これまで、宇宙における通信について、物理的な制約、セキュリティの課題、そして解決策としての DTN 技術を見てきました。
最後に、これらの技術が将来どのように実用化されようとしているのか、Solar System Internetwork (SSI: 太陽系インターネットワーク) のアーキテクチャ構想について少し踏み込んで解説します。
1. 宇宙通信の標準化とクロスサポート
インターネットが爆発的に普及したのは、TCP/IP という共通言語があり、異なるメーカーの機器同士が繋がったからです。
同様に、宇宙開発においても、国や機関を超えて相互運用するための標準化が必要となります。
その中心となっているのが、CCSDS (Consultative Committee for Space Data Systems: 宇宙データシステム諮問委員会) です。
NASA、JAXA、ESA(欧州宇宙機関)など、世界の主要な宇宙機関が参加し、推奨規格(Blue Books)を策定しています。
特に重要な概念が「クロスサポート (Cross-Support)」です。
これは、例えば「JAXA の探査機からの微弱な信号を、NASA の深宇宙アンテナ網(DSN)で受信し、ESA の地上局を経由して日本の運用センターへ転送する」といった連携運用を指します。
従来はミッションごとに調整していたこの連携を、標準化されたインターフェースで行えるようにすることが、SSI 実現の第一歩となります。
2. Solar System Internetwork (SSI) のアーキテクチャ
CCSDS 730.1-G-1 で定義されている SSI のビジョンは、地球上のインターネットを太陽系全体へ拡張し、「自動化されたエンドツーエンドのデータ転送」を実現することです。
現在の宇宙通信は、人間が手動でリンクのスケジュールを組み、コマンドを送る「ポイント・ツー・ポイント」の運用が主流です。
SSI ではこれを、以下のような階層構造を持つインターネットワークへと進化させようとしています。
構成要素とプロトコル
SSI は単一の巨大なネットワークではなく、複数のネットワークが相互接続された連合体(Internetwork)。
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エリアネットワーク (On-board/Surface LANs):
火星のローバーや月面基地内のローカルなネットワーク。ここでは通常の IP 通信(Ethernet, Wi-Fi)が使われる -
惑星間バックボーン (Interplanetary Backbone):
惑星間を結ぶ長距離区間。ここでは DTN (Delay/Disruption Tolerant Networking)** が必要- Bundle Protocol (BP): IP パケットを「バンドル」という単位に包み、遅延や切断に耐えられるようにする
- Licklider Transmission Protocol (LTP): 非常に長い遅延があるリンク上でも、効率的に再送制御を行う
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地球インターネット:
地上の既存ネットワーク
ルーティングの自動化
地上のルーターは「最短経路」を即座に選びますが、宇宙では惑星の公転や自転により「いつ繋がるか」が刻々と変化します。
そのため、SSI では Contact Graph Routing (CGR) のような、通信可能なスケジュール(Contact Plan)に基づいた動的なルーティング技術が検討されています。
これにより、探査機は「今は繋がらないが、3時間後に火星周回衛星が上空に来るから、そこにデータを預けよう」といった判断を自律的に行えるようになります。
3. インフラは誰が作るのか:連合モデル
「誰が太陽系のプロバイダになるのか?」という問いに対し、SSI のアーキテクチャは 「連合 (Federated) モデル」 を提示しています。
地上のインターネットが、多くの ISP(AS: 自律システム)の集合体であるのと同様に、SSI も単一の組織が管理するのではなく、NASA、ESA、JAXA、そして将来的には民間企業などが、それぞれの「管理領域 (Authority)」を持ち寄り、それらを相互接続する形になります。
近年、SpaceX の Starlink のような民間インフラが急速に発展していますが、この連合モデルであれば、民間の衛星を「宇宙の ISP」として組み込むことも可能です。
将来、火星基地の通信インフラは、各国の宇宙機関と民間企業が協調して運用する、ハイブリッドなネットワークになりそうですね。
まとめ
地球上では当たり前の「常時接続」「低遅延」が通用しない宇宙で、
「切れても遅れても、必ず届く」
という思想で、それを実現し、さらに発展させようとしているのは、凄いですね。
Web開発では、「すぐ繋がり、すぐ届く」が当たり前ですが、
「制約条件の中で、いかに確実に情報を届けるか」
という基本に立ち返る、いい経験でした。
これからのシステム開発にも、機会があれば取り入れたいと思います。