1. 初めに:一枚の薄膜から二種類の共振器を作る
超伝導デバイスでは、絶縁基板の上に超伝導薄膜を成膜し、リソグラフィとエッチングによって必要な形だけを残します。
一見すると、行っていることは「薄い金属膜を平面上で切り抜く」ことにすぎません。しかし、そのパターンだけから、マイクロ波の共振器を作ることができます。
代表的な二つの例を見てみましょう。
図1:同じ超伝導薄膜から作られる二種類の共振器。左は $\lambda/4$ CPW 共振器、右はミアンダインダクタと櫛形キャパシタを組み合わせた集中定数型共振器。Zmuidzinas, Superconducting Microresonators: Physics and Applications(2012)
簡易化した概念図
コンデンサーの電気容量とコイルのインダクタンスの基本的な解説
1.1 λ/4 CPW 共振器
左は、coplanar waveguide:CPW と呼ばれる伝送線路を使った、長さ約 $\lambda/4$ の共振器です。
CPW では、中央の信号線と、その両側のグランドとの間に電場が生じます。同時に、信号線を流れる電流とグランドを流れる戻り電流の周囲には磁場が生じます。
したがって、この細長い配線は、単なる一本の導線ではありません。単位長さ当たりのインダクタンス $L'$ とキャパシタンス $C'$ が、線路全体に連続的に分布した構造です。
伝搬速度を $v_{\mathrm{p}}$、共振器の実効長を $\ell$ とすると、基本共振周波数はおおよそ、
f_0
\simeq
\frac{v_{\mathrm{p}}}{4\ell}
~
\text{かつ}
~
v_{\mathrm{p}}
=
\frac{1}{\sqrt{L'C'}}
で決まります。
このように、CPW 共振器は、配線の全長に分布した $L'$ と $C'$ を使って共振するため、分布定数型共振器と呼ばれます。
1.2 ミアンダインダクタと櫛形キャパシタからなる共振器
右は、細長い配線を折り返したミアンダインダクタと、二つの櫛を互い違いに差し込んだような interdigitated capacitor:IDC を組み合わせた共振器です。
ミアンダ部分に電流が流れると、その周囲に磁場が生じます。ここでは主に、磁場と超伝導キャリアの運動にエネルギーが蓄えられるため、この部分をインダクタ $L$ として扱います。
一方、櫛形電極では、隣り合う指状電極に正負の電荷が蓄積し、その狭い隙間に強い電場が生じます。ここでは主に電場にエネルギーが蓄えられるため、この部分をキャパシタ $C$ として扱います。
共振周波数は、寄生成分を無視すれば、
f_0
\simeq
\frac{1}{2\pi\sqrt{LC}}
と表されます。
この構造では、磁場エネルギーを蓄える領域と電場エネルギーを蓄える領域が、空間的にある程度分けて設計されています。そのため、集中定数型共振器として近似できます。
1.3 リソグラフィで作っているのは「L」や「C」ではない
ここで重要なのは、どちらの共振器も、基本的には同じ超伝導薄膜をパターニングして作られていることです。
左の共振器では、インダクタンスとキャパシタンスが伝送線路全体に分布しています。右の共振器では、磁場エネルギーを蓄える部分と電場エネルギーを蓄える部分が、見かけ上分離されています。
しかし、リソグラフィ装置が薄膜の中に $L$ や $C$ という回路素子を書き込んでいるわけではありません。
リソグラフィが決めているのは、
- 電流がどこを通るか
- 戻り電流がどこを通るか
- 電荷がどの表面に蓄積するか
- 電場と磁場がどの空間に広がるか
という、Maxwell 方程式に対する境界条件です。
その結果として、電磁場に蓄えられるエネルギーを端子電流や端子電圧で表したときに、有効なインダクタンス $L$ やキャパシタンス $C$ が現れます。
そこで本記事では、次の素朴な疑問から出発します。
薄い金属膜を切り抜いただけなのに、なぜそれがコイルやコンデンサーになるのでしょうか?
本記事では、
- リソグラフィは物理的に何を決めているのか
- 平面上の薄膜パターンがなぜインダクタになるのか
- 平面上の電極がなぜキャパシタになるのか
- スパイラルとミアンダでは何が違うのか
- 幾何学的インダクタンスと運動インダクタンスは何が違うのか
- なぜ設計していない寄生容量や寄生インダクタンスまで現れるのか
- いつ集中定数回路として扱えなくなるのか
を、Maxwell 方程式と電磁場エネルギーの立場から整理します。
2. まず結論
リソグラフィで作った薄膜パターンがインダクタやキャパシタとして働く理由は、薄膜材料だけにあるのではありません。
薄膜パターンが電流と電荷の分布を制約し、周囲の三次元空間に電磁場エネルギーを、必要に応じて薄膜内部にキャリアの運動エネルギーを蓄えるから
です。
インダクタンスは、電流に対して蓄えられるエネルギーを、
U_{L}
=
\frac{1}{2}
LI^2
と表したときの係数です。通常の幾何学的インダクタンスでは主に磁場エネルギーを数えます。超伝導薄膜では、これに超伝導キャリアの運動エネルギーも加わります。
したがって、
L
=
\frac{
2U_L
}{
I^2
}
です。
一方、キャパシタンスは、電圧が作る電場エネルギーを、
U_{\mathrm{elec}}
=
\frac{1}{2}
CV^2
と表したときの係数です。
したがって、
C
=
\frac{
2U_{\mathrm{elec}}
}{
V^2
}
です。
つまり、リソグラフィによって直接作っているものは、抽象的な回路定数 $L$ や $C$ ではありません。
実際に作っているのは、
- 電流が流れる経路
- 電流が戻る経路
- 電荷が蓄積する導体表面
- 電場が向かう対向電極
- 導体間の距離
- 導体とグランドの距離
- 電場や磁場が広がる空間
- 誘電体や超伝導体を含む材料構造
です。
これらに対して Maxwell 方程式を解いた結果として、端子から見た有効な $L$ や $C$ が現れます。
3. リソグラフィが決めるのは「場の境界条件」である
リソグラフィでは、フォトレジストや電子線レジストを使って、金属を残す場所と除去する場所を決めます。
マスクパターンだけを見ると、これは二次元的な図形に見えます。
しかし、電磁場は薄膜面内だけに存在するわけではありません。
電場も磁場も、
- 基板内部
- 基板表面
- 薄膜上方の真空や空気
- 薄膜間の誘電体
- グランドプレーンとの間
- 周囲の金属やパッケージとの間
を含む三次元空間に広がります。
したがって、薄膜回路は、
二次元のリソグラフィパターンによって、三次元の電磁場分布を制御する構造
と考えることができます。
たとえば、同じ信号線でも、直下にグランドプレーンがある場合とない場合では、電場と磁場の分布が大きく異なります。
そのため、インダクタンスとキャパシタンスも変化します。
薄膜の平面形状だけではなく、
\text{平面形状}
+
\text{膜厚}
+
\text{層間距離}
+
\text{基板}
+
\text{グランド}
+
\text{周囲の導体}
まで含めた構造全体が、回路定数を決めています。
4. 同じ薄膜配線は、同時に R・L・C・G を持つ
回路図では、抵抗、インダクタ、キャパシタを別々の部品として描きます。
しかし、実際の薄膜配線には、これらが同時に存在します。
4.1 抵抗
有限の電気抵抗率を持つ金属では、
R
=
\rho
\frac{\ell}{wt}
と概算できます。
ここで、
- $\rho$ は抵抗率
- $\ell$ は配線長
- $w$ は配線幅
- $t$ は膜厚
です。
4.2 インダクタンス
配線に電流を流すと、その周囲に磁場が作られます。
その磁場エネルギーを端子電流 $I$ で表した係数がインダクタンスです。
4.3 キャパシタンス
配線に電圧を加えると、配線表面に電荷が現れ、周囲のグランドや別の配線との間に電場が作られます。
その電場エネルギーを端子電圧 $V$ で表した係数がキャパシタンスです。
4.4 コンダクタンス
誘電体が完全な絶縁体でなければ、導体間に漏れ電流や誘電損失が生じます。
これを回路的にはコンダクタンス $G$ や誘電損失として表します。
したがって、現実の薄膜配線は単独の理想素子ではなく、周波数範囲と端子の取り方に応じて、
R(\omega),~
L(\omega),~
C(\omega),~
G(\omega)
を含む等価回路で表される電磁構造です。これらは薄膜に別々に埋め込まれた定数ではなく、同じ電磁応答を回路の言葉へ分解したものです。
ある周波数範囲で、そのうちの1つの効果が支配的であるときに、「これはインダクタである」「これはキャパシタである」と近似しています。
5. 薄膜パターンがインダクタになる理由
5.1 電流は周囲に磁場を作る
定常電流が作る磁場を考えると、Ampère の法則は、
\nabla\times\mathbf{H}
=
\mathbf{J}
です。
真空中では、
\mathbf{B}
=
\mu_0\mathbf{H}
です。これを $\nabla\cdot\mathbf{B}=0$ と境界条件とともに解くことで、電流密度 $\mathbf{J}$ が作る磁場 $\mathbf{B}$ が決まります。
磁場エネルギーは、
U_{\mathrm{mag}}
=
\frac{1}{2}
\int
\mathbf{B}\cdot\mathbf{H}
~d^3\mathbf{r}
です。
真空中なら、
U_{\mathrm{mag}}
=
\frac{1}{2\mu_0}
\int
|\mathbf{B}|^2
~d^3\mathbf{r}
となります。
線形な回路では、電流を $\alpha$ 倍すると磁場も $\alpha$ 倍になります。
したがって、磁場エネルギーは $\alpha^2$ 倍になります。
つまり、
U_{\mathrm{mag}}
\propto
I^2
なので、
U_{\mathrm{mag}}
=
\frac{1}{2}
L_{\mathrm{geom}}I^2
と書くことができます。
この比例係数 $L_{\mathrm{geom}}$ が幾何学的インダクタンスです。超伝導薄膜で重要になる運動インダクタンスは、次章で加えます。
5.2 「1本の配線」だけではインダクタンスは決まらない
実際の電流は必ず閉じます。
信号線を通って流れた電流は、別の配線やグランドを通って電源へ戻ります。
したがって、インダクタンスを決めるのは信号線だけではなく、
\text{信号電流}
+
\text{戻り電流}
を含む閉じた電流経路です。
たとえば、信号線のすぐ近くにグランドがあり、戻り電流が信号線の近くを流れる場合、両者が作る遠方の磁場は互いに打ち消し合います。
磁場が狭い領域に閉じ込められるため、磁場エネルギーとインダクタンスは小さくなります。
一方、戻り電流が遠くを流れる場合には、磁場が広い空間に広がります。
その結果、磁場エネルギーが大きくなり、インダクタンスも大きくなります。
したがって、
リソグラフィでインダクタを設計するときには、信号配線の形だけでなく、戻り電流がどこを流れるかを同時に設計しなければならない
ということになります。
これは、キャパシタンスにおいて対向電極やグランドが必要であることと対応しています。
5.3 なぜ渦巻き状にするとインダクタンスが増えるのか
平面スパイラルでは、金属配線を渦巻き状に配置します。
各ターンに流れる電流は、全体として同じ回転方向を持っています。
そのため、各ターンが作る磁場は、スパイラル中央付近で同じ向きに重なります。
磁束結合を $\lambda$ とすると、線形な場合には、
\lambda
=
LI
です。
$N$ ターンのコイルで、各ターンを貫く磁束がほぼ同じなら、
\lambda
=
N\Phi
なので、
L
=
\frac{
N\Phi
}{
I
}
となります。
さらに、ターン数を増やすと、
- 配線自体が長くなる
- 各ターンの自己インダクタンスが加わる
- ターン間の正の相互インダクタンスが加わる
- 多くのターンに磁束が結合する
という効果が生じます。
理想化された長いソレノイドでは、インダクタンスはおおよそ $N^2$ に比例します。
平面スパイラルでは磁場が外部へ大きく漏れるため、単純な $N^2$ 則にはなりませんが、ターン間の磁気結合がインダクタンスを増やすという基本構造は同じです。
5.4 スパイラルとミアンダは同じではない
薄膜配線を長くする代表的な形状として、
- スパイラル
- ミアンダ
があります。
どちらも長い配線を小さい面積に収める形状ですが、磁場の作られ方は同じではありません。
スパイラル
スパイラルの対応する辺では、隣接ターンの電流が同じ方向に流れます。
2つの電流要素の相互インダクタンスは、細線近似では、
M
=
\frac{\mu_0}{4\pi}
\oint
\oint
\frac{
d\mathbf{l}_1
\cdot
d\mathbf{l}_2
}{
|\mathbf{r}_1-\mathbf{r}_2|
}
と書けます。
隣接する線素が同じ方向なら、
d\mathbf{l}_1
\cdot
d\mathbf{l}_2
>
0
なので、正の相互インダクタンスを持ちます。
そのため、スパイラルは幾何学的インダクタンスを大きくしやすい形状です。
ミアンダ
ミアンダでは、隣接する平行配線を電流が反対方向に流れることが多くなります。
この場合、
d\mathbf{l}_1
\cdot
d\mathbf{l}_2
<
0
となり、隣接配線の磁場が互いに打ち消し合います。
したがって、配線を折り返して長くすれば全インダクタンスは一般に増えますが、隣接線どうしの負の相互インダクタンスにより、孤立した直線配線を同じ長さだけ延ばす場合ほど単純には増えません。
ただし、ミアンダは配線長を増やすため、後述する運動インダクタンスを大きくする目的には有効です。
つまり、
スパイラルは正の磁束結合を積極的に利用する設計であり、ミアンダは主に配線長や square 数を増やす設計
という違いがあります。
実際には、線間隔やグランド配置によって両者の性質は連続的に変化します。
6. 幾何学的インダクタンスと運動インダクタンス
薄膜、特に超伝導薄膜では、インダクタンスを、
L
=
L_{\mathrm{geom}}
+
L_{\mathrm{k}}
と分けて考えることがあります。
ここで、
- $L_{\mathrm{geom}}$ は幾何学的インダクタンス
- $L_{\mathrm{k}}$ は運動インダクタンス
です。
6.1 幾何学的インダクタンス
幾何学的インダクタンスは、電流が周囲に作る磁場のエネルギーに由来します。
U_{\mathrm{mag}}
=
\frac{1}{2}
L_{\mathrm{geom}}I^2
です。
したがって、
- 電流ループの面積
- 配線間隔
- ターン数
- 戻り電流の位置
- グランドプレーン
- 周囲のシールド
などによって変化します。
6.2 運動インダクタンス
電流は、電荷を持つ粒子の運動によって生じます。
超伝導体では、Cooper 対を含む超伝導キャリアが有限の速度で運動するため、その運動エネルギーも蓄積されます。
超伝導キャリア密度を $n_{\mathrm{s}}$、電荷を $q$、質量を $m$、速度を $v$ とすると、電流密度は、
J
=
n_{\mathrm{s}}qv
です。
一方、単位体積あたりの運動エネルギーは、
u_{\mathrm{k}}
=
\frac{1}{2}
n_{\mathrm{s}}mv^2
です。
$v$ を $J$ で書き直すと、
u_{\mathrm{k}}
=
\frac{m}{
2n_{\mathrm{s}}q^2
}
J^2
となります。
London 侵入長 $\lambda_{\mathrm{L}}$ を、
\lambda_{\mathrm{L}}^2
=
\frac{m}{
\mu_0n_{\mathrm{s}}q^2
}
とすると、
u_{\mathrm{k}}
=
\frac{
\mu_0\lambda_{\mathrm{L}}^2
}{
2
}
J^2
です。
長さ $\ell$、幅 $w$、膜厚 $t$ の配線に電流がほぼ一様に流れるとすると、
J
=
\frac{I}{wt}
なので、全運動エネルギーは、
U_{\mathrm{k}}
=
u_{\mathrm{k}}\ell wt
です。
したがって、
U_{\mathrm{k}}
=
\frac{1}{2}
\left(
\mu_0
\frac{
\lambda_{\mathrm{L}}^2
}{
t
}
\frac{
\ell
}{
w
}
\right)
I^2
となります。
よって、
L_{\mathrm{k}}
=
L_{\mathrm{k},\square}
N_{\square}
と書けます。
ここで、
L_{\mathrm{k},\square}
\simeq
\mu_0
\frac{
\lambda_{\mathrm{L}}^2
}{
t
}
は1 square あたりの運動インダクタンス、
N_{\square}
=
\frac{\ell}{w}
は配線の square 数です。
この近似は、局所 London モデルが使え、膜厚が London 侵入長より十分薄く、膜厚方向の電流密度をほぼ一様とみなせる場合に対応します。
膜厚が $\lambda_{\mathrm{L}}$ と同程度以上になると、$L_{\mathrm{k},\square}\propto 1/t$ という単純な近似は使えません。また、実際の細線では、線幅方向の電流集中、材料の非局所性、温度依存や周波数依存も考慮が必要です。
したがって、超伝導薄膜では、
- 配線を長くする
- 配線幅を細くする
- 膜厚を薄くする
- 超伝導キャリア密度の小さい材料を使う
ことによって、運動インダクタンスを大きくできます。
ミアンダ形状は、限られた面積の中で $N_{\square}$ を増やせるため、高運動インダクタンス素子に適しています。
7. 薄膜パターンがキャパシタになる理由
7.1 電位差は電場を作る
静電場では、
\nabla\times\mathbf{E}
=
0
なので、電場はスカラーポテンシャル $\phi$ を使って、
\mathbf{E}
=
-
\nabla\phi
と書けます。
また、Gauss の法則は、
\nabla\cdot\mathbf{D}
=
\rho_{\mathrm{free}}
です。
線形誘電体では、
\mathbf{D}
=
\epsilon\mathbf{E}
なので、導体間に自由体積電荷がない領域では、
\nabla\cdot
\left(
\epsilon\nabla\phi
\right)
=
0
を解くことになります。
各金属電極は静電平衡では等電位なので、
\phi
=
V_i
\qquad
\text{on conductor }i
という境界条件を与えます。
つまり、リソグラフィで作った金属電極の形状が、電位に対する境界条件を決めています。
7.2 電場エネルギーからキャパシタンスが現れる
線形誘電体中の電場エネルギーは、
U_{\mathrm{elec}}
=
\frac{1}{2}
\int
\mathbf{E}\cdot\mathbf{D}
~d^3\mathbf{r}
です。
一様な誘電率なら、
U_{\mathrm{elec}}
=
\frac{1}{2}
\int
\epsilon
|\mathbf{E}|^2
~d^3\mathbf{r}
となります。
線形な系では、端子電圧を $\alpha$ 倍すると電場も $\alpha$ 倍になります。
したがって、
U_{\mathrm{elec}}
\propto
V^2
です。
そこで、
U_{\mathrm{elec}}
=
\frac{1}{2}
CV^2
と書き、この比例係数をキャパシタンス $C$ と定義します。
キャパシタンスとは、
単位電圧を加えたとき、どれだけ大きな電場エネルギーを空間に蓄えられるか
を表す量です。
7.3 対向電極が必要である
「1枚の金属膜のキャパシタンス」という言い方は、基準となる相手を明示しない限り不完全です。
電場は電位差によって作られます。
したがって、ある電極に正電荷が蓄積した場合、その電場がどこへ向かうかを指定しなければなりません。
対向する導体としては、
- 隣の電極
- グランドプレーン
- 基板裏面の金属
- 周囲のシールド
- パッケージ
- 測定器のグランド
- 無限遠
などが考えられます。
したがって、キャパシタンスは1つの電極の形だけではなく、
\text{信号電極}
+
\text{対向電極}
+
\text{誘電体}
+
\text{周囲の境界条件}
を含む導体系全体に対して決まります。導体が3つ以上ある一般の場合には、単一の $C$ ではなく、各導体の電荷と電位を結ぶ容量行列で記述します。2端子素子では、その自由度を端子間電圧と端子電荷へまとめた有効キャパシタンスを $C$ と呼んでいます。
これは、インダクタンスにおいて戻り電流経路が必要であることと対応しています。
| インダクタンス | キャパシタンス |
|---|---|
| 信号電流が必要 | 信号電位が必要 |
| 戻り電流が必要 | 対向電極・基準電位が必要 |
| 磁場エネルギーを蓄える | 電場エネルギーを蓄える |
| 電流経路全体で決まる | 導体系全体で決まる |
8. 平行平板キャパシタ
最も分かりやすい薄膜キャパシタは、2枚の金属薄膜を誘電体を挟んで積層した平行平板構造です。
電極面積を $A$、電極間距離を $d$、誘電率を $\epsilon$ とします。
端部効果を無視できるなら、電場はほぼ一様で、
E
\simeq
\frac{V}{d}
です。
電場エネルギーは、
U_{\mathrm{elec}}
=
\frac{1}{2}
\epsilon E^2
Ad
なので、
U_{\mathrm{elec}}
=
\frac{1}{2}
\epsilon
\left(
\frac{V}{d}
\right)^2
Ad
です。
したがって、
U_{\mathrm{elec}}
=
\frac{1}{2}
\left(
\epsilon
\frac{A}{d}
\right)
V^2
となり、
C
\simeq
\epsilon
\frac{A}{d}
を得ます。
したがって、平行平板キャパシタでは、
- 電極面積 $A$ を大きくする
- 誘電率 $\epsilon$ を大きくする
- 誘電体膜厚 $d$ を薄くする
ことでキャパシタンスを大きくできます。
ただし、誘電体を薄くしすぎると、
- 絶縁破壊
- トンネル電流
- 漏れ電流
- 誘電損失
- 欠陥や膜厚揺らぎ
が問題になります。
9. 平面上の櫛形電極がキャパシタになる理由
キャパシタを作るために、必ずしも上下に電極を積層する必要はありません。
同じ平面上に2つの電極を配置しても、その間には電場が生じます。
代表例が櫛形電極、interdigital capacitor です。
2つの櫛形電極を互い違いに配置し、一方を電位 $V_1$、他方を $V_2$ にすると、隣接する指の間に電位差が生じます。
電場は、
- 指の側面間
- 指の上方
- 基板内部
- 電極端部
に広がります。
平行平板キャパシタとは異なり、電場の大部分は端部から回り込むフリンジ電場です。
それでも、電場エネルギーが、
U_{\mathrm{elec}}
=
\frac{1}{2}
CV^2
と表せることに変わりはありません。
櫛形キャパシタのキャパシタンスは一般に、
- 指の本数を増やす
- 指の重なり長さを長くする
- 指の間隔を狭くする
- 電極を厚くする
- 基板の誘電率を大きくする
と増加します。
ただし、正確な値は三次元的なフリンジ電場によって決まるため、単純な平行平板公式 $C=\epsilon A/d$ では求められません。
断面が一様な理想構造では等角写像による解析も可能ですが、実際のデバイスでは有限膜厚、有限電極長、周囲のグランド、誘電体界面を含めた数値計算が必要になります。
10. 基板とグランドは L と C の両方を変える
薄膜回路では、基板やグランドプレーンは単なる支持構造ではありません。
電磁場の境界条件を決める重要な構成要素です。
たとえば、信号線の近くにグランドプレーンを置くと、
キャパシタンス
信号線とグランドの間に電場が集中します。
同じ電圧を加えるために必要な電荷が増えるため、単位長さあたりのキャパシタンスは大きくなります。
インダクタンス
信号電流に対する戻り電流が、近くのグランドを流れます。
信号電流と戻り電流が作る遠方磁場が打ち消し合い、磁場が狭い領域に局在します。
そのため、単位長さあたりのインダクタンスは小さくなります。
したがって、一般にグランドを信号線へ近づけると、
C'
\uparrow
かつ、
L'
\downarrow
となる傾向があります。
ここで、$C'$ と $L'$ は単位長さあたりのキャパシタンスとインダクタンスです。
伝送線路の特性インピーダンスと位相速度は、理想的な損失の小さい場合、
Z_0
=
\sqrt{
\frac{
L'
}{
C'
}
}
v_{\mathrm{p}}
=
\frac{
1
}{
\sqrt{
L'C'
}
}
で与えられます。
したがって、グランド配置や基板誘電率は、局所的な $L$ と $C$ だけでなく、伝送線路全体のインピーダンスや伝搬速度も決めています。
11. 薄膜 LC 共振器
薄膜インダクタと薄膜キャパシタを接続すると、LC 共振器を作ることができます。
インダクタに蓄えられるエネルギーは、
U_L
=
\frac{1}{2}
LI^2
です。ここで $U_L$ は、幾何学的な磁場エネルギーと、必要なら運動エネルギーを合わせたものです。
キャパシタに蓄えられるエネルギーは、
U_{\mathrm{elec}}
=
\frac{1}{2}
CV^2
です。
理想的な LC 回路では、エネルギーがインダクタ側とキャパシタ側の間を周期的に往復します。幾何学的インダクタンスが支配的なら、これは主に磁場エネルギーと電場エネルギーの往復です。
共振角周波数は、
\omega_0
=
\frac{
1
}{
\sqrt{
LC
}
}
であり、共振周波数は、
f_0
=
\frac{
1
}{
2\pi\sqrt{
LC
}
}
です。
薄膜回路では、
- スパイラルインダクタと平行平板キャパシタ
- スパイラルインダクタと櫛形キャパシタ
- ミアンダ型高運動インダクタンスと櫛形キャパシタ
- コプレーナ導波路の分布定数共振器
など、さまざまな構造で共振器を作れます。
重要なのは、回路図上では別々の $L$ と $C$ に見えても、実際にはどちらも同じ三次元電磁場の異なる成分を利用しているということです。
12. インダクタにもキャパシタンスがある
実際のスパイラルインダクタでは、隣接ターン間に電位差が生じます。
そのため、ターン間には電場が作られ、寄生キャパシタンスが生じます。
また、インダクタとグランドプレーンの間にもキャパシタンスがあります。
したがって、実際のインダクタは、抵抗を直列に、寄生キャパシタンスを端子間に持つ等価回路で表されます。概念的には、
L
+
C_{\mathrm{p}}
+
R
を同時に持つということです。ここで記号 $+$ は単純な直列接続を意味するのではなく、これらの要素が同じ構造に共存することを表しています。
ここで、$C_{\mathrm{p}}$ は寄生キャパシタンスです。
インダクタンスと寄生キャパシタンスによる自己共振周波数は、おおよそ、
f_{\mathrm{SR}}
\simeq
\frac{
1
}{
2\pi
\sqrt{
LC_{\mathrm{p}}
}
}
です。
自己共振周波数より十分低い周波数では、インダクタとして振る舞います。
しかし、自己共振周波数へ近づくと、寄生キャパシタンスを無視できなくなります。
さらに高周波側では、単純なインダクタではなく、分布定数構造や容量性の構造として振る舞うことがあります。
13. キャパシタにもインダクタンスがある
キャパシタへ電荷を出し入れするためには、電極と配線に電流が流れます。
この電流は周囲に磁場を作るため、キャパシタにも直列インダクタンスが存在します。
これを等価直列インダクタンス、ESL と呼ぶことがあります。
実際のキャパシタは、理想キャパシタに直列インダクタンスと直列抵抗を加えた等価回路で表されます。概念的には、
C
+
L_{\mathrm{s}}
+
R_{\mathrm{ESR}}
を持ちます。
ここで、
- $L_{\mathrm{s}}$ は直列インダクタンス
- $R_{\mathrm{ESR}}$ は等価直列抵抗
です。
自己共振周波数は、おおよそ、
f_{\mathrm{SR}}
\simeq
\frac{
1
}{
2\pi
\sqrt{
L_{\mathrm{s}}C
}
}
です。
低周波ではキャパシタとして振る舞いますが、自己共振周波数より高い領域では、直列インダクタンスの影響が支配的になります。
つまり、
完全に純粋なインダクタや、完全に純粋なキャパシタは存在しない
ということです。
すべての導体構造は、電場と磁場の両方を持ちます。
14. 集中定数素子として扱える条件
薄膜パターンを1つの $L$ や $C$ として扱うためには、素子全体で電圧や電流の位相がほぼ一様である必要があります。
素子の代表長さを $\ell$、構造中の実効波長を $\lambda_{\mathrm{eff}}$ とすると、
\ell
\ll
\lambda_{\mathrm{eff}}
であれば、集中定数近似が有効です。実務上は、素子寸法と波長の比較だけでなく、使用周波数が素子の自己共振周波数より十分低いことも確認します。
しかし、周波数が高くなると波長が短くなり、素子内の位置によって電圧と電流の位相が異なるようになります。
この場合、薄膜パターンは単一の $L$ や $C$ ではなく、
L',~
C',~
R',~
G'
を持つ分布定数回路として扱う必要があります。
特に、
- 長いミアンダ
- 大きなスパイラル
- コプレーナ導波路
- マイクロストリップ
- 高運動インダクタンスを持つ slow-wave 構造
では、物理的な寸法が小さくても、伝搬速度が遅いために分布定数効果が現れることがあります。
15. リソグラフィ寸法を変えると何が起こるか
代表的な傾向をまとめると、次のようになります。
| 設計変更 | インダクタンスへの影響 | キャパシタンスへの影響 | その他 |
|---|---|---|---|
| 配線を長くする | $L_{\mathrm{geom}}$ と $L_{\mathrm{k}}$ が増えやすい | 周囲との寄生容量が増えやすい | 抵抗も増える |
| 配線を細くする | 特に $L_{\mathrm{k}}$ が増える | グランド容量は変化する | 抵抗・電流密度が増える |
| 膜厚を薄くする | $L_{\mathrm{k}}$ が増える | 平面容量への影響は比較的小さい | 抵抗が増える |
| スパイラルのターン数を増やす | 正の相互結合により増えやすい | ターン間容量も増える | 自己共振周波数が下がりやすい |
| ミアンダを密にする | 幾何学的磁場は打ち消されやすい | 隣接線間容量が増える | $N_{\square}$ は増やせる |
| 電極面積を増やす | 電流経路によっては増える | $C$ が増える | 素子面積が増える |
| 電極間隔を狭くする | 相互磁気結合が変化する | $C$ が増える | 絶縁破壊に注意 |
| グランドを近づける | $L$ が小さくなりやすい | $C$ が大きくなりやすい | 特性インピーダンスが低下しやすい |
| 誘電率を大きくする | 静磁的な $L$ への直接効果は小さい | $C$ が増える | 伝搬速度が低下する |
この表から分かるように、1つの寸法変更が $L$ だけ、あるいは $C$ だけを変えるわけではありません。
たとえば、スパイラルのターン数を増やすとインダクタンスは増えますが、同時にターン間キャパシタンスも増えます。
その結果、インダクタンスを増やしたにもかかわらず、自己共振周波数はむしろ下がることがあります。
薄膜回路設計では、
L
だけを最大化する、あるいは、
C
だけを最大化するのではなく、
L,~
C,~
R,~
G,~
f_{\mathrm{SR}},~
Q
を同時に考える必要があります。
16. Maxwell 方程式から考える設計手順
薄膜インダクタやキャパシタを第一原理的に設計する流れは、次のようになります。
16.1 構造を定義する
- 薄膜の平面形状
- 配線幅
- 配線間隔
- 膜厚
- 層間距離
- 基板の誘電率
- 誘電体の損失
- グランドプレーン
- シールドやパッケージ
- 超伝導体の侵入長
- 端子と戻り電流経路
を指定します。
16.2 端子条件を与える
インダクタンスを求める場合には、端子から電流を流し、戻り端子を指定します。
キャパシタンスを求める場合には、各導体の電位を指定します。
16.3 Maxwell 方程式を解く
インダクタンスでは、電流分布と磁場を求めます。
\mathbf{J}
\rightarrow
\mathbf{B}
キャパシタンスでは、ポテンシャルと電場を求めます。
V_i
\rightarrow
\phi
\rightarrow
\mathbf{E}
16.4 エネルギーを積分する
通常導体や、幾何学的インダクタンスが支配的な構造では、磁場エネルギーから、
L
=
\frac{
2U_{\mathrm{mag}}
}{
I^2
}
を求めます。超伝導薄膜で運動インダクタンスが無視できない場合には、磁場エネルギーだけでなく、超伝導キャリアの運動エネルギーも加えた全エネルギーを使います。
電場エネルギーから、
C
=
\frac{
2U_{\mathrm{elec}}
}{
V^2
}
を求めます。
16.5 周波数依存を調べる
より高い周波数では、端子インピーダンスやアドミタンスを、
Z(\omega)
Y(\omega)
として求めます。
低周波極限で、
Z(\omega)
\simeq
R
+
i\omega L
Y(\omega)
\simeq
G
+
i\omega C
と近似できれば、対応する $L$ や $C$ を抽出できます。
自己共振や分布定数効果が現れる領域では、単一の周波数非依存な $L$ や $C$ では表せません。
17. なぜ回路図の L と C が現れるのか
ここまでの議論を、回路方程式へつなげます。
インダクタでは、端子電流 $I$ が作る磁束鎖交数を $\lambda$ とすると、Faraday の法則から、端子電圧は
V
=
\frac{d\lambda}{dt}
と書けます。ここでは受動符号規約を用い、電流が流れ込む端子側の電位を正に取っています。
線形で形状や材料特性が時間変化しない場合には、
\lambda
=
LI
なので、
V
=
L
\frac{dI}{dt}
を得ます。すなわち、インダクタンスは「電流に対してどれだけ磁束が鎖交するか」を表すと同時に、「電流変化に対してどれだけ電圧が生じるか」を表す係数でもあります。
一方、キャパシタでは、端子間電圧 $V$ を加えたとき、一方の端子に蓄えられる電荷を $Q$ とします。線形で形状や材料特性が時間変化しない場合には、
Q
=
CV
です。
端子電流は電荷の時間変化なので、
I
=
\frac{dQ}{dt}
より、
I
=
C
\frac{dV}{dt}
を得ます。
このとき端子から流れ込む電力は、どちらも
P
=
VI
です。損失のない理想素子について、電流または電圧がゼロの状態からこの電力を時間積分すると、それぞれ
U_L
=
\frac{1}{2}
LI^2
U_{\mathrm{elec}}
=
\frac{1}{2}
CV^2
というエネルギー表式に戻ります。
つまり、
V
=
L
\frac{dI}{dt}
や、
I
=
C
\frac{dV}{dt}
という回路方程式は、薄膜に最初から書き込まれている独立の法則ではありません。
薄膜構造に対して Maxwell 方程式を解き、磁束・電荷・電磁場エネルギーを端子変数へまとめた結果として現れる有効な関係です。
18. まとめ
リソグラフィで作る薄膜インダクタや薄膜キャパシタは、単なる平面的な金属図形ではありません。
その正体は、
三次元空間の電磁場と、必要に応じて薄膜内部のキャリア運動を、端子電圧・端子電流へ対応づける電磁構造
です。
インダクタンスは、インダクタ側に蓄えられる全エネルギー $U_L$ を用いて、
U_L
=
\frac{1}{2}
LI^2
によって定義されます。
キャパシタンスは、
U_{\mathrm{elec}}
=
\frac{1}{2}
CV^2
によって定義されます。
リソグラフィによって決めているのは、
- 電流経路
- 戻り電流経路
- 電極形状
- 対向電極
- 導体間隔
- グランドとの距離
- 誘電体構造
- 膜厚と配線断面
です。
それらを境界条件として Maxwell 方程式を解くことで、$L$ と $C$ が決まります。
また、実際の薄膜構造は必ず、
R,~
L,~
C,~
G
を同時に持ちます。
スパイラルインダクタにもターン間キャパシタンスがあり、平行平板キャパシタにも配線インダクタンスがあります。
したがって、より正確には、
薄膜がコイルやコンデンサーへ変身するのではなく、薄膜パターンの電磁応答のうち、誘導性または容量性の効果が目的の周波数帯で支配的になるように設計している
と考えるのがよいでしょう。
この見方を取ると、スパイラルインダクタ、ミアンダ型運動インダクタンス、平行平板キャパシタ、櫛形キャパシタ、コプレーナ導波路、LC 共振器を、すべて同じ Maxwell 方程式の枠組みで理解できます。
Appendix:二種類の超伝導共振器を実際に設計する
ここでは、本文で紹介した二種類の共振器について、
- $\lambda/4$ CPW 共振器
- ミアンダインダクタと櫛形キャパシタからなる集中定数型共振器
の長所と短所、$L$、$C$、$R$ のオーダーを手計算する方法、および電磁場シミュレーションを用いた設計方法を整理します。
A.1 最初に:共振器の R は直流抵抗とは限らない
超伝導共振器について $L$、$C$、$R$ を考えるとき、最も注意が必要なのは $R$ です。
常伝導金属の配線であれば、直流抵抗は、
R_{\mathrm{dc}}
=
\rho
\frac{\ell}{wt}
と見積もれます。
ここで、$\rho$ は抵抗率、$\ell$ は配線長、$w$ は線幅、$t$ は膜厚です。
しかし、超伝導共振器のマイクロ波損失は、単純な直流抵抗だけでは決まりません。実際には、
- 超伝導体の有限な表面抵抗
- 基板や界面における誘電損失
- two-level system:TLS による損失
- 放射損失
- 磁束量子の運動による損失
- フィードラインへの結合によるエネルギー流出
- パッケージや接地構造への結合
などが共振器の減衰に寄与します。
そのため、共振器全体の損失は、内部品質係数 $Q_{\mathrm{i}}$ と結合品質係数 $Q_{\mathrm{c}}$ を使って表すのが一般的です。
\frac{1}{Q_{\mathrm{l}}}
=
\frac{1}{Q_{\mathrm{i}}}
+
\frac{1}{Q_{\mathrm{c}}}
ここで、$Q_{\mathrm{l}}$ は実際に測定される loaded quality factor です。
さらに、内部損失は、
\frac{1}{Q_{\mathrm{i}}}
=
\frac{1}{Q_{\mathrm{cond}}}
+
\sum_j p_j\tan\delta_j
+
\frac{1}{Q_{\mathrm{rad}}}
+
\frac{1}{Q_{\mathrm{vortex}}}
+
\cdots
のように分解できます。
$p_j$ は電場エネルギーが誘電体または界面 $j$ に存在する割合、$\tan\delta_j$ はその損失正接です。
したがって、以下で述べる $R$ は、さまざまな損失を一つの抵抗にまとめて表した等価抵抗です。
直列 RLC 回路として表す場合には、
R_{\mathrm{s}}
=
\frac{\omega_0L}{Q_{\mathrm{i}}}
となります。
一方、並列 RLC 回路として表す場合には、
R_{\mathrm{p}}
=
\frac{Q_{\mathrm{i}}}{\omega_0C}
となります。
同じ共振器でも、直列等価回路と並列等価回路では $R$ の値が大きく異なります。そのため、抵抗値だけを示すのではなく、どの等価回路を使っているかを明示する必要があります。
A.2 λ/4 CPW 共振器
A.2.1 構造
CPW は coplanar waveguide の略で、中央の信号線と、その両側のグランドが同じ平面上に配置された伝送線路です。
中心導体の幅を $w$、中心導体とグランドの間隔を $g$ とします。
$\lambda/4$ CPW 共振器では、一般に一端を短絡端、もう一端を開放端とします。基本モードでは、
- 短絡端で電流が最大、電圧が最小
- 開放端で電圧が最大、電流が最小
になります。
A.2.2 長所
$\lambda/4$ CPW 共振器の主な長所は次のとおりです。
- 単層の超伝導薄膜だけで製作できる
- 共振周波数を主に配線長で調整できる
- 特性インピーダンスを $w$ と $g$ で設計できる
- 分布定数線路としての解析式が比較的よく整備されている
- フィードラインとの結合容量を設計しやすい
- 電圧節と電流節を意図的に配置できる
- 高品質な結晶基板を使えば高い $Q_{\mathrm{i}}$ を得やすい
特に、共振周波数が配線の電気長から直接決まるため、最初の設計値を比較的簡単に求められることが大きな利点です。
A.2.3 短所
一方、次のような短所があります。
- 共振器長が波長の約 $1/4$ 必要で、占有面積が大きい
- 基本モード以外に高調波モードが存在する
- 周囲の配線や他の共振器との分布結合が生じやすい
- グランド電位が左右で異なる slotline mode が発生することがある
- ワイヤーボンド、エアブリッジ、チップ端面、パッケージの影響を受ける
- 導体端部の強い電場が基板表面や界面の TLS 損失に結びつく
- 蛇行させて小型化すると、隣接部分の結合によって単純な線路ではなくなる
$\lambda/4$ 共振器では高次モードが、
f_n
\simeq
\left(
2n+1
\right)
f_0
付近に現れます。
ただし、結合容量、曲がり、パッケージ、運動インダクタンスなどの影響によって、正確な整数倍からずれることがあります。
A.2.4 共振周波数を手計算する
CPW の単位長さ当たりのインダクタンスとキャパシタンスを、それぞれ $L'$ と $C'$ とします。
伝搬速度は、
v_{\mathrm{p}}
=
\frac{1}{\sqrt{L'C'}}
であり、特性インピーダンスは、
Z_0
=
\sqrt{\frac{L'}{C'}}
です。
したがって、$Z_0$ と $v_{\mathrm{p}}$ が分かれば、
L'
=
\frac{Z_0}{v_{\mathrm{p}}}
C'
=
\frac{1}{Z_0v_{\mathrm{p}}}
と求められます。
空気中に上面が開かれた厚い誘電体基板では、最初のオーダー評価として、
\varepsilon_{\mathrm{eff}}
\sim
\frac{1+\varepsilon_{\mathrm{r}}}{2}
と置くことができます。
このとき、
v_{\mathrm{p}}
\sim
\frac{c}{\sqrt{\varepsilon_{\mathrm{eff}}}}
となります。
ただし、これはあくまで概算です。有限な基板厚、裏面金属、パッケージ、導体厚、運動インダクタンスを含めると、$\varepsilon_{\mathrm{eff}}$ と $v_{\mathrm{p}}$ は変化します。
基本共振周波数は、
f_0
\simeq
\frac{v_{\mathrm{p}}}{4\ell_{\mathrm{eff}}}
です。
したがって、必要な共振器長は、
\ell_{\mathrm{eff}}
\simeq
\frac{v_{\mathrm{p}}}{4f_0}
となります。
ここで $\ell_{\mathrm{eff}}$ は、開放端補正、結合部、曲がり、運動インダクタンスなどを含む実効的な電気長です。
A.2.5 L と C のオーダー
線路全体に存在するインダクタンスとキャパシタンスのオーダーは、
L_{\mathrm{line}}
\sim
L'\ell
C_{\mathrm{line}}
\sim
C'\ell
で見積もれます。
ただし、これらをそのまま、
f_0
=
\frac{1}{2\pi\sqrt{L_{\mathrm{line}}C_{\mathrm{line}}}}
へ代入してはいけません。
CPW 共振器では電圧と電流が線路上に分布しており、線路全体が同じ電圧、同じ電流で振動しているわけではないからです。
開放端から見た $\lambda/4$ 共振器を並列 RLC 回路に置き換える場合、基本モードに対する代表的な等価値は、
C_{\mathrm{eq}}
=
\frac{C'\ell}{2}
=
\frac{\pi}{4\omega_0Z_0}
L_{\mathrm{eq}}
=
\frac{1}{\omega_0^2C_{\mathrm{eq}}}
=
\frac{8L'\ell}{\pi^2}
=
\frac{4Z_0}{\pi\omega_0}
となります。
この等価値は、共振周波数近傍における端子インピーダンスを集中定数回路で表すためのものです。
A.2.6 数値例
例として、
f_0
=
5~\mathrm{GHz}
Z_0
=
50~\Omega
\varepsilon_{\mathrm{eff}}
=
6.3
とします。
伝搬速度は、
v_{\mathrm{p}}
\simeq
\frac{3.0\times10^8}{\sqrt{6.3}}
\simeq
1.2\times10^8~\mathrm{m/s}
です。
したがって、共振器長は、
\ell
\simeq
\frac{1.2\times10^8}{4\times5.0\times10^9}
\simeq
6.0~\mathrm{mm}
となります。
単位長さ当たりの値は、
L'
\simeq
\frac{50}{1.2\times10^8}
\simeq
4.2\times10^{-7}~\mathrm{H/m}
C'
\simeq
\frac{1}{50\times1.2\times10^8}
\simeq
1.7\times10^{-10}~\mathrm{F/m}
です。
線路全体のオーダーは、
L'\ell
\sim
2.5~\mathrm{nH}
C'\ell
\sim
1.0~\mathrm{pF}
となります。
開放端から見た等価並列 RLC 回路では、
C_{\mathrm{eq}}
\sim
0.50~\mathrm{pF}
L_{\mathrm{eq}}
\sim
2.0~\mathrm{nH}
となります。
A.2.7 R のオーダー
伝送線路の損失を、すべて単位長さ当たりの等価直列抵抗 $R'$ に押し込めて表すと、
Q_{\mathrm{i}}
\sim
\frac{\omega_0L'}{R'}
です。
したがって、
R'
\sim
\frac{\omega_0L'}{Q_{\mathrm{i}}}
となります。
先ほどの例で、超伝導体なのでQ値が高いので、
Q_{\mathrm{i}}
=
10^5
とすると、
R'
\sim
0.13~\Omega/\mathrm{m}
です。
長さ $6~\mathrm{mm}$ に対しては、
R'\ell
\sim
0.8~\mathrm{m}\Omega
となります。
ただし、この $R'$ は、誘電損失や放射損失まで直列抵抗に換算した実効的な値です。超伝導体そのものの表面抵抗と同一ではありません。
開放端から見た並列等価抵抗は、
R_{\mathrm{p}}
=
\frac{Q_{\mathrm{i}}}{\omega_0C_{\mathrm{eq}}}
であり、上の例では数 $\mathrm{M}\Omega$ 程度になります。
このように、同じ共振器でも直列表示では $\mathrm{m}\Omega$、並列表示では $\mathrm{M}\Omega$ になり得ます。
A.2.8 運動インダクタンス
超伝導 CPW の単位長さ当たりのインダクタンスは、
L'
=
L'_{\mathrm{g}}
+
L'_{\mathrm{k}}
と分けられます。
$L_{\mathrm{g}}'$ は磁場エネルギーに由来する幾何学的インダクタンス、$L'_{\mathrm{k}}$ は Cooper 対の慣性に由来する運動インダクタンスです。
運動インダクタンスの割合は、
\alpha_{\mathrm{k}}
=
\frac{L'_{\mathrm{k}}}
{L'_{\mathrm{g}}+L'_{\mathrm{k}}}
で定義されます。
$\alpha_{\mathrm{k}}$ が大きくなると伝搬速度は低下し、同じ物理長でも共振周波数が低くなります。
したがって、高抵抗率の超伝導薄膜や非常に薄い膜を使う場合には、
v_{\mathrm{p}}
=
\frac{1}{\sqrt{
\left(
L'_{\mathrm{g}}+L'_{\mathrm{k}}
\right)
C'
}}
として運動インダクタンスを含める必要があります。
A.3 ミアンダ L と櫛形 C からなる集中定数型共振器
A.3.1 構造
集中定数型共振器では、細長い配線を折り返したミアンダ構造をインダクタ $L$ として使い、複数の指状電極を互い違いに配置した IDC をキャパシタ $C$ として使います。
理想的には、
- ミアンダ部分に磁場エネルギーと運動エネルギーを蓄える
- IDC 部分に電場エネルギーを蓄える
という役割分担を行います。
共振周波数は、
f_0
\simeq
\frac{1}{2\pi\sqrt{LC}}
です。
A.3.2 長所
主な長所は次のとおりです。
- 波長よりはるかに小さくできる
- $L$ と $C$ をある程度独立に設計できる
- 同じ面積に多数の共振器を配置しやすい
- 運動インダクタンスの大きな材料と相性がよい
- 電場を蓄える場所と電流を流す場所を空間的に分けられる
- センサーとして使う場合に、検出に利用する領域を限定しやすい
- 高インピーダンス共振器や低インピーダンス共振器を設計しやすい
特に kinetic inductance detector:KID では、ミアンダ部分に入射エネルギーを吸収させ、その運動インダクタンス変化を共振周波数の変化として読み出すことができます。
A.3.3 短所
主な短所は次のとおりです。
- ミアンダにも寄生容量が存在する
- IDC にも寄生インダクタンスが存在する
- 素子寸法が大きくなると集中定数近似が破綻する
- ミアンダの隣接配線間に相互インダクタンスが生じる
- 隣接する逆向き電流によって磁場が相殺されることがある
- IDC の狭いギャップに電場が集中し、TLS 損失を受けやすい
- 曲がり角で電流集中が生じる
- 線幅やギャップの加工誤差が $L$ と $C$ に直接影響する
- 自己共振や意図しない高次モードが発生する
したがって、形状から $L$ と $C$ を独立に計算できるのは、あくまで最初の近似です。
A.3.4 必要な L と C を共振周波数から逆算する
最初に、実現しやすい $C$ を仮定して、必要な $L$ を逆算します。
L
=
\frac{1}{\left(2\pi f_0\right)^2C}
例えば、
f_0
=
5~\mathrm{GHz}
C
=
0.20~\mathrm{pF}
とすると、
L
\simeq
5.1~\mathrm{nH}
です。
逆に、製作可能なミアンダから $L$ が先に決まる場合には、
C
=
\frac{1}{\left(2\pi f_0\right)^2L}
として IDC の寸法を決めます。
A.3.5 ミアンダインダクタの幾何学的インダクタンス
孤立した細長い導体のインダクタンスのオーダーは、
L_{\mathrm{g}}
\sim
\frac{\mu_0\ell}{2\pi}
\left[
\ln
\left(
\frac{2\ell}{w+t}
\right)
+
\frac{1}{2}
\right]
で見積もれます。
この式から、インダクタンスが概ね配線長に比例し、線幅を狭くすると増加することが分かります。
ただし、これは孤立導体に対する粗い式です。実際のミアンダでは、隣接する線分の電流が互いに逆向きになるため、相互インダクタンスによって全体の $L$ が減少することがあります。
より一般には、
L_{\mathrm{g}}
=
\sum_i L_{ii}
+
2\sum_{i<j}M_{ij}
と考えます。
ここで、$L_{ii}$ は各線分の自己部分インダクタンス、$M_{ij}$ は線分間の相互インダクタンスです。
$M_{ij}$ の符号は電流方向によって変わるため、単純に全配線長を一本の直線とみなすと、ミアンダの $L$ を過大評価する場合があります。
A.3.6 運動インダクタンスを加える
超伝導薄膜では、幾何学的インダクタンスに加えて運動インダクタンスが存在します。
薄膜のシート運動インダクタンスは、London 侵入長を $\lambda_{\mathrm{L}}$ とすると、
L_{\mathrm{k}\Box}
\simeq
\mu_0\lambda_{\mathrm{L}}
\operatorname{coth}
\left(
\frac{t}{\lambda_{\mathrm{L}}}
\right)
と見積もれます。
特に、
t
\ll
\lambda_{\mathrm{L}}
であれば、
L_{\mathrm{k}\Box}
\simeq
\frac{\mu_0\lambda_{\mathrm{L}}^2}{t}
となります。
配線が持つ square 数を、
N_{\Box}
\simeq
\frac{\ell}{w}
とすると、運動インダクタンスの概算値は、
L_{\mathrm{k}}
\sim
L_{\mathrm{k}\Box}N_{\Box}
です。
したがって、ミアンダ全体のインダクタンスは、
L
=
L_{\mathrm{g}}
+
L_{\mathrm{k}}
となります。
実際には、曲がり角や導体端部における電流集中によって有効な square 数が増えるため、上式はオーダー評価として使います。
A.3.7 IDC のキャパシタンス
IDC のキャパシタンスは、主として隣接する指状電極間のフリンジ電場によって生じます。
指の本数を $N$、重なり長を $\ell_{\mathrm{f}}$ とすると、オーダーは、
C_{\mathrm{IDC}}
\sim
\varepsilon_0
\varepsilon_{\mathrm{eff}}
\left(
N-1
\right)
\ell_{\mathrm{f}}
F
\left(
\frac{w}{g}
\right)
と書けます。
ここで、
- $w$ は指電極の幅
- $g$ は指電極間のギャップ
- $F$ は幅とギャップの比で決まる無次元の幾何学係数
です。
$F$ は通常、楕円積分を使った conformal mapping、または数値的な静電場解析によって求めます。
この式から、
- 指の本数を増やすと $C$ が増える
- 指を長くすると $C$ が増える
- ギャップを狭くすると $C$ が増える
- 誘電率の大きな基板を使うと $C$ が増える
ことが分かります。
ただし、IDC は平行平板キャパシタではありません。膜厚 $t$ を電極面積に掛けて、
C
\sim
\varepsilon
\frac{t\ell}{g}
と見積もると、キャパシタンスを大幅に過小評価することがあります。
IDC では、電極上面、側面、基板表面、基板内部へ広がるフリンジ電場が支配的だからです。
A.3.8 R のオーダー
集中定数型共振器を直列 RLC 回路で表すと、
R_{\mathrm{s}}
=
\frac{\omega_0L}{Q_{\mathrm{i}}}
です。
先ほどの、
f_0
=
5~\mathrm{GHz}
L
=
5.1~\mathrm{nH}
Q_{\mathrm{i}}
=
10^5
という例では、
R_{\mathrm{s}}
\simeq
1.6~\mathrm{m}\Omega
となります。
同じ共振器を並列 RLC 回路で表すと、
R_{\mathrm{p}}
=
\frac{Q_{\mathrm{i}}}{\omega_0C}
なので、
R_{\mathrm{p}}
\simeq
16~\mathrm{M}\Omega
となります。
ここでも、直列等価抵抗と並列等価抵抗では桁が大きく異なります。
A.3.9 超伝導体の表面インピーダンス
超伝導薄膜をより物理的に扱う場合には、抵抗と運動インダクタンスをまとめて、複素表面インピーダンス、
Z_{\mathrm{s}}
=
R_{\mathrm{s}}
+
iX_{\mathrm{s}}
で表します。
表面リアクタンスをシートインダクタンスで表せば、
X_{\mathrm{s}}
=
\omega L_{\mathrm{s}}
です。
表面抵抗による損失電力は、
P_{\mathrm{cond}}
=
\frac{1}{2}
\int_{\mathrm{surface}}
R_{\mathrm{s}}
\left|
\mathbf{H}_{\mathrm{t}}
\right|^2
dS
と計算できます。
したがって、導体損失に対応する品質係数は、
Q_{\mathrm{cond}}
=
\omega_0
\frac{U}{P_{\mathrm{cond}}}
です。
ここで $U$ は共振器に蓄えられた全電磁エネルギーです。
この方法では、電流が一様に流れると仮定せず、電磁場シミュレーションで得られた表面電流分布を使って損失を評価できます。
A.4 手計算と電磁場シミュレーションの役割分担
実際の設計では、最初からすべてを三次元シミュレーションする必要はありません。
推奨される流れは次のとおりです。
Step 1:手計算で桁を決める
CPW では、
\ell
\sim
\frac{c}{4f_0\sqrt{\varepsilon_{\mathrm{eff}}}}
から必要な線路長を決めます。
集中定数型では、
LC
\sim
\frac{1}{\left(2\pi f_0\right)^2}
から必要な $L$ と $C$ の組み合わせを決めます。
この段階の目的は、答えを数パーセントの精度で得ることではなく、
- 長さが $\mathrm{mm}$ なのか $\mathrm{cm}$ なのか
- $L$ が $\mathrm{nH}$ なのか $\mathrm{\mu H}$ なのか
- $C$ が $\mathrm{fF}$ なのか $\mathrm{pF}$ なのか
を判断することです。
Step 2:静電場・準静磁場解析で L と C を抽出する
構造全体が波長より十分小さい場合には、静電場解析から capacitance matrix を、準静磁場解析から inductance matrix を求めます。
この方法は、IDC やミアンダの設計に特に適しています。
ただし、静電場解析だけでは共振、高次モード、放射、伝送線路効果は分かりません。
Step 3:固有モード解析で共振周波数と場の分布を求める
固有モード または 固有周波数解析では、外部から信号を入力しなくても、その構造が持つ固有共振周波数と電磁場分布を求められます。
これにより、
- 共振周波数
- 高次モード
- 電圧節と電流節
- 電場の集中箇所
- パッケージモード
- 基板や界面の energy participation ratio
を確認できます。
ただし、フィードラインを含めない固有モード解析だけでは、実際の $S_{21}$、結合強度、ノッチ深さを直接求めることはできません。
Step 4:駆動解析で S パラメータを求める
Driven frequency-domain 解析では、ポートからマイクロ波を入力し、
S_{11}
S_{21}
を周波数の関数として計算します。
これにより、
- 共振周波数
- 結合品質係数 $Q_{\mathrm{c}}$
- loaded quality factor $Q_{\mathrm{l}}$
- 共振の深さ
- フィードラインとの結合
- 複数共振器間のクロストーク
を評価できます。
Step 5:損失モデルを追加する
最後に、
- 超伝導体の表面インピーダンス
- 運動インダクタンス
- 基板の $\tan\delta$
- 薄い界面層
- 放射境界
- パッケージ
- ワイヤーボンド
- 磁束量子による損失
を必要に応じて加えます。
超伝導体を perfect electric conductor:PEC として設定すると、幾何学的な共振周波数や場の分布は計算できますが、導体損失と運動インダクタンスは原理的に入りません。
超伝導薄膜を扱うには、少なくとも表面インダクタンスまたは複素表面インピーダンスを設定する必要があります。
A.5 代表的な解析ソフトウェア
A.5.1 Sonnet
Sonnet は、層状誘電体上の平面回路を解析する method of moments:MoM ベースの電磁場シミュレータです。
CPW、IDC、ミアンダ、スパイラルインダクタなどの平面構造に適しています。
特に、金属層に、
Z_{\mathrm{s}}
=
R_{\mathrm{s}}
+
i\omega L_{\mathrm{s}}
という表面抵抗と表面インダクタンスを設定できるため、超伝導薄膜の運動インダクタンスを導入しやすい利点があります。
平面構造を高速かつ高精度に解析したい場合の有力な選択肢です。
A.5.2 Ansys HFSS
Ansys HFSS は、有限要素法を中心とする三次元 full-wave 電磁場シミュレータです。
- 固有モード解析
- driven modal 解析
- driven terminal 解析
- $S$ パラメータ解析
- 任意の三次元パッケージ構造
- ワイヤーボンドやコネクタ
- 放射やパッケージモード
を扱えます。
チップ単体だけでなく、チップホルダー、基板、蓋、ワイヤーボンドを含む三次元構造を解析したい場合に有効です。
一方、薄い界面層や非常に薄い超伝導膜をそのまま三次元メッシュにすると計算量が大きくなるため、surface impedance boundary や sheet model を使う工夫が必要です。
A.5.3 CST Studio Suite
CST Studio Suite は、時間領域、周波数領域、固有モードなど複数のソルバーを持つ三次元電磁場解析ソフトウェアです。
- 広帯域の $S$ パラメータ
- 共振器の固有モード
- 高次モード
- パッケージを含む三次元構造
- 複数共振器の結合
などを解析できます。
構造や目的に応じてソルバーを選択できることが特徴です。
A.5.4 COMSOL Multiphysics
COMSOL RF Module では、周波数領域解析と固有周波数解析を行うことができます。
電磁場だけでなく、
- 熱伝導
- 構造変形
- 材料温度依存性
- ジュール発熱
- 複数物理場の連成
を同じモデルで扱える点が特徴です。
単純な共振周波数計算だけでなく、温度変化や材料特性変化による共振周波数の移動まで解析したい場合に適しています。
A.5.5 Keysight ADS Momentum
Keysight ADS Momentum は、平面マイクロ波回路向けの三次元 planar EM simulator です。
CPW、IDC、スパイラルインダクタ、フィルタなどについて $S$ パラメータを計算し、ADS の回路モデルと組み合わせて co-simulation できます。
共振器そのものだけでなく、増幅器、伝送線路、結合回路を含むマイクロ波システムとして設計したい場合に適しています。
A.5.6 FastCap と FastHenry
FastCap と FastHenry は、寄生成分の抽出に利用できる準静的なフィールドソルバーです。
- FastCap:自己容量、相互容量、capacitance matrix
- FastHenry:自己インダクタンス、相互インダクタンス、周波数依存抵抗
を計算できます。
IDC の $C$ やミアンダの $L$ のオーダーを確認するには有用ですが、full-wave の共振、高次モード、放射、パッケージモードを直接解析するものではありません。
A.6 構造ごとの推奨計算方法
| 設計項目 | $\lambda/4$ CPW | ミアンダ L + IDC |
|---|---|---|
| 最初の共振周波数 | $\ell\simeq v_{\mathrm{p}}/4f_0$ | $f_0\simeq1/2\pi\sqrt{LC}$ |
| 最初の $L$ | $L'=Z_0/v_{\mathrm{p}}$ | 配線の部分インダクタンスと運動インダクタンス |
| 最初の $C$ | $C'=1/Z_0v_{\mathrm{p}}$ | IDC の本数、長さ、ギャップから概算 |
| 準静的解析 | CPW 断面の $L'$、$C'$、$Z_0$ | IDC の capacitance matrix、ミアンダの inductance matrix |
| 固有モード解析 | 基本モード、高調波、パッケージモード | 自己共振、寄生成分、高次モード |
| 駆動解析 | フィードライン結合、$S_{21}$、$Q_{\mathrm{c}}$ | フィードライン結合、$S_{21}$、クロストーク |
| 損失解析 | 導体端部、基板界面、放射、slotline mode | IDC の電場集中、曲がりの電流集中、TLS |
| 適したソフトウェア | Sonnet、HFSS、CST、COMSOL、ADS Momentum | Sonnet、HFSS、CST、COMSOL、FastCap、FastHenry |
A.7 どこまで計算すれば十分か
設計の初期段階では、手計算で共振周波数を $10$ から $20~%$ 程度の精度で予測できれば十分です。
その後、
- $L$ と $C$ の準静的抽出
- 固有モード解析
- フィードラインを含む $S$ パラメータ解析
- パッケージを含む解析
- 実測値による補正
という順に精度を上げていきます。
実際の製作では、
- 膜厚
- 線幅
- ギャップ
- 基板誘電率
- London 侵入長
- シート運動インダクタンス
- エッチング量
- パッケージ寸法
に不確かさがあります。
したがって、電磁場シミュレーションの数値が細かく表示されていても、それだけで実際の共振周波数が同じ精度で予測できるとは限りません。
最終的には、製作した test structure の測定から、
\varepsilon_{\mathrm{eff}}
L_{\mathrm{k}\Box}
R_{\mathrm{s}}
\tan\delta
などを逆算し、次の設計へフィードバックすることが重要です。
A.8 まとめ
$\lambda/4$ CPW 共振器では、$L$ と $C$ は線路全体に分布しています。そのため、まず $L'$、$C'$、$Z_0$、$v_{\mathrm{p}}$ を求め、線路長から共振周波数を決めます。
一方、ミアンダ L と IDC からなる共振器では、磁場エネルギーを蓄える部分と電場エネルギーを蓄える部分を、近似的に独立した $L$ と $C$ として設計します。
ただし、実際には、
- CPW にも局所的な寄生成分がある
- ミアンダにも寄生容量がある
- IDC にも寄生インダクタンスがある
- 超伝導薄膜には運動インダクタンスと有限な表面抵抗がある
ため、両者の違いは完全な二分法ではありません。
手計算は物理とオーダーを理解するために使い、電磁場シミュレーションは、複雑な電流分布、電場分布、寄生成分、結合、損失を定量化するために使います。
重要なのは、ソフトウェアに形状を入力する前に、
どの空間に電場エネルギーが蓄えられ、どの経路を電流が流れ、どこでエネルギーが失われるのか
を物理的に予想しておくことです。
この予想とシミュレーション結果を比較することで、単なる数値計算ではなく、共振器の設計そのものを理解できるようになります。
参考文献
- J. Zmuidzinas, “Superconducting Microresonators: Physics and Applications,” Annual Review of Condensed Matter Physics 3, 169–214(2012)
- Ansys HFSS 公式ページ
- CST Studio Suite Electromagnetic Solvers
- COMSOL RF Module
- Keysight ADS Momentum
- Sonnet General Loss Model
- FastCap and FastHenry
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