人は「見られている」と思うだけで行動が変わる
セキュリティ心理学×抑止設計で考える内部不正対策
こんにちは、山田です。
2025年12月17日 セキュリティ心理学会で登壇してきました。
本記事は、セキュリティ心理学会で登壇した内容をもとに、
内部不正対策を「心理学×抑止設計」の観点から整理したものです。
本記事は、セキュリティ心理学会LTでの登壇内容をもとに、
セキュリティコンサルタントの立場から
内部不正対策を「心理学 × 抑止設計」の観点で整理したものです。
筆者は心理学の専門家ではなく、
主にセキュリティ運用・ガバナンス・内部不正対策の実務経験を背景に、 心理学の概念(ホーソン効果等)を実務への応用視点で解釈しています。
そのため、学術的に厳密な表現や定義とは異なる点、
また誤りや過度な単純化が含まれている可能性があります。
本記事は「心理学を現場設計にどう活かせるか」という
実務者向けの問題提起としてご覧いただければ幸いです。
ご指摘・補足・反論などがあれば、ぜひコメントでご教示ください。
多くの内部不正対策は、
検知・調査・事後対応に重点が置かれがちです。
一方で、実務に携わる中で強く感じるのは、
「そもそも起こらない構造を作る方が、
はるかにコスト効率が高く、現場も疲弊しない」
という点です。
本記事では、
内部不正を「人の行動」という観点から捉え直し、
心理学の考え方をヒントに
抑止設計として何ができるのかを整理していきます。
問題提起:内部不正は「技術」ではなく「人の行動」から生まれる
多くの企業では、Firewall や EDR、IAM など
技術的な対策には十分な投資がされています。
しかし、実際に内部不正を引き起こすのは
システムではなく 人の判断と行動 です。
内部不正は、
- システムのバグ
- 設定ミス
ではなく、
組織の仕組みと人間の心理の「隙間」 で発生します。
不正のトライアングル:なぜ内部不正は起きるのか
内部不正は、以下の3要素が揃ったときに起きると言われています。
- 動機:金銭的プレッシャー、不満、ストレス
- 正当化:「自分は悪くない」「会社も悪い」という言い訳
- 機会:やろうと思えばできてしまう環境
動機や正当化は個人の内面にあり、
企業が完全に制御することはできません。
しかし、機会だけは別です。
なぜ「機会」を潰すことが最重要なのか
機会は、以下のような
組織の設計によって直接コントロール可能です。
- 権限設計
- 職務分掌
- 承認プロセス
- ログ監視
例えば、
- 一人で申請・承認・処理まで完結できる
- ログは取っているが誰も見ていない
- 監視されているかどうかが従業員に伝わっていない
こうした状態は、
不正を「実行可能」にしてしまう環境です。
機会に手を入れることで、
- 未然抑止ができ
- 事後対応コストを下げ
- 組織の公平性も高める
非常に費用対効果の高い対策になります。
ホーソン効果:見られていると思うだけで行動が変わる
ここで心理学の話です。
ホーソン効果とは、
人は環境条件が変わるからではなく、
「見られている」「注目されている」と感じることで
行動を変えるという心理現象です。
重要なのは、
実際に厳密な監視が行われているかどうかではありません。
「見られていると思っているかどうか」
この認知が行動を左右します。
内部不正対策への応用
内部不正も同じです。
- バレないと思えばやる
- 見られていると思えばやらない
この単純な心理が、実務では非常に強く働きます。
「あなたの操作は記録されています」
「後で確認されます」
この認知があるだけで、
不正のトライアングルの最後のピースである
「機会」 が崩れます。
抑止設計としての「監視の透明化」
ここで重要なのが、
監視は隠さない方がいいという点です。
隠す監視は、
「今回はたまたま見られていないかもしれない」
という期待を残します。
一方、見せる監視は、
常に見られているという前提を作ります。
さらに、
- 何を
- なぜ
- 誰が
- どれだけ
を明示することで、
監視は「疑い」ではなく
ルールとしての安全装置になります。
結論:心理学×抑止設計が内部不正を止める
内部不正対策の本質は、
人の心理を前提にした抑止設計です。
最強の内部不正対策は、以下の3つの組み合わせです。
-
可視化
- 監視の存在・範囲・目的を明確化する
-
権限・分掌
- 最小権限により機会を構造的に削減する
-
フィードバック
- 即時通知・教育・レビューのループを回す
これらを組み合わせることで、
不正は「検知するもの」ではなく
「起きにくい構造」 になります。
おわりに
強い内部不正対策とは、
技術が強いことではありません。
人が不正を選ばなくなる環境を
あらかじめ設計できていることです。
内部不正対策は、
人を疑うための仕組みではなく、
人と組織を守るための行動デザインだと考えています。
内部不正対策のゴールは、
不正を見つけることではなく、
不正を「選ばせない」 ことです。





