1. はじめに
ここ数年で、
- Prompt Engineering
- RAG
- MCP
- Context Engineering
- Harness Engineering
- Loop Engineering
など、様々な言葉を目にするようになりました。改めて振り返ってみると、これらは単なる流行語の移り変わりではなく、AI活用上の関心の移り変わりによる技術スコープの変遷のように見ることができます。
こうした変化はここ数年の間に集中して起きています。本来「歴史」と呼ぶには短すぎる期間かもしれません。しかし整理してみると、まるで技術史を振り返っているかのようにも感じられます。
本記事では、Prompt EngineeringからLoop Engineeringまでの主要な概念について、できるだけ原典や公式資料を確認しながら、その登場時期と背景を時系列で整理してみます。もともとは私が今後のAI技術の適用について考えるために、ここ数年の変遷を整理したものです。同じようなことを考えている方のお役に立つこともあるのではないかと思い、こちらにポストすることにしました。
また最後に、この流れから見えてくるものとして、AI Agent時代のデザインパターンについても少し考えてみたいと思います。
2. Prompt EngineeringからLoop Engineeringへ
~ここ数年のAIアプリケーションの歴史~
ここからは、この数年間に登場したAIアプリケーションに関する主要な概念やツールを、時系列に沿って整理してみたいと思います。
これらの概念は、時間とともに綺麗に置き換わってきたわけではありません。Prompt Engineeringが不要になったわけでもありませんし、RAGも広く使われています。問題のスコープの変遷によって、新たなコンセプトが生まれてきたので、それぞれは問題のスコープに応じて利用されるものだと思います。
まずは全体像を年表として示します。図中の番号は、その下に示した原典・公式資料に対応しています。
注:この年表は各概念の厳密な「初出」や「普及開始日」を示すものではなく、原典・公式発表や代表的な用例をもとに、大まかな時期を整理したものです。
参考文献
| No. | 対象 | 原典・公式資料・代表的資料 | 著者/組織 | 公開時期 |
|---|---|---|---|---|
| [1] | RAG | Retrieval-Augmented Generation for Knowledge-Intensive NLP Tasks | Lewis et al. | 2020/5 |
| [2] | Connected Papers | Announcing Connected Papers | Connected Papers | 2020/6 |
| [3] | Elicit/論文検索AI | Elicit – Literature Review launch history | Elicit | 2021/8 |
| [4] | Consensus | Introducing Consensus | Consensus | 2022/2 |
| [5] | Paperpal | Paperpal launch information | Paperpal | 2022/9 |
| [6] | ChatGPT | Introducing ChatGPT | OpenAI | 2022/11/30 |
| [7] | Prompt Engineering | Prompt engineering guide | OpenAI | 2023 |
| [8] | NotebookLM | Introducing NotebookLM | 2023/7 | |
| [9] | MCP | Introducing the Model Context Protocol | Anthropic | 2024/11/25 |
| [10] | Deep Research | Introducing deep research | OpenAI | 2025/2/2 |
| [11] | Claude Code — Research Preview | Claude 3.7 Sonnet and Claude Code announcement | Anthropic | 2025/2/24 |
| [12] | Claude Code — GA | Introducing Claude 4 | Anthropic | 2025/5/22 |
| [13] | Context Engineering | The rise of "context engineering" | Harrison Chase / LangChain | 2025/6/23 |
| [14] | Harness Engineering | Harness engineering: leveraging Codex in an agent-first world | OpenAI | 2026/2/11 |
| [15] | Loop Engineering — 実務 | Loop Engineering | Addy Osmani | 2026/6/7 |
| [16] | Loop Engineering — 学術的整理 | Loop Engineering: Building Blocks, Adoption, and Impact | Lulla et al. | 2026/8 |
この年表を見ると、RAGの原典が発表された2020年から、ChatGPTの公開、MCP、Claude Code、Context Engineering、そしてHarness Engineering、Loop Engineeringまで、わずか数年の間に様々な概念やツールが登場してきたことが分かります。
この年表は新しい概念が古い概念を置き換えてきたことを示すものではありません。また、それぞれが前の概念を包含しながら一直線に進化してきた、と考える必要もないのではないか、と私は考えています。
一方で、時系列に並べてみると、AIアプリケーション開発において「何を設計対象として考えるのか」が少しずつ広がり、変遷きたようにも見えます。
以下では、この流れを順番に見ていきます。
(それぞれのコンセプトについてご存じの方は読み飛ばしてください)
Prompt Engineering
Prompt Engineeringは、LLMに対してどのような指示を与えるかを工夫する考え方です。
GPT-3の登場以降、多くの人が「どのように聞けばよい答えが返ってくるか」に注目するようになりました。AIアプリケーション開発においても、まずはPromptを工夫することが中心でした。
RAG
一方、Promptを工夫するだけでは扱える情報に限界があります。
モデルが知らない情報を扱いたい、最新情報を参照したい、自社独自の知識を利用したい、といった要求に対して登場したのがRAGです。
RAG(Retrieval-Augmented Generation)という名称は、Lewisらによる2020年の論文で提案されています。
Promptを書くことに加えて、「AIに何を見せるか」が重要な設計要素になりました。
MCP
さらにAIは外部システムやツールと接続されるようになります。
MCP(Model Context Protocol)はその流れを象徴する概念の一つです。
2024年11月、AnthropicはMCPを公開しました。MCPは、AIアプリケーションと外部のデータソースやツールを接続するためのオープンなプロトコルです。
AIアプリケーションは単独で動作するものではなく、様々なツールやサービスと連携して動作するものへ広がっていきました。
Contextが増えれば良いわけではない
Prompt Engineering、RAG、そして外部のデータやツールとの連携が進むにつれて、AIに与えることのできるContextは大きく増えていきました。
「より多くの知識を与えれば、より良い結果が得られる」
と考えたくなります(蛇足ですが、私はこの思考パターンを、ディープラーニング時代から続く一つのカルチャーではないかと思っています。実際、LLMの学習でも、大量のデータを利用することが性能向上の重要な要素になっています)。
実際、多くのAIアプリケーションでは、
- より長いPrompt
- より多くの検索結果
- より多くの文書
- より多くのツール
を与える方向へ進んでいきました。
しかし、単純にContextを増やせば性能が向上するわけではないことが分かってきます。
例えば Lost in the Middle: How Language Models Use Long Contexts では、長いContextを扱えるモデルであっても、重要な情報がContextの途中に置かれた場合、モデルがその情報をうまく利用できないことが報告されています。
また、RAG自体も万能ではなく、検索結果の品質や、取得した情報をどのように利用するかによって結果は大きく変わります。
そこで、
「どれだけ多くの情報を与えるか」
ではなく、
「どの情報を、どの順番で、どの形式でAIに渡すか」
を考えることが重要になってきました。
こうした問題意識が、Context Engineeringという考え方が注目される背景の一つだったのではないかと思います。
Context Engineering
2025年頃から、Context Engineeringという言葉を目にする機会が増えてきました。
設計の対象をPrompt単体ではなく、AIに渡されるContext全体として考えるものです。
システムプロンプト、会話履歴、取得したドキュメント、利用できるツール、外部データなど、AIが判断するための材料全体をどのように構成するかが重要になってきました。
AIエージェントが複数回の推論やツール利用を行うようになると、「何を指示するか」だけでなく、「その時点でAIが何を見ることができるのか」が重要になります。
私が見たContext Engineeringの解説の中では、「AI専用Wiki」のような発想も紹介されていました。
従来のWikiは人間が読むことを前提としていましたが、AIエージェントの利用が進むと、AIが検索しやすく理解しやすい形で知識を整理しておくことにも価値が生まれます。
この例はContext Engineeringが単なるプロンプト設計ではなく、知識や情報の管理そのものへ関心が広がっていることを象徴していると思います。
Claude Code
この頃、AIの使い方そのものにも大きな変化が現れました。
Anthropicは2025年2月にClaude CodeをResearch Previewとして公開し、同年5月には一般提供を開始しました。
Claude Codeでは、AIは単に質問に答えるだけではなく、実際の開発環境の中でファイルを読み、コードを変更し、コマンドを実行し、結果を確認しながら作業を進めます。
人間がPromptを入力して一つの回答を得るという使い方から、AIが与えられた環境の中で複数の作業を進めるという使い方が、身近なものになってきました。
Harness Engineering
AIエージェントがより複雑な仕事を行うようになると、Contextだけでなく、ツール実行、状態管理、メモリ、サブエージェント、実行環境など、AIを取り巻く仕組み全体も重要になってきます。
2026年、OpenAIはこうした考え方をHarness Engineeringとして紹介しています。
Harness Engineeringでは、モデルそのものだけではなく、AIエージェントが能力を発揮するための周辺環境を設計します。
AnthropicやClaude Code、各種AI Agentの実装を見ても、AIの能力そのものだけでなく、
- どのようなツールを利用できるのか
- どのような知識を保持できるのか
- どのような環境で実行されるのか
といった周辺の仕組みが非常に重要になっています。
設計の対象は、Contextだけではなく、AIが活動する環境全体へと広がってきたように見えます。
Loop Engineering
さらに2026年には、Loop Engineeringという言葉も使われるようになりました。
AIに一つひとつ作業を依頼するだけではなく、AIが継続的に仕事を進める仕組みそのものを設計するという考え方です。
例えば、
- タスクを発見する
- AIが実行する
- 結果を評価する
- 次のタスクを決める
- 必要なら再び実行する
といった流れそのものを構築します。
ここではPromptやContext、ツール、実行環境などを組み合わせながら、AIが仕事を進めるLoop全体をどのように構成するかが設計対象になります。
こうして時系列に並べてみると、
Prompt
↓
Context
↓
Harness
↓
Loop
と、AIアプリケーションにおける設計対象が少しずつ広がってきたようにも見えます。
ただし、これはPrompt EngineeringがContext Engineeringに置き換わり、さらにHarness Engineering、Loop Engineeringへと置き換わってきた、という意味ではないと思います。
現在もPromptは重要ですし、RAGもMCPも使われています。むしろ、それぞれが異なる問題に対する設計上の考え方として共存しています。
この点については、最後にもう一度考えてみたいと思います。
次章では、先ほどの年表のもう一つのスイムレーンに目を移し、同じ時期にAIの利用範囲がどのように広がってきたのかを、アカデミックリサーチを例に見ていきます。
3. AIの使い方はどう変わったのか
~アカデミックリサーチを例に~
前章では、Prompt EngineeringからLoop Engineeringまで、この数年間に登場したAIアプリケーションに関する概念やツールを時系列に整理しました。
ここでは、先ほどの年表のもう一つのスイムレーンに目を移してみます。
私はその例として、アカデミックリサーチの世界に注目しています。
理由は単純で、この分野では個人レベルで利用できる研究支援ツールが早くから登場し、AIの利用範囲が広がっていく様子が比較的分かりやすく現れているからです。
企業におけるAI導入では、
- セキュリティ
- コンプライアンス
- 社内システムとの連携
- 業務プロセスの変更
など、多くの制約があります。
一方でアカデミックリサーチの世界では、
- 論文が公開されている
- 引用関係が整備されている
- 情報共有の文化がある
- 成果物がテキスト中心である
といった特徴があります。
アカデミックリサーチは、構造化された知識の公開、引用による知識の接続、そして新たな知識の創出というサイクルの上に成り立っています。
これは現在のAIが得意とする情報処理と比較的相性が良く、AI利用が比較的広がりやすい理由の一つではないかと思います。
論文検索の効率化
ChatGPT以前から、研究活動を支援する新しいツールは登場していました。
例えば2020年に公開されたConnected Papersでは、ある論文を起点として関連する論文をグラフとして可視化し、研究領域を探索できます。
さらにElicitやConsensusのようなツールが登場すると、キーワードだけではなく、研究上の質問から関連する論文を探し、その内容を整理することもできるようになりました。
研究者自身が検索キーワードを考え、一つずつ論文を探すだけではなく、計算機やAIが「どの論文を見るべきか」を支援するようになってきました。
AIは論文を読む存在になった
2022年末にChatGPTが公開されると、AIに研究内容について質問したり、論文を要約・解説させたりする使い方が急速に身近になりました。
さらにNotebookLMのようなツールでは、自分で与えた複数の資料をもとに質問し、内容を横断的に整理することができます。
研究者は論文を一つずつ読むだけではなく、複数の論文群をAIに与え、概要や自身の考えとの共通点、相違点などを整理させることができるようになりました。
ここでは既に、人間が読む前にAIが読む、という新しい役割分担が生まれています。
AIは論文を「書く」ことも支援する
AIの利用は、情報を探したり読んだりするだけではありません。
Paperpalのような研究者向けツールでは、Academic Writingの校正や文章改善など、論文を書く作業そのものも支援するようになりました。
研究活動の入口である文献探索から、論文の理解、そして成果を文章としてまとめるところまで、デジタルツールやAIが支援する範囲が広がってきたことが分かります。
AIは調査や作業そのものを担うようになった
さらにDeep Researchのような仕組みでは、
- 必要な情報を探索する
- 情報を読む
- 内容を整理する
- 不足している情報をさらに探す
- 調査結果をまとめる
といった複数の作業を、AIが連続して進めるようになりました。
Claude CodeのようなAgentic Coding Toolでは、さらにファイルを読み、コードを書き、プログラムを実行し、その結果を確認しながら作業を進めることができます。研究においても、AIの役割は情報を探し、読むことから、実際の作業を行うところまで広がり始めています。
個々の作業をAIに依頼するだけではなく、「調査する」という一連の活動そのものをAIに任せられるようになってきたわけです。
これは前章で紹介したLoop Engineeringとも通じるところがあります。
人間の作業を代替するだけではない
AIによる自動化というと、「これまで人間が行っていた作業をAIに置き換える」というイメージを持ちやすいと思います。
しかし、例えば数百、数千の論文を横断的に調べ続けるような作業は、理論上は人間にも可能ですが、時間的な制約から現実にはなかなかやり切れません。
AI Agentによる自動化は、人間が行っていた作業を効率化するだけではなく、これまで人間には現実的にやり切れなかった作業を可能にする方向にも進んでいるように思います。
AI利用の変化は研究活動の変化でもある
こうして振り返ると、
検索
↓
要約
↓
調査
↓
Research Agent
と一方向に進化してきたわけではないことが分かります。
むしろ、
探す
読む
書く
調べる
実行する
という研究活動のさまざまな部分に、AIやデジタルツールが入り込んできた、と考えた方が実態に近いように思います。
そして最近では、それらの個別の作業をAI Agentがつなぎ、一連の仕事として進めることも可能になりつつあります。
この変化はアカデミックリサーチだけに留まらず、今後さまざまな知的活動へ広がっていくのではないでしょうか。
次章では、この流れのさらに先に見え始めているものとして、World ModelやPhysical AIについて少しだけ考えてみます。
4. 次に見えてきた流れ
最近注目されているWorld ModelやPhysical AI、MHS(Model Hardware Standard)なども、全く別の流れというより、ここまで見てきた変化とどこかで繋がっているように見えます。
MHSは、Anthropicが2026年8月にResearch Previewとして公開した、AI Agentが物理デバイスを安全に操作するための共通仕様です。研究機器や製造装置などをAI Agentから扱うためのインターフェースを標準化しようとする試みで、MCPから物理世界へ接続先が広がっていく例としても興味深く感じます。
これまでのAIは主にテキストや知識を対象としてきました。しかし今後は、
- 世界の状態を理解する
- 行動を決定する
- 結果を観測する
- 次の行動を決定する
といったLoopが、物理世界へと拡張されていくのだと思います。
Prompt EngineeringからLoop Engineeringまでの変化を振り返ると、AIが扱う対象はPromptやContextだけでなく、ツールや実行環境、そしてLoop全体へと広がってきました。
その先を考えると、World ModelやPhysical AI、そしてAI Agentとハードウェアを接続するMHSのような考え方も、ここまで見てきた流れと無関係ではないように感じています。
5. おわりに
AI Agent時代のデザインパターンは生まれるのか
本記事では、Prompt EngineeringからLoop Engineeringまで、この数年間に登場したAIアプリケーションに関する概念やツールを、原典や公式資料を確認しながら時系列に整理してみました。
繰り返しになりますが、これらは綺麗に置き換わってきたわけではありません。現在も多くの概念が共存しています。
今回整理していて感じたのは、これらは新しい考え方が以前のものを包含しながら進化しているというより、それぞれがAI Agentを設計する上での異なる視点を表しているのかもしれない、ということです。
ソフトウェア開発の世界では、多くの試行錯誤を経て様々なデザインパターンが整理されてきました。
同じようにAI Agentの世界でも、
- どのようにContextを与えるのか
- どのようなHarnessを構築するのか
- どのようなLoopを設計するのか
といった現在の様々な知見が、将来的にはデザインパターンのような形で整理されていくのかもしれません。
まだ変化の途中にある分野ですが、本記事の年表が、現在起きている変化を少し長い時間軸で眺めるための一つの材料になれば幸いです。
