohm拡散では拡散係数が電子のエネルギー($\gamma$)に比例 する
($E_e = \gamma m_e c^2 = \gamma \times $ 511 keV なので、$\gamma$だけがパラメータと考えてよい)。
(2) γ を観測光子エネルギー E_X と B で書き直す
シンクロトロンの代表関係
E_X \propto \gamma^2 B
より
\gamma \propto \left(\frac{E_X}{B}\right)^{1/2}.
これを $D_{\rm Bohm}\propto \gamma/B$ に代入すると
D_{\rm Bohm}
\propto
\frac{1}{B}\left(\frac{E_X}{B}\right)^{1/2}
=
E_X^{1/2} B^{-3/2}.
👉 ここではっきり $D$ は $E_X^{1/2}$ に依存する
(この段階では「エネルギー依存が消える」どころか、むしろ出てくる)
(3) 冷却時間 t_syn のエネルギー依存と掛け合わせる
一方、シンクロトロン冷却時間は
t_{\rm syn}\propto B^{-3/2}E_X^{-1/2}.
したがって
D_{\rm Bohm}\,t_{\rm syn}
\propto
\left(E_X^{1/2} B^{-3/2}\right)
\left(B^{-3/2} E_X^{-1/2}\right)
=
B^{-3}.
ここで
- $D$ 側の $E_X^{+1/2}$
- $t_{\rm syn}$ 側の $E_X^{-1/2}$
が ちょうど相殺 される。
よって
\ell_{\rm diff}
=
\sqrt{D\,t_{\rm syn}}
\propto
\sqrt{B^{-3}}
=
B^{-3/2}.
結論:Bohm拡散では $\ell_{\rm diff}$ の $E_X$ 依存が(ほぼ)消える
👉 Bohm拡散($\eta$一定)を仮定すると、幅はエネルギーにほぼ依存しない
というのは、
$t_{\rm syn}$ の $E_X^{-1/2}$ 依存が、
Bohm拡散係数 $D$ の $E_X^{+1/2}$ 依存と相殺される
ためである。
観測的に何が言えるか(診断点)
この性質は「Bohm拡散」という強い仮定に特有なので、逆に
-
高エネルギーほど細い $w(E)$ が明確に減少)
→ 拡散支配“だけ”では説明しにくく、移流+冷却が効いている可能性が高い -
エネルギー依存が弱い(ほぼ一定)
→ Bohm拡散に近い有効拡散が働いている可能性 または 磁場減衰モデル の可能性
という切り分けの議論が可能になる(厳密には、射影効果などの不定性は残るが)。
5. 幅の「経年変化」をどう読むか
まとめると、移流支配でも Bohm 拡散支配でもスケーリングは同じになる。
つまり、幅 $w$ と磁場 $B$ の関係
w \propto B^{-3/2}
および
\frac{\Delta B}{B}
= -\frac{2}{3}\frac{\Delta w}{w}
は、
- 移流(advection)支配
- Bohm 拡散(diffusion)支配
の どちらの場合でも成り立つ。
これは偶然ではなく、どちらの場合も最終的に支配しているのがシンクロトロン冷却時間
t_{\rm syn} \propto B^{-3/2}
だからである。
例えば、
幅が10%広がった→ 磁場は約7%弱くなった
という一つの“翻訳表”は得られる。
あるいは、若いSNRで20年スケールでは $w$ の変化が検出されないのであれば、幅を決めている支配因子の組が準定常ことを示唆する。
6. 物理的含意
この解析から言えることの例として、
- フィラメントが薄い
→ 磁場は数十〜数百 μG - これは ISM 磁場(数 μG)を遥かに超える
→ 衝撃波で磁場が増幅されている - 磁場増幅の起源
→ 宇宙線(特に陽子)による乱流励起か? - 幅の安定性
→ 粒子加速は時間的に安定 - 年スケールの輝度変動や形状変化
→ 局所的・非定常な磁場揺らぎか?
おわりに
X線フィラメントの「幅」は、画像情報でありながら、極めて物理量的な意味が含まれてる。
- 幅 → 冷却時間
- 冷却時間 → 磁場
- 磁場 → 宇宙線加速効率
などの論理線が、最小限の仮定と数式だけで引ける。
このような考え方は、複雑なMHDシミュレーション以前に、どこまで単純モデルで言えるか、を考える上で便利でしょう。
補足A:現実的な複雑さを考えてみる
重力崩壊型のCasAのような状況ではどう考えると良いか整理してみます。
A1. そもそも「幅 (w)」は何の幅か?(投影・PSF・殻厚の混在)
観測で得るのは2次元投影像の輝度プロファイル $I(\rho)$($\rho$: リムから内側への射影距離)で、物理的には
I(\rho) \propto \int j(r)~ds
(視線方向 $s$ に沿った emissivity $j$ の積分)です。
Cas Aではリムが球対称でなく、曲率半径や前面衝撃波面の傾きが場所で変わるため、同じ物理的厚みでも投影で幅が変わります。
最小モデルとして、下流側の emissivity を指数関数で置きます:
j(x) = j_0 ~ e^{-x/\ell}
\qquad (x: \text{ショックから下流向き距離})
球対称に近い局所領域では、投影で得る見かけの幅 $w_{\rm obs}$ は概ね
w_{\rm obs} \sim \mathcal{G}~\ell
と表せます($\mathcal{G}$ は幾何因子で $\sim 1$ or a few)。
Cas Aではこの $\mathcal{G}$ が場所により揺れるので、まず幅の“定義”を固定し、局所球面近似が効く領域を見定める必要があります。
A2. Cas Aでは v_sh が場所で違う
前節の式(移流+冷却支配)
w \simeq \frac{v_{\rm sh}}{r}~t_{\rm syn}(E_X,B)
は、Cas Aでも局所的には成立します。
ただし Cas A は衝撃波速度 $v_{\rm sh}$ が方位角 $\phi$ で変わるので、
v_{\rm sh} \to v_{\rm sh}(\phi)
,\qquad
w \to w(\phi)
,\qquad
B \to B(\phi)
と “場”に格上げします。
移流支配の磁場推定式は、そのまま
\boxed{
B(\phi) \propto
\left(\frac{v_{\rm sh}(\phi)}{w(\phi)}\right)^{2/3}
E_X^{-1/3}
}
となります。
つまり Cas Aの複雑さは第一近似では「$v_{\rm sh}$ を局所量にする」だけで吸収できます。
Cas Aで幅だけ測って “磁場マップ” を作るなら、同じ領域の proper motion から $v_{\rm sh}(\phi)$ をセットで入れないと、磁場の空間変動と速度の空間変動が混ざってしまいます。
A3. さらに一歩:η(拡散の強さ)も局所量にする
拡散込みの一般式(下流側)として
w^2 \sim \ell_{\rm adv}^2 + \ell_{\rm diff}^2
\ell_{\rm adv}=\frac{v_{\rm sh}(\phi)}{r}~t_{\rm syn}(E_X,B)
,\qquad
\ell_{\rm diff}=\sqrt{D~t_{\rm syn}}
拡散係数を Bohm 型で
D(\phi)=\eta(\phi) ~ D_{\rm Bohm}(E,B)
とし、$\eta(\phi)$ も場所で変えると、
- $B(\phi)$ だけでなく
- 乱流(散乱)の強さ $\eta(\phi)$
も含めて、幅を説明できる自由度が増えます。
重要なのは、「幅 $w(\phi)$ だけ」では自由度が1つなので、 $B$ と $\eta$ の2つの自由度を同時に決められないことです。そこで、次の観測量を考えて:
- エネルギー依存性 $w(E)$
- スペクトルの曲がり(cutoff形状)
- 上流側のプレカーサーの有無
など、他の観測量と組み合わせて制限を試みる必要が出てきます。
A4. Cas Aは“熱X線成分が混ざりやすい” → emissivity を2成分にする
Cas Aは ejecta が明るく、熱的線放射(Fe-L, Si, S など)が混ざりやすい。
そこで輝度を
I(E,\rho) = I_{\rm syn}(E,\rho) + I_{\rm th}(E,\rho)
と分け、シンクロトロン側だけに「幅モデル」を当てる必要があります。
扱いとしては、
- 連続成分優位な帯域(例:4–6 keV など)で幅を測る
- あるいはスペクトルフィットで non-thermal 成分だけのプロファイルを再構成する
など、工夫が必要になるのと、成分分割に伴う系統誤差も増えていきます。
補足B:過大解釈(やりがちな事故)と“安全な書き方”
B1. 「幅 (w) から 磁場(B) が一意に決まる」は言い過ぎ
幅モデルの根本は
w \sim f(v_{\rm sh},~B,~\eta,~\mathcal{G},~\text{成分分離})
に依存します。
- 幾何因子 $\mathcal{G}$(投影)
- PSF
- 熱成分混入
- $v_{\rm sh}$ の局所差
- $\eta$(拡散強度)
- 磁場減衰長 $\ell_B$(後述)
が入るので、$w$ のみから $B$ を“決定”というより“制限” と表現するのが適切でしょう。
「移流+冷却が支配的という仮定の下で、$w$ は $B$ に対し $B\propto w^{-2/3}$ の感度を持つ。したがって $w$ の測定は $B$ の上限・下限に制限を与えられる。」という表現は正しいはず。
B2. 「磁場減衰モデル」との縮退(degeneracy)
幅が薄い理由は
- 電子が冷える($t_{\rm syn}$ が短い)
- 磁場が減衰して放射効率が落ちる
の両方で作れます。最小の拡張として、磁場を下流で減衰させます:
B(x)=B_0~e^{-x/\ell_B}
このとき emissivity $j$ は(単純化して)
j(x)\propto N_e(x)~B(x)^{(p+1)/2}
となり、加速された電子密度 $N_e(x)$ の減衰(冷却)と $B(x)$ の減衰が同じ方向に効くため、幅だけで両者を分離するのは難しいです。
過大解釈の回避策
-
$w(E)$ のエネルギー依存性を測る
- 冷却支配なら $w\propto E^{-1/2}$ 方向の依存が出やすい
- Bohm拡散支配なら依存が弱い
-
フィラメント領域と内側領域でスペクトルの曲がり方を比較する(可能なら)
B3. 「幅の年変化がない」=「磁場が不変」とは限らない
移流+冷却支配で
w \propto B^{-3/2}
なので幅が一定なら $B$ 一定…と言いたくなりますが、Cas Aでは
- $v_{\rm sh}$ が変化している可能性
- 幾何因子 $\mathcal{G}$ が変化(見かけの曲率が変わる)
- 成分混入比が変わる(熱/非熱比が変化)
などがあり、幅の定常性は必ずしも $B$ の定常性を意味しません。
安全な言い方:
「観測期間内で $w$ の有意な変化が見えないことは、少なくとも“幅を決めている支配因子の組”が大きく変動していないことを示唆する。ただし $B$ 単独の時間不変性を直接主張するには追加情報が必要である。」
B4. “局所的mG磁場”と“平均的100μG磁場”を混同しない
年スケールの輝度変動は 局所現象で、幅から推定する $B\sim 100\mu\mathrm{G}$ とは別物として扱うのが安全かもしれません。
- 幅:リムの平均構造(局所平均)
- 年変動:小スケール乱流・局所増幅
という棲み分けを明記すると、読み手が混乱しません。
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